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ヒューマンカインド/Brightness of life  作者: 猫山英風
第2部 友情 ―第1章 最初の一歩―
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第01話 領域外の存在(1)

※この話は2019年に投稿した「第01話 闇(旧題名)」を改稿して投降した再投稿になります。



 声が、聞こえる。


涙にぬれた、蚊のように細い女の声だ。



「「――ごめんなさい。」」



ああ、この声は覚えがある。

遥か昔のことだ。記憶の中に蓋をして、思い返さないようにしたはずのものだ。

もういい。その声を、出さないでほしい。



「「私にはもうどうすることもできないの。だから――」」



震える声からだけでもわかる。顔は見えないが、声の主は無理に笑顔をつくっている。

心配させまいと、無理に仮面をかぶっている。


――だめだ。

その先は、聞きたくない。いや、言わないでほしい。

それを聞いてしまったら――





「待っ―――」


 手を虚空に伸ばしたその瞬間、男の眼は開いた。

 

「夢……」


 傷だらけの指先から、汗が涙のようにぽたりと落ちる。

 男は天にあげた左手を額におろし、大きく息を吐き出した。随分と嫌なものを見たと、男は思った。何年も見ていないはずの夢を、何故今になって見たのかと。

 そうして時間を意識した瞬間、男は目を閉じる前の状況を思い出した。


焦げた大地が肉を焼き、息を吸うだけで喉が爛れた。

降り注ぐ砲弾、吹き飛ばされた仲間たち。

そして、片腕を失った後輩の姿――


「いったいここは――」


 乱れた呼吸を整えながら、山田宗次は周囲を見渡し、己の置かれた状況を把握する。

 まず彼は、自分が深刻なダメージを受けている状態だということを認識した。体中に包帯が巻かれているからというだけではなく、あるはずの感覚がないことに気付いたからだ。


「――」


 右脚が、ない。


 彼はふくらみのない布団を見て一瞬歯を食いしばったが、鼻から息を吐き出し、瞬時にその状況を飲み込んだ。日本特殊部隊第7隊隊長に就任するより以前、特殊部隊という組織に入ることを決意した時から、こういう事態は覚悟の上だった。


それが、現実になっただけのこと。


最悪の場合である『死』という事態を避けられただけでも幸運だと、彼は認識を変えたのだ。

 次に、彼は今いる場所が自分の知る組織の施設ではないことを認識した。

2100年になろうとするこの時代、世界各国の軍の備品にはそれぞれの国旗と軍のロゴマークが刻まれている。しかし、点滴をはじめとする医療機器、さらには今彼が座しているベッドにも、国旗や軍のロゴマークはなかった。

 そしてその代わりに、彼の見たことのないロゴマークが付けられていた。

 薔薇だ。

 深紅の薔薇が吹きこぼれた輸血袋のように、真っ白な掛け布団の上でどす黒く咲いている。


「……」


 部屋の広さは4畳ほどで窓はない。壁と天井の素材はコンクリートで、外の音は全く聞こえない。ベッドと心電図以外にあるモノといえば、松葉づえが1つと空調設備、そして天井隅に取り付けられた監視カメラだけ。

灰色の四角い部屋は、病室というより牢獄だった。


「ここは、敵地か――?」


 宗次は11時の方向に存在する重々しい扉を睨み付ける。


――誰か来る。


音など聞こえはしない。ただ、彼の直感がそう囁いた。彼は松葉づえに手を伸ばし、万が一の備えをする。


「Hi , Good morning.」


 北風のように冷たい声を放ちながら現れたのは、真黒なスーツを着た女だった。流暢な英語を話す、中東系の女性。夜の闇から這い出てきたかのような漆黒の髪を結い上げ、同じ色のサングラスをかけている。そしてその顔には歓迎とも愛想笑いともとれる、判断のつかない笑みを浮かべていた。


「――Who are you?」


 宗次はまっすぐその女性を睨み付けながら尋ねた。

 真っ当な医療設備であれば、これほどの重病人が起きたと知らせを受けたら、まず間違いなく体調チェックのための医師と看護師が来るはずだった。だが格好からして間違いなく医者でも看護師でもない、どこぞのエージェントのような人物が現れたのである。たとえ彼でなくとも、相手に警戒を示すのは当然だった。


