表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒューマンカインド/Brightness of life  作者: 猫山英風
第1部 影を纏う者 ―第2章 “死”と“誕生”―
53/114

第49話 特秘能力者(18) 最後の狼(8)


 無数の斬撃が風を切る。

その動きはあまりに早く、もはや常人には何が起こっているのか理解できない。刃の残像が白銀の帯となって夜に舞う。刃と刃が幾たびも重なり合い、二人の間に火花を散らした。

 どちらが攻守に転じているのかも分からぬその高速の戦いは、5分を経過した今でも拮抗していた。両者一歩も引くことはなく、互いに致命傷を負わせる一瞬の隙を伺っている。無駄な問答など一切ない。

ただ殺す。

ただ殺める。

その一点だけを両者が求めて戦うその様は、燃ゆる炎よりも荒々しく、吹きすさぶ嵐よりも激しかった。


「この、クソガキがアア!」

「!」


 宗次の長刀が鎧の右首筋に伸びた瞬間、侑真はその鋭い爪で刃を掴んだ。

固い。

刀を取り戻せないと宗次が悟ったときには、侑真は次の一手を打っていた。彼はその刃を奪い取り、左脚を軸に大きく体を回転させる。彼の右手の平から伸びる『刃』が、宗次の首を狙ってくる。


「っち!」


 だが、その刃は宗次の首に届かなかった。

侑真が宗次の刀を止めたその瞬間。二人の動きが止まったその刹那を、長嶋が見逃さなかったのだ。それまで様子をうかがっていた長嶋は、この瞬間に彼等との距離を一気に詰めた。そして手に持つ巨大な盾を、侑真の刃と宗次の間に滑り込ませたのである。


「ふっとべ!!」


 長嶋はその勢いのまま侑真を盾で空中へと押し退ける。鈍い金属音を放ちながら、侑真は再び宙に投げ出された。


「やれ、結子ォ!」


宗次の言葉が終わらぬうちに、無数の光の筋が侑真の上に降り注ぐ。

流星のごとき光の筋は、落雷のような炸裂音を轟かせて辺り一帯の地面を抉り出した。

 だが――


「ば、化けもんかよあの野郎!」


驚くべきことに、侑真は投げ出されたその空中で回転し、自らに降り注ぐ光弾を『切り裂いた』。光の弾が、久寿玉のように散ってゆく。

地に舞い降りるその獣を睨み付けながら、宗次はうなる。


「物理耐性が――高すぎる!!」


 その一瞬。

確かに、彼らは集中力を欠いていた。

侑真の恐るべき『能力武装』を前にし、その能力の完成度の高さに歯噛みした。

その強さを()()()()()()

強者にとってその一瞬は、()として十分すぎた。


「ガ――」


 血が、地面にしたたり落ちる。

 特殊部隊にとって、それは予想だにしない出来事だった。

 ダイバーズ同士の戦いにおいて、最も重要なことは『敵の能力を知ること』である。

今回、双狼の能力情報はほとんどなかった。故に、相手の能力が何であるかはっきりするまで、宗次たちは最大限の警戒をする必要があった。だから、これまでの40分近い戦闘の間、ずっと宗次たちは侑真から目を離さなかった。

獰猛な狼から、一時たりとも目を離さなかった。

その力が『手刀』と『能力武装』であるとはっきりとわかった今でも、まだ隠している能力があると、そう考えて警戒した。長嶋の部下たちが参戦しないのは、全力でそのないかもしれない隠し玉を見極めさせているためでもあった。

 そんな警戒態勢だからこそ、だったのだろう。『手刀』と『能力武装』以外に能力があるかもしれないと考えていたせいで、『手刀』の能力が、『ただ刃を形成するだけ』だと思い込んでしまっていた。その『刃』が()()()()()と、宗次達は想像できなかったのだ。


「――宗次!」


 膝をついた宗次に、血相を変えて長嶋が駆け寄る。


「させるかカス野郎!」

「むう!」


長嶋の行く手を、狼が遮る。

その獰猛な刃が、長嶋ののど元めがけて伸びてくる。


「おおおおおおおお!」


自分の背丈よりも巨大な盾を軽々と操りながら、長嶋は狼の攻撃をことごとくさばき切る。

亀の甲羅のように湾曲した盾は、『爪』を立たせることなく流れるように標的をずらす。


「くそっ!宗次!大丈夫か!ええい、誰か宗次を救出しろ!!」

「ふははははははは!みっともないぞ特殊部隊!!」


鎧の奥から、高らかに笑う男の声が、廃墟に響く。


「ダイバーズ同士の戦いでは情報が命だ!こういう()()()()()でも、隠すだけで強力な武器になる!!

