第22話 チーム?(5)
まるで岩石の殴り合いのようだったと、後に誰かが語る。試合を見ていた全ての者が、その行く末を案じて息をするのも忘れる程に、その戦いの激しさは常軌を逸していた、と。
鋼鉄の腕はぶつかる度に火花を散らし、空気を揺るがす低い音を響かせる。繰り出す拳はもはや砲弾。一撃一撃が相手のライフポイントを確実にゼロにする必殺技。それをその男女は、一息の間もなく繰り出し続けていた。
だが、試合をしている当人たちにとって、そのような心配は全くの杞憂であった。彼等は純粋に戦いを楽しんでいた。強者と拳を交えるという経験は、己の力を高めようと志す者にとってこの上のないスパイスだった。だから彼らの表情には、拳を交える度に自然と笑みがこぼれてくるのである。
「ハハッ!いいねぇ!!強い!!」
工藤は持ち前の人並み外れた速度で、高木に数度の連打を喰らわせる。
しかしだ。高木はその太い腕を最大限に活用し、相手の矢の如き撃を全て受け止めた。黒き剛腕はまさしく鋼。痛みなど感じるはずもなく、その腕に一切の傷はない。
「いくぞ!」
「!」
数十の打ち合いの末、高木が攻勢へと大きく転じた。腕を素早く振り、相手の攻撃をついに弾く。相手の『疲労』速度を見越しての、的確なタイミングであった。
(『俊足』能力は代謝を爆発的に上げる能力。だが、思考速度までは上げられない。だから思考してから体を動かす必要のある“複雑な動き”が、『俊足』使いは不得手だ。思考する余裕もない突発的な事象が起きた場合、『俊足』使いは反射的な行動しかできなくなる。そしてその行動として一番多いのが、危険からの逃避本能、即ち――)
「――後退だ!!」
地面を大きく蹴って後退した工藤に、高木は間髪入れずに突進する。二人の距離はもはや拳一つほどしかなく、誰もが決着がついたとそう思った。
だが。
「しまっ――!」
高木は、自分の視界から突然工藤が消えたことで、自分が工藤の策にはめられていたことに気が付いた。彼女は飛び退いたのではない。懐に潜り込んだのだ、と。
彼は即座に己の下へと視線を向ける。そこにあったのは、ニヤリと笑う工藤の姿。豹の如きしなやかさで仰向けに身を反らし、地面に背がつくかつかないかというギリギリの状態で反撃を狙っている猛獣だった。
「破ァ!」
その一撃はまさしく怪物である。フィールドに入った亀裂はクレーターを形成し、砂埃とともに雷鳴に似た炸裂音が響き渡った。
両手で地面を鷲掴みにし、体を固定した彼女は、さらに両足で覆いかぶさるように迫っていた高木の胴を挟み込んだ。そのあとの行動など誰にでも想像がつくが、全ての観客の脳がそれを予測するよりも早く、彼女は自身と同じ背丈ほどの男にバックドロップを決めていた。
「な、なんて出鱈目な強さなの……」
大原典子は冷汗を流しながら、その決着に震えた。今まで多くのダイバーズの試合を見てきた彼女だが、ここまで激しく強烈で、そして計算された試合は見たことがなかった。
大原は気が付いたのである。体の速度と思考速度が乖離する『俊足』使いである工藤が反射的な行動をとった上でカウンターを仕掛けるには、攻撃を受ける前からその事象を想定していなければいけないということに。工藤藍という女は、これまでの高木勇人の基礎訓練の様子から彼の体力、戦法、能力疲労速度とその限界、そして思考すら把握していたのである。そうでなければどのタイミングで高木が攻撃に転じるのかを予測できない。
「……ダイバーズの戦いは情報が全て、か……けれど――」
結末を見届けた大原の瞳に、影が落ちた。
確かに、理屈は分かる。戦法を、理解できる。能力の特徴を、推察することもできる。
しかし――
「――どんなに戦いを見極められるようになったところで、能力を使いこなせられなければ、意味がないじゃない……」
◇
「さてと。んじゃぁ後は頼むわ、葵。」
「え?いいの?まだ吉岡君が残っているけれど?」
「ああん?あいつぅ?」
完全に気絶した高木の傍に腰を下ろし、工藤は言う。
「いやぁ。駄目だな。もう試合は終わった――いや、始まってもいねーからな。」
「……そうね。」
嶋崎は小平と相対峙している青年を眺める。
吉岡勝輝は長刀を駆使し小平に目にもとまらぬ攻撃を繰り出しているが、驚くべきことに、彼女はその斬撃を難なく捌いていた。
そしてさらにその奥、膝をつく山田と、旗の傍に立つ2人を眺め、島崎はため息をついた。
「まぁ、今の彼等では勝ち目は無いわねぇ。」
「当然だろ。こんなの『フラッグ・マッチ』以前の問題だ。試合ってものをあいつら理解していねぇ。」
唾を吐く工藤に、島崎は言う。
「それを分かっているのに、自分では手を出さないの?」
「やなこった。オレが相手をするのは“試合”をする気のあるやつだけだ。コイツみてーにな。」
「……」
工藤は親指で目を回している高木をつつき、ニヤリと笑う。
「あいつらにはきつい一撃が必要だ。それこそ目が覚めるくらいビリッとくるやつがな。」
「はぁ……。分かったわ。それじゃぁ、井上君。能力を使うの、やめてもらえるかしら?」
あまり乗り気ではないと言いたげな口調ではあったが、井上は島崎の瞳を見て静かに微笑んだ。
「嶋崎先輩、やる気満々ですね。」
◇
―数分前―
勝輝は数度の打ち合いで、小平という女性がただのダイバーズでないことに気が付いた。白井斗真という『銀狼会』最強の剣士に鍛えられ、日本能力者特殊部隊の訓練を受けた自分の剣を全て受け流しているのだ。間違いなく自分と同じように、特殊な環境下で鍛錬を積んだ人間であるということを理解した。
