第54話 特秘能力者(23) 最後の狼(13)
※残酷なシーンが多々あります。ご注意下さい。
「な……に……」
斗真は自らの腹に視線を落とす。
白銀に輝くその鎧を、真黒な糸が貫いている。
「ガハ……」
斗真は血を吐き出し、『眼帯』の腕をつかむ。
「バカな……この『銀狼』はアダマンタイト級の硬度をもつ――」
“俺が普通のダイバーズだとでも思っているのか?”
陰から忍び寄るかのような、黒く低い声が、斗真の耳に響く。
「!?」
斗真は『眼帯』の顔を見て驚愕する。
口は、ない。
斗真の能力によって、その口にはマスクをつけたかのように皮膚が張り付き、呼吸をするような孔などない。それなのに、男は言葉を発した。地獄からの響きのようなその声を、斗真に浴びせた。
男はその平たい顔に皺を作る。のっぺらぼうの顔にできたその皺は、まるで口のようだった。
“くくくく。さっきまで打ち合っていたのに、どうして貫通しているのかって?
ああ、それは簡単だよ。
手加減してやったのさ。お前は弱すぎるからななぁぁぁぁ!”
『眼帯』は指を斗真の腹から抜き、狼を蹴り飛ばす。
「ガアアアア!」
建物の壁にたたきつけられ、斗真は地に倒れ伏す。
“やっぱり『神の毒』を使うと一瞬で侵食できてしまうなぁ。
つまらんつまらん。
ああ、でも――”
『眼帯』の指が、斗真の兜に伸びる。
“こうやって鎧を溶かしてしまえば、敗者の面を拝めるのは楽しいなあ”
「貴様――!」
血を吐き出しながら、斗真は『眼帯』を睨み付ける。
“いいぞいいぞその顔だ!
弱者が己の非力さを噛みしめながら、苦痛にゆがむその顔がたまらないぃ!”
「てめぇえ!」
立ち上がろうとする斗真を、『眼帯』はその指で押さえつける。
“だが、まだだ。まだ足りないなぁ”
「なにを――する気だ――」
『眼帯』は口のない顔で笑うと、その長い蜘蛛の指を自身の服へと伸ばす。
そして、スーツのボタンを解き、悪魔はその裏地を見せた。
「――?」
そこにはびっしりと金属製のリングが編み込まれていた。色は様々であったが、そのほとんどが金や銀色のものである。
男はその中から1つのリングを取り出し、月光にかざす。銀のリングが、月に照らされ美しくも悲しく輝いている。
“ああ、これだ。見覚えがあるだろう?ここにはこう書いてあるS.Miwakoと。”
「――き、貴様あああああああああ!」
斗真は、痛みを忘れて叫んだ。
その怒りは大地を揺るがし、空気を震わす。
「それは――その指輪は!!」
“ああ、そうだとも!そう、これこそは、貴様の母親の結婚指輪さ!”
悪魔は声高らかに笑いながら言う。
“最高だったぜえええ?貴様の母親の泣きっ面!
お前たちは知らないよなあ。自分の息子二人を守るために、貴様らの目の前で、最愛の夫を殺した母親がどうなったかを。”
天を仰ぎ、悪魔は叫ぶ。
“お前たちをビルから突き落とした後、俺は貴様の母親の指を切り落としてやった!そう、この指輪とともにな!!
返してくれとせがむあの顔はそそられたよおお!!
血と涙を流しながら、手を伸ばすその姿を見ながら飲む葡萄酒の、なんと美味であることか!”
「その薄汚い手で、その指輪に触れるな外道!!」
斗真は立ち上がり、勢いに任せて『眼帯』に突撃する。
最後の力を振り絞った、渾身の一撃を、その右手に乗せて。
だが、その一撃は、一本の指によって止められた。
“最後まで話を聞けよ。”
悪魔の指が、斗真の視界を覆い尽くす。
「――ツアアアアアッ!」
両腕を切り落とされた斗真は、その場に崩れ落ちた。
『眼帯』はそれを見て顔をさらに歪める。
“俺の趣味は『結婚指輪』の収集でなあ。
ほら、人間って家族をつくる時、その誓いだか何だか知らないが、こういう愛を形にしたものを残したがるだろう?
それを、こうやって奪ってやるのさ!
