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ヒューマンカインド/Brightness of life  作者: 猫山英風
第1部 影を纏う者 ―第2章 “死”と“誕生”―
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第41話 特秘能力者(10) 『銀狼』(下)


 「はぁ……」


心臓から吐き出すような大きなため息をつきながら、落ちるように老人は腰を下ろす。魂の抜けるような脱力感と緊張からの解放による安堵が、一緒くたになって大島に押し寄せていた。

 草薙と『カナヤマヒコ』がやってきたことで盛大に精神をすり減らした大島は、研究所の自室の椅子で、しばらく何もない部屋の一角をぼうっと見つめる。

 40年以上続けた『ホムンクルス研究』は唐突に終わりを迎えた。しかも、そのキーとなるホムンクルスは草薙の手によって伊豆大島研究所へと移されることになり、早々に斗真の輸送と時を同じくして連れていかれた。人生を掛けてやってきたすべてがたった1日で終わりを迎えてしまったのだ。大島が感じる喪失感は言葉で表すには不十分なほどであった。


(だが――)


「大島隊長、失礼します。」


 部屋の戸を開けて入ってきたのは上杉だった。彼はひょろりとした腕に多くの書類を抱きかかえ、大島の前にある机にどっさりとその紙の山を置く。


「ご指示通り資料をこちらにまとめましたので、確認をお願いします。」

「……うむ。」


大島は息を吐きながらゆっくりと上半身を起こし、その紙の束に手を伸ばす。それはホムンクルス研究に関する資料の山。そして、少年に関する資料であった。


「……あの、大島隊長」


少し悲し気にその資料に目を通す大島を見ながら、上杉が口を開く。


「――なんだ?」

「その……これから我々は――伊豆大島に移る、ということでよいのでしょうか?」

「……」


大島は上杉を一瞥すると再び資料に目を落とす。彼はすこしの間口を詰むんでいたが、意を決したようにはっきりと言った。


「そうだな。」


 大島ははっきりと認識していた。あの草薙という男に、自分は抗うことはできないと。

草薙が大島に伊豆大島へ研究拠点を移すように命令したことを、彼は少々気に障っていたが、それでも従うしかなかった。それほどまでに草薙という男の強さは圧倒的であった。

 そして、もう一つ、抗えない別の理由もあった。


「『門』、か――」


『レジェンド』が研究した、保存時間を長引かせる研究。その研究は草薙や『カナヤマヒコ』に受け継がれ、現在も続けられているという。そして、その研究に大島も()()()()参加させられることとなった。

 大島のホムンクルス研究の目的も『保存時間の延命』という点では一緒である。故に、『ホムンクルス研究』を中止にさせられた今、その研究に携われることは唯一の“救い”であった。ただ――


「なぜ、それを公開していないのか、ですか?」


 大島の心中を察した上杉が、自身の疑問も兼ねて口を開ける。大島は資料を置き、長い口髭に手を当ててうなる。


「儂にも分からぬ。『保存時間の延命』自体は各国で研究されているものだ。それを『秘密』にしようとするということは、儂らのホムンクルス研究のように、外部に公開できない理由があると考えるのが妥当なのだが――」


大島は頭を抱えた。その理由が、秘密にする意図が、見えなかったからだ。

 もしその理由が『非人道的な』研究であるならば、あの草薙が研究に加担するとは到底思えなかった。それに、『レジェンド』といえばあの『アマテラス』も含まれる。ダイバーズとそうでない人間との間の差別撤廃に尽力し、世界平和に大きな貢献を残した人物である。故に、ホムンクルス研究のような倫理や道徳に抵触するような理由ではないと大島は考えた。


(そうなると、その理由は『目的』くらいしか思いつかないが――)


大島は資料を尻目に、上杉に言う。


「『保存時間の延命』という研究には、延命してどうしたいか、という『目的』が必ずある。儂であれば『危険な仕事を召喚体にさせること』が目的だ。

 だが、草薙曰くその研究の目的は世界にあまたある目的の1つ、『ダイバーズの可能性を探る』という典型的で抽象的にすぎるものだった。秘密にするほどの『目的』とは思えない。」

「――と、なると、私達には知らせていない目的があると考えるべき、ですね。」


大島の言葉に、上杉が確信を持ったように低い声で言った。そして、もう一つ、彼は自分の予想を提示することにした。


「と、いうことは――」

「ん?」

「いえ、もし別の目的があるとするならば、其れこそが『黒箱』が『門』を求める理由なのかと思いまして……」


大島は上杉をじっと見つめる。


「――いいか、上杉。決して、それを儂の前以外で言うでないぞ。」

「はい、心得ていますとも。もし口にすれば、我々が『黒箱』と取引したことがばれてしまいますからね。」


 大島は大きく息を吐き出し、目を細める。


「まったく。こうなるのであれば『黒箱』と取引するべきではなかったか。」

「いえ、どうでしょう。もしホムンクルス研究をしていなかったらレジェンドの研究を知ることはなかったでしょうし、そうとも言い切れないかと。」

「――たしかにな。」


大島は不敵な笑みを口元に浮かべ、資料を手に取ると、低く言った。


「儂らはホムンクルス研究という大きなものを失った。

加えて草薙の今後の指針には、()()注意が必要だ。

――だが、得るものもあった。」

「ええ。『レジェンド』による『保存時間の延命』の研究。そして――」

「ああ。あの『カナヤマヒコ』に近づけたことだ。」


大島は資料に移る、一枚の写真をじっと見つめる。


「『土に関する能力』を持つウィザードであり、同時に『能力武装(エーテル・アーマー)』の使い手であるソーサラー()()()()ダイバーズ、『カナヤマヒコ』。」


大島の目の奥で、暗い光が灯る。


「そう、儂の推測が正しければ、()()を創ったのは――」





 輸送車両の中は薄暗く、少年は周囲を数名の男たちに囲まれていた。

別に手錠を掛けられている訳でもないし、これまでのような召喚体として扱われているという感覚はなかった。ただ、その空間があまりに静かで、男たちがまるで見張るように自分を見ているのは、居心地が悪かった。本当に自分は人間として扱われているのか、それを心のどこかで疑った。