(ただの陸上選手かと思っていたが……この『障壁盾』の使い方、特殊部隊の資料にあった『障壁盾』の使い方に似ている。間違いなく軍関係者とつながりがある人物だ。もしや――)
「そらそら!もう終わりなのかな?」
小回りの利く小さめの盾を振り回し、小平は勝輝へ打撃を与える。勝輝はそれを長刀で受け流しつつ、適度に距離をとった。
「……驚きましたね。まさかここまで戦えるとは思っていませんでした。」
「ええー。ちょっとそれひどくない?私、一応この部活の一軍なんですけどぉー!」
苦笑いする小平の声は柔らかいが、目はまっすぐ勝輝を見据えている。
「というか、こっちからしたら君の方こそ何者なのか知りたいところなんだけどね。どうしてそんなに強いのかな?」
「……」
「……ふぅん。まぁいいか。じゃ、とりあえず工藤先輩のとこが終わるまでは相手してもらおうかな!」
小平の踏み込みは高木ほど思い切りがいいモノではなく、素人目線からすればためらいの残った動きに見えただろう。上半身がややのけ反り、下半身が半歩前へでる、弓を引くわけでもないのに胸を張る奇妙な構え。今までの攻防を考えれば、絶好の反撃チャンスの状態だった。
だが、勝輝は動かなかった。それどころか彼女が動いた分的確に半歩距離をとり、防御の姿勢を崩さなかった。
「あれ?こないの?反撃してくるかと思ったんだけど?」
「いいえ。」
「……ふーん。やっぱ、ただ者じゃないよねー、君。」
厄介な、と勝輝は目を細める。
(彼女の持つ円形の盾は直径50cm程度。本来なら腕に取りつけて使用するタイプの盾だが、それをフリスビーでも持つかのように握っている。
何が防御全振り、だ。その『障壁盾』は飛び道具だろう。『盾』は基本的に超接近戦で活用する道具だが、それを小型化し千輪のように投げられるよう薄くしている。しかもあの構え、攻守を瞬時に切り替えられる余裕を持った間合いを保っている。隙あらば急所を突く気満々じゃないか。)
勝輝は奥歯を噛みしめる。
(うっとうしい。さっさと片付けられるかと思ったが、時間がかかりそうだ。こちらの獲物は長刀。リーチが長い分有利に思えるが、相手が遠距離攻撃も超接近戦もできるとなると話は別。距離を取り過ぎれば盾が飛んでくるし、懐に入り込ませてしまっては小回りの良さではあちらが上。それに――)
勝輝は自身のもつ剣にひびが入っているのを見て舌打ちする。
(さっきから作っている刀の強度がどんどん落ちていっている!
これは刀を完成させるために必要な材料が足りていないからだ。どんなに強固な『創造体』といえど、オドが無ければ意味がない。今使っているオドの量では、あの攻撃を受け止める強度が足りていない!)
勝輝は周囲をぐるりと睨み付け、ある人物を探った。
ダイバーズの能力は物質であるエーテル、オドが必要不可欠である。オドの存在量は一定空間内に制限があるため、閉鎖空間内では能力を行使すればするほどオドが減ることになる。本来、勝輝が最初に形成した長刀と同じ量のオドを彼が使用すれば、同一の強度を持った長刀をつくることが可能である。しかし――
(刀の強度が創造するたびに落ちているということは、この空間内のオドを絶えず消費し続けている能力がずっと使われていると言うことになる。だが、この空間は縦100メートル、横50メートル。ここまで広範囲に渡るフィールド内全てのオドを徐々に消費するなんて能力、一体なんだと言うのだ!!)
彼はその能力が何か分からなかった。
まず工藤藍や高木勇人のようなアルケミストではないことは明白だった。彼等の体質変化もオドを消費するが、その消費量は『障壁盾』や『召喚能力』に比べれば圧倒的に少ないものだった。かといって『障壁盾』や『召喚能力』も持続的にオドを消費する代物ではない。能力を行使するたびにオドは確かに減るが、小平や山田、そして和田がさらに能力を使った様子は見られなかった。そして大原と足立はそもそも能力を使っていない。
となると、残るは嶋崎と井上ということになるが、二人が能力を行使しているようには全く見えていなかったのだ。超広範囲に渡って持続的に発動する、視覚的に能力行使が認められない、しかも効果も体感不可能な能力という、理解に苦しむ状況に、勝輝は難儀した。
(一番怪しいのは嶋崎グループのご令嬢、島崎葵。確か大学トップのウィザードの能力をもつということだったが、情報が足りなさすぎる。もしあの人物の能力だとしたら、何をしてくるか分からない状況でこれ以上『複合創造』を繰り返すのは危険か……。小平咲の『障壁盾』の強度を考えれば、おそらく次に長刀をつくったらそれが耐久力としては限界になる。後がない。
一方、井上健太は精神系統のウィザードだと聞いている。精神系統のウィザードはオド消費が非常に少ない。確かに距離依存しない能力もあるにはあるが、いずれにせよ精神系統の能力ではこの空間のオドを消費することは――)
その時だ。高木がねじ伏せられたその爆音が響いた、ちょうどそのときだった。同時に勝輝の頭の中に、衝撃が走った。
「――まて。確か、あいつ――」
勝輝は山田が能力を使ったとき、井上が叫んだ言葉を思い出す。
「猫をたった6匹召喚しただけで、和田っちの周りのオドが全部なくなった!」
(おかしい。何故分かる。なぜ、空間内にあるオドの存在量を知っている!!)




