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ヒューマンカインド/Brightness of life  作者: 猫山英風
第1部 影を纏う者 ―第2章 “死”と“誕生”―
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第57話 特秘能力者(26) サイセツの誕生(3)


「『特秘――能力者』」

「名前は聞いたことがあるだろう?この世界において、その国にとって有益な技術又は世界的に希少な能力を有するダイバーズの人権を保護するために造られた特秘能力者制度。これを君に適用する。

もちろん、理由は君の保護のためだ。君の能力は非常に珍しいモノでもあるし、謎も多い。」


保護――

そう聞くと随分と当たり障りのないことのように聞こえるが、少年ははっきりと分かっていた。それは『特秘能力者』という檻の中で、身の安全を保障すると言っているだけであると。

 『特秘能力者』はその制度に保護される変わりに、能力の研究に強制的に参加させられる。少年にとって研究とは、大島の『ホムンクルス研究』が真っ先に想像されるものである。故に、少年はその制度に登録されることに、少なからず抵抗を覚えた。保護の具体的な内容が分からないために、何もメリットがあるように感じられなかったからだ。

 そんな少年を、草薙は先に歩かせ扉をくぐる。


「創造体をも破壊する『破壊の能力』。『破壊に関する能力』は日本史上最強と言われた『ラセツ』が保有していたそうだが、果たして君と同じ能力であるかどうかは私には分からない。だが、彼は君と同じ『複合創造』も持っていたダイバーズだ。つまり君は、ひょっとかすると、日本史上最強のダイバーズと同じ能力を有しているかもしれないのだよ。その可能性がある以上、登録をしない理由はない。」

「――」

「これに登録されることで君はいくつもの利点がある。

その最大のメリットは、ほぼすべてのダイバーズに関する情報にアクセスできる点だ。」

「――先ほどの、特殊部隊のアクセス権限とは何が違うのですか?」


 少年の発言に、草薙は小さくうなずく。


「いい質問だ。

特殊部隊がもつアクセス権限は、国家が運営する能力研究開発にしか働かない。具体的には、軍の研究、大学や日本能力者研究機構といった公的施設のものだ。そのため、民間研究や海外の軍、または国家能力者研究機構の研究にはアクセスできない。

 だが、特秘能力者は違う。」


草薙は通路の最奥にあった扉に手をかけ、そこに取り付けられた端末機器に暗証番号を入力する。


「特秘能力者は、特殊部隊とは逆に自国を含めた世界各国『軍』の研究以外の研究すべてにアクセスできる。そのため、民間企業の研究にもアクセスできる。例えば、島崎グループの開発した対ダイバーズ用の防備システムの全容も知ることが出来る。その他にも、基本的には海外の『能力者研究機構』の研究も閲覧可能である。」

「基本的には、ですか。つまり、例外がある、ということですね。」


 少年の発言に彼は手を止め、満足げな笑みを浮かべる。


「ふむ。報告書にあった通りの鋭い指摘だ。

その通り。

例外は大きく分けると2つ。

 1つ、その国において、遵守しなければならない能力研究。

これは言ってしまえば国家機密にあたる研究だ。基本的に軍の研究になることが多いが、そう限ったわけではない。その国において国宝ともいえる情報は、自国民も含めてそうそう見せるものではならないからね。

 2つ、他の特秘能力者に関する情報。

これを許してしまったら、個人の人権保護を守る名目が丸つぶれになってしまうからね。」

「なるほど――では、僕が特殊部隊と特秘能力者に所属する場合、閲覧できない情報は、今おっしゃった『例外』だけ、ということになるわけですね。」

「そうだ。『例外』に触れることが出来るのは常人ではない。軍の最高幹部、研究の当事者、能力者研究機構の所長、そして『レジェンド』だけだ。」


 草薙はそういうと重厚な扉を開く。そして扉を開けはなったのち、少年に向かって静かに言った。


「入り給え」





「――ここは?」

「ここは、この国の将来を左右する能力に関する研究を行う施設――つまり、国家機密に当たる研究所だ。」

「!?」


 少年は吃驚したようだった。おそらく、彼はその2つの『組織』に入るための手続きをとるものだと思っていたのだろう。まさか、いきなりその『例外』を紹介されるとは予想していなかったのだ。

