第50話 特秘能力者(19) 最後の狼(9)
「ここだ。」
斗真は『能力武装』を解除し、塀に隠れて一つの建物を指さす。
「ここが、一宮医療センター……」
白い、巨大な箱。
そう少年は感じた。随分と無機質な建物だと。
「病院、ですか?」
少年は希望的な意見を率直に言ったが、その答えは少年を沈ませるものだった。
「――いや、医療研究センターだ。」
斗真はそういってから、慌てて説明を追加した。
「いや、研究センターと言っても、新たな治療法を研究する場所で、決して法に触れるような――大島のような研究はしていない。だから安心してくれ。」
「……はい。大丈夫です。」
斗真は返事の前に小さな間があったことが気になったが、それでも今はそれに構っている余裕はなかった。少年の体の保存時間は残り20分。
それより前に建物の中に安全に侵入しなければならない。のだが――
「俺の知らない合間に、警備システムが強化されているな……」
斗真は門に付けられた監視カメラや、玄関付近に見えるうっすらと見える赤いレーザーを見てうなる。
「警備員はいないが……入口にあるあのセンサー、引っかかると警報ブザーが鳴るな。」
「どうしますか?」
少年が斗真の耳元で尋ねる。
少年の声は不安げだったが、何かやるべきことがあるのなら、それを行うという意志がその瞳には宿っていた。
「……あの監視カメラは『嶋崎グループ』って警備会社のものだな。と、なると、門近くにあのレーザーを解除する装置があるはずだ。」
「詳しいんですね……」
「ああ。兄がその警備会社に勤めていてね。一通り設定方法やその解除方法を教えられたんだ。ま、だから道具さえあればちゃちゃっと解除して――」
斗真は少年がじっと自分を見つめているのを見て、小さく咳払いする。
「……それで、だ。道具がないとアレが解除できない。あれに引っかかるとあっという間にお巡りさんがやってきて捕まってしまう。流石に不法侵入と言われるのは嫌だろう?」
「今からやろうとしているのは、まさにそれだと思うんですが……」
「あはは……」
苦笑いする斗真に、少年は一瞬小さく笑った。そして、少年はまっすぐ斗真を見る。
「では、教えてください。どんな道具が必要なのか。」
「え?」
少年が右手の平を前に出し、意識を集中させる。
「僕が、創り出します。」
◇
「誰もいない……な。」
斗真は中に入り、物音1つ立てずに周囲をうかがう。
「大丈夫だ。勝輝君。」
斗真の招きで、少年もその建物の中に入る。
中は薄暗く、数メートル先は見えない。病院特有の薬と包帯の臭いが立ち込め、少年の顔をしかめさせる。
「この臭いは……嫌いです。」
斗真は、その動きを止めた。少年のおびえるような顔を見て、胸が痛くなる。
「――すまない。少しの間だけ、辛抱してくれ……」
斗真は受付にあるはずの通信機を探す。彼は少年の不安を取り除くためにも、一刻も早く飯塚と連絡を取りたかった。だが、受付にあるはずの通信機が見当たらない。
「……妙だな。以前来たときは、ここに置いてあったはずなんだが。」
(罠か――)
不信に思った斗真だが、ここまで来て引き返すわけにもいかない。
もう、自分には時間がない。それを認識していたからこそ、斗真は焦った。
「勝輝君。」
「はい。」
「……奥へいこう。」
◇
斗真は少年の手をひいて前を慎重に進んでいった。
受付にあった昔ながらの懐中電灯を頼りに、夜の医療施設を歩く。一歩、また一歩と奥に進むたびに、月の光が薄れていく。その心細さは言うまでもなく、斗真の手を握る力が、一歩ずつ強まっていく。
斗真はこれを罠だと強く感じるようになっていた。
(これまでいくつか部屋を見ていたが、一つも通信機が見当たらない。明らかにおかしい。
そして、まるで自分たちを招くように、鍵のかかっていない扉が続いている。)
「……一応、警戒しておいてくれ」
そう斗真に言われ、少年はその手の内に木刀を創り出す。
「……」
斗真はその能力を見るたび、顔には出さなかったが、内心恐怖を感じてしまっていた。
彼が『破壊の能力』以外に『創造体』を形成できるようになり始めたのは、『フウジン』や『カナヤマヒコ』が訪れる少し前のことだった。
斗真はそれを見て驚愕した。そしてなおかつ、それを『アマツマラ』達に知られないように、隠すように少年に言った。