(――いや、きっと『人間』としては扱われていないのだろう。()()。)



 少年はこの薄暗い輸送車の中で、思考を巡らせた。



(あの草薙と呼ばれていた人物は、はっきりといった。『自分はまだ人間ではない』と。人間とはなるものだと。)



少年は、それを『今までの自分は、他者に理解してもらう努力がなっていないのだ』と解釈した。自分はまだ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。それは草薙の言っていたこととは本質的に異なるものではあったが、少年は最終的にその考えに落ち着いた。



()()()()()()()()

それを、他人に示すにはあの草薙という人物が言ったように、感情を理性によってコントロールしなければならないのだろう。それができれば、きっと今まで自分を『ホムンクルス』と言い続けたあの老人も、自分を『人間』として認めざるを得ないはずだ。)



 少年は決意した。

今後はそのための努力を、訓練を積まなければならないと。



(だとするならば、とる選択は1つしかない。

 だが――)



 少年は足元に視線を落とした。

彼には、たった一つだけ理解できないことがあった。草薙の斗真に対する対応である。これまで自分を人間として認めてくれたのは斗真ただ一人であり、おそらく()()()そうであると少年は考えていた。少年にとって斗真とは己を認めるかけがえのない存在であり、これまで支えてくれた恩人である。

 そんな人物に、自分を人間として認めることができる草薙は危害を加えた。その理由が、少年には分からなかった。ましてや、草薙が言うように『黒箱』と()()犯罪者とは、到底思えなかった。彼がなぜ斗真に危害を加えたのか。そして、『黒箱』と同じとは、どういうことなのか。少年にはそのことが分からず、その不安が黒い染みのように胸の内に広がっていった。


「斗真さん、あなたは――」


 と、その時だった。

大きな衝撃が、車内に走った。腰が宙に浮き、つづいて床に叩きつけられる。バキバキと鉄やプラスチックが折れ曲がるような音が耳を突き、続いてガラスの割れる音が運転席の方から響いた。輸送室は床が天井に、天井が床へと瞬時にその上下を入れ替え、爆発音のような音を出しながら揺れる。

少年や周りにいた男たちは一様に壁や床に、顔を打ち付け、痛みに悶えた。


「――な、なんだ……」


 何かに衝突した、そう車内のだれしもが思った。だが、それは厳密には違った。何かに衝突したのではなく、車を大破させた対象物体の方が、故意に向かってきた。

 ソレは輸送車の目前に突然現れた。あまりに突然のことに運転手は何が起きたのか分からなかったが、ソレは空から降ってきた。道の真ん中に立ったソレは拳を振り上げ、一撃でボンネットを粉砕した。続いてソレはエンジンもろとも鋼の爪で運転室を真っ二つに引き裂き、フロントガラスを木っ端みじんに粉砕する。息をする間もなく運転手と助手席にいた男は道に放り投げ出され、輸送車は火花を散りながら動きを止めた。

 そして――


「お、おい。なんだ。何があった運転手!」


男の1人が何とか立ち上がり、輸送室と運転室をつなげる小さな窓を開けた瞬間だった。その窓を開けると同時に、その『壁』が男の目の前から姿を消した。


「――!?」


空からやってきた銀の塊は、輸送室の壁を片腕で剥ぎ取った。鋼鉄でできた空間は一瞬にして瓦解し、崩れ去った。


「お前は――」


男が腰に下げた拳銃をとるより早く、その銀の右腕が男ひっつかみを数メートル先へと投げ飛ばす。


「き、きさま――」


 少年の傍で倒れる男が、銀の塊に発砲する。だが、その銀の鎧は拳銃の弾丸をピンポン玉のようにはじき返した。


「なっ!?おのれ『双狼』!!」


男が口にしたのは、それが最後だった。男はみぞおちに一撃を喰らわされ、意識を失った。


「――」


 少年は目を見開いた。目の前にいる銀の鎧を纏った一人の人物。その動きに、見おぼえがあった。


一切無駄のないしなやかな動き。

適確に急所を狙う一撃必殺の拳。


 この半年間、その動きをみてひたすら技を鍛え続けた。『敵』と戦うために、この先生きていくために、その技の全てを注ぎ込んだ男が、その容姿を変えて目の前に立っている。


「斗真――さん?」


少年の声に、狼は兜をとった。


「ああ、勝輝君。」


彼は言う。

強く覚悟を決めた瞳を向けて。


「必ず俺が――君を、救う。」



月光に照らされた白銀のたてがみが、美しく輝いていた。



読んでいただき、ありがとうございます!

ついに大島が『黒箱』とつながっているとはっきりと分かりましたが、はて、どうしてつながっているのでしょうか・・・・・・


さて、いよいよ第1章も大詰め。

予定ではのこり5話で終わる予定です。あくまで予定です!(笑)

そしてお知らせがあります。

来週の土日なのですが、わたくしのリアルの方で大事な用事があり、おそらく投稿できないと思われます。

よって、次回は10月22日の零時を予定しています。多少前後するかもしれませんが、よろしくお願いします。

【変更】

更新を10月27日零時に変更致します。よろしくお願いいたします。


次回『最後の狼』(上) お楽しみに!

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