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ヒューマンカインド/Brightness of life  作者: 猫山英風
第1部 影を纏う者 ―第2章 “死”と“誕生”―
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第40話 特秘能力者(9) 『銀狼』(中)

ちょっと焦ってしまったか!?

 一切無駄のない丸みを帯びた流線形のフォルム。

つま先から頭の先までを覆うその白銀の鎧は、中世ヨーロッパの甲冑を思わせる。手足にはその指の長さの倍はある鋭い鍵爪が付き、すらりとしたその姿の中でひときわ存在感を放っている。


「それが、お前の『能力武装(エーテル・アーマー)』か!」


長嶋の言葉に、仮面の内側から低くドスの効いた声が響く。


「ああ、そうだとも!これが『銀狼会』をまとめ上げてきた白井家の能力にして、『銀狼会』の力の結晶。3代に渡って()()()()()『能力武装』の極地だ。」


 侑真は態勢を低くし、狼の前足のように手を地面に触れ、身構える。銀の兜から延びる白いたてがみが逆立ち、打ち付ける雨に抵抗するかのように天を貫く。


「特殊部隊隊長?知ったことか。俺達以外の『能力武装』なんて紙切れ同然だということを、今ここで教えてやる。」


狼の目が光る。


「さあ、殺し合おう。」





「斗真さんが――『黒箱』と、同じ――?」

「違う!」


 少年の言葉を、強く斗真は否定した。


「俺が『黒箱』と同じだと?冗談じゃない!俺は、彼らとは違う!」

「ほう?どこが違うのですか?私には、どちらも国を脅かす下劣な犯罪者集団にしか見えないのですが。」


草薙の言葉が、斗真に突き刺さる。確かに『銀狼会』が『犯罪者集団』であったことは、今の斗真自身、はっきりと認識している。裏社会の中心に位置した『銀狼会』が犯した罪を数え上げたら、それだけで辞書並の分厚さになるに違いない。

 だが、それでも斗真は『黒箱』とは違うと確信していた。



(『黒箱』の目的は『第2のアトランティスの建国』。そのためならば、どんな相手も排除する。無差別な殺人テロを行う組織だ。だが、『銀狼会』はそんなことはしない。敵対勢力を潰すことは確かにある。無差別な人殺しなど一切しない。)



『己の利益のため』に動く点は、決して誇れるものではない。そのあり方がどれほど愚かで、間違っているかなど、斗真自身はっきりと認識していた。それでも、義理人情に生きてきた自分たちと、その道義ももたない“仇”である『黒箱』と一緒にされることは、斗真にとって耐え難かった。


「俺達は『カタギ』の人間だ。決して『黒箱』のような『テロリスト』と一緒になど――」


“何も変わらぬ”


地の奥底から響く声が、斗真の言葉を遮った。


「『カナヤマヒコ』――」


“『銀狼会』も『黒箱』も、世界を乱す害獣にすぎない。

貴様が『黒箱』と違う?フン、笑わせるな。違いがあるとするならば、それは『黒箱』が勝者で『銀狼会』が敗者であるという点だけだ。”


「っ!」


怒りに顔を歪ませる斗真に、追い打ちをかけるように草薙が言い放つ。


「『カナヤマヒコ』隊長の言う通りですね。『銀狼会』と『黒箱』に違いなどない。あなたが違いを求めるのは、負けたという事実を、認識したくないからではないですか?彼等とは()()()違うと思いたいだけの、低レベルな思考にすぎない。そのようなただ一緒にされたくない、などという『嫌悪』からくる考えは、理性ではない。」


草薙は目を細めて言い放つ。


「そのような者は、『人間』ではない。田畑を荒らす、害獣と何ら変わらない。」

「な――」


 草薙の言葉は、斗真を凍りつかせるには十分だった。



(あの大島ですら俺を『人間』として見ているのに、この草薙という男は、明らかに人間である俺のことですら、『人間』ではないと言うのか――)



 斗真は草薙を睨み付ける。斗真は決意した。決してこの男の元にだけは、少年を行かせてはならないと。



(どんなに彼を人間として認めることができる人物であったとしても、この男は一瞬で手のひらを反す。この男は、全てを『人間』としてみることもできる男だが、同時に全てを『人間』と()()()()()男でもある。

