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ヒューマンカインド/Brightness of life  作者: 猫山英風
第1部 影を纏う者 ―第2章 “死”と“誕生”―
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第51話 特秘能力者(20) 最後の狼(10)


「「よお、久しぶりだな。『双狼』」」


 地獄の底から響くような、悪意に満ちた漆黒の声。その声を、斗真は片時も忘れたことがない。

 はらわたから煮えたぎる怒りが、急激に沸騰した。


「『眼帯』!!」


少年が一度も聞いたことのない、怒りと殺意と憎悪が入り混じった稲妻のごとき荒々しい声だった。彼の中に抑え込んでいた『銀狼会』としての一面が、むき出しとなってその口から飛び出て言る。


「このくそ野郎!貴様、一体今どこにいる!!」


 部屋を震わすその怒号に、少年は身をすくめた。

鎧に覆われて顔は見えないが、その表情を容易には想像できないほどの、怒りのこもった声だった。それほどまでに彼を怒らせるその『眼帯』という人物は、一体彼に何をしたのか、少年には知る由もない。だが、その人物が斗真にとって明確な『敵』だということを、少年は察した。そして、斗真のただならぬ雰囲気から、その人物がいかに危険であるかを少年は感じ取っていた。

 通信機の向こう側にいる人物が何を言うのか、少年は手に汗を握りながら、じっと待った。

 通話の相手は小さく鼻で笑った。


「「あ?どこにいるかって?そんなの――」」



(これは――!)



「ここにきまってんだろぅがあああああああああああ!」

「!!」


 頭上から、黒い塊が降ってくる。

それは斗真に覆いかぶさるように襲い掛かり、ゲジゲジのように細く黒い数本の刃を、彼ののど元めがけて突き付けてきた。


「!!!!」


 口の中が乾くような、軽い金属音が部屋に響く。

それと同時に机は砕け散り、紙は引き裂かれ、部屋中に枯葉のように舞い上がった。


 それはまさに『死霊』であった。

どこまでも吸い込まれそうな漆黒の喪服。夜の闇で染め上げたような頭髪に、死人のように血の気のない肌。

 男は、烏が羽を広げるように大きく腕を広げ、そして幽霊のように立ち上がる。

その手足は蜘蛛の手足のように細く、その指は異様に長い。五指は着ている衣と同様に黒く染まり、1メートルを超える長さがある。そして、その内側、手の平に当たる部分は、怪しげな紫色の光を放っている。

 その容姿どれをとっても異様な佇まいであったが、なんといってもその顔が、一番不気味であった。その顔の外郭は、美形であることに間違いはない。少し高めの鼻、左右均等にととのった骨格。だが、その両目に当たる部分に、頭を一周するように黒い帯をつけている。その黒い帯はこの世のものではないのではないかと思うほど濃く、暗がりで見れば周りの闇と区別がつかない。

 横から頭を切り落としてしまったかのような、そんな不気味な容貌をした男が、少年と斗真の間に立っている。


「『眼帯』――」


 斗真が男を睨み付ける。

男はきちっと整えられたネクタイを、わざわざその細く鋭利な指で直す仕草を見せる。


「いかんいかん。今ので1ミリ、ネクタイがずれてしまった。いかんいかん」


真っ白な歯を見せて、『眼帯』はニヤリと笑う。一切の乱れのない、整った純白の歯が、闇に浮かぶ。そして、その歯はあざ笑うように言葉を紡ぎだした。


「さてさて、久しぶりの再会だ。積もる話もあるだろう。ゆっくりと聞かせてくれないか。」

「――ふっざけるな!」


怒り狂った斗真はその白銀の爪を、迷いなく『眼帯』の心臓めがけて突き出す。

だが――


「おいおい。そこまで慌てることはないだろう。そんなものは、楽しくない。」


『眼帯』はその爪を、胸の前で受け止めた。


「!!!」


一ミリたりとも、動かすことが出来ない。

髪の毛の細さ程しかないその黒い刃が2本、斗真の鎧の爪すべてを抑え込んでいる。


「斗真さん!!」

「やめろ!!」


少年が左手に稲妻を走らせ、『眼帯』に近づこうとする。だが、それを斗真は制止した。


「だめだ勝輝君!こいつには、近づくな!!」

「しかし――」

「だめだ!逃げろ!」


真に迫った声が、鎧の奥から少年に直撃する。


「こいつは――こいつは、本物の化け物だ。

今の君は十分強いが、それでもこいつには勝てない!

この男は俺が生涯見てきた中で最も強いダイバーズだ。そしてこいつは、俺の家族を皆殺しにした『黒箱』の一味だ!」

「!!!!」


 少年の体が、固まった。

心臓が、一度強く打つ。



(目の前にいるこの男が、『黒箱』の仲間なのか

父と母を殺した――)



