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ヒューマンカインド/Brightness of life  作者: 猫山英風
第2部 友情 ―第1章 最初の一歩―
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第15話 来訪者(1)


「くそっ」


 白いベッドの上に、拳がたたきつけられる。


(――失敗した。

 注目を集めてはならないと分かっていたのに、あのようなことをするなど愚の骨頂だ。たかが召喚体ごときに、何を焦っている。)


勝輝は大きなため息をつくと、叩きつけた拳を頭上にかざす。


「腕は……まだ動くか……」


(あの日。あの『門』をくぐってから、この体は崩れていない。それでも――瞼を閉じると、あのおぞましい光景が甦る。手足が転がり、眼球が卵のように落ちては割れる、あの地獄が――)


「いいかしら?」


 突然の来訪者を告げるその音に、勝輝は小さくため息をもらした。今度は、どんな面倒ごとがやってきたのか、と。


「……どうぞ」


 ノックの音に続いて部屋に入ってきたのは、真っ白なドレスに身を包んだ、一人の女性であった。


「こんばんは。もう体調は大丈夫かしら?」

「――ええ。」

「そう。それは良かったわ。」


 勝輝は体を起こし、椅子に座る人物と対面する。

 しかし、彼女は黙って勝輝をじっと見つめるばかりで、何も言わなかった。故に、勝輝は狼狽した。


「……あの、何か御用でしょうか?嶋崎先輩。」

「あら、ごめんなさいね。私としたことが、失礼致しました。」

「――いえ、大丈夫です……」


 あまりに上品にお辞儀をする嶋崎に、勝輝はさらに困惑した。

 今、彼は誰にも会いたくなかった。それはいつもと同じ理由でではあるが、この時は特にそう彼は感じていた。しかし、そこにやってきた人物は、彼にとって無視できない存在であった。

 島崎葵。日本能力者総合大学3年生にして、学内の学生活動の全てを取り仕切る組織、『学生会』の会長。そして()()工藤藍と並び、学内()()と言われるダイバーズである。そんな人物が、一体何をしにこの医務室にやってきたのか、彼には理解できなかった。


「あなた、吉岡勝輝君――だったわね。」


 島崎は春のような視線を勝輝に向ける・


「ええ。そうですが。」

「今日のトレーニングを見ていたわ。随分と運動が得意なのね。()()()()()()()()()()()、とても私では無理ですもの。何か部活をやっていたのかしら?」

「……いえ、とくにはやっていませんでした――」

「そうなの?てっきり、陸上部か、バスケットか……それとも、()()()()()()()()()()()()()と思ったわ。」

「……いえ。」


 勝輝は彼女の瞳から視線を外す。


「じゃあ、()()()体を鍛えたのかしら?」

「――」

「言いたくなければいいのよ?誰だって()()()()()()()()()1()()()2()()()()()()()。」

「……知人に、そういったトレーニングに詳しい人がいましたので……」

「まあ、そうでしたの。それはいい人に巡り合ったんですね。」

「……ええ、まあ。」

「じゃあ、ここが()()()()()()()()()()、ということになるのかしら?」

「そう、ですね……」


 彼は、詰め将棋をされている気がしていた。彼女の言葉は、妙なところに重みがある。

そしてその予感は、次の一手で決定的となった。


「でしたら、あなたにとってここは最適の場所ですよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ね。」




「ふうむ。体調がすぐれないようだったから声を掛けたが、ひどく拒絶されてしまったということか。」


 長髪の男が、腕を組みながら感慨深そうにうなずく。初夏の季節が近づいているというのに頭の先からつま先まで真黒なスーツを着つけているその男は、高木たちからことの顛末を聞いていた。


「あの、矢島先生。」

「ん?何かね、井上君。」

「彼は今日だけ、というより、ずっと人を避けているような気がするのです。何かご存知でしょうか。」

「いや、僕は知らないが――君たちはどうかな?」

「あーっと、その、まあ……確かに、そんな感じはありましたが……」


 高木はチラリと会場を見渡す。

 勝輝があまり人と関わりたくなさそうにしていることは、この場にいる誰もが知っていることだった。特にこの2週間ほどは露骨であった。“近寄りがたいオーラ”というものはより一層圧を強め、自ら他人に話しかけることは一度もなかった。たとえ話しかけられても、教授や先輩はおろか、彼ら4人ともほとんど口を利かなかったのだ。その結果、周囲の人間は彼の望み通り、ここにいるメンバーを除いて次第に彼と接触することを()った。

 当然のことながら、誰一人その本当の理由は知らない。しかし人間は、“普通とは違う”という現象に、とにかく理由を付けたがるものである。故に、最も安直な噂が広まった。


己の能力を過信しすぎたが故に、敗北に打ちひしがれているだけなのだ――と。


 『複合創造能力』は現在日本でたった8人――サイセツが吉岡勝輝であるということを踏まえれば7人だが――しか存在していない。そのようなきわめて珍しく強力な能力を、誰も羨み、妬ましく思わない、ということはありえなかった。人間の欲が業と結びつき、正しく()ないうわさが飛び交った。


 高木はひそひそと話をする生徒を横目に、まっすぐ矢島に向かって言った。


「勝輝が何故人を避けているのかは分かりません。ですが、少なくとも、工藤藍先輩というダイバーズに()()()()()が原因であるとは、思いません。」

「……」


 矢島は顔色1つ変えずに高木の言葉を受け取り、そして瞳を閉じて小さく笑った。


「ふむ、()()()()。彼は()()人を避けているようだった。その理由は君たちにも分からないというなら仕方がない。何せ、現状最も彼らと仲良くしているのは君たちだからね。君らが分からないのであれば、我々にも分からないだろう。

 真実が分からないうちから、あれこれと()()()()()()()()()()()。それについては、彼が話してくれるのを待つしかないねえ。」


 少しだけ声を張った矢島に、高木は安堵した。こちらに背を向けてそそくさと離れていく生徒たちを見て、少なくともこれ以上()()噂が立つことはないと、そう感じたのだ。


「まあ、しかし、()()は良くないねえ。」


矢島はその甘い顔をまっすぐ大原に向ける。


「随分な態度を取られてしまったようだけれど、大原君は大丈夫ですか?」

「……」


 大原はほんの一秒の間、言葉に詰まった。


――俺はお前を認めない――


 あの日、あの雨の中言われたあの一言が、ずっと彼女の胸に突き刺さっている。彼の先ほどの拒絶は、彼女の心に、さらにその杭を打ち込んだ。

 だが、それでも彼女はそれを認めなかった。()()()()()()()()。認めてしまえば、自分のやっていることに、自信がなくなってしまう。彼の呼ぶ“偽善者”というもの――自分の信じるもの――が、間違っていると証明してしまう。

そして何より、“弱い”ということを、立証してしまう。


そのような、“欠点”は絶対に有ってはならない――


 だから、彼女はその凛とした瞳を矢島に向け、はっきりと答えた。



「はい。何も問題はありません。」




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