第42話 特秘能力者(11) 最後の狼 (1)
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第41話更新です。
「ふむ。現状を報告したまえ。」
赤い警告灯が周囲をやかましく照らしている。迷彩服を着た人物が右に左にあわただしく動く中、ひときわ異彩を放つ男が一人。埃ひとつついていない真黒なスーツに身を包んだその中背の男は、部下からの報告を聞いていた。
「伊豆大島研究所へ向かうために移送中であった輸送車両が、ここ各務原インターチェンジの高速道路上で何者かによって襲撃されました。
ドライブレコーダーが破損しているため確かな記録はありませんが、後方で運転していたドライバーの証言によりますと、“空から銀色の人間が降ってきた”とのことです。断定はできませんが、目撃者の情報から察するに、『双狼』の1人である白井斗真ではないかと思われます。」
「その飛来者は輸送車両の前方に着地、そのまま向かってきた輸送車両を粉砕しました。車両は大破。輸送室も外装もろとも扉が破壊され、中にいた少年は連れ去られました。幸い死者はいませんでしたが、その有様は――ご覧の通りです。」
部下の言葉を聞いて、男はゆっくりとあたりを見渡す。
周囲のその惨状が、いかにその襲撃が一瞬で、そして壮絶だったかを物語っている。
無数の車の破片が周囲に飛び散り、もはや車の原型はない。
対向車線にまで飛んだタイヤはホイールがひしゃげ、いびつなラグビーボールのような形をしている。戦闘行為の痕跡はほとんどなく、これらの行為が一瞬で行われたことを男は瞬時に理解した。だが、それらの状況を見ても彼は一切動揺した様子はなく、悠然とした態度で口を開いた。
「なるほど。では、その襲撃者はどこへ行ったのか分かるかね?」
彼の言葉に、さらにもう一人の部下が敬礼をしながら報告する。
「いいえ。高速道路を飛び降りたところまでは目撃者が証言していますが、方角は分からないとのことです。現在探索ドローンを飛ばし、辺り一帯を捜索中です。なお、現在0300時までの聞き込みでは、目撃情報はありません。」
「ふむ。ご苦労。引き続き調査を続行してくれたまえ。」
「はっ!」
男は部下の敬礼を見届けると、道の隅に落ちている車だったものの前にかがみこむ。まるで紙を破った時のように金属がささくれ、エンジンのパーツが粉々に砕け散っている。男は破片一つ一つを手に取りながら、じっくりとその状態を確認する。
と――
<<いかがされましたか?草薙隊長>>
男の――草薙の背後で、声がした。
だが、草薙の後ろに人はいない。どこから語り掛けているのか分からないその声にも、草薙は一切驚く様子もなく、独り言のように返事を返した。
「――輸送車は対能力者用に造られた特殊合金『アダマンタイト』でできています。アダマンタイトは摂氏1000度の高温でしか加工できない代物。それをこうもたやすく切り裂き、破壊するとは……
私は少々『双狼』を侮っていましたね。」
草薙はそういいつつも口元に不敵な笑みを浮かべ、声に向かって言う。
「ですが、実に興味深い。
アダマンタイトを破壊するとなれば、その能力の熟達レベルはSSSランク相当。SSSランクのダイバーズは、世界に1%程度しか存在しない。そういった高レベルなダイバーズと戦えるというのは、実に心躍るものですよ。」
<<……なるほど、あなたらしい意見ですね。>>
その『声』はとても穏やかな口調で、どこかあどけなさをもった少年のように思えるものだった。当然、周囲に少年などいなかったし、草薙に語り掛ける人物は見当たらない。あくせくと働く草薙の部下たちにはその『声』が聞こえている様子はなく、もしこの様子を第三者がみるならば、ただ草薙が独り言をしているように見えていたはずだ。
だが、草薙にははっきりとその『声』が聞こえていた。いや、聞こえていた、というよりも耳を通り越し、直接脳へと語り掛けられているといった方が正しいものであった。全ての音を遮断し、その『声』だけが、草薙の聴覚を支配する。
<<しかし、気を付けてください。特殊部隊で白井斗真はSランクダイバーズとして登録しており、彼の能力――『能力武装』についての情報は一切分かりません。
そのような“能力が未知の敵”と戦う場合、細心の注意を払うべきかと。>>
「ええ。心得ていますよ。決して油断などしません。」
草薙は『声』に向かってはっきりと言う。
「白井斗真は10キロメートルも離れた輸送車両から脱走し、そこからここまで走ってきている。身体強化系統の能力は所持していないはずであり、『カナヤマヒコ』隊長によって腹部に損傷を与えられているにも関わらず、このようなことが行えるのは常人ではありあませんからね。」
草薙は破片を持ち上げ、なじるようにその状態を確認してから、『声』に言った。
「しかし、予想以上に速かったですね。こうして再び念話するには1年はかかるかと思いましたが……
さすがは『カナヤマヒコ』隊長ひきいる第一隊。精鋭ぞろい――といったところですか。あなたも、いずれは優秀な特殊部隊の人間になるでしょう。」
<<……>>
『声』はしばらく何も言わなかったが、ちょうど草薙が立ち上がった時に、再び草薙に語り掛けた。
<<……草薙隊長、彼女は我々第1隊の管轄下です。吉岡勝輝とは違う。彼女はあの事件で母親を亡くしたただの少女です。そのことをお忘れなく。>>