少年の体が震える。

あの事件がなければ、自分はこんな体になどならなかったはずだ。

あの事件がなければ、自分はこんな目に合わなかったはずだ。

あの事件がなければ、自分は両親とともに生活していたはずだ。

そして、あの事件は『黒箱』によって引き起こされた。

あの事件は、この『眼帯』のいる組織によって引き起こされた。

ならば――



少年は息を荒げる。


「お前は、ボクの――敵だ!!」


 赤い稲妻が、部屋に満ちる。少年は今できる渾身の力を籠め、左の拳を男にねじりこんだ。

 だが――


「いやいや、話にならないよ。」


その左腕を、いとも簡単に『眼帯』は切り落とした。

鋏で紙を切るかの如く、なんの躊躇もなく、なんの顔色も示さず、切り落とした。


「――っああああああああああ」


 少年が痛みに悶え、倒れ伏す。


「勝輝君!!」

「おっとお、だめだめ。君は動いてはいけないよ~。」


『眼帯』は少年に駆け寄ろうとする斗真に、満面の笑みを浮かべる。

男は斗真の『爪』を抑え込んでいない自由な左腕を、ぶらぶらと楽し気に振り回す。

その長すぎる細い指は、鋭利な刃物。触れただけで床や壁に切れ込みを入れ、辺りを切り裂いていく。舞い散る破片の合間から、下卑た笑みが少年に語りかけてきた。


「いやー、勝輝君、だったかな?その体すごいねえ。エーテルでできた身体。

()()()()

ほら、もう腕を再生し始めたじゃないかあ。」


 『眼帯』の薄気味悪い笑みが暗闇の中で浮かび上がる。

 少年は全身に寒気が走った。あの大島に体の真実を言われた時とは違う。

もっと気色の悪い、命の危険。もっとおぞましい、言いようのない恐怖を、少年は感じた。


「おおおおおお!」


 狼が、『眼帯』に突進する。



(この男は、その気になれば一瞬で少年を殺す。

俺は――彼を救うためにここまで来たんだ。

ここで彼を、殺させるわけにはいかない!この『眼帯』を、少年から遠ざける!)



その一心で、斗真は『眼帯』の懐へ飛び込んだ。


「勝輝!」


『眼帯』の体を掴み、壁へ突撃するその間際。

斗真は叫んだ。



「逃げろ」





「あ……が……」


 何が起きたのか、分からなかった。

その場にいた誰しもが、理解できなかった。

 一番理解できなかったのは、『双狼』、白井侑真だった。

これまで、アダマンタイトの長刀を防ぎ、『ツクヨミ』の熱線すら防いできた。

どのような能力であれ、どのような物理攻撃であれ、完全ではないにしても、その能力武装の耐性は絶大である。()()で、破ることができる代物ではない。

 だが、その能力武装を、一撃でそれは破った。いとも簡単に、その刃は鎧を貫通した。

 彼女はただ、走り抜けただけである。刃と刃が交わる、その金属音すらしなかった。

光の双剣はすり抜けるように侑真の手刀を二つに斬り割き、鎧などなかったかのように、左腕を斬りおとした。


「テンメエエエエエエエエ!」


 狼は、痛みと怒りで歪んだ瞳を結子に向ける。

 結子はただそこに立っていた。雨に打たれながら、輝く双剣をもって立っていた。

その光の双剣には、一滴の血すらついていない。一切の穢れもない、恐ろしく白い、二つの刃。その刃を手にし、結子は双狼を睨み付けている。


「な、なにが起きた……」


 宗次は結子と『双狼』を見比べる。



(あの『双狼』の創り出す刃でなければ、能力武装に傷1つ負わすことが出来なかった。それなのに、結子のもつ刃は、豆腐を切るみたいにあっさりとその鎧を断ち切った。結子の光弾ですら防いだ、あの鎧を――。)


「この俺の……『能力武装』を……一撃で貫通させる能力だと――!?

ありえない!究極の物理耐性を持つ鎧だぞ!『銀狼会』の鎧だぞ!?

たかが光――電磁波ごときに破れる代物ではない!」


 侑真は傷口を抑えながら叫ぶ。すっぱりと斬られた二の腕から、血が流れ落ちている。

その様を、結子は冷ややかに眺めながら言う。


「確かに、私の能力『ティファレト』は、『光に関する能力』と言われているわ。」


彼女は双剣を構え、ゆっくりと侑真に近づく。


「けれど、それは『ティファレト』の本質をさすものではないわ。『光を扱える』というのは、二次的なものでしかない。『光に関する能力』というのは、特秘性が高すぎるために、本来の能力を隠すためのカムフラージュでしかないのよ。

本質はもっと別物。『ティファレト』の本当の使い方ではないわ。」

「な――に――!?」


 その言葉に、侑真だけでなく宗次も驚愕した。

彼は何度も彼女の能力を目にしてきている。全てを焼き払う強力な熱線。数百メートルを瞬きの間に駆け抜ける光の弾。それは他に実現可能なダイバーズなどいない、強力な力だった。科学技術の粋を集めて作られるレーザー砲を、片手で生み出すダイバーズである。

 そんな異次元レベルのダイバーズが、言うのである。それは『本当の使い方ではない』と。

 宗次は、寒気を覚えた。

良く知るはずの家族が、何か違うところに立っている。しかも、それは自分では手の届かない、遥か遠い処だ。ただでさえレベルの差がある彼女が、さらに遠い存在に思えた。それが、言いようのない不安を宗次に抱かせた。


彼女は言う。

月のような冷ややかな声で、その正体を明かした。


「世界10大能力、『ティファレト』。その能力は――」




  マナを創り出す、能力よ



読んでいただき、ありがとうございます!!

ついに登場したこの『眼帯』。

ヒューマンカインドを最初に考えたのはもうずいぶん昔、中学生の頃でしたが、このキャラクターは初期構想段階から存在していました。

今後もお話の中で大きな役割をになるキャラクターになっていくことでしょう。


それでは、次回お楽しみに!

次回は少々リアルで予定があり、日曜日更新ではなくて月曜日零時更新予定です。

よろしくお願いします!


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