第25話 ダイバーズの修行(1)
―合宿 2日目 ―午後―
「よっし、全員そろったな。」
グランドに集まった部員を見下ろし、工藤藍は情け容赦のない言葉を浴びせた。
「オレは午前中、お前たちの試合を見、時には相対峙もした。だからこそ、はっきり言おう。
テメーらは“無能”だ。」
工藤の性格に早くも慣れ始めた部員たちの中で、苦笑が広がった。
実は、チームワークがとれていなかったのは勝輝たちだけではなかったのである。突出して連携が取れていなかったのは勝輝たちで間違いないが、他の部員たちもまた、思うように能力が行使できていなかった。そのため作戦は形を成さず、敵味方共にただ立ち尽くすばかりで、最終的には能力を使わず相手の旗を取るただの運動会へと変貌していった。故に彼女の言葉はきつくはあったが、的を得ていると、誰もが思ったのである。
「お前たちも既に分かっているだろう?お前たちは、敵はおろか味方の能力についての理解が浅すぎる。それどころか己の能力についてさえ、把握できていない。
“どんな能力か”、ということだけではない。能力の保存時間に含有率、疲労の速度、回復にかかる時間……そう言った特徴を、お前たちは把握していない。」
「……」
「これを把握せずに試合をすれば、思い描いた能力の行使などできるはずがない。どこで力を行使するべきか、判断できない。次の一手を見極めることはままならず、脚を踏み出すことすらできなくなる。
故にこと“試合をする”という状況下において、お前たちはただ突っ立っているだけの“無能”以外の何者でもない。」
「……」
「だが――」
うなだれる彼等に、工藤は力強く檄を投げつける。
「だが、だからと言って膝をつくには早すぎる。
なぜなら、オレ達がいるからだ。
オレ達は貴様らと同じ“無能”の状態から始まり、鍛錬を積み、無から有への階段を上った。研鑽を重ね、試合で勝利をもぎ取ってきた。それが今お前たちの前に立つ先輩どもだ。
故にオレ達は知っている。“無能”とは、終着点ではない。全てを“有”へと変えるゼロ、始まりの点であると!」
さらに力強く、工藤は言葉を連ねる。
「そして、テメーらはこの『能力競技部』の部員。この国有数の“試合経験”を持つ猛者の集う組織の一員だ。
この先の修行は長く厳しく、つらい時もあるだろう。
だが、オレ達はお前たちを見捨てねえ。お前たちが自力で“無能”から“有”へとたどり着けるよう、オレ達がサポートしよう。
だからこそ、お前たちも諦めずに鍛錬してほしい。
これが、部長としてのオレからの言葉だ。以上だ。」
彼女の言葉が終わるとともに、歓声にも似た返答が沸き上がった。軍の指揮官をも思わせるそのカリスマ性は、一瞬にして新入生の心を掌握する。映画のフィナーレにあるようなその演説は、彼等の士気を上げるに十分であった。
「ありがとうございます、工藤部長。それでは、島崎先輩から具体的な訓練方法について説明してもらいます。」
「はい。ありがとうね、咲ちゃん。」
小平の紹介で嶋崎は壇上に立ち、優雅な微笑みを浮かべながら説明を始めた。
「さて、皆さんがこれから励むダイバーズの特訓は大きく分けて2種類あります。
一つは、『能力者競技』で勝つことを目的とした、体の動かし方を学ぶ“スポーツ的特訓”。もう一つは、今部長が言ったことを含めた、能力の使い方をはじめとする『ダイバーズのランク』を上げる特訓です。
前者に関してはサッカーのシュートの練習や、野球のヒットの練習をすると言えば分かりやすいでしょう。具体的には、皆さんにはある程度の肉体的戦闘技法……剣道や柔道、といった武道について学んでいただくことになります。
一方で、能力の使い方に関しては普通のスポーツの『練習』とは毛色が異なります。というのも、皆さん知っての通り能力は千差万別ですので、全員が全て同じ内容の特訓が出来るわけではありません。ある程度は個々人で訓練内容を組み立てる必要があります。今回の合宿では、全員が共通して行える特訓と、個々人で行う特訓両方を行う予定です。
しかしこのように説明しても、あまりぱっとイメージがしにくいかもしれません。なので、皆さんには『ランクを上げる』という以外にもう一つ、この合宿を通して目指していただきたい目標があります。」
嶋崎はそこで一息つくと、再び笑みを浮かべて穏やかに言った。
「そう、それは、皆さんにオリジナルの“技”を身に着けてほしい、ということです。」
