第59話 思惑
第一章、最終話です
「仕事は済んだのか?」
暗闇の向こう側から、氷よりも冷たい声が響く。
「ええ。済みましたよ。ついでに『双狼』の能力も手に入れたし、俺のコレクションも増えたので、随分といい仕事でした。」
喪服の内ポケットから男は小さな真っ赤なリングを取り出し、ニタリと笑う。
「……随分汚れた指輪だな。」
「あはは。これは失礼。」
黒い帯を目に巻いた『眼帯』は、持っていた指輪をポケットにしまう。
「随分とまあ変わった趣味だねえ~」
「いやいや。糸川サン、これこそ『人間』の面白いところが詰まった一品ですよ。」
「ふうん……」
糸川は『眼帯』の言葉に目をひからせる。その眼鏡の奥から、『眼帯』という男を観察していた。
(人の“幸福”を破壊することに悦を見出す男――この第3期『黒箱』が立ち上がった時、黒岩さんの隣には既にこいつがいた。こいつが『第二のアトランティス』を目指しているというのはどうにも胡散臭い。ま、私も人のことは言えないが。)
糸川は彼の眼帯をじっと見つめる。
(しかし、『他人の能力を自分のモノにできるダイバーズ』か。明らかに普通の能力ではない。特秘能力者に指定されるほどの能力だ。
――いや、違うな。そんな能力があるとは考えにくい。ダイバーズの能力は、遺伝子にどのような変化を引き起こすかで決まってくると考えられている。となると、こいつはその遺伝子というミクロの領域を、科学の力を頼らず自分の意志でいじれるということになる。
そんなものは、人間には到底不可能のはずだが――)
糸川は眼鏡の奥で静かに笑い、そして言った。
「――面白いね。」
『眼帯』は不敵に笑い、その返答とした。
彼らのやり取りを見てから、暗闇の人物はもう一人、自分の正面に座っている人物に声をかけた。
「それはともかく、北海道襲撃ではよくやったな、烏森。」
「はい。」
烏森、と呼ばれた若い男は小さく会釈し、恭しく言を発する。
「この烏森徹也、此度の任務で特殊部隊の連中をほぼ殲滅できたことを誇りに思います。彼らは人間を上回るダイバーズという種族を貶めた大罪人。彼等に正義の鉄槌を下すことを許していただき、黒岩様には心より感謝いたします。」
「そうか。そうであれば、お前に任せた甲斐があったと言うものだ。これからもよろしく頼むぞ。」
暗闇の中にいる男の声に、その小柄な男は慌てて首を振る。
「滅相もございません!黒岩様には感謝してもしきれませぬ。『双狼』によって両親を殺され、路頭に迷っていた私をひろって下さったのは黒岩様です。
さらに、私のようなひ弱なダイバーズを幹部として召し上げていただいたのはあなた様です。私はあなたの目指す『第二のアトランティス建国』に助力できましたこと、心よりうれしく思っております。」
「けなげだねえ~」
糸川が自分の爪の間に詰まった垢をほじりながら、小さくつぶやく。
「――あなたは、一体何をしているというのです、糸川殿。」
「ん~?特に何も?」
烏森の言葉に糸川は適当に返事をする。その言葉に烏森の顔は怒りに満ちた。
「なっ!あなたは自分がしでかした失態をお忘れか!?
6年前、最初の北海道襲撃任務で多大な犠牲を払いながら手に入れた『賢者の石』をみすみす失ってしまうなど、どうかしている!
――しかも聞けばその発端は、特殊部隊の内通者にそれを盗まれてとのことではないですか。自分の部下に内通している者を入れるなど、志が低い証拠ではないですか?金ばかりに目がくらんで、本来の目的を忘れた行いばかりしているせいではないのですか?」
その言葉に、糸川は目を細める。
「――ほほう。いうねえ。隊長1人を生き残らせるというミスをやらかしておきながら。僕なら確実にあの隊長も殺せると思うんだけどなあ。」
「――っつ、それは……」
糸川の目が、眼鏡の奥でどす黒く光る。
「君ぃ、そんな体たらくで僕とやろうっていうのかい?構わないよ?僕は。」
「やめろ、二人とも。」
黒岩の図太い声が、部屋に響く。
「両者とも最善を尽くした結果だ。私はそれを評価しよう。
無論、どちらの失態も大きいことは認識しておかねばならないがな。」
「――」
「……」
黒岩は暗闇の中から立ち上がり、その顔を照明の前にさらけ出す。
右頬に3本の大きな切り傷がある、堀の深い黒い顔。岩を寄せ集めたかのような角張った屈強な顎に、虎のような強く猛々しい瞳が、部屋にいる者を威圧する。はち切れんばかりの筋肉がその2メートルという身長と相まって、その様はそびえ立つ岩の巨人であった。
「我々の目的は『第二のアトランティス』をこの日本に建国することだ。その目的を果たせれば、その間にお前たち個人が何をしようと私は構わない。」
黒岩はそこに集った幹部たちに言う。
「我々の目的達成のためには、人間よりダイバーズが優勢な種族であると世間に知らしめねばならない。だが今のダイバーズのほとんどは、全力を出し切れていない。本来もっているはずの、保存時間の長さを発揮できていない。
それはなぜか。
それは、この国が、その術を世間から隠し、一部のダイバーズたちのみが独占しているからだ!」
黒岩は猛々しく檄を飛ばす。
「故に!まず、我々はその本来の力を取り戻す!
