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ヒューマンカインド/Brightness of life  作者: 猫山英風
第1部 影を纏う者 ―第2章 “死”と“誕生”―
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第46話 特秘能力者(15) 最後の狼(5)

 4月の風が、少年と斗真を包んだ。少年は最初、じっと斗真を見たまま動かなかった。けれど、その視線を足元に落とし、彼は小さく言った。


「ボクには――どちらの『人間』がよいかは……分かりません。

ただ……」


少年はおびえるような、すがる様な震える瞳を、斗真に向ける。そして彼は言った。今にも泣きそうな顔で、声を絞り出すように。


「ボクは……吉岡勝輝であると、そう確信したいのです。」

「――」


 今になって、ようやく斗真は気づいた。

少年が自身を吉岡勝輝として確信するためには、ただ人間であると認めるだけではだめなのだと。

 例え今の少年を人間として認め、『吉岡勝輝』と言ったとしても、果たしてそれが事件の前の人間『吉岡勝輝』と同一人物なのかという問いに対しては、答えることができない。何故なら斗真は『人間』を感情も理性も併せ持った思考する存在として位置付けている。それは大局的な存在であり、吉岡勝輝という存在を包括するものであることは確かだが、幾万人もいる人間の中の、1人の存在を言い表すものではない。

 もちろん、少年が自身を人間として確立したいと思っていることも確かだ。だが、最終的に少年が確立したいところがそこではないと、斗真はようやく気が付いた。それは、傷を負った腹部よりも痛烈なものだった。

 彼はこれまでずっと少年に言い聞かせてきた。「君は吉岡勝輝だ」と。だが、斗真はそれが確かであると、根拠を述べることはなかった。何故なら、人間である少年が『吉岡勝輝』であるということを、斗真は『悲しみ』から肯定したからだ。自分を見失い、自我が崩壊しそうにあった少年を見て、彼を人間と――吉岡勝輝と認めないことは、何と理不尽で心のない行為かと、そう感じたからだ。彼を『吉岡勝輝』と()()()()()()()()()()()()()のだ。

 故に、斗真は少年を明確に『吉岡勝輝』と認める根拠を持たなかった。

だからこそ、斗真は唇を噛んで、こういうしかなかった。


「君は――吉岡勝輝だ。」





 刃が重なり合う音が、廃墟に響く。

『双狼』の1人、白井侑真の『刃』が、幾度となく宗次に振り下ろされた。


「アアアアアアアアッ」


黒い殺気を載せた剣戟が、空を切り裂き、宗次ののど元を掻き切ろうと伸びてくる。狂ったように襲い掛かるその様は、まさに飢えた狼のように獰猛だった。狼の狩とは、きっとこのようなものなのだろうと、宗次は感じる。鎧の奥で爛々と輝く瞳は、見る者をすくみあがらせる。


「宗次!」

「!!」


 釣鐘を強打するような鈍い音が、その場に波打つ。長嶋の巨大な盾が、侑真の刃を受け止めていた。


「――おのれ、邪魔をするなカス!」

「最初から言っているだろ、俺たちはチームで戦うんだよ!」


長嶋がその盾を押し上げ、侑真の刃を弾く。

 その一瞬。無防備になった刹那を、宗次は逃さない。倍速で動くその俊敏性を活かし、狼の胴めがけて長刀を斬りこむ。


「む?」


ガギン、と金属が割れる音がした。それに続き、侑真は宗次の一撃によって勢いよく瓦礫の中に吹き飛ばされる。

 ガラスや瓦礫を砕く音とともに周囲が土煙に包まれたことを確認し、宗次はすぐさま防御を整えている長嶋の後ろに身を引いた。

 自身の背後で息を整えている宗次に、敵から目をそらさず、長嶋が問う。


「どうした?」

「――刃が、欠けました。」

「……ふむ」


 長嶋は目を細め、土煙の奥にいる人物を睨み付ける。


「恐ろしい男だな。たしか、お前のその長刀は対ダイバーズ用に作成された特殊合金、『アダマンタイト』で作られていたな。」

「ええ。アダマンタイトは“破壊されない超合金”。加工するには摂氏1000度にまで加熱しなければなりません。それ以外の方法でアダマンタイトに傷を負わせることは、不可能のはずですが――」