特に若い奴らから奪うのが快感でねぇ!!
赤坂ってやつの指輪を奪ったときも、最高だったぜええ!”
痛みに悶えながら、斗真は叫ぶ。
「なぜだ。なぜそんなこと――なぜそんなことをする外道!!」
悪魔は答えた。心の底からその問いを待っていたというように、胸を張り
演説するかのように。
“そんなの、楽しいからに決まってるだろう!?
誰かが大切にしている物をぶち壊したとき、その悲劇に直面したあの顔を見るのが楽しいからだ!
絶望に打ちひしがれたその顔を見るのが、楽しいからだ!
理不尽なものに抗おうとして、その力の差に打ちひしがれる姿を見るのが楽しいからだ!
苦悩と悲痛にゆがむその顔に流れる涙が、とてもとてもおいしいからだ!
喜びが悲しみに、愛が憎しみに変わった時の、あの表情がたまらないからだ!
愛する者を、愛を失ったときの顔が、とっても面白いからだ!
ホントに愛ってのはピエロみたいに俺を笑わせてくれる!
愛!
ああ、それはとても大切さ!
俺を楽しませるためになあア!!”
「ふっざけるな!貴様を楽しませるために、俺たちはいるんじゃねえ!てめえは――人の命を、なんだと思っていやがる!」
“命?”
悪魔は笑う。
“人の命?――そんなものは、ただのおもちゃだ。
この俺を楽しませるための、おもちゃに過ぎない。”
「――」
斗真は怒りに言葉を失った。
(こんな悪魔が、この世にいるというのか――)
そして、その悪魔は笑いながら言った。
“お前たちは俺のおもちゃなんだよ。
だから――
もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともーっと、
俺を楽しませてくれなきゃ困るんだ。”
『眼帯』は斗真の首を掴み、その体を片手で持ち上げる。
“けどお前はもう壊れたおもちゃだ。散々遊ばせてもらったからそりゃそうだろ?
だから、おもちゃを変える。”
「な――に――?」
斗真の瞳に、恐怖が宿る。
“そう。変えるのさ。あのホムンクルスの少年は実にいい。
友人に『化け物』と言われたことをきっかけに、己が人間でないのではないかと苦悩している。そして、彼は自分が人間であるために、『友達』はこの世に存在しないと自身の中で決定を下した。
その苦悩も見ていて楽しいが、もっと楽しいことを思いついたのだ。“
何もない顔を、『眼帯』は斗真の顔に近づける。
“あいつがもし、そのないものとした『友達』をもう一度取り戻し、そして再び『化け物』と罵られたら、どうなると思う?”
「――貴様!」
暴れる斗真を、『眼帯』はあざ笑う。
“そして、その『友達』が貴様の息子だったら――もっと面白いことになると思わないか?”
「なんだと!?」
“これからお前は死ぬ。その死はあいつを救おうとしたから起きたことだ。
あの少年を、救おうとしたからこんな目にあっているんだ。
それを、お前の息子が知ったらどう思うかなあ?”
斗真の顔に、恐怖が広がる
“あああ、いいねえ、その顔!その顔が見たかった!
ああ、遊んでやるさ、次の玩具は貴様の息子!
そして貴様の守ろうとしたあのホムンクルスの2人だ!
貴様が愛し、守ろうとしたすべてで、俺は遊んでやるぜ!”
「てんめええええ!」
斗真は悪魔の手の中で、必死にもがく。悪魔の刃が首に食い込んできたとしても、それを止めようとはしなかった。己の守りたいと思ったそのすべてを、自分の快楽のために利用しようとする悪魔が目の前にいるのだ。最後に残ったわずかな力を絞り出し、斗真はもがく。
“楽しみだぜぇ。貴様の息子が苦痛に歪み、そしてあのホムンクルスの心を壊すその時が!
親友だと思っていた奴が、本当は自分の父親の死の原因だった。
その時貴様の息子が、貴様が命を賭して守ろうとした少年に何をするのか――
想像するだけでワクワクが止まらねぇ!“
「貴様ァ!!」
もがく斗真を、『眼帯』はさらに締め上げる。
“そして、少年の方は『友達』がこの世には存在しないとしながらも、『友達がほしい』と思い続ける人生を歩ませてやろう。絶望で塗りつぶされた心より、苦悩している姿の方が面白いからな。
しかも、彼はまだ『友達』は大切だという想いが、心の奥底に眠っている。あいつは『吉岡勝輝』が持っていたその想いを、心の中に封印している状態だからな。
ならば、彼を人間と認める人間を片っ端から殺し、そして自分を『友達』と呼ぶ存在だけが自分を『人間』だと認めていれば、サイコーのシチュエーションになるだろう?