理由は3つ。
一つ目は、更なる実験の増加を恐れたからだ。
そもそも彼が『ウィザード』であるのに、新たに『ソーサラー』の能力を持っている可能性があると知られれば、大島が見逃すはずがない。精神身体ともに既に限界を超えている少年に対し、彼へのこれ以上の実験はとどめの一撃になりかねない。それを、斗真は避けたかった。
二つ目は、逃げ出す際の戦力にするためである。
ダイバーズ同士の戦いでは、情報が命。相手にいかに自身の能力を知られないようにするかが、勝利を収めるカギになる。
そして三つ目は、斗真自身が、その能力を見ることで恐怖を抱いていたからだった。
少年の学習能力は異常である。人間のそれを凌駕し、何から何まで見ただけで覚えてしまう。
もっとも驚嘆するべきは戦闘能力だった。彼は柔道でいえば黒帯、剣道では5段の域に達している。そもそも剣道は13歳未満では段位すら受けることができないのに、10年以上の経験者でなければ到達しえないその剣の域に、この少年は立っている。
齢12歳。
中学1年生の少年が持っていていい戦闘能力ではない。そのあり方を、斗真は内心不気味に思っていた。
まるで、最初から知っていた。
そう思わざるを得ないスピードで成長してしまった。
(もしこれ以上戦闘能力が向上するようなことがあったら、自分は、彼を本当に人として見れるのか――)
そう不安に駆られていたのである。
「斗真さん。」
「え?ああ、すまない。すこし考え事を――」
「あれ、通信機ではないですか?」
少年の指さす場所に、黒いホログラムが置かれている。
最奥の部屋の机の上。周囲は部屋で囲まれており、窓は1つもない。開け放たれた扉から、その通信機だけが見えている。暗闇の中でおぼろげに点滅する赤いランプを見て、斗真は生唾を飲む。
(明らかに、罠だ。
だが、そうと分からせるように置かれている罠でもある。
もし、この通信機のある部屋に行かなかった場合、さらに危険な罠が待ち構えている可能性がある。
だが――)
「いったい、誰がこんなことを……?」
(特殊部隊がこんな意味の分からない手段をとるとは考えにくい。
だが、自分たちを追っているのは『フウジン』、特殊部隊のはず。)
であるならば、これはいったい誰による罠なのか、斗真は一切予想できなかった。
「『能力武装』――銀狼」
斗真は最大限の警戒をした。周囲に、少年以外の気配は感じられない。
(となると、部屋自体に罠が仕掛けられている可能性があるか――)
斗真は少年を振り返る。
少年も既にそれが罠であることを察していた。斗真と同じく強張った顔をしている。だが、彼の呼吸はとても整っていた。足の動きもしっかりとし、戦いになることを覚悟している目をしている。
そして、斗真はその目を頼もしく思うと同時に、覚悟をさせねばならない自分を嘆いた。
「いこう。」
斗真は少年とともに部屋に入る。
部屋には机が3つ。どれも壁際に置かれており、背後や下に人や何かが隠されいるような様子はなかった。うち2つは書類が山のように積まれており、様々な医療分野の論文のようだった。そして、部屋の扉の正面にある机には、黒い通信機だけが置かれている。その様は暗闇に光る陽炎のようで、雲に隠れた月のようにおぼろげである。
「……」
斗真は、恐る恐るその赤いボタンを押した。
ジリリリ、ジリリリ
1世紀ほど昔の、黒電話の音が夜の施設に鳴り響く。
(通信先が固定されている。)
それでも、斗真はその着信を止めなかった。
この先に何がいるのか、確かめねばならなかった。
誰が、こんな罠を創り出したのか知るために。
延々と続く着信音。1つ鳴る度に、二人の心臓の音も倍になってゆく。手には汗がにじみ、顎から汗がしたたり落ちるころになって、ようやくその着信音は終わりを迎えた。
ガチャリ
通信機のホログラムに、相手の姿は写っていない。
相手が通信機の映像機能を切っているせいであろう。
そして、そこからは聞こえてきた。
地獄の底から響くような、悪意に満ちた漆黒の声が。
「「よお、久しぶりだな。『双狼』。」」
読んでいただき、ありがとうございます。
ついに、眼帯、登場――
次回は来週の土曜日零時更新予定です。
よろしくお願いします。




