第43話 特秘能力者(12) 最後の狼(2)
少し遅くなりました!
よろしくお願いします!
「白井斗真があのホムンクルスを奪取した!?」
大島の叫び声が部屋に響く。彼は目の前に映し出された草薙のホログラムから、ことの顛末を聞かされていた。
「「ええ。アダマンタイトで作られた輸送車を破壊し、白井斗真は現在も逃走中です。
行先はおそらく愛知県一宮市の医療センター。彼の恩師であり、彼を特殊部隊に推薦した飯塚修二氏が勤務する場所です。
私は現在、部下とともに医療センターへ急行中です。」」
「飯塚――」
大島はひどく狼狽した。額に手を当てて目を泳がせるその様を見て、草薙は疑問を呈した。
「「どうかされたのですか、大島隊長?」」
「あいつにホムンクルスの存在を知られるのは――」
「「避けたい、と?確か、あなたと飯塚氏は高校、大学の同期で友人では?」」
草薙の言葉に大島はうなる。
「ああ。確かにそうですが……儂とあやつでは召喚体に対する考え方が真逆でしてな。我々があのホムンクルスを伊豆大島研究所へ移すことを知れば、きっとそれを止めにかかるでしょう。」
「「ふむ……確かに、あの御仁は私やあなたとは『命』への考え方が異なりましたね。なるほど、そうですか。そうなると……少々厄介ですね。それに――」」
ホログラムの光の中で、草薙は腕を組む。
「「もし白井斗真が双狼と知りながら特殊部隊に推薦したというのであれば、それは諜報行為に値する。そうなると、飯塚氏が斗真の仲間ではないとは言い切れませんね。」」
「いや、あいつが犯罪に加担するとは思えませんが――まあ、確かに、我々に味方するかどうかといわれると――」
「「では、双狼討伐の協力依頼を飯塚氏に願い出るわけにはいきません。」」
「では、斗真が飯塚と接触する前にことを済ませるべきですな。」
「「そう、なりますね。」」
奇妙な沈黙が、その場に訪れた。
大島は最初草薙が何か思案している最中だろうとさほど考えていたが、すぐにそうではないことに気が付いた。草薙が、あの斗真を見る目で大島を睨み付けている。
大島はそのホログラムからくる視線を見てギョッとした。全てを見通す目。全てを貫く異様な眼光。あきらかに、何かを大島に訴えている。
「あ、あの、草薙どの。な、何かありましたかな?」
大島は額に冷汗をかきながら草薙に尋ねる。老人は何も機嫌をそこねるようなことは言ったつもりはなかった。今の脈絡で草薙がそのような態度をとる理由が見当もつかない。だが、もし草薙が大島を睨み付ける理由があるとするならば、それは――
「「確認ですが、大島隊長は『双狼』としての彼の情報は持っていないのでしたね。」」
草薙が、少し低めの声で訪ねる。大島は背筋に寒気を覚えながら率直に答えた。
「え、ええ。その通りですが?この半年の間も、『能力武装』を使ったことはなかったし、『疑似治癒能力』以外何か異なる能力をもっている訳ではなかったので。」
「「――いいえ。大島隊長、私はこう聞いているのですよ。
あなたは『双狼』としての彼の情報は持っていない。つまり、あなたが知る彼は、特殊部隊第10隊のメンバーである白井斗真というだけだと。」」
「――!?」
大島は口を魚のように開けたり閉じたりして動揺していたが、慌てて草薙に言った。
「――お、お待ちを!草薙隊長、あなたは一体何を考えておるのです!?」
「「お分かりにならないのですか?我々は特殊部隊。日本国民を守るために存在している国家組織だ。そんな神聖なるチームに、『銀狼会』などという野蛮な獣が混じっていたという事実は、困るのですよ。」」
「――」
唖然とする大島に、草薙は悠然と語り始める。
「いいですか、大島隊長。
我々は『双狼』を討伐します。現に、今横浜では長嶋隊長と『ツクヨミ』がもう一人の『双狼』と戦闘中です。あちらは『ツクヨミ』がいるので任務は完遂するでしょう。つまり、長嶋隊長と『ツクヨミ』による特殊部隊によって、双狼の1人は討伐される。
であれば、こちらはどうなるべきでしょうか?」
「ど、どうなるべきとは――」
「明日の朝刊の見出しはこうなるべきなのですよ。
『銀狼会』、特殊部隊によって討伐。
それには、白井斗真ではなく、身元不明の『双狼』を特殊部隊が討伐しなければならないのです。つまり、白井斗真という特殊部隊の人間は、『双狼』ないし、特殊部隊の敵勢力によって殺される必要がある。」
「な――」
大島は目を見開いて草薙を見つめる。
「で、では、草薙隊長は白井斗真を殺さないつもりですか!?」
「「ええ。私が殺すのは『双狼』です。」」
「いや、しかし、『双狼』の正体は白井斗真であり――」
「「それを知っているのは我々だけですよ。」」
「――え、い、いや、だからといって、ど、どうするのです!?」
草薙は大きくため息をついた。そして低く、極寒の冷たい風のような声で言った。
「「私が言った言葉を覚えていますか?」」
「――は、はい?」
「『私はホムンクルス研究のすべてを知っている』と。」
「……」
息をのむ大島に、草薙は続ける。
「「私はあなたの研究の全てを知っています。いつからあの研究を行い、どのように資金を調達し、どのように――
遺体を調達したのかも、ね。」」
「――」
大島の顔から血の気が引く。
「「だからこそ、私は『ワタツミ』――安藤渚隊長に、日本海にいる密輸業者の摘発という名の『掃討』を命じたのです。」」