だから、テメーらみたいに最初から全力でぶつかってくるヒーロー気取りのヤツは、絶対に俺達には勝てねぇんだよ!!!」


長嶋の盾が、大きく宙に投げ出される。


「しま――」


次の瞬間、廃墟にわずかに残されたビルが、音を立てて崩れ落ちた。


「……ちっ、浅かったな。あいつ、まだ生きてるか。」


 長嶋をその強烈な蹴りで吹き飛ばした侑真は、自らの足を見てつぶやく。


(相手も同じ『能力武装』の使い手。

強度はこちらが上と思っていたが、足の『爪』に血が付いていない。

となれば、その鎧の内側にある肉体にダメージは与えていない、か。)


「だが、ビルを貫ぬくほどの威力で蹴ったんだ。そうそう起き上がって来れねーとは思うが……」


侑真は、宙から自分にめがけて落ちてくる盾を見て、ニヤリと笑う。


「強者ってのは、手を緩めねーんだよ。」


 落ちてくる盾を、狼は片手で受け止めた。

その重さはゆうに100キロを超えるはずである。彼はそれを軽々とつかみ、いとも簡単に長嶋めがけて投擲した。

侑真の刃すら防ぐ硬さを持つ長嶋の盾は、廃墟のビルを豆腐のように切り裂き、目標へ着弾した。


「ふん。あいつが守備専門でなかったら、さすがに危なかったか……」


 侑真は崩れゆくビルを見ながら、小さくつぶやく。


「さて、まずあのガキを始末して――」


 振り向いたその瞬間、侑真の視界に、猛禽類のような鋭い眼光を放つ男が飛び込んできた。その手には白銀に光る刃が握られ、その剣先はまっすぐ侑真の心臓を狙っていた。


「まだ、終わってないぞ!」

「テメ、まだそんな動ける力が――!!!」


 金属を割る音が、侑真の耳に響いた。


「――!どけこのクソガキ!!」

「ガアア!」


鎧の爪が、宗次の腹部に突き刺さる。しかし更なる追撃を宗次は許さなかった。瞬時に倍速で後方に後退し、防御の構えをとる。


「ガハッ……防弾チョッキじゃ、流石に……紙装甲か……」


額から滝のように汗を流しながら、宗次はその傷を睨み付ける。

 雨に打たれて、血が地面ににじんでいる。



(身体が熱い。

これに寒気を感じたら危険だ。

その前に、何とかしてこの状況を切り抜けなければ――)



「……テメェエ。」


 憎悪に満ちた声が、宗次に降りかかる。侑真は自らの脇腹に手を当て、欠けた鎧の破片を握りしめていた。


「――いや。

俺としたことが――甘かった。

さっきの俺の投げた刃で、俺に斬りかかってくるとは……

確かに、同じ強度のエーテル体同士をぶつければダメージは与えられる。

――この刃を投げつけた時に貴様を殺せなかった、俺のミスだ。」


鎧は両手に再び刃を創り、宗次に歩み寄ってくる。


「ああ。だがもう油断しねえ。

貴様はどうやら疲労が限界に達したようだが、油断しねえ。

俺はまだまだ戦えるが、油断しねえ。

その命を奪う、その瞬間まで、油断はしねえ。」


狼は刃をこすり合わせながら宗次に近づく。


「つ、『ツクヨミ』、応答願います!隊長と山田隊員が危険な状態です!早く応答願います!」


 遠くで、長嶋の部下が応援を要請する声が聞こえるが、その問いに返事はなかった。

それを確認しつつ、狼は宗次に吐き捨てるように言った。


「今はあの『ツクヨミ』の視線も気配も感じねえが、どこから狙ってくるか分からねえ。

さっさと貴様を殺して、そんで貴様ら全員首跳ねてここを去る。

俺は仇をとらなきゃいけねえ。こんなところで、時間を潰してる暇はねえからなぁ!」

「!!」


雨に濡れる刃が、振り上げられる。

 

