第48話 特秘能力者(17) 最後の狼(7)
「そろそろ時間か。」
斗真は公園の時計を見て言う。既に夜の3時を過ぎ、冷え込みがさらにきつくなってくる。
(身体が冷たい――)
斗真はかじかむ手を握ったり開いたりしながら、少年に言った。
「勝輝君も、もう体は大丈夫なのかい?」
「ええ。大丈夫です。あと30分はこのまま行けます。」
少年は忌々しそうに公園の隅にある植木を見つめる。少年の体は創造体。彼のエーテルに情報を保存する時間はおおよそ30分。30分置きに彼の体が崩れるため、二人はそのたびに物陰に身を隠しながら歩みを進めていた。
「――それより、斗真さんの方こそ……ケガの方は……」
少年の心配そうな眼差しを見て、斗真は微笑む。
「ああ。大丈夫だ。今ようやく『疲労』も回復したから、能力でケガを治した。まぁ、治したと言っても、俺は疑似治癒能力者だからね。本当に治すことはできないが、けがを負う前の状態を、保存時間が許す間だけ再現できる。俺の保存時間は2時間だから、2時間の間はけがを負っていないことになる。
一度能力を行使するだけで能力の効果が残り続けるっていうのは、とっても便利だね。」
「そう――ですか……」
斗真は大丈夫の一言を言うばかりで、少年は不安を払拭できなかった。見るからに体調は優れていない。目の下には隈が出来、額にはこの寒い夜空の下、汗が噴き出ている。
医者は患者の患部を確認し、体のどこに損傷を負ったのかを認識してけがを治療する。そのため、当然のことながら『認識できない部位』を治すことはできない。それは斗真のもつ『疑似治癒能力』も例外ではない。その効果は『認識できる部位』にしか及ばないのだ。簡単に言えば、目に見えないけがは治せない。斗真自身が治せるのは見た目だけ。内臓に及んだケガは、治せていないのだ。それを、少年はうすうす感じ取っていた。
「さて、これから一宮医療センターに行ってまずは飯塚先生に連絡を取ろう。ホログラム通信機を拝借しておけばよかったんだが、あの時はとにかく輸送車から離れなくてはならないと思ったからね。センターにある通信機を使うしかない。」
斗真は大きく息を吸い込み、低く唱える。
「『能力武装』――銀狼」
まばゆい白銀の光とともに、その鎧が斗真を包む。月光に照らされて宝石のようにきらめくその鎧に、少年は息をのむ。
美しい。
少年はそう思った。
そのフォルムには一切の無駄なものはない。派手な装飾のない鎧はただ戦うために特化し、厚く、頑丈だった。兜のから背中にかけてたなびくそのたてがみは、雪のように柔らかで、春の日差しのように温かかった。
自分を抱えてここまでやってきたこの男の能力に、少年は感動した。ここまで美しく、完成された能力があるのかと、そう思った。自分をここに連れてくるために、一瞬で周りの大人を薙ぎ払った、その力に見惚れた。
(ここまで強く、不動の強さがあれば――
こんなふうに能力が使いこなせたなら、きっとこの人のように強く生きられる。)
「勝輝君。」
少年に向かって、斗真は言った。
「ここから10分ほど行ったところにセンターはある。だが、そこに行く前に、君に聞いてほしいことがある。」
銀の鎧は少年の前にしゃがむ。兜の隙間から覗く斗真の瞳が、少年に強く語り掛ける。
「この先、たとえ何があったとしても、君は、君を見失わないでくれ。」
「ボクが――ボクを――?」
鎧の奥から、悲しみを押し殺したような声が聞こえた。
「ああ。この先の未来、君は多くの試練が待ち受けるだろう。
君を人間と認めない者もいるだろう。
君を吉岡勝輝と認めない者もでてくるだろう。
それでも、それでも――」
小さなそよ風が、少年に吹いた。
「自分が、『吉岡勝輝』であることを、見失わないでほしい。
友達が大切な存在であると言った、心優しかった君を、忘れないでほしい。」
「でも……」
少年はうろたえた。
「『友達』なんて、この世界には――」
「それでも――忘れないでくれ。」
「――」
斗真は拳をそっと前に出す。
「約束してくれ。」
「……」
少年はどうしたらよいのか分からなかった。斗真が何にこだわっているのか、理解できなかった。
(『友達』など、この世界には存在しない。
そうでなくては、彼が――智也が、自分を『化け物』と呼んだ理由が分からない。)
それでも、斗真のその必死さだけは、少年に伝わってきた。自分の体がぼろぼろになりながらも、自分を『救おう』としている男が、必死で訴えてきたのだ。
少年はいつかの時と同じように、それにノーとは言えなかった。どこかで見たような、そのまなざしに、できないとは言えなかった。
「うん……」
少年はその拳に、自分の拳を当てた。金属の冷たさと斗真の体温が同時に伝わってくる。