「……」
「「あの密輸業者は『黒箱』の武器の入手ルートの1つ。すなわち、『黒箱』とつながりのある組織です。そのため、私は渚隊長にこう指示を出しました。
『黒箱』の物資調達を断つために、積荷もろとも海に沈めよ、と。」」
「――」
大島は震えた。
(確実にこの男は自分の秘密の全てを知っている。)
それは大島にとって破滅を意味する。今まで大島が裏でやってきた、ホムンクルス研究をするためにしてきたすべての罪を、この男は知っている。
だが、知られたこと以上に、大島はこの草薙という存在に恐れを抱いた。この男は、それを知ったうえで自分に何かを求めていると、はっきり分かってしまったからだ。一言でいうなら脅迫である。しかも、周囲に部下がいる状況下で通信してきている。
(この男は、この『国』を守るために、手段を択ばない。だが、自分と同じ、などというレベルではない。
もっと強い。
まさに、鋼のような意志を、この男は持っている――)
だからこそ、その異様さ、異質さに、大島は畏怖を抱いた。
「『ワタツミ』は現在日本で最も“効果範囲の広いダイバーズ”です。『液体を操る能力』。あの力はすさまじい。その操る水圧で、一瞬にして逃げ逝く船すべてを砕くでしょう。そうなれば、何を積んでいたかなど、分かることはない。
私と、あなたを除いてね。
本当ならば、あなたの研究室にお邪魔したときにお伝えしたかったのですが。あの時は『カナヤマヒコ』隊長もいましたしね。あの方の前で、こういった“些事”はなるべく避けたい。」」
「――く、草薙隊長。」
大島は1つの仮説を立てた。
(この清廉潔白、ダイバーズの中のダイバーズ、最高の特殊部隊隊長と呼ばれる男が、金品を要求した脅迫などする訳がない。特殊部隊に対する考え方、ダイバーズにおける誇り……それらを加味して考えられる、一つの仮説。
この仮説が正しくないのだとすれば、自分は明日には殺されるだろう。)
そして、大島はその仮説を確かめるために、草薙に尋ねた。
「草薙隊長は――儂に『双狼』を用意しろ、と、おっしゃっているのですか?儂と同じように――いや、それ以上に、この国のために、何を使ってでも。」
永遠にも思える沈黙が続いた。
その間、大島は常に心臓を握られている心持だった。ホログラムの向こうにいると言うのに、その眼光はのど元を掻き切ろうとしているかのように鋭く、強烈な刃であった。
一体なん筋の汗が大島の額を流れたのだろうか。彼の豊かな髭が、汗でびったりと濡れたころに、ようやく草薙の口が動いた。
「私は――」
◇
明かりもなく、窓もなく、物置にするにしてもスペースが狭すぎるその部屋には、一つの通信機があった。円形の土台の中心に、小さな円盤ガラスがはめ込んであるホログラム通信機。真黒なその通信機には、一つだけ赤いボタンが取り付けられており、それだけが暗い部屋の中で、人魂のようにぼうっと輝いていた。
そのホログラムを、大島は起動した。ホログラムの青い光が、大島の顔を死人のそれのように照らし出す。相手はまだ応答しておらず、空間に映し出された電話のマークから、呼び鈴の音がけたたましくなっている。
21世紀になる前では家庭に一般的だったと言われる黒電話の呼び鈴は、大島にとって恐怖の音だった。
(この通信をするのは、月に1度。だが、今月は2度目だ。)
けっして何度もかけたくはない地獄への通話。それを、大島はかけていた。
「「俺だ」」
ホログラムの立体画面には、受話器の取れた電話のマークが映し出される。相手が画面の表示を切っているせいで、相手の姿が映し出されていないのだ。
姿の見えない相手は、地獄の底から響くような低く、けれどどこかあざけるような口調で言った。
「「今月は2回目だな。よっぽど焦っていると見えるな、大島大輔。ついに、ホムンクルス研究がばれてしまったか?」」
大島は生唾を飲み込み、姿の見えない相手に言う。
「そ、そんなところだ。」
「「ああ、そうか。それはそれは。
で?ばれてしまったから、知った奴らを皆殺しにしたいってか?いいぜ。誰から殺る?『アマテラス』か?『カナヤマヒコ』か?それとも特殊部隊100人切りでもかまわねぇぞ。」」
「い、いや――そ、そうではなく」
「くくく。そう慌てるな。分かっているとも。そんなことでないことくらい。
もっと、楽しいこと、だろ?
『双狼』を殺すために、俺が必要なんだろ?」
「――」
大島は震える。
(この男は、何を考えているのか分からない。
だが、常にこちらの考えていることを当ててくる。
こちらの全てを読まれている。)
草薙も相当な頭脳の持ち主だが、通話の向こうにいる男も、それに勝るとも劣らぬ知能の持ち主だと大島は知っていた。そして、だからこそ、極力話しかけることは避けたかった。
(だが、今は違う。
どうしても、この男に話をしなければならない。この国の、未来のために――)
そして、大島は少し震える声で、地獄にいる男に言った。
「――ああ、『双狼』に、なってくれないか。」
『眼帯』
読んでいただき、ありがとうございました!
さて、ここから一章終了までは、できるだけ短い期間で皆様にお届けしたいと考えています。
と、いう訳で、次回『最後の狼(3)』は明日零時更新です!
お楽しみに!
追申 寝たいZZZ




