第11話 部活動勧誘(5)
数十にわたる打ち合い。
お互いの額にはいくつもの汗が流れ、その服を湿らせている。
すでに工藤は俊足を使わず、硬質化だけで戦っていた。
故に、勝輝には相手の攻撃を防ぐだけでなく、攻撃に転じる余裕が出来ていた。勝輝自身、能力疲労を次第に感じるころである。それは勝輝にとって、工藤がそろそろ疲労が限界に達する頃合いを知る兆しであった。
「工藤先輩、先ほど、俺のことを弱いと言いましたね。」
勝輝が攻防を繰り返しながら、彼女にだけ聞こえる大きさで言う。
「あん?そうだが、それがどうした?」
「訂正してもらいます。
――俺は、弱者じゃない。俺は――違う。」
『お前は道具だ――』
(いやちがう。俺は、決して道具なんかじゃない。そのために、俺は能力を振るっている!)
彼は、心の中で叫ぶ。そして何かに耐えるような目で、彼女に叫んだ。
「俺は――ダイバーズであるために、勝たなくてはならない!」
「――」
勝輝は、勢いよく工藤の腕を弾き飛ばす。
硬質化が筋肉にまで及んでいるせいで、彼女の手首は動かない。そのため、彼女は大きく腕を振ることでしか勝輝の攻撃を防げていなかった。それに加え、彼女は『疲労』が重なって動きが鈍っていた。勝輝にとってその状況は、戦況を一気に終わらせられる好機だ。
完全に無防備になった工藤に、彼は渾身の一撃を彼女の防具に振り下ろす。
「これで、俺の――勝ちだ!」
「――やっぱり、弱いな。」
心臓を突き刺すような低く鋭い言葉が、勝輝の耳に響く。
勝輝は、目の前の状況が信じられなかった。
刀が、動かない。
工藤の胴の寸前で、白銀の刃が動きを封じられている。それも海の底のような蒼い鞭によって。
「な――」
彼がその状況に息をのんだ瞬間、工藤は勢いよくその蒼い鞭を振った。
まるで雪のようであった。
綺麗な銀色の破片が、ゆっくりと勝輝の目の前で舞っている。微かに聞こえる金属音は、地面に落ちた刃とともに、青い光を放って消えていった。
そう、彼の長刀は、見る影もなく砕け散ったのである。
甲高いブザーが鳴り響き、会場のまわりで歓声が沸き上がる。
彼が気付いたときには、工藤の鞭が彼の胴を叩きつけた後だった。
「勝者、能力競技部部長、工藤藍!ライフポイントに依る判定で、勝負は0-13です。」
◇
「ま、まじかよ。勝輝が、負けたぞ!?」
「あ、あの先輩強すぎでしょ!」
高木と山田が驚嘆する。
そしてその隣で、足立が手を口に当てながら恐る恐る尋ねた。
「ね、ねぇ、今の、一体何?」
その質問に、すぐに答えられる者はいなかった。
なぜなら、その場にいた誰もが、工藤の取った行動を理解できなかったからだ。
工藤の動きが目に見えないほど早かったからではない。人は、常識的に考えてありえないことが起きると、思考を停止させてしまうからだ。
故に、高木はしばらくしてから、こう答えることしかできなかった。
「腕が――鞭になった――?」
工藤は勝輝にはじき返された右腕を、その勢いを利用して体の後ろに回した。そして、先ほどまで硬質化させていたその腕を、まるでゴムのように引き伸ばし、青く細い鞭のように変形させたのである。しなやかに伸びるその細い鞭は、勢いをそのままに彼女の体の前に到達した。そして、その鞭が、勝輝の刃をからめとってしまったのである。
その状況は誰もが見、誰もが事実として目に焼き付けた。
だが、何故腕を伸ばすなどということが出来たのか、皆目見当がつかなかったのだ。
そしてその理由に最初に気が付いたのは、大原だった。
「まさか――義手?」
◇
どうして負けてしまったのか。
勝輝の頭の中で、もう一人の自分が永延と問いかける。
何がいけなかったのか。何を間違えたのか。
決して負けてはならないはずのこの試合で、負けてしまった理由は何だ――
そう、彼は自分に問いかけていた。
立ち尽くす勝輝に、工藤は鞭をするすると腕へと戻しながら言う。
「悪いな、少年。これはオレの今年一番の“隠し玉”でな。