欠けた刃を見つめながら、宗次は静かに言った。


「それを可能にする『能力武装』――恐ろしいですね。」



宗次は深く息を吐き、呼吸を整える。



(倍速で動いているというのに、あの男はこちらの動きを全て見切っている。反撃を与える隙をほとんど見せない。剣術はこちらが上のようだが、あの野性的な戦法と能力武装を加味すれば、接近戦はこちらが圧倒的に不利――)



宗次は耳にはめた通信機を起動する。


「結子、今の話聞いてたな?」

「「ええ。長嶋隊長と同じ、アダマンタイトと同等の硬度を持った能力武装を使うってことよね。

なら、それを()()()熱線を浴びせてやるわ。」」





 結子は耳から手をはなし、つけている暗視ゴーグルを調節する。


「ズームよし。距離600、射角調整マイナス0.5度、風、なし――」


 結子は宗次たちが戦うその遥か後方にて一人、夜の雨に打たれながら立っていた。実際に肉眼で見れば、敵対象は点にしか見えない。その味気のない人の形をした金属を、彼女は冷ややかに見つめる。



(コイツが――今回の『敵』――)



雨のせいだろうか、やたらと思いその左腕を前に突き出し、結子は唱える。



「『下弦の弓』、起動」


彼女の静かな言葉とともに、その手のうちに月光のように淡い光が灯る。その光は大きく湾曲した弧を描き、彼女の手の内に『光でできた弓』が現れた。


「――」


結子はその弓を左手で持ち、大きく息を吸い込む。



 雨の音が、止んだ。



そこにあるのは、殺傷するべき敵対者と、それを仕留めようと動く彼女だけ。その静寂の中、彼女は息をすることもなく、ゆっくりと矢ももたずにその弦を引き絞る。

するとどうだろうか。

それとほぼ同時に、白い光を放つ矢がその引き絞る弓の中に現れた。

まるで最初からそこにあったかのように現れたその矢は、弓と同じ淡い光を放ちながら、発射される時を待っている。


「『月光矢』、第6矢――射出!」


矢の輝きが一層強くなったその瞬間、彼女の弓から一筋の光が放たれる。その軌道は一切の歪みなく、定規で線を引いたかのようにまっすぐだった。放たれた矢は目で追うことはかなわず、瞬きの間に廃墟を横断し、宗次たちの見据える土煙の中へと着弾した。





 落雷に似た炸裂音が響き渡り、空気を震わす。地面は沸かした鍋のような音を立て、顔を焼くような熱風が、宗次と長嶋に吹き付ける。


「っ!いつも思うが、この熱量が尋常じゃないな!こっちまで蒸し焼きにされそうになる!『ツクヨミ』って名前からすると、もっと穏やかそうに聞こえるんだがな!」


長嶋は盾を地面に突き立て、熱風を防ぎながら叫んだ。それに同意するように、宗次も長嶋の背後で叫ぶ。


「特秘能力者『ツクヨミ』、その能力は『アマテラス』と同じ世界10大能力の1つ、『ティファレト』ですからね!僕も詳しくは知りませんが、『アマテラス』は『アトランティスの戦い』の折、山1つを光の熱線で焼き払ったって聞いていますよ!」

「ははっ、そいつはスゴイ。じゃあ、『ツクヨミ』はそれと同じことが出来るってことか!頼もしい限りだな!」


苦笑いする長嶋に、宗次が顔をしかめる。


「ええ。あたり一帯焼け野原にするほどの威力は絶大です。ですが――」

「――ああ、あの狼、倒れてないな。」


 煌々と燃え盛る火の海の中に、一人の男を見た。

熱風でそのたてがみは天へと高く揺らめき、銀の鎧が炎で紅に染まっている。





「はずした、か――」


 結子は暗視ゴーグルで目標を視認すると、小さく息を吐き出した。彼女は、今の一撃で任務を終わらせたかった。近接戦闘は圧倒的に不利。であるならば――



(宗次の――家族の身が、危険にさらされてしまう)



足がまた、冷たくなった。

腕がまた、一段と重くなる。


「「結子、聞こえるか?」」


結子は耳元で聞こえる家族の声に、静かに応えた。


「……ええ、聞こえてるわ。」

「「対象の状況を伝える。

 対象は現在火の海の中心で佇んで動きはないが、目視では依然として無傷。『疲労』の兆候も、保存時間が切れる様子もみられない。これまでの戦闘で、アダマンタイト級の強度に加え、熱耐性まで備えた『能力武装』であることが判明した。」」