 彼はそこにあるものが何なのかを確認しようと周囲を見渡す。小学校の体育館ほどの広さの部屋には、その空間を埋め尽くすように様々な機械が置かれていた。なんの用途に使うか分からぬそれらの機器が、色とりどりの配線によってつながっている。

そして、ひときわ異質な装置が、その空間の中央に座していた。

 柱である。

ギリシャの古代神殿にあるかのような、深い溝が何本も走った純白の柱。他のどの装置よりも巨大で、その太さは大人が10人囲ってようやく一回りできるほどだった。天井にまで届くその柱は山にそびえ立つ杉の木のようにまっすぐで荘厳だった。

 しかも、その柱は二つあった。

二本の柱は人が手を広げた程度の間隔を空けており、その隙間を正面から見ると、まるで異界に繋がる道のようだった。


「これは、一体――?」


 少年がその柱に近づこうとするのを、草薙は肩を掴んで制止した。


「ああ。あまり不用意に近づくべきではない。」


少年は再び柱に視線を向けてから、それが何なのかを草薙に尋ねた。


「あれは、『門』と呼ばれている古代の遺物だ。『アトランティスの戦い』以前の『不死鳥』が隠し持っていた、ダイバーズに関する何かの遺品だ。」

「『門』?」

「ああ。」


草薙は少年を見下ろし、静かに言った。


「――先ほど言った通り、『例外』は常人が触れることのできない情報だ。だが、君は既に『常人』ではない。」

「……」

「それは『人間でない』と言っているのではない。君の能力が特殊すぎるということだ。」


 草薙は穏やかに、されど強く言う。


「かつて、『レジェンド』が始め、今もなお続けられている研究がいくつかある。その一つに、この『門』を使った、エーテルに入力する情報の()()()()()があげられる。その研究は『(ゲート)』と呼ばれ、現在私――『フウジン』がその総指揮をとっている。」

「……」



(『保存時間の延命』――あの大島が目指していたものか――)



 少年の瞳に、怒りと恐怖が宿る。それを無視して草薙はつづけた。


「『レジェンド』が取り組んでいた国家機密に指定される研究、通称『アンダーローズ』は、全部で3つ。

『ウラシマ計画』『カグヤ』そして、『門』である。

『ウラシマ計画』は『カナヤマヒコ』隊長が、『カグヤ』については『アマテラス』ご自身が総指揮をとっており、私はそれらの研究が何であるか詳しくは知らない。

ただ、どれもこの国――いや、世界を変えるほどの研究であることは間違いない。

そして――」


草薙は両手を広げ、柱を見上げて叫んだ。


「いま、君がいるこの研究施設こそ、その『(ゲート)』の研究をする場所なのだ。」


彼は腰を低く落とし、少年と目線を合わせる。


「これは私の見立てであるためはっきりとは分からないが、君の能力は、エーテルに入力された情報()()を抹消しているように思える。

この『(ゲート)』の研究において、君の存在は欠かせない。なぜなら、エーテルに入力された情報に関与できる能力で、創造体に干渉する能力は、これまで一度も確認されてこなかったからだ。」

「……」


 少年は背筋に冷たいものを感じた。これでは、『フウジン』がこれから自分に提供する生活とは、結局あの大島とほとんど同じではないのか、と。


「だが、この研究において、君を実験動物のように扱う気は毛頭ない。

私はね、君に同じ研究員として、私と同じ目線で研究をしてほしいと考えているのだ。」

「――研究員、ですか」

「そうだ。ともにこの『門』の研究を完成させてほしいと、そう思っているのだ。」

「……」

「そして、そのために、まずは君の体を『治療』する必要がある。流石に30分で体が崩れるようでは生活にも支障が出るだろうからね。」

「治療――治せるんですか!?」


 少年の瞳に、希望の光が灯る。

だが、草薙はその言葉に首を振った。


「完治する、という意味で捉えているのであれば、残念だがそれは違う。」

「……そう、ですか。」

「ああ。だが、君の体の保存時間を伸ばすことはできる。この『門』の研究は実のところ、半分は完成しているのだ。そのため、今持てる技術の全てを用いて、君の体の保存時間を引き伸ばしたいと考えている。」

