第10話 部活動勧誘(4)
勝輝は焦っていた。
工藤の猛攻を防ぐことには大分慣れてはいたが、それは手にしている刀があってのこと。彼が持っている刀は、彼女の攻撃で既にぼろぼろだった。
(俺が作り出した創造体の情報保存時間は約30分だが、それ以前に刀がもたない!
だが刀を創りかえる余裕もない!防御への集中が途切れれば彼女の一撃を喰らってしまう。そうなれば試合終了だ!)
勝輝は繰り出される撃鉄を受けながら、その動きを観察する。
(この女は、筋組織まで硬質化させている。
故に動きは基本的に大振りで、目で捉えられないような動きじゃない。普通ならそのような動きは“隙”になるが、この女はその“隙”を、『俊足』でカバーして戦ってい――)
「ハァッ!!」
「くっ――!」
刃から伝わる衝撃が、勝輝の体をわずかに浮かせた。
(――馬鹿か、俺は。
カバーしている?違う!アレはもはや立派な武器だ。欠点を補う必要な処置なんかじゃない。砲撃並の威力を兼ね備えた、完全な攻撃特化の技だ!)
即座に距離をとる勝輝。しかし、瞬きの間に工藤はその差を詰める。すると勝輝はさらに後退せざるを得なくなり、ともすれば工藤はさらに間合いを詰め、勝輝の点を削らんと拳を振る。
「ハッ!間合いが甘いねえ!!」
(圧倒的工藤有利の状況であり、今の状態が続けば確実に俺の負けだ。
だが、『俊足』には一つだけ欠点がある!)
勝輝は長刀を軽やかに操りながら、打開策を練り上げる。
(『俊足』は体全ての代謝を底上げできても、思考は加速しない。動きに思考がついていける、“限界”が存在する。
故に『俊足』は、“急激な、予想外の状況の変化”に、弱い!
そして訓練を受けた特殊部隊のメンバーならまだしも、そうでないのなら――)
勝輝の足が、逃げるのをやめた
(――その対策も、たかが知れている!)
「む?」
工藤は、自分の一撃を受け止める力が弱まったことに気が付いた。このまま押せば刀を弾き飛ばすことも可能だと、そう思った瞬間――
(刀が、消えた――!?いや、これは!)
彼女は大きく右側に飛び退き、華麗なバク転を披露すると、盛大に舌打ちをした。
「まったく。あの状況で、よくそんなことを考え付くもんだ。」
彼女はわき腹を抑えて笑う。左の脇腹に一撃が入り、彼女のライフポイントが「2点」減点されていた。
勝輝は新たな刀を右手に持ち、もう一度構えをとると、何も言うこともなく攻撃に転じた。
◇
高木がこれはかなわない、と半ば笑う。
「マジかよ。あいつ、あの状況で刀を創り直しやがった。」
「何がおきたの?私には、一瞬刀が先輩の腕を通り抜けていたように見えたんだけど??」
足立の質問に、高木は冷汗を掻きながら答える。
「あいつがやったのは刀身の再構築だ。
まず、勝輝は先輩の打撃を受けとめてた瞬間に、創造体に入力した情報を解除して、刀をもとのエーテルに戻したんだ。
次に、体を低くして先輩の腕の下に潜り込んだ。それと同時に再び新たな刀を作製。
そうすると、刀身は先輩の腕の前じゃなくて、腹部の前にできる。だから勝輝は工藤先輩に一撃をいれることが出来たんだ。
これを一瞬でやったから、まるで刀が腕を通り抜けたみたいに見えたんだよ。」
「なるほど。びっくりしたぁ。物体を通り抜けるダイバーズなんて存在しないって習ったから、どういうことかと思ったよ~」
足立が納得すると、山田が慌てて付け加えた。
「いや、それもすさまじいけど、もっとヤバいのは、それをできる状況に持ち込んだってところよ。」
「ふぇ?」
「勝輝は完全に工藤先輩に押されていた。新しく刀を創りだす余裕もないほどに、ね。だから彼は刀を創る“余裕”を創りだそうとしたのよ。」
「どゆこと?」
「注意を反らした、ということよ。」
首を傾げる足立に、大原が説明する。
「これは私の推測だけれど、工藤先輩は刀が消えたことで、注意をそらされたのよ。
おそらく工藤先輩は、勝輝君の刀が“破損する場面”を想定していた。だけど、実際目の前で起こったのは、刀の消失だった。」
