第26話 ダイバーズの修行(2)
瞑想。
この言葉は、多くの意味を持っている。心を沈めて悟りに至るための修行を指す言葉であったり、神を感じるための手段であったり、ただ一つのことへ集中するためであったりと様々だ。それと同様に、その行為もさまざまである。寺のように座に着くものもあれば、太極拳のように体を動かすものもある。仏教を始め神道、ユダヤ、ひいては密教にもその言葉はあり、目的手段は違えども、多くの人間が何かの高みへ至らんとするときに取る行為であることは、疑いようがない。
そしてダイバーズの修行『瞑想』もそのうちの1つであり、様々な形態をとる“瞑想”らしく、実に奇怪な方法だった。悟りを開く厳かなものでも、太極拳のように覇気あるものでもなく、どちらかと言えばヨガに近いものがあった。
「皆には、このバランスボールにのって座禅を組んでもらう。」
「バランスボール?」
「ああ。」
首を傾げる高木に、和田は頷く。
「これを行う理由はたくさんあるけれど、まずは2つ。
一つ目は、『集中力』を鍛えるためだ。
ダイバーズの能力の鍛え方は、ぶっちゃけ言って精神面の修行が多い。その理由は、俺達の能力は全て自分たちのイメージによって構築されるからだ。」
「『ダイバーズの原則2』ですね!」
「そうだ。」
山田の声に、和田は微笑む。
「今彼女が言ったように、俺達は『原則2』に則って能力を行使している。俺みたいにモデルが存在しない例外的な能力でも、その力を扱うには、自分で力を操るイメージを構築していなければならない。しかし、どんな能力――いや、どんな“想像”であれ、持続させることは難しい。たとえば――」
和田は近くにいた新入部員に声をかける。
「小樽君、君はたしか存在する炎を操れる力があるんだよね?」
「はい!」
「では、炎の形を鳥の姿にとどめることはできるかい?」
「そうですね……一度やったことはありますが、あまりきれいには……」
「よし、やってみようか。」
和田は懐からライターを取り出し、火を灯した。
「これを鳥の形にしてみてくれ。」
「わかりました。」
小樽と呼ばれた青年は、小さな火に向かって手を伸ばす。すると――
「おお」
部員たちが喚声を上げた。ごう、という音とともに火は燃え盛り炎と化し、その炎は翼を広げてはためいた。火の粉をまき散らし旅立たんとするその様は、まさに「火の鳥」であった。
だが――
「ぐっ!」
喚声が収まる間もなく、広がった羽はしぼみ、火の鳥は静かに姿を消した。
「……すみません、これが、限界です。」
「いやいや、構わないとも。みなさん、彼に拍手を。」
一通り喝采が送られると、再び和田は話をつづける。
「さて、今見てもらった通り、能力を維持することは困難だ。これは刻一刻と変化する対象をある状態に固定することが困難、というだけではなくて、自分が対象に送り続けるイメージを同一にすることが困難ということだ。」
「ええと、つまり?」
「先ほどの小樽君は、火の鳥をつくるために、鳥の形をイメージして能力を使っている。しかし、その鳥の形をどうするのかが、まだ彼の中で決まっていなかったんだ。極端な話、雀にするか鷹にするか能力を使っている際に迷ってしまった、ということだね。このようにイメージが能力の途中でばらつくと、能力は簡単に行使不可能になる。
これはどんなダイバーズの能力にも言えることで、この“イメージのばらつき”をどこまで抑えることができるかで、能力の質が向上する。だから、集中力を鍛える必要があるんだ。」
「なるほど。では、能力を行使するにはどれだけの集中力がひつようですか?」
山田の質問に、先輩は即座に答えた。
「試合に出るのであれば、最低でも1分は能力の形を維持できるようになった方がいい。」
「1分、ですか。」
「ああ。だがそれはかなりきつい。集中力の程度というのを説明するのは難しいが、ある論文によると、“目の前に猫を用意されて、その猫の目を見ながら犬を5分間想像し続けることに匹敵する”と言われている。まぁ、俺の俗物的なたとえでいいなら、これはトランプ52枚全て使ってピラミッドを創るくらいの集中力が必要だ。」