 己の信条に反した瞬間に、人間を人間として見なくなる人物など、『危険』だ。こんな男に、少年の命を、託すことはできない――)



「さて」


 草薙は目元をやわらげ、少年に向き合う。少年は何がどうなっているのか理解できていないようで、目に見えて狼狽していた。


「ふむ。すぐにでも君の答えを聞きたいところだが、今はこの『害獣』のこともある。すぐに答えを出すのは難しいだろう。とりあえず、ここではない場所でゆっくり話すとしよう。」

「!?」


その言葉に驚いたのは、斗真だけではなかった。


「お、おまちを。草薙隊長。」

「なんですかな、大島隊長。」


冷汗をかく大島に向かって、草薙は穏やかに言う。


「彼をここから移動させるのは当然でしょう。あなたが彼を支配下に置くのは、さすがに看過できかねます。」

「そ、それは――」


反論しようとして大島は口ごもった。草薙は少年に、『今までのことは全て監視していて知っている』と言っていた。ならば、ほとんど全てを見透かされているこの状態で、何を言いつくろったところで無駄であると。


「よろしいですね。」

「……ああ――」


故に、草薙の一言に大島は賛同するしかなかった。


「では、とりあえず伊豆大島研究所に行きましょうか。あそこは能力者研究施設の中で、最も新しく創られた場所。最新の設備が完備された場所であれば、彼を保護し、また彼自身が『成長』するに必要な設備が整っていますからね。」


 そういうと草薙は、戸惑う少年に微笑みかける。


「では、さっそく行くとしましょうか。」

「ま、まて――」


“黙っていろ”


「ガハッ」


 抵抗する斗真を、情け容赦なく『カナヤマヒコ』の土の拘束が締め上げる。


“貴様の行き場所は処刑台ただ一つだけだ”


「お……のれ……」


斗真は仮面の奥底を睨み付ける。『カナヤマヒコ』はその視線を受けると苛立たし気に息を吐き出し、草薙に向かって言う。


“『銀狼』と――()()の扱いは、お前に任せる『フウジン』。

我は京都に戻るとしよう。”


「承知しました。」


 小さく会釈する草薙の横を通りすぎ、山は扉の前に立つ。『カナヤマヒコ』は最後に少年を一瞥すると、フン、と小さく鼻を鳴らし、部屋を後にした。

 去っていく『カナヤマヒコ』の姿を目の隅に捉えながら、大島が口を開く。


「……わ、我々はなにを――」

「そうですね。この犯罪者を搬送するのを手伝っていただければと。ああ、あと、大島隊長、あとで少々お話があるのですが。」

「……わ、分かりました――」


 草薙の言葉に、素直に返答した大島だったが、その体は小さく震えていた。これ以上、この男に何を尋ねられるのか、大島は不安だった。彼が自分の研究を監視していたというのであれば、おそらく『すべて』を知っているはず。そうなれば、大島にとって()()()()()()()()()()()()も知っていると、容易に想像できたからだ。

 草薙はその様子を意にも返さず、少年と斗真の方を向き、小さく笑いながら言った。


「では、行きましょうか。」





 巨大な爪が岩を砕き、地面をえぐる。流れる刃は雨を割き、鉄を斬る。


「はははは!いつまで躱していられるかなぁあ!!」


侑真の刃は両手だけではない。彼は獣のように四肢を駆使し、その“爪”の斬撃を宗次に何度も浴びせる。



(近すぎる!長刀のリーチを活かしきれん!)



 宗次は大きく飛び退き、長嶋の後ろへと後退する。だが、間髪入れずに侑真はその距離を詰める。


「はやい!」


数メートル離れていたはずのその間を瞬きの間に縮め、侑真は長嶋ののど元へとかぎ爪を伸ばす。


「フンヌッ!」


 鈍い金属音。雨音の中に混じるその音が、火花とともに散った。侑真のかぎ爪が、長嶋の持つ身長ほどもある丸い『盾』に弾かれた。


「おおおおおおお!」


長嶋の咆哮が狼に襲い掛かる。狼を宙に弾き、体を回転させながらその盾を狼の脇腹めがけて叩き込む。

 侑真は爪が弾かれてからその盾が己に降りかかるまでの短い間で、空中で後退の準備を整えた。しなやかに体をひねり、襲い掛かる盾を躱す。自分の背後を盾がかすめていくのを感じた侑真は、宙で一回転し、着地と同時に襲い掛かる長刀の刃を両手の爪で受け止める。