「――」


少年は、歓喜とも恐怖ともとれるような表情を浮かべた。口を紡ぎ、目を見開き、生唾を飲み込む。


「もちろん、これに参加するかどうかは君の意志次第だ。私はそれを尊重する。」


(――いや、何が尊重する、だというのか。)


 そう言いたげな表情を、彼はした。草薙の発言を考えれば、『門』という研究は常人が見てよいものではない。それを少年に見せたということは、すでに少年の研究への参画は決定事項であるということだ。

 少年の意志に関わらずこの研究に参加させるぞと暗に言っておきながら、『意志を尊重する』と言ってきた草薙に、少年は猜疑心を向けた。


(自分をこの研究に参加させるにあたって、間違いなく、この人物は何か別の目的を持っている。

……でも――)


「――分かりました。参加します。」


 答えなど、決まっていた。

己の体の状態こそが、『人間でない』と周囲から見られる原因である。その原因を少しでも取り除けると言うのなら、少年がその誘いを断る理由はなかった。この体の問題さえ解決してしまえば、きっと自分は『人間』として周囲に認められ、確立することが出来ると、そう彼は信じたのだ。


「ありがとう。私は君の研究参加に感謝の意を示すとともに、君を歓迎しよう。」


 草薙は瞳を閉じ、うっすらと口に笑みを浮かべた。

 そして、その口から放たれた言葉に、少年は意表をつかれた。


「では、君に新たな名前を授けよう。」

「え――な、名前?」


 少年の体が、固まった。


「そうだ。我々特秘能力者は本名ではなく、私の『フウジン』のようなコードネームが与えられる。それを君に授けよう。以降は『吉岡勝輝』ではなく、それを名乗るといい。」

「いや、ボクは――」


 少年は拒否しようとした。

彼はひどく狼狽し、目を泳がせている。

何故か。いや、問うまでもないだろう。

彼にとって、それは『自分の存在に対する否定』になるからだ。何故なら、今の彼に残ったものは、『名前』だけであるからだ。


 人間としての普通の肉体は家族とともに爆散した。

『友達』であるはずの智也や華子は少年を拒絶し、結果かけがえのないはずの『友達』はこの世には存在しないと彼は結論付けた。

 そして、唯一自分を人間として認めていた保証人である斗真は死んだ。彼にとって、以前の自分であるものは、もはや『名前』しか残っていない。自分が以前の『吉岡勝輝』であった頃のものは、もう『吉岡勝輝』という名前しかない。それなのに、草薙は新しい名を名乗れと言ったのだ。

 少年にとってそれは言いようのない恐怖であった。


「ふむ、さて何がいいか――」


 少年の言葉など、草薙には入っていない。いや、それ以前に、少年は言葉を発せなかった。言いようのない不安と怖気に体が強張り、声帯が思うように動かない。

 さらに、追い打ちをかけるように別の恐怖も少年を襲った。もし、いまここで自分が“恐怖している”と草薙に知られたら、『感情を律する者が人間』だとする草薙に、人間として認めてもらえない可能性がある。少年にとって、それは何としてでも避けたいと思うものであった。

故に、彼は、何も言うことが出来なかったのである。


「ふむ。特秘能力者は通俗的に神の名からそのコードネームをつけているが……そうだな。陰陽道には八将神と呼ばれる八人の神がいる。この特殊部隊に入り、尚且つ将来特殊部隊隊長にもなりうる可能性をもつ君には、この八人の神から名をもらうのが良いだろう。」


 草薙は一通り思案したのち、少年に向かって言った。


「君の能力は『破壊』だ。

創造体すら破壊するその能力は、万物を滅ぼすと言われる神の名がふさわしい。

故に、君は今日からこう名乗るといい。

殺気を司る、万物を滅ぼす神――



――『歳殺(サイセツ)』と」


読んで頂き、ありがとうございます。


また小難しい話になっています……

ほんとはゆっくりじっくり後書きも含めて書きたいけど、予想以上に時間がなかった……


残り2話は日曜日更新予定ですが、何時になるかは未定です。


それでは、また次回~

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