表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒューマンカインド/Brightness of life  作者: 猫山英風
第2部 友情 ―第1章 最初の一歩―
77/114

第11話 部活動勧誘(5)


 数十にわたる打ち合い。

お互いの額にはいくつもの汗が流れ、その服を湿らせている。

すでに工藤は俊足を使わず、硬質化だけで戦っていた。

故に、勝輝には相手の攻撃を防ぐだけでなく、攻撃に転じる余裕が出来ていた。勝輝自身、能力疲労を次第に感じるころである。それは勝輝にとって、工藤がそろそろ疲労が()()()()()()頃合いを知る兆しであった。


「工藤先輩、先ほど、俺のことを弱いと言いましたね。」


 勝輝が攻防を繰り返しながら、彼女にだけ聞こえる大きさで言う。


「あん?そうだが、それがどうした?」

「訂正してもらいます。

――俺は、弱者じゃない。俺は――違う。」


『お前は道具だ――』


(いやちがう。俺は、決して道具なんかじゃない。そのために、俺は能力を振るっている!)


彼は、心の中で叫ぶ。そして何かに耐えるような目で、彼女に叫んだ。


「俺は――ダイバーズであるために、勝たなくてはならない!」

「――」


 勝輝は、勢いよく工藤の腕を弾き飛ばす。

 硬質化が筋肉にまで及んでいるせいで、彼女の手首は動かない。そのため、彼女は大きく腕を振ることでしか勝輝の攻撃を防げていなかった。それに加え、彼女は『疲労』が重なって動きが鈍っていた。勝輝にとってその状況は、戦況を一気に終わらせられる好機だ。

 完全に無防備になった工藤に、彼は渾身の一撃を彼女の防具に振り下ろす。


「これで、俺の――勝ちだ!」



「――やっぱり、弱いな。」



 心臓を突き刺すような低く鋭い言葉が、勝輝の耳に響く。

 勝輝は、目の前の状況が信じられなかった。


刀が、動かない。


工藤の胴の寸前で、白銀の刃が動きを封じられている。それも海の底のような蒼い(いと)によって。


「な――」


彼がその状況に息をのんだ瞬間、工藤は勢いよくその蒼い鞭を振った。


 まるで雪のようであった。


 綺麗な銀色の破片が、ゆっくりと勝輝の目の前で舞っている。微かに聞こえる金属音は、地面に落ちた刃とともに、青い光を放って消えていった。

 そう、彼の長刀は、見る影もなく砕け散ったのである。


 甲高いブザーが鳴り響き、会場のまわりで歓声が沸き上がる。

彼が気付いたときには、工藤の鞭が彼の胴を叩きつけた後だった。



「勝者、能力競技部部長、工藤藍!ライフポイントに依る判定で、勝負は0-13です。」



「ま、まじかよ。勝輝が、負けたぞ!?」

「あ、あの先輩強すぎでしょ!」


 高木と山田が驚嘆する。

そしてその隣で、足立が手を口に当てながら恐る恐る尋ねた。


「ね、ねぇ、今の、一体何?」


 その質問に、すぐに答えられる者はいなかった。

 なぜなら、その場にいた誰もが、工藤の取った行動を理解できなかったからだ。

 工藤の動きが目に見えないほど早かったからではない。人は、()()()()()()()()()()()()()()が起きると、思考を停止させてしまうからだ。

 故に、高木はしばらくしてから、こう答えることしかできなかった。


「腕が――鞭になった――?」


 工藤は勝輝にはじき返された右腕を、その勢いを利用して体の後ろに回した。そして、先ほどまで硬質化させていたその腕を、まるでゴムのように引き伸ばし、青く細い鞭のように()()()()()のである。しなやかに伸びるその細い鞭は、勢いをそのままに彼女の体の前に到達した。そして、その鞭が、勝輝の刃をからめとってしまったのである。

