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ヒューマンカインド/Brightness of life  作者: 猫山英風
第1部 影を纏う者 ―第2章 “死”と“誕生”―
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第45話 特秘能力者(14) 最後の狼(4)


斗真は月を見ながら言う。


「俺は、兄と――家族や仲間と生きていくことは楽しかった。彼等とともに生きていくことは幸せだった。

けれど、どうしても、『人を殺して生きていくこと』に、疑問を抱かずにはいられなかった。自分は、それ以外では生きてはいけないのだろうかと、命を奪う生き方以外では、生きていけないのだろうかと、そう思わずにはいられなかった。」


斗真は己の手を見つめる。


「俺の能力は『疑似治癒能力』――人の命を救う力だ。そんな力を持っておきながら、なぜ人の命を奪うことにしか力を振るっていないのか。

俺は自分の生き方に、疑問を抱いた。俺は次第に、『双狼』としての仕事――命を奪うことはできなくなっていった。」


 斗真は少年の小さい瞳を見る。


「だから、俺は大学に行くことにしたんだ」

「大学――?なぜです?」


少年が小さく首を傾げる様を見て、斗真は微笑む。


「学びたかったんだ。命とはいったい何なのか、人生とは、一体何なのかを――まあ、最初は父親に大分反対されたけれどね。」

「大学とは――そういう場所なのですか?」


 少年の問いに、斗真は微笑む。


「きっとそれは人それぞれだろう。でも、少なくとも、俺にとってはそうだった。局俺は医学を学ぶ大学に入り、そこで多くを学んだ。そして、出会ったんだ。飯塚先生に。」

「――」

「そこで俺は、命とは何なのかを知った。自分が、どうやって生きていくべきなのか、それを知った。」


 彼は大きく息を吸った。

斗真の脳裏に、その言葉がありありと甦る。


「『命とは何なのか』という問いに対して、飯塚先生は、『命とは、輝くものだ』と答えたんだ。」

「輝くもの――」


 少年の心臓が、小さくすくんだ。少年はそれが何故かは分からなかったが、鼻の奥が熱くなるような、寒いような暑いような何とも言えないものを、少年は感じた。


「ああ。命を、人生という観点から見つめた考え方だ。あの人は、命そのものはただの自然現象だと言った。そして、そのうえで、その現象である命が続く時間――人生こそが大切だと説いたんだ。

そして、その人生を――『命の輝き』を、輝かせるために生きろと言った。」

「……?」


眉を顰める少年に、彼は笑う。


「ははは。そうだな、流石に、あの人の考えを俺が説明してしまうのは言葉足らずというものだろう。直接、飯塚先生に聞くのが一番いい。」


彼はさらに話をつづけた。


「これから話すのは、あくまで俺の考えだ。あの人の考え方を、俺なりに組み立てなおして得た、俺の結論だ。

俺は『命とは、そこにあるもの』だと思っている。」

「あるもの――」

「そうだ。どんなものであれ、そこに個として存在しているものが、命だ。この世に誕生した全ては、そこにあるだけで命を宿す。草木も虫も鳥も動物も人も関係ない。この世の中にあるものには、全て平等に命が宿るものだ。」


少年はすがるように斗真を見つめる。


「では――」

「ああ、君は命だ。今ここに、君という存在がある限り、それは君という命の証だ。君が自分を認識できる限り、君の命はこの世から消えはしない。」


 斗真はそういってから、胸が締め付けられるような痛みを感じた。今でもはっきりと覚えている、忘れることのできない記憶が、斗真の心を蝕んでいる。その痛みを確かめながら、斗真は言った。


「だが、俺は――そういう命を、奪ってきてしまったんだ。」


心臓がまるで頭にあるような、激しい動機を感じながら、彼は語る。


「俺は兄とともに『双狼』として生きていた時に、人を殺した。

この世に存在しているその命を、この世から消してしまった。

それは決して許されるべき行為ではないし、覆しようのない事実だ。

飯塚先生は、それを『命の輝きを消す行為』と言った。全く、その通りだ。

 人は、生きているだけで輝く。どんな人生であろうと、どんな命であったとしても、その命には一生がある。その生きざまを、どんな理由であれ、潰す行為は許されない。俺は昔、それをしてしまったんだよ。勝輝君。」


哀しく微笑む斗真に、少年は言った。


「では、あの草薙という人が言っていた犯罪者というのは――」

「ああ。その通りだ。俺は犯罪者だ。兄とともに23人の命を奪った大罪人。

その事実は変わらない。

あの『黒箱』がやったように、俺も多くの人を殺した。()()殺人者だ。」

「……」


 少年の目が泳ぐ。

斗真は、その目をじっと追った。

“これ”から、自分は目をそらしてはならないと。自分がしてきたことがどういうことなのかを示す、“この瞳”から、目をそらしてはならないと。

そして――


「俺は殺人者。決して許されない罪を犯した、愚かな男だ。どうしようもない、馬鹿な男さ。

――だけどね、勝輝君。」


凍える口を無理に空け、彼ははっきりと言った。


「だからこそ、俺は奪った命の数だけ、命を救うと心に決めた。」

「命を――救う?」


斗真はうなずく。


「そうだ。俺は奪った23人の命と同じ数の命を、この手で救う。

そう、誓ったんだ。」


彼は拳を強く握りしめる。


「俺は――飯塚先生に、命とは何なのかを聞いて、目が覚めた。

自分がしてきたことの重大さ、非情さ、そして償いきれない罪の重さに。

だからこそ、俺は特殊部隊に入り、命を救うことを決意した。それが、贖罪になると――そう信じて。」


そういって斗真は後頭部をコツン、と木に打ち付け嗤う。


「でも、これは完全な自己満足だ。

本来であれば、俺の罪は法によって裁かれなければならない。だが、俺はその前に、自分の手で命を救い、それによって罪を償いたいと思った。灰色の箱の中でただ反省を繰り返すのではなく、この世界で生きて罪を償いたかった。

