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ヒューマンカインド/Brightness of life  作者: 猫山英風
第1部 影を纏う者 ―第2章 “死”と“誕生”―
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第56話 特秘能力者(24) サイセツの誕生(2)


「あなたは――」

「ああ、久しぶりだね。少年。」


 少年は目を見開いて草薙を見つめていた。

彼は動揺しているようだった。自分がいた場所には、『フウジン』がいるはずもなく、そして斗真は『フウジン』から自分を離すために逃走した。



(それなのに、今目の前にこの男がいるということは――)




「おや、忘れてしまったのかね?私は――」

「――『フウジン』、ですよね。」


少年は鎌を構えたまま答えた。だが、その声は若干震えている。寒さからくるような震えではなく、心の奥底からくる恐怖に耐えるような震えだ。


「おお。そちらで覚えていてくれたのか。いかにも。私は特秘能力者『フウジン』こと草薙敦である。

そして、今日からは私が君の生活を保障する者でもある。」

「――!」


 少年の目が、明らかに失意と絶望の色に染まった。

そして、それが受け入れられなかったのか、あるいは自身の恐怖を払拭したいだけであったのか、彼は草薙に尋ねた。


「あ、ああ、あの。1つ、よろしい――でしょうか?」

「うむ。なにかね?」

「斗真さんは――白井斗真さんはどこにいるのでしょうか?」


草薙は眉1つ動かさず、淡々とその問いに答えた。


「――白井斗真――ああ、あの『害獣』のことか。」

「がい――じゅう――」

「うむ。アレは早急に駆除したとも。我が『国』の敵であるからね。」

「!!」


 少年は鎌を手放した。そして嗚咽を感じたのか、両手で口を押え、肩を震わした。


「悲しいかね?」

「――」


草薙の問いに、少年は答えない。


「ふむ。1つ勘違いをしているようなら言っておこう。彼の死を憐れむのであればそれは間違いだ。君は彼の存在を厭うべきなのだ。

彼はこの『国』にとって害獣であり、早急に手を打つべき病魔であることに変わりはない。

そして、同時に、彼は君のためにもならないのだよ。」

「僕の――ためにも?」


 少年は困惑した様子を見せた。自身を人間として認める存在は斗真だけであり、それを自分のためにならないと言われることは決して納得のいくものではなかった。

 ただ、彼はそれを聞いても、草薙を『悪』とは思わなかった。なぜなら、少年にとって『善悪』の基準はとにかく自分を人間として認めるか認めないかに置かれているからだ。

 彼が『黒箱』を憎むのは、『自分を人間として認められない状況を創りだしてしまったから』。その活動の行い自体に、人間の道徳心からくる考えなど持っていない。

 己を人間として認める者が善であり、そうでないものは悪である。故に、少なくとも彼にとって草薙という男は、『悪』というより『善』に近かった。なぜなら、彼にとって草薙は、自身を人間として認める可能性を持っているからだ。たとえ斗真を殺したのが草薙だったとしても、以前、直接そう言い切った草薙を、彼は『悪』としては認識できなかったのである。


「言ったはずだ。人とは、感情を理性で抑制することができる生き物だと。

だが、彼はそれが出来ていなかった。己の信じる考え方を否定されただけで激高し、感情的に力を振ることしかできない低俗な獣だ。

つまり、彼は人間以下の生物であったのだ。」


 草薙は少年を冷ややかな目で見下ろす。


「そんな奴腹といつまでも行動をともにしていては、君は影響を受けてしまっただろう。己の考えをただ盲目的に信じ込み、そしてそれが否定されれば怒りをまき散らす悪鬼に成り下がってしまっただろう。

 どのような考え方もこの世にはあるが、それぞれに感情をもって接してはならない。怒りや憎しみなど言語道断だ。我々人間は、客観的な視点と理性をもって他の思考と議論し対峙せねばならないのだ。」


 草薙はそういい、少年に歩み寄った。少年はそれを遮ろうとはせず、ただ震えるだけだった。その様を、草薙は穏やかな目をして見つめて言った。


「故に――私はね、少し安心しているのだよ。」

「安心――?」


 少年は、草薙が何を言っているのか分からないようだった。自分を人間として認めていた人間がいなくなっているというのに、何故『安心』などと言えるのだろうか、と。


「ああ。君が、あの『害獣』に感化され切っているかと思ったが、どうやら()()()()()()()()()

私の目に狂いはなかった。

君はやはり、この先将来有望な人間になること間違いないだろう。なぜなら、しっかりと、理性というものが君の感情を支配しようと活躍しているのが、見みてとれるからだ。」

「どうしてですか?」


 少年の発言に草薙は少しきょとんとした顔をしたが、小さく微笑んで少年の頭を優しくなでた。


「どうして、か。それは顔を見ればわかるとも。

何故なら君は――」



泣いてなど、いないからだ。





「ここが今日から君の住む家だ。さっきの部屋は急ごしらえでね。まだ生活するために必要なものすべてがそろっている訳ではないことを許してくれ。しばらくすれば衣服がそろうだろう。」