 その状況は誰もが見、誰もが事実として目に焼き付けた。

だが、何故()()()()()などということが出来たのか、皆目見当がつかなかったのだ。

 そしてその理由に最初に気が付いたのは、大原だった。


「まさか――義手?」




 どうして負けてしまったのか。


勝輝の頭の中で、もう一人の自分が永延と問いかける。


 何がいけなかったのか。何を間違えたのか。

 決して負けてはならないはずのこの試合で、負けてしまった理由は何だ――

 そう、彼は自分に問いかけていた。

 立ち尽くす勝輝に、工藤は鞭をするすると()へと戻しながら言う。


「悪いな、少年。これはオレの今年一番の“隠し玉”でな。

 色々あって、エーテル化喪失症で失った両腕を、()()()()()()()()()使ってんだ。

 今のは、その副産物みたいなもんさ。『俊足』と『硬質化』を同時に行使できる理由を尋ねられた時は、ばれてしまったかと焦ったがな。

 まあ、これについてはおいおい説明してやるよ。なんせ、これでお前はうちの新入部員だからな。」


歩み寄る工藤の体が、健康的な汗でまぶしく輝く。

 勝輝は呆然とその姿を見ながら、小さく尋ねた。


「エーテル化喪失症――ということは、さっきの鞭は『エーテル体』か。」

「まー、()()()そんな感じだな。」

「……確かに、『エーテル体』は物理耐性が高い。だが、それは密度に依存する。あそこまで細く、かつしなやかに動かすとなると、密度は相当に低いはずだ。

 なぜ、そんな『障壁盾』でもない『エーテル体』が、創造体を破壊できたんだ――」

「あん?」


勝輝の覇気のない声に、彼女ははぁと大きくため息をつく。


「なんだ、まだわかってねぇのかよ。

 たしかに密度はかなり低い。本来ある『エーテル体』の物理耐性としての強度はガタ落ちだろうよ。だが、アンだけぼろぼろで、そして()()()()()ら、少し精度のいいエーテル体でもお前の刀は破壊できる。」

「もろかった――?」


勝輝が分からないという顔で工藤を見る。


「ああ。もろい。オレから言わせりゃ、お前のその刀の完成度はまだまだだ。もっと本当の刀になっていれば、そもそも()()()()()()ごときで刃が欠けたりするものか。お前の刀は、見た目はかなりいい感じに見えるが、()()がねぇ。」

「な――に――?」


 心臓が大きく脈打つ。

大原に『サイセツ』だと言われた時の、あの感触が、再び襲ってくる。


「お前、さっき“ダイバーズであるために勝たなくてはならない”とか言っていたな。」

「――」

「ダイバーズってのは、『原則2』にあるように、イメージによって能力を発現させる生き物だ。だから、なんで戦うのか、なんで能力を使うのか、はっきりした『意志』がねぇと使いこなせない。

 そして、その意志は、何でもいいってわけじゃない。『絶対に曲げられない自分から出た意志』じゃないとだめだ。そうじゃないとイメージの『強度』が足りない。」


 彼女は大きく息を吸って続ける。


「お前は何かをずっと恐れている。」

「――!」

「その理由も、何を恐れているのかは知らねぇ。

 だがオレには、お前が何かに急き立てられて能力を使っているように見える。おまけに、体の鍛え方も“しなきゃいけないからやった”みたいな、“やりたい”や“楽しい”って感情から来たものじゃねえ。

 お前の体には、()()()()()()()()()()()()。」

「な、なにを――」


勝輝の言葉を、工藤は遮る。


「お前がどうしてそういうふうになっているのかは知らんが、“恐怖”が理由で戦うお前は、能力を完全には使いこなせてない。“勝たなくてはいけない”()()()理由で能力を使うやつが、強いわけがない。恐れは必要なモノではあるが、恐れを理由にして戦うやつは、そうでないものには、絶対に勝てん。」


彼女はそういうと、彼の肩を軽く二度叩いた。


「お前は何かを恐れている目をしていたからな。すぐにわかった。軍人みたいな雰囲気出しても、目の奥底までは隠せねぇぞ?」

「……」

「何かから逃げている――お前みたいなのは、過去に見たことがある。どんなに“力”が強くても、恐れから逃げているならば、それは“弱者”だ。」



工藤藍は、去り際に言った。


「――弱者でいたくなければ、ここで“強者”になればいい。歓迎するぜ、新人君。」



 勝輝は、心臓をつかまれた気分がしていた。大原が彼のことをサイセツであると言い当てた時よりも、工藤の言葉はもっと核心に触れていた。


彼が能力を使う理由が何なのか。


彼が恐れているものは何なのか。


彼の秘密が、何なのか。


彼は、そのすべてを見抜かれたような気がしていた。


 そしてその寒気とともに、慟哭に似た何かが、つくりものの心臓を強く打った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