「Oh?」


黒尽くめの女性は宗次の顔を見て眉を顰め、何かを思い出したかのように自分のワイシャツのボタンをいじった。


「――A、A、あ、あ。ああ、これで自動翻訳機が機能するようになったわね。」

「……超小型自動翻訳機。実用段階にはまだ至っていないと聞いていたが、それが使えているということは、そんじょそこらのテロリストではないな。お前は何者だ。」


女はベッドの上で松葉づえを銃のように構える宗次の姿をみて、肩をすくめる。


「まあ、これが治療した者への態度なのかしら?日本は紳士的な国と聞いていたけれど、私の思い過ごしだったのでしょうか?」


 相変わらず彼女の表面には真意の読めない笑顔が張り付いている。

 宗次はその瞳を射抜くように、まっすぐに見つめて尋ねた。


「ほう、この治療はあなたが?それが本当なら感謝しなければならないな。だが、どう見てもあんたは医者には見えないし、味方とも思えない。大体、そのスーツ姿は、何だ?懐から記憶を消すペンライトでも出すのかい?」

「――随分と昔の映画をご存知ですね。」

「ああ。あの話は好きなんだ。とくにあの自由奔放なところが好きでね。小さいころからよく見ていたものさ。――で、似たような恰好をしているが、あんたはそんな()()()()()には見えないな。あんたは誰だ?」


 一切瞬きをせずに、宗次は女に三度尋ねた。

 すると女も一切表情を変えずに、静かに言葉を返した。

 

「私は、あなたの敵ではありません。しかし、味方でもありません。我々は今回の事件に関しては手を出すつもりがないものですから。」

「――我々?」

「ええ。では、詳しくお話いたしますので、ついてきてください。」

「おいおい、冗談だろう?俺は片足を失って、さっき目が覚めたばかりだ。それなのに、松葉づえ一本でついてこいというのは少々酷ではないのか?せめて車いすでも貸していただけないかな?」

「いいえ、できるはずですよ。あなたは。何せあなたは日本の特殊部隊隊長。()()1()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。うかつに近づいて、ねじ伏せられてはたまったものではありません。」

「……」





 松葉づえを器用に動かしながら、宗次は女の5歩後ろを歩く。廊下は先ほどの部屋と同じくコンクリート一色の味気ないものだった。真っ白なLEDが冷たい廊下をさらに寒々しく照らしている。

 50メートルは歩いたと、宗次が脳に記録をとった時だった。女の歩みが止まった。


「こちらです。」

「これは?」


 宗次の前にあったのは、黄色と黒の縞模様が毒々しい、鉄の扉だった。潜水艦などに取り付けられている、「ハッチ型」のものだが、ゾウやキリンの群れを通す予定があるのではないかと思うほど、桁違いに巨大なものだった。


「中を見ていただければ、一目瞭然かと思います。」


女はそういうと網膜認証と指紋認証を済ませ、怪物の口のような扉のロックを開ける。


「どうぞ。」

「……」


 宗次は視線を女から外さず、ゆっくりと扉の前に立った。


「「管理者によってロックが解除されました。扉を開放します。」」


淡白な音声の後に、警告灯の光とともに悪魔の叫びのようなサイレンが鳴り響く。

そして――


「――なんだ、ここは。」


 扉の向こう側を見て、宗次は絶句した。

 一言で言うのであれば、『魔王の神殿』。

 地獄の底まで続いているかのような巨大な虚が、足元に広がっている。眼前にもその凍えるような闇が続き、その先を見ることは叶わない。そして天を仰げば、また同様の暗闇を見ることになった。全ての星を喰らい尽くしたかのような、冷たく重々しい闇が、頭上に広がっている。

 それでもここが()()()()だと宗次が認識したのは、自分の両手に広がる絶壁が、『部屋』になっていることが分かったからだ。

 底も天井も見えないこの巨大すぎる吹き抜けの壁にあったのは、無数の鉄格子。サイコロを何百何千と積み上げて造ったようなその絶壁は、文字通り『牢獄』だった。


 一体何人の人間がここに入れられているのか、想像するだけでもおぞましい。立っているだけで指の感覚がなくなる程の冷たさの中で、感覚が狂いそうになるこの闇の中で、一体何人が正気を保っていられるというのだろうか。


 すすり泣く声や悔恨と苦悩にまみれた慟哭を浴びながら、宗次は女に向かって言った。


「貴様一体、何者なんだ――!?」



 女はその時、初めて表情を露わにした。冷酷で無慈悲で憎悪に満ちた、小さな笑みを。


「ようこそ、山田宗次隊長。

ここは国際監獄『タルタロス』。そう、つまり我々は――」




――『不死鳥(フェニックス)』です。




あまりにも「2019~2021年に投稿したお話が少なすぎて間隔が空いてしまった」のと、「文章が拙すぎる」ということで、再投稿という形で改修とさせていただきました。

本日より第二部は毎日投稿(23時自動投稿)となります。


長らくお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。

何卒、最後までご付き合いいただければと思います。


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