「――」


 草薙は少年を部屋から連れ出し、施設の中を自ら案内していた。少年はそれに黙って付き従っていたが、まだ警戒を解いてはいないようで、その手には先ほどの鎌が握られている。

 少年は草薙の話を聞きつつ、周囲がどのような施設であるのか、その目でしっかりと見極めようとしているようだった。それこそ虎のような眼力で――


「そして、1つ君には伝えねばならないことがある。」

「なんで――しょうか。」


 その発言に、少年は視線を草薙へと集中させる。草薙はその視線を感じつつ歩みを止めずに説明した。


「君の今置かれている状況は難しい立ち位置だ。前にも言ったが、私には君を人として認める準備があるが、この世の中に生きるすべての人間がそうであるとは限らない。そのため、今の君という存在を守るために、多少普通とは違う生活を送ることを了承してほしい。」

「具体的には、どのような。」


 少年のはっきりとした声に、草薙はその口元を上げて穏やかに続けた。


「まず、この伊豆大島研究所から君を出すことが出来ない。理由は現状、この設備にしか君を守る仕組みが出来ていないからだ。

 だが案ずることはない。この施設内での自由は約束されている。

この施設内であれば自由に歩き回れる。それに、この施設は東京ドーム20個分の広さがある。海洋域も含めれば、離れた小島にも行き来可能だ。普通の生活圏よりも広い空間を、家として使えるのだから、かなりの好物件だろう?

 君に義務教育――は既にそのレベルを超えているかもしれないが、望めばこの施設内で教育を受けることも可能だ。」


 彼は扉に設置された網膜認証システムを起動させ、ロックを解除する。


「そして、この施設内のみならず、この先施設外で君を守るためにも、2つの組織に君を所属させることにした。」

「2つの組織?」


【少年の瞳に、不安が宿った。彼にとって組織とは大島の所属する『特殊部隊』と、あの『眼帯』のいる『黒箱』の2つしか知らない狭いものである。しかも、その2つにはいい思いがない。それゆえ、組織に所属させるという単語には、少年を非常に不愉快にさせる要素が入っていた。

 そして、少なからず次の草薙の言葉に、少年は恐怖を感じたことは間違いない。


「ああ。1つは『日本軍特殊部隊』だ。私や大島隊長と同じ、ね。」

「大島――」

「ああ。これはすまない。彼が君にしたこと、同じ特殊部隊の人間として謝罪する。そして、彼――大島隊長が君に今後これまでのような非人道的な行いをすることは決してないと補償しよう。もしそのようなことをすれば、この私が自ら処罰を下す。」

「……」

「さて、話を戻すが、君には特殊部隊に所属してもらう。理由は2つ。

1つ目は、君を人間として確立するために、この特殊部隊ほど合理的な組織がないからだ。特殊部隊は感情では動かない。全て理性に則ってことが成されている。これは君にとってまたとない精神の訓練になるだろう。」


 草薙はさらに続けた。


「そして2つ目。君が自分の能力を理解するために必要な物がそろっているからだ。特殊部隊という組織は能力に関する研究・技術開発を行っているため、そういった研究に対してアクセス権限がある。基本的には民間以外の能力研究すべてに対して、アクセスする権利を有している。例えば、大学の研究や国が運営する『日本能力者研究機構』の研究だ。君の力が何であるかを解明するには、この組織のアクセス権限を行使して自ら突き止めることが望ましいだろう。」


 少年は、決して納得したわけではない。己を人間として認めなかった『悪魔』のいる組織に自分が所属することは、己自身を『人間』ではないと認めてしまうのではないかと危惧したからだ。それでなくとも、自分を痛めつけた者たちと“一緒の組織”にいることを、少年は忌避した。しかし、草薙の言葉はそれ以上に、自分が人間であることを認識するための明確な手段とその環境を提示した。

 注目すべき点は、白井斗真という人物が、あの奥飛騨研究所を脱出した後の生活を、少年に明確に提示しなかった点である。自分を人間として確立したい彼にとって、先の見えない不安な未来は恐怖の塊である。そのため、斗真とともに行動している最中も、彼の心の中にはその不安が常にあった。

 ことその点において、この草薙という男は、明確な未来を提示している。はたしてそれが一般社会から見て善であるか否かは議論が分かれるところではあるが、こと少年においては『悪』には決して見えなかった。

 故に、少年は草薙の言葉を受け入れる方が得策と判断したのである。たとえそれが、自分を一度は人間として認めなかった組織であろうと、斗真が拒絶した未来にあるものだとしても。

 少年は意を固めたのち、草薙に尋ねた。


「もう一つの組織、とは何ですか?」


 草薙は少年の声に、同意の意志があることを明確に認識した。彼は大いに満足したようで、おそらくここ数年でもっとも興奮した様子を他人に見せた。

 草薙は、その静かな高揚を纏った声で、少年に告げた。


「それは、『特秘能力者』だ。」




読んで頂き、ありがとうございます!

第1章、遂に残り3話となりました。


長かった……

次回は来週土曜日更新です!


君は今日からこう名乗るといい。

ーー『サイセツ』と。

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