エーテルの情報保存時間を延命する『門』を手に入れ、我々がこの国のダイバーズたちを本来の姿へと解放させるのだ!
我々が、我々こそが!ダイバーズの解放者なのだ!」
男の目は、燃え盛る炎のように爛々と輝いていた。
◇
―1か月後―
「私達を、隊長に、ですか!?」
大原結子と山田宗次はお互いに顔を見合わせる。
「そうだ。この件は上層部も納得されているし、私としても君らが適任と考えている。正式に任命されるのは来年度からだが、これより新部隊の編成に力を注いでほしい。」
草薙は自分の前に立つ二人に昇格の通達を言い渡していた。
だが、その本人たちは何か納得のいかないようで、それぞれ眉を顰め、怪訝な顔をしている。
草薙はそんな二人の様子を見て理由を説明した。
「知っての通り、先月の北海道研究所襲撃事件で第2、4、7隊が全滅した。生き残ったのは第2隊隊長のみ。『黒箱』の活動が活発になりつつある現在において、この戦力の損失は非常に痛い。そのため、早急にそれぞれの隊を再編しなければならない。
そこで第4、7隊の新たな隊長を、現在特殊部隊に従事する人物から選抜することとなった。」
「それで、我々に白羽の矢が立ったと?」
「不服かね?」
草薙の言葉に、宗次は首を振る。
「いえ、大変光栄であります。
――ですが、何故、我々なのかと思いまして。他にも優秀な方は大勢いますし、我々はまだ今年度21になる若者です。もっと年配の、適任な方がいらっしゃるのではないでしょうか。」
「なるほど、それであれば心配はいらない。先の『双狼』討伐での功績を見れば、誰もが納得するだろう。何しろ、この私でさえもう片方の『双狼』を討伐するのに全力を出さざるを得なかったのだ。君らが対処した『双狼』は私が相対峙した者よりもはるかに戦闘向きのダイバーズであることは間違いない。長嶋隊長が付いていたとはいえ、たった3人で倒したということの意味は計り知れない。」
「いや――」
“あの『双狼』を倒したのは、『ツクヨミ』であって、自分ではない――”そう、宗次は言おうとした。けれど、彼はその言葉を飲み込んだ。それを言ってしまえば、結子を、何か分からない別種のものと自分の中で決定づけてしまう気がしたからだ。
「それに、これは『アマテラス』の推薦でもある。」
「おばあちゃ――失礼、『アマテラス』の、ですか?」
「そうだ。大原結子――いや、『ツクヨミ』。あなたの活躍をたいそう褒めていらしたようですよ。」
結子は少なからず嬉しそうにしていたが、宗次は眉をひそめた。
何故なら、宗次の知る限り、彼女の祖母は『孫たちに戦場を駆けてほしくない』と願っていることを知っていたからだ。その彼女が、活躍を褒めていただけならまだしも、隊長に推薦するというのは妙だと感じたのである。
「では、大原結子を新第4隊隊長に、山田宗次を新第7隊隊長に任命することとする!」
「「はっ!」」
宗次はその疑問を最後まで口に出して言うことはなかった。
だが、その疑問は、的確に真相に触れていた。
◇
「これで、満足いったのかしら。」
怒りのこもった声を、彼女は背後に立つ『死』に向かって言い放つ。
「特秘能力者『ツクヨミ』を特殊部隊隊長に任命すること――
あなたの目的は、これで達成できた、というわけね。」
穏やかな春の風が、あまりにも不釣り合いにその人物から吹き抜ける。『死』と『アマテラス』は特殊部隊本部、その高層ビルの屋上で眼下の蟻の軍隊を見つめている。
“――不服か?『アマテラス』?”
「当然じゃない!この世のどこに、愛する家族を戦場に出したいなどと思う人物がいるというの?私たちは『強制徴収兵』よ?あなただって、それを十分に理解しているはず。
なのに――」
『アマテラス』は大きくため息をつき、嘆き悲しむようなか細い声で言った。
「なぜ、私の家族を、巻き込むの?」
“……”
『死』は答えない。
『アマテラス』は視線を自らの足元に落とし、つぶやくように言った。
「私は、結子ちゃんに――『ツクヨミ』に、『双狼』討伐の任務に当たるような命令は出していないわ。出したのは、あなたでしょう。
私の名前を騙ってまで、何故、彼女を――私の家族を、戦いに巻き込むの?