 と――


「!」


一筋の光が、宗次と侑真の間を駆け抜けた。



(真横から――)



侑真はその光が放たれた方向を睨み付ける。


「ほーう。遠巻きからのちまちま攻撃してた臆病者の到着か。『ツクヨミ』」

「結子……」


 彼女は、雨に打たれながら立っていた。

黒く塗れた髪を後ろに流し、光の矢をつがえて立っていた。足元には無数のガラスの破片が散らばり、雨に打たれて無機質な音を立てている。


「……いいぜ。相手をしてやる。」


 侑真はこの戦いの中で、最も低い声で言った。

それは、己の全力をもって挑むという、意思表示だった。


「なん――だと……」


宗次は自分の眼前の光景に絶望し、自分の非力さに口惜しさを覚えた。

 その鎧のありとあらゆる関節のある部分から、鋭利な刃物が現れる。背中にあったたてがみは全てハサミのように細く細やかな刃の塊と化し、肘、膝、肩、腰から、手の平よりかは短いが、肉を斬り割くには十分すぎる大きさの刃が、妖艶に突き出ている。


「あ、いつ……まだあんなものを、隠し持っていたのか……」


宗次が血を吐きながら『双狼』を見る。



(これは勝てない。)



どんなに結子の能力が強力でも、ほとんど物理攻撃の効かない『能力武装』を相手にしては、勝ち目がない。


「だめだ、結子――にげ……」

「宗次君。」


 雨の中、彼女は言った。彼女は光の弓を解除し、構えを解く。


「……なんだ?」


 不可解な行為に、侑真は警戒した。



(この状況で構えを解くだと?何かをしてくるつもりか?いや、だが、あいつのあの攻撃は全て裁ける。アレに関しては心配する必要はないが……あいつは世界10大能力保有者だ。

油断できん。

先手を打つか――?

いや、相手が何をしようとしているのか分からない以上、下手に動けばこちらが負ける。)



「――」


侑真は何も言わず、じっと結子を睨み付ける。その様はさながら獲物を見つめる狼のようだった。瞬きもなく、まっすぐ標的を見据えるその狼に、宗次は身の毛がよだつ。



(こんな化け物が、この世界にはいるのか――)



 そう、思った時だった。

その化け物に、彼女は言った。


「あなた、さっき言ったわね。」

「あん?」

「ダイバーズ同士の戦いでは、情報が命だと。」


その言葉に、侑真は腰を低くして攻撃態勢をとった。


「……ほう、では、お前もまだ何か隠していると?」


うなる狼に、彼女は言う。


「ええ。私の能力は世界10大能力が1つ、『ティファレト』。だから、その能力の特秘性は他の特秘能力者よりも格段に高くなる。だから、任務において私は『()()()()()使()()()()。」

「結子?」


雨に打たれる女の両手に、光の『剣』が現れる。



(さっきの弓と同じ光……?接近戦が出来る、というだけか――?それとも――)



結子はその光の双剣を、茨の狼に向ける。


「でも、今は時間がない。

私は――約束した。家族を、必ず守ると。そのためなら、その禁を破ってでも、能力を使うわ。」


結子の脳裏に、あの言葉がこだまする。


「だから――」

「ゆ――いこ――?」


 宗次は、結子の顔を見て戦慄した。今までに一度も見たことのない、彼女のひまわりのような性格からは予想すらできない、暗く恐ろしい殺意の顔が、そこにはあった。

 その声を聴いた時、宗次には、全ての音が聞こえなくなった。

それは氷よりも冷たい、非情に徹した冷酷な声だった。



「そのために――あなたを殺す」




足元のガラスが、ひときわ大きく音を立てた。




読んでいただき、ありがとうございます!

どうなるのか・・・・・・ハラハラ!


次回は明日日曜日零時更新予定です!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