これが身勝手な行為であると分かってはいるんだ。だけれど、それでもどうしても、俺はそうしなければならないと思った。思わずにはいられなかった。そして――」


斗真は少年を再びまっすぐに見つめる。その瞳はこれまでの少年に向けたどんな視線よりも熱く、強かった。


「君が、その23人目の命だ。」

「ボクが――」

「そうだ。だからこそ、俺は君を救いたいと強く思った。

俺の動機は自己満足だ。己の罪を償うために、俺は君を救わなければ()()()()と、そう思った。

だけど、今はそれだけじゃない。」


 月の光が、斗真の顔を照らしている。

その顔は凛々しく、どこまでもまっすぐな瞳をしていた。


「俺は、ようやく気が付いたんだ。俺は――誰かを救うことに、ただ憧れていたんだ。」

「憧れていた?」

「ああ。あの日、兄が自分を守ったあの背中を見た時から、俺はきっと“誰かを救うこと”に憧れていたんだ。兄が見せたものは血に濡れた正しくないものであったとしても、俺にとってそれは、ヒーローだった。誰かを守り、救って生きていく――人の命を奪うのではなく、救うことで生きていく人生に、俺は憧れていたんだ。」


斗真は立ち上がり、その月光の中へ足を踏み入れる。


「けれど、人の命を奪った人間が、自分の憧れのために生きたいなどと言うのは無責任に過ぎる。だから、俺は“罪の意識”を理由にした。“言い訳”を創ったんだ。“人を救いたい”という思いを正当化させるために、俺は“贖罪”に縋ったんだ。」

「……」

「だが、今は違う。罪の意識はもちろんある。自身の罪を償うために、君を救わなければならないという想いはある。だが、其れとは関係なく、俺は()()()()()()。」


2人を、月の光が照らし出す。


「君は自分が人間だと、そう信じている。

それは私も同じだ。君はここに生きる命。自ら考え、行動する知性ある命だ。

だが、君を命として認めない者たちがいる。だから、君は苦しんでいる。」

「……」

「君は――友人などこの世にいないと言うようになってしまった。

以前の君は――自分を()()()()()()()()()()()()()()()()()は、そんなことは言わなかった。友人は大切なものだと、そういっていた。

 そんな君に、友人などいないと言わせてしまった周りを、俺は許せない。それは以前の君を否定する行為だ――いうなれば、人間である君の否定、命の否定だ。それは許されるべきことじゃない。かつての俺と同じ、殺人に等しい行為だ。」


 斗真は大きく息を吐き出す。

己の過去を噛みしめながら、男は言った。


「人を殺した俺が、彼らを責める権利はないのかもしれない。

だが、人を殺した俺だからこそ――その罪を償おうとした今だからこそ、俺は言える。

命である君を、命として扱わない連中に、君を預けてはいけないと。それは殺人を見過ごす行為だ。」

「――」


斗真は右手の拳を胸にあてる。


「今の俺は、人をただ殺めた『双狼』の白井斗真ではない。

俺は()()()()()()()()()()

俺は命を救う軍人だ。

俺は、軍人として君をこれ以上()()()()わけにはいかない。

そのために、俺は、()()()()()()()()、君を救いたい。それが、俺の今の――本心なんだ。」


 彼はわずかの間、瞳を閉じた。

脳裏の記憶が、囁いてくる。

そんなことを、言う権利はあるのかと。

そんなことが、本当に正しいのかと。

彼はその言葉に追われるように、少し高い声で言った。


「だが、こんなことを言っている俺は今でも不安なんだ。俺の行為が君にとって正しいのかどうか、それが分からない。

 何を命としてとらえるのか、それは人によって様々だ。俺は『感情も理性も持ち合わせた、思考できるものが人間』だと思っている。もしも君が――草薙の言う通り、『感情を理性によってコントロール』することが『人間』だと考えるのなら……きっと俺ではなく、草薙の元にいたほうがよいのだろう。」

「――」


斗真は少年に尋ねた。


「勝輝君。今ここで君にこんなことを聞く俺を許してほしい。

だが、そのうえで答えてほしい。君は、これから俺とともに飯塚先生の元へ行くか、それとも『フウジン』の元へ行くのか、どちらを望むのだろうか。」

「……」


斗真はまっすぐ少年を見たまま言う。


「その答えが何であったとしても、俺はそれを受け入れる。だから、正直に答えてほしい。

草薙は――正直、俺としては認めたくはないが――君を、『人間』として受け入れる準備があると言っている。

飯塚先生は、おそらく君を人間として見るだろう。

どちらに行っても、君にとっては――人間でいられるだろう。」


 再び斗真は大きく息を吸った。そして、力強く、鋭く少年に問う。



「君にとって、『人間』とは、なんなのだろうか。」




読んでいただき、ありがとうございます。

なかなか個人的に面白い題材だと思うのですが、皆さんはどうお考えでしょうか?


この先少年と斗真はどうなっていくのでしょうか。

次回、最期の狼(5)は土曜日零時更新予定です!!

お楽しみに~。

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