「!!」
「技、ですか?」
部員の問いに、彼女は優しく答える。
「ええ。
“技”はことダイバーズにおいて、個性の象徴です。先ほど言ったように、ダイバーズの能力は千差万別で、目的が異なります。故に、その能力を利用した小さなテクニックは、自分の能力のイメージを唯一無二の、強固なものへと変えていきます。
それはどんなに些細なものでも構いません。たとえ火を操るダイバーズが、炎の形を丸や四角に変えられるといったことでも、創造体形成能力者がいつもとは一回り大きな物体をつくれるようになるということでも、良いのです。
どんなものであれ、自分の能力を使って、一歩工夫をしてみてください。」
「技、かぁ。陽子のような音を聴き分ける能力とか、どうすれば良いんだろー。」
「うーん。」
足立の耳打ちに、高木は腕を組む。
「逆に遠方に音をとばせるようになる、とか?」
「それもう能力が違うよぉ。」
「たしかに。」
その足立の疑問に答えたのは、島崎だった。
「技を考えにくい、と思う人は、“試合”を参考にしてみてください。
例えば、そもそも遠方が見える『イーグルアイ』のようなダイバーズに、“能力でライフポイントを削って!”と言うのはかなり無茶がありますよね?では、こういった感覚系統のダイバーズは、試合で何ができるのでしょうか?
それをヒントに、考えてみてみると良いでしょう。『試合』はルールが設けられたもの。『能力者競技』における自分の役割を決定し、それに合わせた能力の応用を考えることも、技を生みだすことにつながる、ということです。」
「た、確かにそれはまだ分かりやすいけど……でも、かなり難しいのでは……?」
「“技”なんてそんなもの、考えたこともなかったぞ……」
「いやいや。そもそも“技もち”なんて、AとかSランク以上のダイバーズにしかできないんじゃないんだったか?」
不安を口にする部員たちの中で、唯一嶋崎の言葉に興奮と渇望を覚えたのは、山田であった。
(そう。ダイバーズとして戦えるようになるには、“技”を身に着けるしかない。戦闘は剣術でカバーできたとしても、能力で負けたら戦場では生き残れない。あたしにはまだ“技”がない。だから、どうやってその“技”を身に着けるのか、その方法を、あたしは知りたい!)
「確かにかなり難しい問題です。
事象として存在する能力を“技”として昇華することは、ダイバーズのランクにも影響されますし、何といっても『10大原則』に縛られ、出来ることが限られてしまいます。これによって“技”を思い描いても、実際には原理的に実行不可能な場合も多いのです。」
「なら、どうすれば……?」
部員の問いに、島崎は微笑みを返す。
「ふふ。実は一番簡単な取り組み方があるのですが、それについてはこの後行う“交流会”で先輩たちから聞いてみてください。」
「交流会?」
「ええ。私達が用意した、“技”を考え出すための取り組みの一つです。
確かに“技”を一人で考えだすことは難しいですが、多くの人がいればそうとも限りません。多くの人とコミュニケーションをとり、様々な知見を取り込むことで、新たな発見や閃きが起こることがあります。
そのため、この合宿ではそういったコミュニケーションをする場をいくつか用意しています。そして、そこには既に“技”を獲得していった先輩たちとも交流することができます。
先輩からアドバイスをもらったり、自分と似た能力を持つ人や、あえて違う人と積極的に交流し、自分に合った“技”を身に着けてみてください。」
「では、『ダイバーズのランク』を上げる特訓というのは、どうやってやるのですか?」
誰かの質問によって、部員の間に緊張が走った。この合宿の目玉であり、目的の一つ。能力者競技試合に出るための条件としても掲げられたからというのもあるが、大なり小なりそれを目的として入部した者も少なくない。彼等にとってこれ以上ない重要な事柄である。
そして島崎の言葉に特に耳を傾けていたのは、大原であった。
(……私は、どれだけ能力を使いこなそうとしてもうまくいかなかった。ここで何か新しい方法を学ばなければ、私にはもう、後が――)
彼女は奥歯を噛みしめ、手に汗を握って嶋崎の言葉を待つ。
そして嶋崎は、ゆっくりと部員を見渡し、透き通った声で言ったのである。
「『ダイバーズのランク』を上げる特訓――いえ、“修行”。それは……」
「“瞑想”、です。」