「ありがとう。」
斗真はほっとしたように柔らかに言った。背負っておいた荷物が軽くなった、そんな声だった。
彼は少年を抱きかかえると、少年にしか聞こえない小さな声で優しくささやいた。
「それじゃあ、行こうか。」
◇
「さて、話の続きだ。」
白衣の男は咳ばらいをする。何が楽しいのか、糸川の口調はずっと上ずっている
「日本の裏社会を支配していた『銀狼会』。それをぶっ潰しちゃったのが、我々『黒箱』だ。
我々第3期の『黒箱』はそれまでの『黒箱』とは違い、取引相手ではなく、彼等に成り代わることにしたんだ。そうした方が手広く『仕事』ができるからね。」
コンピューターの画面から出る光を背後に、糸川はさらに続ける。
「けれど、それは特殊部隊が発表した予想であって本当の私達の目的じゃない。もちろん、さっき言ったことも目的の1つだったよ?けれど、それがすべてじゃないのさ。
私達の目的は『第二のアトランティスの建国』。もちろんそれは間違っちゃいない。だけど、それはそんな単純じゃあない。世間一般に言われているような、野蛮でみっともないものではないのさ。もっと、その目的は崇高なものだ。
それについては、君がこの新硫黄島に来たときに話しただろ?覚えているかい?」
糸川の言葉に、少女が小さくうなずく。
「おおそうか。よし、それならばいい。
そして、我々はそれに基づいた行動しかしていないのだよ。何せ私は医術に携わるものだからね。糸川秀則、金の亡者なんて言われるこの私だが、それに関しては決して道をたがえてはいない。」
糸川は暗闇の中で薄気味悪く笑う。その様子を見ていた少女が、小さく震えながら尋ねた。
「……じゃあ、『銀狼会』を襲った理由はなんですか?」
「いやいやいや。お嬢さん、そうじゃない。」
「え?」
糸川はコーヒーの香りを嗅いでにんまりと笑うと、その人物に言う。
「襲ったんじゃない。粛清したんだ。」
「……?」
「まあ、まだ君には分からないかな。もう少ししたら分かるようになるよ。」
糸川は別のカップにコーヒーを注ぎ、少女に差し出す。
少女は首を横に振ってそれを断ると、糸川は残念そうな顔を浮かべ、そのカップに入れたコーヒーを一口飲む。
「さて、そんなこんなで『銀狼会』をこの世から抹消したと思っていたのだが、これが困ったことに、残党が残っていたらしくてねえ。」
「残党……?」
少女の問いに、糸川は黄ばんだ歯を見せて笑う。
「そうそう。それこそが『双狼』。ふふ。
ま、『銀狼会』の生き残りってやつさ。彼等はこの12年の間、ひっそりと暮らしていたようだが、ついに動き出したのさ。我々、神に選ばれし勇敢なる戦士の集団、『黒箱』を倒すために!」
「……」
劇中劇のような身振りを見せる糸川だったが、少女は無反応だった。それが随分とつまらなかったのか、糸川はため息をついて言った。
「まあ、それで、だ。さーさすがに僕らの目的を知っているかもしれない奴らを、このまま野放しにするのはやばいとリーダーが言い出してね~。
めんどくさいんだけど、掃除しなきゃいけなくなったんだ。」
「……」
相変わらず無表情な少女に、糸川はニヤリと笑って言った。
「けど、これは君にも関わりの有ることなんだよ~。お嬢ちゃん。
何しろ、君をひろってきた『眼帯』が、今そのうちの1人を『掃除』しに向かっているんだ。それが、何を意味するか、頭のいい君のことだ。分かるんじゃないのかなぁ?」
「―――」
少女は、視線をずらした。
それが何を意味するのか、彼女は分かっていた。何故なら、ここに連れてこられたとき、『眼帯』という男はこういった。
『君が大切だと思う人を、怪物とすり替えた奴らが、あの建物にはいるんだ。』
と。
「それで~、『眼帯』は君にこういったんだろ?
『我々とともにその怪物を殺し、怪物とすり替えた奴らを殺し、大切な人を取り戻そう。』
って。お嬢ちゃん。」
糸川はニヤニヤしながら少女を見つめる。
(自分は、『眼帯』ほどの趣味は持ち合わせていない。
――だが、それでもこの過程は見ていて興味をそそられる。
この少女を、あの男はどう料理しようとしているのかねぇ。あの『眼帯』という男は。)
「……ます。」
「ん?」
考え事をしていたせいで、糸川は少女の言葉を聞き逃した。
「すまない、なんだって?」
「……違います。あたしは、お嬢ちゃんなんて、弱そうな名前じゃない。」
少女ははっきり言った。その壊れた瞳で、まっすぐ糸川を見ながら。
「あたしの名前は、深山華子よ。」
読んでいただき、ありがとうございます!
次回は土曜日零時更新です!
お楽しみに~
次回 最後の狼(8)
「そのために――あなたを殺す」