「破損でも反撃でもない、自分が想像していたことと全く違うことが起きた――それは戦う人間にとって強烈な刺激になる。あたしも剣道で経験があるからよくわかるけど、その刺激は人の動きを鈍らせ、意識をそれまでしていた行動からはずすことになるのよ。」
「意識が移ったその一瞬、その瞬間、彼には刀を創りだす余裕ができた。だから彼は、先ほどのような反撃に出ることができたんだわ。」
「ただ、その余裕を創る手段とそのタイミングがえげつねーんだ。一歩間違えば顔面に工藤先輩の攻撃を喰らうノックアウトコース。しかも工藤先輩の意識が外れるかどうかは分からない。半分は賭けだ。それをあいつはやってのけた。さすがに俺でもおんなじ芸当はできねーよ。」
ひょっとかすると、彼はそれを、確信をもってやったのではないか――と、大原は思う。常人離れした戦闘能力、軍とのつながりが垣間見える彼であれば、それすらも可能なのではないか、と。
だが、同時にそれでもなお倒れなかった相手に、大原は驚きと恐ろしさを覚えた。
「でも、あの工藤先輩って何者なの?勝輝君のその一瞬の動きを察知して右に避けているだなんて、ただ者じゃないわ。」
「そうだね。だから剣先しか当たっていなくて、ライフポイントが2しか減ってない。」
◇
勝輝はひたすら手数で反撃していた。とどまることのない斬撃を、両手を使って工藤に浴びせる。もし、攻撃の手を休めれば彼女の俊足による反撃を許してしまう。そうなれば、再び不利に転じることは明白だった。彼は、それを避けるために攻撃し続けるしかなかった。
「決め手に欠けるな、その攻撃は。」
工藤が硬質化させた前腕を豪快に振る。それに、勝輝は一切手を緩めることなく返答した。
「あなたの『俊足』は、強力だ。だが『疲労』が進行すると、同時には行使できないと判断しました。」
「ほほーう、この10分足らずでオレの能力の特徴を見抜くのか。いいねぇ。さすがじゃないか!――だが、甘いぞ!」
そういうと、彼女は腕で攻撃を受けるのをやめ、勝輝に突進してきた。
「何!?」
勝輝はその一瞬、動きを止めてしまった。この状態での勝輝への突撃は本当の戦闘なら自殺行為だった。
このまま刀を振り払えば、彼女を文字通り斬れる――
そう思った瞬間に、勝輝は自分の考えを振り払った。その考え方は、人にはだめだ――と。
それはほんの瞬きにも満たない短い時間であったが、勝輝の体は、完全に停止していた。
意識を、ずらされていた。
故に、気づくのが遅れた。彼女が前腕だけではなく、上半身すべてを硬質化させていることに。
まるでバイクに衝突されたように、勝輝の体は吹き飛ばされる。床を転がった彼は、その勢いを利用して右手で地面を押し上げ、体を宙にへと跳躍させる。
「――しぶといねえ。だが、嫌いじゃねえぜ、その根性。」
「そいつは……ゴホッ!……どうも。」
「けど、いくらしぶとくても終わりは来る。お前のライフポイントは残り1。オレは残り13だ。
どうだ。降参しとくか?」
工藤は能力の使用をやめてコートの端にいる勝輝に尋ねる。
だがその言葉に、勝輝は即答した。
「お断りします。まだ、1、残っているので。」
「――へぇ。やっぱ、そうこなくちゃなぁ!」
再びダイバーズ同士の打ち合いが始まる。金属の打ち合う音が会場内に響き渡る。気が付けば、周囲に集まっていた人だかりは、最初は騒ぎ立てていたのに、みな静まり返っている。
一秒たりとも気の引けぬ打ち合いは、見る者の手に汗を握らせる。
常人ではないダイバーズ同士の戦いは、例え片方が負け寸前の状態であったとしても、何が起きるか分からなかった。
だが、決着は訪れる。
ダイバーズの戦いは、『情報』が命である。相手を観察し、その能力の特徴、疲労の速度、動きの制限、ひいては本当はどういう力なのか、そういったものを収集し、分析する。それこそが、勝利への要であり、絶対条件だった。
故に、その結末は、必然のものになった。