 そこへさらに、彼方からの『熱線』が侑真に迫る。だが、それすらも侑真は体をわずかに動かしてギリギリの位置で交わし、宗次の長刀のリーチが活かしきれない懐へと侵入する。


「っ!三倍加速(トリプルアクセル)!」


ほんの1秒もしないうちに、宗次は侑真との間に20メートルの距離を創り出す。


「結子!」


 宗次の叫びとともに、数弾の『熱線』が戦場に降り注ぐ。爆撃のような音とともに地面はえぐれ、地を揺るがす衝撃がゴーストシティに走る。マグマのように爛れたアスファルトがガスを噴き出し、あたり一体は火の海と化した。


「ほほう。これが噂に名高い『月光の弓矢』か。すさまじい威力だな。」


 異臭漂う業火の中、銀のたてがみをなびかせながら男は言う。


「――さすがは『双狼』といったところか……」


 長嶋が鎧の中で冷汗をかきながら呟く。


(宗次のような素早く動ける『俊足』のような能力を持っていないにも関わらず、あの流星のごとき光弾をかいくぐるとは……)


『双狼』というダイバーズが持つ戦闘能力の高さが、どれほど強力なものなのか、それを長嶋は認識する。


(……しかし、俺の爪を防ぐ『障壁盾(スクートゥム)』か。)


 一方、侑真自身も相手の戦闘能力のレベルの高さを実感していた。自身のナイフのような爪を見ながら、侑真は言った。


「エーテル体の強度はそれを構成するエーテルの密度によっても決まるが、当然、密度が高くなればなるほど重くなる。俺の爪は鉄をも切り裂く強度をもつ。こいつを防ぐとなると、その盾は相当な重さのはずだ。それを、ああもたやすく振り回すとはな――」


長嶋のもつ盾を侑真は睨み付ける。



(オドで作られた、弾丸をも弾き飛ばす盾『障壁盾(スクートゥム)』。『アトランティスの戦い』の際に考案された防衛特化の能力技術。

 エーテル体に限らず、創造体を含む能力体は、周囲のエーテルをどれだけ『収集』できるかが能力の完成度を決める肝になる。あれだけ巨大で、しかも濃密度のオドの固形化物質を一瞬でつくるとなると、あの男の能力者レベルはSSランクは難い。それだけのレベルを持つダイバーズの『能力武装(エーテル・アーマー)』となると、この『爪』では切り裂けないか――)



侑真はさらにチラリと宗次を見つめる。


「――」



(自由自在に自身の行動速度を変えるダイバーズ、か。あの刀自体は俺の鎧を貫通するほどの強度は持っていない。だが、倍速で動いているために与えるダメージはその4倍。強度の弱い箇所を狙われればこちらの鎧が負ける。

 加えてあの男、若いがかなりの手練れ。剣術では斗真の方が上といったところだが、それでも俺よりは確実に上だ。侮ることはできん。)



侑真は鎧の中から敵を見渡し、自嘲するように笑った。


「ははっ!全く、いい面子がそろってんなぁ!

じゃあ、やっぱり本気でやらねえとなぁあああ!!」


空気を震わす咆哮が、狼から放たれる。


「オオオオオオ!」


侑真の両手のひらから刃が現れ、その剣先が殺意を載せて宗次たちに向けられた。


「まずは貴様だ、韋駄天小僧!」






 たった一つの電球だけが灯る、狭く薄暗い部屋。

輸送車両のエンジン音が、その小さな部屋に低く響く。道が悪いのか、時折その部屋全体が大きな音を立てて揺れ動き、そのたびに、手錠がこすれて乾いた音を立てている。

 斗真は車両の真ん中で手錠を掛けられ、金属製の椅子に縛られていた。その周りには銃を手に持った4人の男たちが、常に鋭い視線を斗真に向けている。研究所にいた時既に自由などなかったが、今の状況はそれ以上だった。もはや自由に手足を動かすこともできない。与えられたのは冷たい鉄の感触と、両手にのしかかる重い手錠。この先に待っているのは十中八九『死刑』という名の絶望だけ。

