第28話 ダイバーズの修行(4)
「え、Aランクダイバーズ!?」
「ど、どういうことです?工藤、先輩?」
足立の問いに答えたのは、湯の池の対岸にいた工藤であった。彼女は足を延ばし、大原達を含みのある笑みを浮かべながら眺めている。
「簡単なこった。今この世界は、ダイバーズはC,B,A,S,SS,SSSの6段階に分けられている。その基準は、
Cが“ただ能力を発動できる状態”
Bが“ある程度能力をコントロールできる状態”
Aが“能力を使ってもバランスを維持できる状態”
Sが“『命樹』を獲得できる状態”
SSが“『命樹』を複数持つ状態、もしくは『命樹』の影響が街や都市に及ぶ状態”
そしてSSSが――“『命樹』の影響が国家の未来を左右させる状態”
とされている。だから、バランスボールの上で自由に能力を使えるようになってりゃ、それはもうAランクに到達したのと同義だ。」
「ふ、ふええ……そうだったのか……って、ん?じゃあ、もう優華ちゃん、ほとんどAランクじゃん!!」
「ええっ!?」
「んなわけあるか。」
「えぇ……」
興奮した足立と山田に、工藤はピシャリと断言する。
「Aランクダイバーズは、能力の行使の際に無駄がなく、なおかつイメージをコントロールする力量があるってことだ。山田はまだ乗れているってだけで、無駄が多い。自由に能力を使えてはいないからな。」
「……」
山田は工藤の言葉に、拳を握った。
確かに、悔しくはある。お前はまだまだだと言われて、悔しくない訳がない。だがそれでも、Aランクに一歩近づいているという事実は、山田を大きく自信づけた。
「あの!」
「ん?なんだ?」
「さっき、イメージをコントロールするっておっしゃっていましたが、それはどういう意味でしょうか!」
「んー、そうだな。」
工藤は真剣な眼差しを向ける山田に、その豹のようは瞳を向ける。
「無意識にやっている“イメージの限界”を、調整するってことさ。」
「???」
キョトンとした顔を浮かべる彼等に、工藤は笑みを浮かべたまま言葉をつづけた。
「なんだ、分からねーのか?んじゃ例を挙げてやる。
例えば、衝撃波を放てるダイバーズがいたとして、能力つかって自分も吹き飛んじまっていたら話になんねーだろ?だから、そいつは自分が吹き飛ばない程度の衝撃波しか出すことはできない。無意識のうちに限界をイメージに乗せてしまうのさ。」
「はぁ……」
「だが、重心を保てるやつはそうはならない。
自分の重心がどこにあるのかを知っているから、どこまで自分が耐えられるのかを知っている。そうなれば、無意識のストッパーの、その上限を上げることができるようになる。
一言で言えば“出力が上がる”のさ。
どんなイメージで自分の重心がどう変わるのかを熟知し、己の重心を保ちながら能力を行使する――そういう奴を、“能力の扱いに長けた奴”というのさ。」
「ええと……つまり、能力の質に影響する、ということですか?」
「それだけじゃねぇよ。応用力も抜群さ。例えば……そうだな、お前――山田、だっけか?」
「え?あ、はい。山田優華です。」
「お前は、重心が前にずれるせいで、召喚体を自分の前方にしか召喚できない。」
「!?!?」
目を見開く山田に、工藤は湯気の向こう側からニヤリと笑う。
「お前の情報伝達器官は手。それはかなりイメージに合っていていいことだ。だが、そのせいで、お前の動きはすべてが前のめりになっている。」
「すべてが、前のめり……?」
「ああ。試合の時もそうだが、この2日の能力行使を見ていれば分かる。お前は召喚体を召喚するとき、必ず手を動かす。特に前に突き出す動作が多い。そうなると、イメージは自然と“自分の視界に収まる範囲内で帰結する”。これが無意識のストッパーだ。
これは別に、武道をやっていなくてもわかるだろ?自分が前に転びそうになっているのに、背中の向こう側に意識を集中させる奴なんてそうそういないからな。重心が前にずれた時、支えようと人は脚を前に出す。すると、もう、前方にしか意識が向かなくなっている。
それと同じさ。
意識が前にしか向いていないから、能力は“前”にしか現れねえ。」