「そうみたいね。」

「「ダイバーズはその『エーテルの情報の保存時間』と『情報を有するエーテルの含有率』でレベルが決まる。あれだけの強度を持っているとなると、その含有率は100%で間違いないだろう。

戦闘開始から既に30分が経過しているのに能力武装が解除されないとなると、保存時間は平均のBランク以上。つまり――」」

「こいつは、もはやSSSランクってわけね……」


結子は忌々しそうにつぶやく。


「「ダイバーズにはその能力の熟達度に応じてランクが割り振られているが、その中で最もレベルの高いSSSランクのダイバーズは、全ダイバーズのおよそ1%程度しかいない。

SSSランクのダイバーズは“破格”だ。

それ以下のランクでSSSランクに敵わない、ということはないが、こと戦場において確実に『勝つ』には、それ以下では厳しすぎる。

 俺の能力ランクはS、長嶋隊長はSSランク。俺達の中でSSSランクは結子、お前だけだ。コイツがSSSランクダイバーズなら、お前の能力がないと絶対に勝てない。」」


通信の向こう側で、宗次は深く息を吐き出す。


「現状、あいつと戦えるのは俺と長嶋隊長、そして結子お前だけだ。だが、俺は『疲労』の限界が近い。」

「……どれくらいなの?」

「「もってあと10分だな。」」

「――そう……」





小さく震える声が、宗次の耳に入る。


「どうした?」


宗次の問いに、結子はなんでもない、とだけ答えた。

 その答えに、宗次は若干の不安を覚えた。いつもなら、もっとしっかりしなさい!などと無理難題を突き付けてくるのだが、そのような威勢も余裕も今の結子からは感じられない。

何かに追われているような、焦りを含んだその声に、宗次は言った。


「大丈夫だ。安心しろ、やられたりするもんか。やっと退院したんだぞ?すぐさま病院送りはさすがにきつい。また病院のベッドで雑務は、暇すぎるからな。」

「「なにそれ……」」


くすり、と小さく笑う声が聞こえて、宗次は少しだけ安心した。そして、彼は続けて言った。


「……能力なしではあの男には勝てない。だから、あと10分以内に決着をつける。」


宗次が長嶋の前に一歩出る。


「俺と長嶋隊長で()を作る。その隙に、お前の『矢』で、あいつを射抜け。」

「「――了解。」」


結子の声は、未だに小さかった。それでも、すこしだけ明るさを取り戻したように、宗次には聞こえていた。


「何ごちゃごちゃ言ってやがる!!!」


 ぐつぐつと煮えたぎる業火の中を、銀の鎧が歩いてくる。

侑真は怒りに満ちた瞳を宗次と長嶋に向け、地獄の底から響くような黒い声で言った。


「ずいぶんと舐めてくれるなあぁ!そんな簡単に、俺を倒せるとでも思っているのか!?

この『鎧』は我ら『銀狼会』の力の結晶。親父達が、仲間が、その人生をかけて作り上げてきた、銀狼会そのものだ!

 そして、この俺は、死んでいった仲間の仇をとる男だ。

貴様らみてーな、ちょっと能力が()()()奴らが勝てると思っているのか?

貴様ら3人ごときで、()()()()()』を倒せるとでも思っているのか?」


侑真の体が、怒りに震える。


「俺たちが築き上げたものを、10分で決着をつけるだぁ?馬鹿にするのもいい加減にしろ、ガキども。

この白井侑真。確かに、斗真に比べれば愚かな生き方をしてきたかもしれねえ。だが――『銀狼会』として生きたこの俺を、『銀狼会』の()()()を、馬鹿にする奴は許さねえ。

全員、みじん切りにして殺してやる!」


侑真の手に、新たな刃が現れる。


「いいや――死ぬのは、お前だけだ。」


 宗次は剣先を侑真に向ける。

揺らめく炎が、殺意を載せた二人の刃を赤く照らす。


「行くぞ。『双狼』――」

「死ね。ガキが。」


二人の男が、再び火の海でぶつかった。

読んでいただき、ありがとうございます。

状況描写ではなく、心情を描写するとは難しいことですね(;´・ω・)(←今更)


次回は明日零時更新です!

お楽しみに!

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