 それは至極当然の結末であり、最も妥当な判決であることを斗真自身よく理解していた。故に、いつかこの日が来ることを、心の隅で覚悟していた。例え『死刑』が罪を償うことにならないと自分が思っていたとしても、其れこそがこの日本という国が定めた罪の償い方であり、自分に与えられる罰はそれであると自覚していた。

 だが――



(今はだめだ――)



斗真の脳裏に、少年の顔が浮かぶ。自分が救う、23人目の命。


(彼が人間であると、()認めているのは自分だけだ。草薙の考え方が正しいものなのか、そうでないのかは分からない。ただ、『人間』を『人間』として見なくなるその考え方をもつ草薙に、『人間であることを切望する』少年を託すことはできない。

 あの男は少年を『戦力』としてしか見ていない。そんな奴に、彼の命を託すわけにはいかない。

このままでは、彼を、『救う』ことはできない――)



 斗真は待っていた。



(草薙――『フウジン』や『カナヤマヒコ』には手も足も出ない。故に、あの場での抵抗は無駄になる。どんなにあがき、少年を連れて逃げ出そうとしても実力の差が戦闘ではものをいう。

決して自分はあの二人にはかなわない。

 だが、ここにいるメンバーなら――)



 それは突然だった。

じっと斗真を見張る4人の男たちは、皆同時に異変に襲われた。不意に、()()()()()()()()()()のだ。


「ん、な、なんだ!?」


彼等は慌てて立ち上がり、状況を確認しようとした。ただ単に電球が切れて部屋が暗くなった、というふうには思えなかった。例えそうであるのなら、運転席に繋がる小窓から光が漏れ出ていることを確認できたはずだった。だが、その光はない。真の闇。何の光も感じない、全くの闇が、彼らの前に広がった。

 そうして彼らはあることに気が付いた。()()が、出来ないことに。瞼を動かすことができない。それでいて、目を開いているはずなのに、『瞼が閉じている』。異様な感覚に男たちは戸惑い、そして一人がその正体に気が付いた。


「まさか、こ、これは――『疑似細胞』!?」


 その言葉の直後、強烈な痛みがその男の腹部を襲った。


「がっ!」


斗真は両足で床を蹴りつけ、固定された椅子を引き抜いた。その勢いのまま彼は竜巻のように体を回転させ、椅子を周囲の男たちの顔面に叩きつける。男たちが倒れ伏すと、その持っていた拳銃を彼は足でつかみ、鈍い音を車内に響かせる。発砲された弾は斗真の手錠の鎖を弾きとばし、起き上がろうとする男の肩を貫通した。

 斗真は叫ぶ。


「『能力武装(エーテル・アーマー)』――『銀狼』。」


その先は一瞬だった。鎧の形成とともに拘束具を全て弾き飛ばし、見張りの男すべての意識を奪い去った。その動きは息をするよりも早く川の流れのように滑らかだった。


「な、なんだ。なにがあ――」


 後ろが騒がしくなったことに危機感を感じたのだろう。小窓を開けて助手席から護送室を除いた男は、見た。白銀に輝く鎧に身を包んだ、猛々しい気迫を放つ狼を。


「嘘だろ――」





 鋼鉄の輸送車の装甲を引き裂きながら、斗真は思う。



(自分が犯罪者であることは否定することはできない。

多くの命を奪った、愚かしい人間であると、そう自覚している。

罪を犯した人間が、こう望み、声を上げることは傲慢であると分かっている。)



金属がこすれ、破壊された車から火花が散る。



(これはただの自己満足だ。

ただ自分が、『命』を簡単に奪う『黒箱』とは違うと、過去の自分とは違うのだと、そう思いたいだけなのかもしれない。

それでも――)



斗真は夜闇へと跳躍する。恐怖を振り払うように高々と、狼のように颯爽と。



(あの少年だけは救わなければならない。

命を奪ってきた者だからこそ、あの命だけは、救わなければならない。

命を奪った罪を背負う者だからこそ、彼の命を、認めなければならない。)



月の光が、鎧を照らす。



(彼を、確実に命として認める者が現れるその時まで、俺は――)



 狼は吠えた。その意志を固めるために。

己が信じる生き方を、己の有り方を確かめるために。



(君を、守る!)


読んでいただき、ありがとうございます!

もうちょっとじっくり考えてから投稿したほうがよかったかな・・・・・・?(笑)


次回は明日零時投稿予定です!

お楽しみに!

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