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ヒューマンカインド/Brightness of life  作者: 猫山英風
第2部 友情 ―第1章 最初の一歩―
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第16話 来訪者(2)


「な――に――?」


 勝輝の瞳に、恐怖が映った。生唾を飲み、目の前に座る女性を揺らぐ瞳で観ていた。

 その微笑みは仮面の口元に伸びる影のように、彼にとっては不気味であった。


「それは――どういう、意味でしょうか――?」

「あら?」


嶋崎は一瞬きょとんとした顔をし、そして肩からわざとらしく大きなため息をついた。


「藍ったら、やっぱりちゃんと話をしていないのね。まぁ、そんなことだろうとは思っていたのだけれど。」

「――どういう……ことですか。」

「そうねぇ。じゃあ、失礼を承知で単刀直入に尋ねさせてもらうわね。」


生唾を飲む音が、静かな部屋に響く。


「あなた、義手、なんじゃない?」

「――は?」


 勝輝は拍子抜けしたような声を出した。


「ああ、間違っていたらごめんなさい。ただ――普通の人とは、すこし()()というのは見ていたら分かったから、もしかしたらと、思ったのよ。」

「……いえ。」


勝輝は困惑したが、即座に島崎のその“勘違い”の理由を悟り、その勘違いに()()()


「……ご推察の通り、僕は義手を使っています。ですが、何故そう思ったのです?」

「彼女が――藍が、そうだからですよ。」


 嶋崎は静かで哀しい笑みを、勝輝に向ける。


「彼女は一昨年の事故で、両腕を骨折したわ。それ自体も大変なケガだったけれど、それ以上に大変だったのはその後よ。彼女はそれが原因で、発症してしまったのよ。エーテル化喪失症を。」

「あの青い腕、ですか……」

「ええ。」


嶋崎は頷く。


「彼女は両腕が失われると分かって、すぐに私に頼んできたわ。エーテル化した腕をそのまま義手にしてほしい、と。」

「……嶋崎葵先輩は、確か『嶋崎グループ』のご令嬢、でしたね。」

「あらやだ。ご令嬢、だなんて。ふふふ。久しぶりに言われたわね。」

「――嶋崎グループは、ダイバーズに関する警備システム及び医療技術開発を行うトップ企業ですね。その総資産は、1兆円はくだらないと言われるほどの大企業。商売相手は全世界の民間企業だけでなく、病院、警察署、消防署といった公的機関を含む政府関係組織にまで及ぶと言われています。故にその影響力はおそらく民間企業としては現在世界一位に上る。

 そして、その最も大きな取引相手の1つが、世界最強の能力者特殊部隊、『不死鳥』です。」

「あら、よく知っているわね。『不死鳥』の方々の注文は何もかもレベルが高くて、お父様も大変だとおっしゃっていたわ。」

「……」


愛想笑いを浮かべる彼女に、勝輝は率直に尋ねた。


「――もしや、藍先輩のあの義手()、『不死鳥』メンバーの1人、『タナトス』が要求した『レリック・デバイス』なのでは?」

「――」


勝輝の言葉に、島崎は納得したように微笑む。


「――それを知っているということは、やっぱり、あなたもそうだと言う訳ね。」

「……そういう、ことでしたか。

 工藤先輩の能力は『俊足』と『硬質化』。これを同時に併用している時点で奇妙だと感じていましたが、あのような()()する腕は、『硬質化』をした状態と完全に矛盾します。なので、もしかしたらあの腕は義手であり、変形したのは()()()()()()()()()なのではないか、そう思っていましたが……

 なるほど、俺と同じ、ということですか。」


なるべく共感するときに見せる仕草をオーバーに見せながら、勝輝は話を続ける。


「『レリック・デバイス』。

 島崎グループが開発した、エーテルと結合し、結晶化した肉体をそのまま義手として使う医療補助装置。その特徴は、元々の肉体と同じように滑らかな動きを実現し、尚且つ能力が行使できる、という点でしたね。しかも、その能力は“本来のものから逸脱した効果をも発揮する”ことが可能です。」

「ええ。そうです。彼女は本来『硬質化』と『俊足』は同時に使うことができません。それを可能にしているのが、あの義手よ。

 そしてあなたの場合は、その『動き』――身体能力、とでも言うべきなのかしらね。」

「――」


怪訝な顔をした勝輝に、島崎は謝罪する。


「ああ。ごめんなさい。不快にさせてしまったわね。」

「いえ……」

「コホン。『レリック・デバイス』はまだ完全な実用段階には至っていないわ。だから、改善点がいくつかある。そのうちの一つが、能力を使うたびに体が痛む、という点です。」

「……そう、ですね。」


勝輝は忌々しそうに腕をつかむ。


「あなた、能力を使うたびに隠してはいるけれど、本当は体に相当な負荷がかかっているでしょう。藍もその痛みを隠すから、よくわかるわ。」

「……」


 勝輝は答えなかった。

 確かにそれはその通りだった。白井斗真とともにあの研究所から逃げ出そうとしていたあの頃から、能力を使うたびに走る激痛は消えてはいなかった。多少軽減はされていたが、それでも痛みはある。それが表に出ていないのは、彼がそうなるよう訓練をつづけたからだ。