自分を『人間』として認めてくれる唯一の人物、それが『友達』なのに、最後にはその『友達』に殺されるというストーリーだ。”
斗真は考えうるすべての憎しみと怒りをもって、『眼帯』をののしった。
「――この!悪魔め!!」
“――ふん”
悪魔はない鼻で笑うと、自由な左手を、そのない口に当てる
“さて、遊ぶのもいいが、俺は仕事もこなす男だ。
そろそろ貴様とはお別れだ。
大島に、『双狼』に成り代われと言われているんでね。”
「お――のれ――」
斗真は恐怖に身を震わせながら、歯をむき出しにして怒りをあらわにする。それが楽しくてたまらないというように、悪魔の顔のしわはさらに吊り上がる。
“そのためには、お前にならなきゃいけない。
そうすると、当然貴様の『銀狼』が使えないとやばいだろ?
けどさあ、能力って突然変異、遺伝子の変異を起こさないと使うことがそもそもできない。普通は無理だ。そう、普通はな。
じゃあ、『銀狼』になるには、どうしたらよいか……もう、分かるよな?”
斗真は、自分の見ているものが信じられなかった。
あろうことか目の前の悪魔は、ふさがれた口を、強引に切り割いて『口を創っている』。斗真の能力はのど奥にまで皮膚を創りだしている。偽物の皮膚とはいえ、皮膚は皮膚。神経もつながっているために、それに刃物を突き立てれば激痛を伴うのは必死である。
だが、この悪魔は自分で皮膚を斬り割いた。自身の体が引き裂かれるその激痛を、顔色を1つ変えずにやって見せたのだ。
耳まで割けたその口を見て、斗真は全身の血が引いていくのを感じた。
(まさか、この悪魔は、自分を――)
“そうだ。冥途の土産に教えてやろう”
耳まで割けたその口を動かしながら、悪魔は言った。
“何故口のない状況で言葉を発していたのか”
悪魔の指が、その漆黒の帯へとのびる。
“なぜ息が出来ないのに平然としていられるのか。その理由を、な”
夜の闇よりも濃い眼帯が、するするとほどけていく。
“見るがいい。これが、この俺の――”
そして、夜が、地に落ちる。
“正体だ”
「――」
その眼帯の中身を見て、斗真は絶句した。この世のものとは思えないモノが、そこにはあった。
「なんだ――それは――」
斗真が最期に言葉を発したとき、悪魔は言った。
その真っ赤な口を開いて――
“バイバイ。おもちゃ。”
◇
地平線近くに、月がある。
その巨大な月は赤みを増し、世界を不気味に彩っている。
そして、その月を背景に、一人の男が立っていた。
「くくく。あは。あはは。あははははは。」
耳まで割けた口に、べっとりと赤い血がついている。
その血をまき散らすかのように、男は狂ったように笑いだす。
「いいぞ。いいぞおおおおおおおお!」
そして、男は言った。悪意に満ちた、汚泥のような声で。
「能力武装――『銀狼』――」
くすんだ鎧が、男を覆う。
赤く光るその月光が、その邪悪な狼を照らし出す。
「――ふ。ふふふふふふ――あはははははは。
あっはははははははははははははははははははははははははははははははは!」
男は月に向かって笑う。
「手に入れたぞ、『銀狼会』、その、すべてをなああああああ!」
ひとしきり笑った後、男は施設に向かってくる、赤いランプの車両の群れを見る。
悪魔の凱歌を夜に響かせながらやってくるその観客を、悪魔は興奮した様子で眺めている。
そしてニタリと嗤い、悪魔はつぶやいた。
「さあ、喜べ『フウジン』。お前の望み通りに――」
殺し合おう。
読んで頂き、ありがとうございます!
『眼帯』こいつ以上のヤバいやつ、思い付かないってくらい非人道、反道徳をもりもりに盛り込んでいます……
次回は来週の土曜日更新予定です。