「めっちゃ肩こりそうだな。」
「確かに。」
高木のつぶやきに、足立がテキトウに頷く。
「で、だ。話を戻すと、ダイバーズが集中力を鍛えるために一番効率がいい方法は、俺達はバランスボールに乗ることだと考えている。この上で座禅を組んで、20分間お坊さんのように瞑想をしてもらう。ひとまずこれで転げ落ちたりしなければ、第一段階クリアだ。」
「へー、わりと楽勝じゃね?」
「それくらいなら、できる、かも?」
ざわつく部員たちに、和田はニヤリと笑う。
「まぁ、それはやってみたら分かるさ。
で、もう一つの理由だが、それはバランス感覚だ。」
「どういうことです?」
「実際に体験してみると分かるが、実は俺達ダイバーズは能力を使うと、バランス感覚を失っている。」
「えっ!?」
驚く部員に、和田はそんな反応をするよね、と相槌を打ちながら言った。
「まぁ、今言えることはそれだけだが、やることは単純だ。瞑想の段階をクリアしたら、バランスボールに乗ったまま、能力を使うんだ。そしてその時起きたことを詳しく記録に残し、自分たちで何が起きているのかを考えてみてほしい。いいかな?」
「はい!」
「よし。では、つづいて井上からトレーナーについて説明してもらおう。」
元気な返事に満足した和田は、次の説明者にバトンを渡す。
「はい。皆さんこんにちは。僕はこの合宿のトレーナー隊長を務める井上です。
このトレーナーという言葉、聴きなれないかもしれませんが、これは今日から皆さん一人一人に就く、皆さんを指導する専属の先輩たちです。ダイバーズの修行はさすがに一人で行うことは厳しいですから、勝手ながらこちらで人を割り振り、皆さんの能力の向上に役立てられるよう、サポートしていきたいと思っています。何かわからないことがあれば先輩たちに遠慮せずに聞いてくださいね。」
「はい!」
「……」
ほぼ全員が返事をする中で、返事をしなかったのは2人だけだった。1人は何故そんな余計なことをと気を荒げ、もう一人はどうすればいいのかと、狼狽えた。
そしてそんな二人の存在に気が付かぬまま、さらに先輩の話は進んでいった。
「今回の合宿の予定について、ここで私、小平から大まかに説明を行います。
まず、本合宿は5泊6日の長期合宿であり、今は2日目の午後にあたります。今日はこの後、皆さんに瞑想の修行をしてもらい、終了となります。明日からの予定は、午前が武術、午後が瞑想とバランス感覚の修行となり、これを5日目午後まで行います。6日は再びチームを組んで模擬試合をしてもらい、皆さんの成長を確かめる、という流れになっています。
一方、修行ばかりでなく、大学生らしく遊びのイベントも用意しています。今日の夜はビンゴ大会が、5日目の夜には肝試しがあります。皆さん振るってご参加ください。
では、その他についても説明します。まず……」
「ビンゴ大会!肝試し!」
「そ、そんなに楽しみなのか、陽子?」
目を輝かせる足立に、高木がひっそりと尋ねる。
「うんうん!わたし、そういうのに憧れていたんだ~!」
「うん……?そう、なのか?結構メジャーなものな気がするが……」
「おっきな人二号君は楽しみじゃないの?」
「俺?俺は~、まぁ、ぼちぼち、かねぇ~」
「あ、さては勇人君、お化けが苦手ですね!」
「ぎくっ。あははは、なんのことだか。」
目を泳がせる高木に、山田が悪戯な笑みを浮かべる。
「へー。ほー。そうですかー。」
「な、なんだよ。」
「いやぁ。なんでもー。」
「なんだかものすごく嫌な予感がするんだが……これは俺の気のせいだよな!な、勝輝?」
「…………」
勝輝はチラリと高木を一瞥し、それから目を反らした。
「あぁ……」
「……」
高木は一瞬悲しそうな表情を浮かべたが、勝輝の瞳に、その姿は映ってはいなかった。