 ダイバーズの戦いは情報が命。特に、能力が使えなくなる状態である『疲労限界』に関わる情報はダイバーズの戦いにおけるアキレス腱だった。

 故に、勝輝はそれを隠すための工夫を施し、戦う術を身に着けた。そして、例え見破られたとしても、己のアキレス腱をさらすようなことを、彼は忌避した。彼が沈黙を決め込んだのは言い返せなかったからではなく、余りにも頑なな警戒が理由であった。

 島崎は髪に隠れた静かな眼光に気づかず、話を続けた。


「『レリック・デバイス』を現在使用しているのは、試験的に運用するために、“実験”に協力した人たちだけよ。だから、その義手は見た目が大分普通の義手とはかけ離れています。藍の腕は真っ青。それに専用の皮膚塗料を塗って肌色に見せているだけなのです。

 だから――多くの人に、異物を見る様な目で見られてしまう。……姿形が違うだけで腫れ物に触る様なことをする、なんて人間の醜いところだけれど、それをしてしまう人はいるのです。本当に、残念な話ですが……。

 そういう人たちに出会うと、心をふさいでしまう人もいる――

 だから、もしかすると、あなたも“そう”なのではないか――私はそう思ったのです。」

「……」

「けれどね、勝輝君。」


嶋崎は微笑む。


「この部活動には、あなたと同じように『レリック・デバイス』を使っている人がいるわ。」

「……」

「体を失い、それを肉体ではないもので補う――それによって、人から耐え難い視線を、耐え難い屈辱を味合わされるときもあるわ。

 でも、それをする彼らは、義手を使う人にとってそれがどれだけ苦しいものなのか、知らないのです。知らない、だけなのです。」


彼女は自らの顔に刺した影を振り払うと、にっこりと笑った。


「でも、ここには、“知ろう”とする人が大勢います。知ることは――理解はできなくても、寄り添おうとする人がいます。寄り添えなくても、助けようとする人がいます。」

「……」

「義手を使う人たちはそこに生きているわ。心に傷を負っても、たくましく生きている人がいる。……いいえ。きっと、義手だからこそ、普通の人以上に強く生きている人たちがいると、私は思っています。

 そして、この部活にも、強く生きる人が一人いるわ。そして、彼女を支える多くの人も。

 ――彼女は、確かにとても“強い人”だから、あまりそういう姿は見せないけれど、きっとあなたを見て思うところがあったんじゃないかと思うわ。

 まぁ、いつまでたっても高校時代のヤンキー感が抜けないし、あの子、割と恥ずかしがり屋だから、あんな誤解を招くような発言になっちゃうのだけれどね。」


視線を落とす勝輝に、彼女は優しく語りかける。


「勝輝君。私が知ってほしいのは、彼女を支え、理解している人が、この部活にはたくさんいるということよ。」

「……」

「だからこの部活は、あなたにとって最適だと思うわ。ここには、きっとあなたを受け入れ、大切にしてくれる人たちがいる。そしてきっと――高木君も大原さんも、あなたにとってかけがえのない友達になるでしょう。だから、あなたも、少しは緊張を解いてもいいのよ?」





「何が、緊張を解いてもいい、だ。そんなこと――できるわけ、ないだろ……」


 勝輝はベッドの上で天井を眺める。

白い天井に小さくついた黒い染みが、額に落ちてきそうなほど暗く重く見えた。


「義手――か。」


 『ダイバーズの10原則』、その7。『能力の起点は必ずダイバーズ自身である』――この原則のため、ダイバーズは通常の義手や義足を付けると、能力を発揮できなくなる場合がある。だから、義手を付けても能力が使えるようにしてほしい、そういう願いは昔からあった。

 依頼主である『タナトス』自身もエーテル化喪失症を患っていたという話を、勝輝は知っていた。『タナトス』の能力は直接相手に触れなければならない『身体型ダイバーズ』だと推測されている。世界最強のダイバーズの一角が、病で能力が使えないという事態は、戦後間もない混沌とした時代では致命的だったのだろう。『タナトス』による多額の寄付金――いや、研究資金の提供が無ければ実現しなかった技術であり、エーテル化喪失症の治療方法を編み出した『アマテラス』の協力なしには不可能だった医術だ。


「――だが、それは俺の体には当てはまらない。」


 勝輝は特秘能力者になってそれらの情報にアクセスし、その後自身の体すべてが『レリック・デバイス』による代用だったのではと思ったときがある。だが、その考えはあっけなく打ち砕かれた。どこまで行っても、『脳』がないのでは『レリック・デバイス』は機能しない。『脳』ですら創造体である勝輝にとって、自身の体が『レリック・デバイス』であるという考えは棄却された。それに何より、『レリック・デバイス』の臨床実験は『ショッピングモール爆破事件』の後に行われていた。自分がそれを施されたとは、考えにくかった。

 勝輝はベッドに拳を叩きつける。


「くそ。――俺は、人間だ。何を、考えて悩んでいる!!」


 ちょうど、その時だった。

再び彼の休む部屋の戸を、ノックする者が現れたのは。


「今度は、一体だれだ……」


小さく悪態をついてから、彼はその扉の向こうに向かって返答した。

そして彼は入ってきた声の主の姿を見て、一瞬ギョッとした


「いいかな?吉岡君。」


 甘い顔に黒い長髪の男。その視線は常に柔らかでいるようで、蛇のように鋭い。

初日の授業であの一瞬の視線を向けた人物が、同じ視線を向けて立っていた。


「少し、先生とお話、いいかな?」


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