やっぱり、あなたは私を……憎んでい――」
“勘違いするなよ、『アマテラス』”
『死』の血のように赤い眼球が、『アマテラス』の視界を覆う。
“我々が『アンダーローズ』を立ち上げた時、はっきりと言ったはずだ。『血統能力』をもつダイバーズは、十中八九、『ウラシマ計画』に参加する可能性があると。
それでなくとも、貴様の孫は世界10大能力『ティファレト』所有者だ。10大能力がそもそも何故この世界に存在するのか、忘れたのか?それを保有したダイバーズを、『ウラシマ計画』に参加させない訳がないだろう?
――よもや、『アンダーローズ』の目的を忘れたわけではないだろうな。”
「それは……」
『アマテラス』は目を泳がせる。
『死』の言っていることが、何を意味するのか、それを彼女は理解していた。自分たちが、何故『アンダーローズ』を立ち上げたのかを。
「『アンダーローズ』の目的は、『世界の保全と発展のための研究』。決して、日本だけの計画ではない。
だから――」
彼女は大きく深呼吸し、蜂のように鋭く目を細める。
「――ええ。忘れてはいないわ。」
“ならばいい。”
『死』は地平線の先の街を見下ろす。
“我々の目的は、『アンダーローズ』のその先だ。
そのためには、何としてでも彼等には計画に加わってもらわねばならない。
貴様の孫の『ツクヨミ』も、あの赤坂も、そして、あの少年もな。”
『死』の言葉に、『アマテラス』は哀情を見せる。
「『サイセツ』――。
彼に、その真実の全てを伝えようとしないのは、彼が――あなたと同じ『カグヤ型』だからなの?」
“……そうだ。”
「……」
『死』と『アマテラス』の間に、わずかな沈黙が訪れる。
春の風が二人を駆け抜け、白い雲が太陽を通りすぎた時、『死』は再びそのない口を開いた。
“彼は『苦悩』しなければならない。
彼はまだ自分が何者か分かっていない。だが、それは自分で見つけねばならぬものだ。
そうでなくては、意味がない。……たとえ、『ウラシマ計画』に参加しなくとも、だ。
遅かれ早かれ、何が『命』であるのか、何が『人間』であるのか、その答えを彼自ら導きださねばならない。
なぜなら少年を含め、我々の未来に待ち受けているのは『戦争』だからだ”
『死』の瞳が、強く煌々と輝く。
“その『戦争』は避けられない。俺もお前も、お前の孫も、そして彼もだ。それは『人間』を守り、『命』を守る、生き残りをかけた『戦争』だ。
戦争とは殺し合い、すなわち命の奪い合い。
自分の大切な人の『命』を守るために、誰かの大切な人の『命』を奪う、殺し合いだ。
故に、何が『命』か定まらない者に、『命』を守る資格はない。
大切な人の『命』を守るために、誰かの『命』を奪う資格はない。”
『死』は、静かに言った。
“彼がそれを定められぬと言うのなら――彼は、生きることすら叶わない”
読んでいただき、誠にありがとうございます!!
ナントカ年内に第一章おわったあああああ。
まさかここまで長くなるとは思わなかった(←長すぎ問題)
評価やブックマークをしてくださる方もいて、本当にありがとうございます!
さて、最後は大学生になった勝輝や勇人たちに繋がる3つの陣営を書きました。
宗次たちが隊長になった経緯、そして『黒箱』の狙い。
さらに『死』と『アマテラス』が計画する『アンダーローズ』の存在。
第二章からは大学生になった主人公たちの生活を軸に、これら三つが絡み合って話が進んでいきます。
最後の『死』が言った「『命』がなにか分からぬ者に、『誰かを守る』資格はない。」
読者の皆様なら、どう考えるのでしょうか。
このお話はこれからもまだまだ様々な『命』の考え方、『人間とはなにか』といった問が出てきます。
誰しもが様々な見解をもつ中で、読者の皆様が何か考えるきっかけになればと思っています。
さてさて、少しここからは執筆する現代を生きている人間のお話。
実は、リアルがやばい。
ぶっちゃけ忙しくて執筆どころではない(^^;
分身したいレベルで忙しく、少々執筆が困難な状況になってきました。
そのため、来年の2月頃まで誠に勝手ながら休載とさせていただきます。
第二章の更新はそれ以降となる予定です。
ただ、この第一章は改善するべき点も多く(誤字も多いし表現もまだまだ稚拙ですしね!)、それを残したまま第二章を書き始めることに若干の抵抗を覚えています。
そのため、第二章の更新は休載としますが、ちょくちょく改稿作業をしていこうと思っています。
また改稿する場合や新章の投稿の場合はTwitterなどでご報告しますので、そちらを確認していただければと思います。
それでは、皆さま、よいお年を!
そして、また次回お会いしましょう。