「…………」
山田は開いた口が塞がらなかった。たった数度能力を見せただけで、この工藤という女性は、自分が“前方にしか召喚体を召喚できない”ということを見抜いたのである。そしてそれは、山田があまり意識していなかったことでもあった。彼女は単純に、それしか出来ないものだと思い込んでいたのである。だが、工藤の話は――
「ま、待ってください!そ、それじゃあたし、アンを自分の後ろにも――いや、視界に収まらない場所にも本当は召喚できるってことですか!?」
「あったりめーだろ。」
工藤はあっけらかんと言い切り、さらに続けた。
「ダイバーズの応用力――それはイメージをコントロールすることで、できないと思っていたことをできるようにするところから始まるのさ。そしてイメージをコントロールするには、己の体そのものをコントロールし、重心を操る必要がある。それには体力が必要不可欠だ。だからテメーらにはこの二週間、ひたすら体力づくりをさせていたんだ。」
「ま、それに加えてバランス感覚も養わないと重心をコントロールすることができませんから、今はバランスボールを使って瞑想をしてもらっている、という訳なのです。
ああ、もちろん『ダイバーズの10原則』その6にあるように、能力の効果範囲や発動時間には個人で限界がありますから、それを超えることはできませんが。」
「……………」
3人は妙な面持ちでお互いを見つめた。工藤という女性が他とは明らかにレベルの違うダイバーズだと言うことは、勝輝を打ち負かした時すでに知ってはいた。しかし、それでもたった2日程度でここまで相手の能力の特徴を把握し、その課題を的確に言い当てる洞察力と推理力は異常であった。武力、知略、そして洞察力と指揮能力に長けた、まるで将軍のような存在だと、大原達は思ったのである。
しかし、彼女ら三人は、同時に奇妙な違和感も覚えた。そしてそれを、足立は思ったまま口にした。
「あの、工藤先輩。」
「ん?なんだ?」
「どうして、それを今ここでわたしたちに教えるんですか?」
「……なんだ、そんなに変か?」
「いやだって!」
足立に便乗したのは山田である。
「私達、“バランス感覚を覚える”って事しか聞いていませんよ!?そこまで考えられた訓練なのだったら、もうちょっと詳しい話をしてもいいんじゃないかって。」
「あー。そっちか。」
工藤は途端に面倒くさそうな顔をすると、退屈そうに息を漏らす。
「確かにオレ達は部員たちを見捨てたりなんかしねーよ。けどな、自分で考えようとしねー奴まで懇切丁寧に面倒を見るこたーできねーよ。」
「……」
「なんだ、不満か?」
「いや、その……」
山田は余計に膨らんだ疑問を口にする。
「その、それなら、余計にどうして今私達に教えたんですか?」
「あん?」
「私達は、別にその真意に気が付いたわけでも何でもありません。ただちょっと気になった程度ですよ?なのに、どうして教えたんですか?しかも、ここ……風呂場ですよ?修練場でのアドバイスならともかく、何故このタイミングで……」
「は?己がやっていることについて考えを巡らせているってだけで十分だろ?さっきも言ったが、考えていれば面倒は見るさ。別に答えにたどり着いている必要なんかねーよ。
それに、場所なんてどこでもいいだろ?考えているのを見つけたのなら、風呂場だろうが便所だろうがオレは手を差し伸べるさ。」
「……」
「なんだその呆けた顔は。」
「いえ、なんでも……」
山田は再びこの工藤という人間がどんな人物なのかを再確認し、小さく笑った。
が、次に工藤が放った言葉を、彼女は理解できなかった。
「まぁ、今回はここでしかできなかった、が正しいか。」
「……え?」
「なんだ、気付かないのか?」
「はい?」
「この時間、人がいない場所は、ここしかなかったってことだ。」
「……は???」
意味不明な回答に、山田は眉を顰めた。
そしてその疑問を確かめるより早く、工藤は豹のような瞳を、口を噤んでいる少女へと向けた。
「テメーだよ、大原典子。オレは、テメーにこの話をする必要があったんだよ。」