色々あって、エーテル化喪失症で失った両腕を、そのまま義手として使ってんだ。
今のは、その副産物みたいなもんさ。『俊足』と『硬質化』を同時に行使できる理由を尋ねられた時は、ばれてしまったかと焦ったがな。
まあ、これについてはおいおい説明してやるよ。なんせ、これでお前はうちの新入部員だからな。」
歩み寄る工藤の体が、健康的な汗でまぶしく輝く。
勝輝は呆然とその姿を見ながら、小さく尋ねた。
「エーテル化喪失症――ということは、さっきの鞭は『エーテル体』か。」
「まー、大体はそんな感じだな。」
「……確かに、『エーテル体』は物理耐性が高い。だが、それは密度に依存する。あそこまで細く、かつしなやかに動かすとなると、密度は相当に低いはずだ。
なぜ、そんな『障壁盾』でもない『エーテル体』が、創造体を破壊できたんだ――」
「あん?」
勝輝の覇気のない声に、彼女ははぁと大きくため息をつく。
「なんだ、まだわかってねぇのかよ。
たしかに密度はかなり低い。本来ある『エーテル体』の物理耐性としての強度はガタ落ちだろうよ。だが、アンだけぼろぼろで、そしてもろかったら、少し精度のいいエーテル体でもお前の刀は破壊できる。」
「もろかった――?」
勝輝が分からないという顔で工藤を見る。
「ああ。もろい。オレから言わせりゃ、お前のその刀の完成度はまだまだだ。もっと本当の刀になっていれば、そもそもオレの硬質化ごときで刃が欠けたりするものか。お前の刀は、見た目はかなりいい感じに見えるが、中身がねぇ。」
「な――に――?」
心臓が大きく脈打つ。
大原に『サイセツ』だと言われた時の、あの感触が、再び襲ってくる。
「お前、さっき“ダイバーズであるために勝たなくてはならない”とか言っていたな。」
「――」
「ダイバーズってのは、『原則2』にあるように、イメージによって能力を発現させる生き物だ。だから、なんで戦うのか、なんで能力を使うのか、はっきりした『意志』がねぇと使いこなせない。
そして、その意志は、何でもいいってわけじゃない。『絶対に曲げられない自分から出た意志』じゃないとだめだ。そうじゃないとイメージの『強度』が足りない。」
彼女は大きく息を吸って続ける。
「お前は何かをずっと恐れている。」
「――!」
「その理由も、何を恐れているのかは知らねぇ。
だがオレには、お前が何かに急き立てられて能力を使っているように見える。おまけに、体の鍛え方も“しなきゃいけないからやった”みたいな、“やりたい”や“楽しい”って感情から来たものじゃねえ。
お前の体には、そういう無駄がなさすぎる。」
「な、なにを――」
勝輝の言葉を、工藤は遮る。
「お前がどうしてそういうふうになっているのかは知らんが、“恐怖”が理由で戦うお前は、能力を完全には使いこなせてない。“勝たなくてはいけない”なんて理由で能力を使うやつが、強いわけがない。恐れは必要なモノではあるが、恐れを理由にして戦うやつは、そうでないものには、絶対に勝てん。」
彼女はそういうと、彼の肩を軽く二度叩いた。
「お前は何かを恐れている目をしていたからな。すぐにわかった。軍人みたいな雰囲気出しても、目の奥底までは隠せねぇぞ?」
「……」
「何かから逃げている――お前みたいなのは、過去に見たことがある。どんなに“力”が強くても、恐れから逃げているならば、それは“弱者”だ。」
工藤藍は、去り際に言った。
「――弱者でいたくなければ、ここで“強者”になればいい。歓迎するぜ、新人君。」
勝輝は、心臓をつかまれた気分がしていた。大原が彼のことをサイセツであると言い当てた時よりも、工藤の言葉はもっと核心に触れていた。
彼が能力を使う理由が何なのか。
彼が恐れているものは何なのか。
彼の秘密が、何なのか。
彼は、そのすべてを見抜かれたような気がしていた。
そしてその寒気とともに、慟哭に似た何かが、つくりものの心臓を強く打った。




