第55話 特秘能力者(24) サイセツの誕生(1)
「さすがは安藤隊長ですねぇ!あっという間に敵の船5隻を海に沈めるとは。」
荒れ狂う海に浮かぶ一隻の船の上。軽薄そうな男の声が、甲板に響く。
「――なんでしょうか。桂川副隊長。」
濡れた長い黒髪を垂らしながら、一人の女が緊張感のない男をにらむ。
「いやいや、そんな睨まないでくださいって。ただ、隊長を褒めただけですよ?さすがは特秘能力者『ワタツミ』だと。」
ケラケラと笑う男に、特殊部隊第5隊隊長、安藤渚は盛大にため息をついた。
「……はあ。あなたは、もっとわたくしたちがしている行為に責任を持つべきです。相手は国家を脅かす犯罪者とはいえ、人。命であることに変わりはありません。
それを奪っているということに――」
「あー、はいはい、分かっていますよ。」
「……」
そんな話はどうでもいいと言うように、男は頭の後ろに手を組んで答える。
「ああ、そうそう。そんなことより、草薙隊長から通信が入ってますよ。」
「草薙隊長から?」
安藤は眉を顰め、腕のホログラムを起動する。
「なんでしょうか?草薙隊長」
「「お勤めごくろうさまです。渚隊長。早速で申し訳ないのですが、現在の状況をお教え願いますか?」」
落ち着き払ったその声を聴いて、安藤は草薙の状況を察した。彼の任務である『双狼討伐』の任が終了したことを。
彼女は眼前に広がる海を悲愴の目で一瞥したのち、穏やかに応えた。
「――任務は終了しました。敵戦は降伏の呼びかけに応じず交戦を結構。結果、わたくしの能力で敵密輸船のそのすべてを破壊。……現在のところ生存者はなし。
まだ生き残りがいる可能性を考え、捜索を続けています。その場合は基地へ連行し、しかる医療措置をしたうえで取り調べを行う予定ですが――」
「「どうか、されましたか?」」
草薙が、眉1つ動かさずに尋ねる。
安藤はそのホログラムに向かって、大きく息を吸い込んでから心中を述べた。
「よかったのか、と思いまして。人も積荷も確認せぬまま撃墜させてしまって。」
「「――と、言うと?」」
「人も積荷も沈没させてしまっては、彼らが何の目的で密輸をしていたのか分かりません。これでは、『黒箱』へつながる重要な証拠を逃してしまうのではありませんか?」
「「それは些細なことです。所詮彼らは密輸業者。その積荷が何であるかは知っていても、その用途まで詳しく聞くことはないでしょう。そして、その積荷は武器であるとの情報を得ています。愛知県で『黒箱』の一味を捕らえた吉野隊長がそう聞き出したそうですので、まず間違いないかと。彼の『精神干渉能力』――『洗脳』の前において、隠し事など不可能ですからね。
で、あるならば、余計なリスクは避けるべきでしょう。」」
「余計――ですか。それは、確かにそうなのですが……」
安藤渚は口ごもる。
草薙の言っていることは合理的である。
ダイバーズ同士の戦いでは情報が命。相手の能力が何か分からない戦闘は、非常に自分にとって不利になる。つまり逆に言えば、いかにこちらの情報を与えないようにするか、が、戦闘では重要になる。今後の任務を考えるのであれば、相手が自分達の情報を収集するよりも先に敵を殲滅する方が、圧倒的にリスクは低くなる。下手に自身の情報を掴ませるくらいなら、多少強引ではあるが、些細な情報を海の藻屑と化した方がよいと判断することは、筋が通っている。
(けれど――)
安藤は胸のうちに魚の棘が刺さったかのような不快感と苛立ちを覚えていた。それが圧倒的に理に適っていようとも、敵が人間であることには変わりない。人間をそのように扱ってよいのかと、合理性だけで動くことが、果たして正義と言えるのだろうかと、そう彼女は考えていたのである。
「いずれにしろ、生存者の確認を――」
「「いや、それは行わなくて結構です」」
「――は?」
安藤は草薙の発言に強い嫌悪を覚えた。敵とはいえ、この荒れ狂う海の中で生き残っている者がいるのなら、いくら何でも、助け出すのが適切ではないのだろうか。
「いや、我々は虐殺をしに来たわけではありません。流石に生存者がいるのであれば――」
「「何を言っているのです、安藤隊長。」」
草薙が、冷徹に言い放つ。
「「あなたは既に彼らを駆逐するために力を振るわれた。であるならば、生き残りなどいるわけがない。あなたの能力は半径1キロメートルにわたるすべての液体を操作することが出来る。それによって水圧で押しつぶされた船の中に、誰が生き残っているというのです。」」
「――」
「「それに、あなたは害獣を駆除するためにそこにいる。それなのに、仕留め損ねた害獣を救い出すなど、矛盾している。私には理解できませんね。」」