「ええ。承知していますとも。」
『声』は小さくため息をついてから、言葉を続ける。
<<それよりも、今回の件はどう対処されるおつもりで?『カナヤマヒコ』隊長は必要であれば援護に向かうとおっしゃっていますが。>>
「それには及びません。『双狼』――白井斗真はこちらで対処します。」
<<――そうですか。では、我々は任務に戻ります。ご武運を。>>
『声』はそれ以降何も言ってこなかった。周りには部下と警官たちの声が響き、事件現場の調査に追われている。
草薙は周囲をぐるりと目で見渡す。高速道路は封鎖され、辺り一帯は赤い警告灯の光で眩しく照らされている。高速道路の下には一般道が走っており、周囲には何事がおきたのかと野次馬が集まってきていた。
「……」
草薙は破片を手にしたままつかつかと歩みを進め、黒いワンボックスカーの戸を開ける。車内には様々な電子機器が積まれ、複数台のモニターの前に、迷彩服を着た特殊部隊の人間が2名座っていた。
「ドローン探査による現状は?」
「は!まだ対象を発見できていません。」
「……ふむ。事件発生からすでに40分は経過している。対象は10キロもの距離を疾走した人物だ。もはやドローン探査で引っかかる距離にはいない、か。」
「いかがいたしますか?隊長。」
草薙は部下の見つめるモニターを一瞥すると、しばらく腕を組んで今後の指針について考えていた。
「街の中は監視網が行き届いている。ありとあらゆる場所に監視カメラが存在し、その中を逃走するのは困難を極める。故に、街から遠ざかる方向へ逃げるのが妥当だ。
中心街ではないにしても、ここは民家も多い。ここから一番人気の少ない場所はどこにあるかね?」
「2つです。北に5キロの地点には金華山やその周辺の山々があり、ここに比べれば人気はすくないかと。また、3キロ南には木曽川が流れており、流水域周辺は植林されているため民家がありません。」
部下の言葉に、草薙は思考を巡らせる。
「北には日野基地が存在している。軍の施設がある方角に逃げるのは捕まりにいくようなもの。となると、反対側の木曽川流水域だが、そこにはドローンを既に飛ばしている。東京ドーム2つ分の敷地面積しかないから、もし潜んでいるのなら既に見つかっているだろう。」
「そうなると、さらに遠くに逃走したと考えるべきでしょうか?」
「いや――」
草薙は目を閉じ、斗真の言葉を思い出す。
「『その子に手を出すな』か。」
「隊長?」
草薙は車内に乗り込み、重々しい戸を閉める。
「彼が少年を奪取したのは、彼が『少年を伊豆大島研究所に入れたくない』と考えているからだ。少年を今のままで人間として認め、そのうえで普通の暮らしを少年にさせることを願っているのだろう。
そういった私情があるのであれば、それをかなえる方法をとる必要がある。であるならば、『逃亡生活』は望まないはずだ。それでは普通の暮らしなどできはしまい。と、なると、今後自分と行動を共にするのではなく、どこか信頼できる人物に少年を預けようとするはずだ。
であるならば、多少の危険は承知でも街中に身を潜め、接触をはかる、か。
――そのために必要なことは……」
草薙は机に置かれたタブレットを起動し、自分の求める資料を表示する。
「彼は――ああ、飯塚修二氏の推薦で第10隊に入ったのだったな。
『アマテラス』の主治医である飯塚修二氏――なるほど、あの人ならば、少年を人間としてそのまま認めるだろう――」
草薙はタブレットを操作し、一人の白髪の老人の資料を眺める。
「――なるほど、現在は愛知県にお住まいのようだ。そして、彼の勤務する医療施設は――」
草薙は知りたい情報を手に入れたのか、満足げな顔をしてタブレットを机に戻す。彼はモニター近くにあったマイクを掴むと、部下全員に指令を出した。
「方針が決まった。我々は愛知県一宮医療センターへと向かう。
おそらく、対象は飯塚氏の元に少年を預けるために、そこに現れるだろう。」
草薙は小さく息を吐き出し、そして低く言った。
「我々は特殊部隊である。
我々の目的は国民を守ることであり、そのために全力を尽くさねばならない。逃走中の『双狼』、白井斗真は長年にわたって横浜を支配下に置いた犯罪組織『銀狼会』の構成員である。
彼は今後この国の未来を担うであろう一人の少年を、誘拐した。その行為はこの国の発展を妨げる行為であり、ダイバーズの未来を汚す行為である。このような行為は到底許されるべきではない。であればこそ、この危険人物を野放しにする訳にはいかない。」
草薙はその穏やかな口調のまま、氷のように冷たく言い放った。
「我々は、少年を救い出し、国民を守る。
そのために、この犯罪者を、早急にこの国から排除しなくてはならない。
故に、今回の任務における我々の最終目的は――」
――『双狼』白井斗真の、処刑である。
読んでいただき、ありがとうございます!
予想より長めになってしまったのであと5話では一章終わりそうにないです・・・・・・(^^;
ダイバーズのレベルがこれまでもちょくちょく出てきましたが、これに関しては第2章で詳しく触れていきます。
なんかよくわからんけどダイバーズにはレベルがあるのかー
と思っていただければ幸いです。
それでは次回『最後の狼(2)』お楽しみに!
次回は明日日曜零時更新です!!