『害獣』。
その言葉が、安藤の脳裏に響く。
「いやしかし――」
「「さらに言えば、実は緊急事態なのですよ。」」
「緊急事態?」
草薙の言葉に、安藤は眉を顰める。
「「ええ。実は、先ほど『カナヤマヒコ』隊長から連絡がありましてね。北海道にて『黒箱』と交戦していた第2隊、第4隊、第7隊が全滅しました。」」
「――!!」
怪訝な安藤の顔に、緊張が走る。
「「生存者は第2隊隊長のみ。それも重症のようです。つきましては、安藤隊長に至急北海道に向かっていただきたいのです。
こちらは『狼』を駆除しましたが、その後始末に追われています。『カナヤマヒコ』隊長は京都で別件を、大島隊長と吉野隊長にはこちらの手伝いをしていただいており、今空いているのは安藤隊長、あなたしかいないのです。」」
「――」
「「よろしい、ですね?」」
草薙の顔は表情も口調も一切変わって等いない。だが、その声はとても冷たく、冷酷だった。
「――承知しました」
草薙は通信を切った。通話の終了音が、虚しく甲板に響いている。
(本来ならば、この海を離れるわけにはいかない。
だが、それ以上にやらねばならないことが出来てしまった。あくまで、自分の仕事は日本という国を、国民を守ること。やり終えた仕事の『残滓』と『新たな任務』では、その仕事の重みは違う。
優先すべきは、今脅威にさらされた善良な国民のほうだ。
沈みゆく咎人ではない――)
そう彼女は自分に言い聞かせ、黒い海に背を向けた。
◇
少年は、目を覚ました。
「ここは――」
周囲には何もない。壁と床の境すら分からないほどに真っ白な一室。そのど真ん中で彼は寝かされていた。あるのはただ少年が寝ている医療ベッドだけだ。
「……」
少年は起き上がり、塩のように乾いた床に足をつける。
冷たくも温かくもない床は、本当に地に足をつけて立っているかどうかでさえ怪しく感じさせる。
彼は瞳を閉じ、自身の内側に問いかける。何故自分はここにいるのか、この何もない、何も感じない空間ではなく、己の中の記憶に尋ねていた。
「――あ!斗真さん!」
少年は、思い出した。自分があの医療施設で斗真を追いかけようとしたこと。そして、何者かにぶつかって、その後気を失ったことを。
「はやく、探さないと――」
次に少年は、扉を探した。自分を唯一人間として認めてくれる存在を探すために。そして、手あたり次第に壁を叩くうち、ついに1つ音の違う壁を探り当てた。
「ここか――」
少年は、右手に意識を集中させる。
(この壁を一撃で破壊できるような武器――)
「――」
少年の脳裏に、あるものが浮かぶ。彼はそれを持つ自分をイメージし、そして力を込めた。
「――よし。」
少年は、その『鎌』を見てうなずく。自分の身長の2倍以上もある巨大な黒い鎌。まるで死神が持つかのようなその鎌を、少年は両手で握り、振りかざす。
「これで――って、うわっ!重っ!!なんでこんなものを――」
少年は振りかざした鎌を再び手元に戻し、まじまじと見つめる。
(……おかしい。なぜ、この鎌をイメージしたのだろう。
この鎌は、一度も見たことがない。
斗真さんは『創造体形成能力』は、自分のイメージできないものは作れない、と言っていたけれど……
なんで、この『鎌』をイメージできたんだろう。)
少年がここで気にしているのは、『扉を壊す』という行為に対して用いた武器が、『見たこともない鎌』だったことだ。少年にとって、この状況を打破するのであれば、巨大なハンマーで壁をたたきつぶしたり、刀で斬り割いたりする方がイメージとしてはしやすいはずである。
だが、少年は大きく湾曲した、身の丈にも合わない扱いづらい鎌という武器を創りだした。そのことに、少年自身、違和感を覚えていたのである。
「……まあ、いい。今はそれどころじゃない。ここから早くでて斗真さんの所へ――」
そういって再び鎌を振り上げた時だった。
少年の眼前の壁から、小さな悲鳴が聞こえた。
「!?」
少年は慌てて身を引き、戦闘の構えをとる。
目の前の壁には先ほどは無かった小さな孔が開いている。その孔は風呂場の栓を引き抜いた時にできる渦のように、サイレンとともに周りの壁を吸い込んでいく。
孔が広がり、最終的に壁を四角くくりぬいたその時、その扉の向こうには一人の男が立っていた。
「あなたは――」
「ああ、久しぶりだね。少年。」
落ち着いた声が、部屋に響く。
そこにいたのは、軍服を着こんだ、草薙敦であった。
読んで頂き、ありがとうございます!
ようやく、勝輝がサイセツと呼ばれるダイバーズになるところの話ができる……長かった……
時間は明日更新予定です。
お楽しみに~




