第39話 特秘能力者(8) 『銀狼』(上)
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「ひ、ひとつよろしいですかな。草薙隊長」
「なんでしょうか?」
冷汗を垂らしながら尋ねる老人に、草薙は穏やかに答えた。
その口調の真意を探るように、ゆっくりと大島は口を開く。
「もしや、草薙隊長は、『召喚体』を『命』だと考えているのですか?」
一切声色の変わらないその男は、涼しげに大島の問いに答える。
「それはどうでしょうね。我が祖父『スサノオ』は、生前私にこう言い聞かせました。
『命』とは『残るもの』だと。」
「残る……もの?」
上杉が首をかしげているのを見て、草薙は流れるように言葉を紡ぐ。
「『命』とは、何らかの形で残るものだと。それが遺骨なのか人の心に残るものなのかは関係なく、どんな形であれ残るものが命なのだと説きました。
つまり、祖父は『命』とは『この世界から消えた時に確立するもの』だと考えていたようです。
消えた時に、『確かにそこにあったことが分かるもの』が、『命』であると。そして、私もそう考えています。」
草薙は少年を見つめる。
「この世界に存在するすべては、それが命かどうかなど分かりはしない。
故に、私は召喚体が『命か命でないか』という議論に意味がないと考えている。『命』はこの世界から消えた時に初めてわかるもの。今ここに生きている我々ですら、己が命かなど、一切分かりはしないのですから。
故に、エーテルの体でできた彼が『命なのかそうでないのか』ということを、私は問題視しない。」
「!?」
少年が眉をひそめているのをみて、草薙は小さく微笑んで続ける。
「いいかね少年。
君が『命』なのかどうかは君がこの世界からいなくならなければ分からない。それは私も同じだ。
わたしは、『命』なのかどうかではなく、『人間』かどうかに重点を置く。
『人間』であればそれにはしかるべき対応がとられるべきであり、“その存在が終わりを迎えるまで保護する必要”がある。それこそが“人権”だと、私は思っているのだ。私が君に、非人道的な実験をしないと言ったのは、君が“人間になる可能性が十分にある”と考えているからだ。
先ほど『人間は感情を抑制し、コントロールできる存在』と言ったが、私は『感情』を否定したいわけではない。人間には『理性』も『感情』も両方存在している。そのうち、この『理性』によって『感情』をコントロールできるようになるのが人間の特徴だと、考えているのだ。」
草薙は少年の頭を軽くなでる。
「君には『人間であろうという意志』が見られる。今はまだその行動理由が『恐怖』という感情に依るものだが、それ自体は悪ではない。人の意志の起因が感情に依ることは多々あることだ。
だが、己が『人間』であろうとするのであれば、己の行動はその『感情』を基準にしてはならない。なぜ自分は恐怖しているのか、その感情を分析して理由をはっきりさせ、己がとるべき行動は何であるのかを明確にするべきだ。それが出来るものこそが、『人間』たりうるのだ。」
春風のように温かく、強い声が部屋に響く。
「そして、今君は既に、『人間』になるための第一歩を歩んでいる!」
「!」
「なぜなら、君は様々な実験を通して学習し、知識を身に着けているからだ。その学習能力があれば、おそらく理性によって感情をコントロールすることも可能だろう。」
少年の薄い瞳が、まっすぐ草薙を見つめている。
「故に、今はまだ『人間』ではない君を、私は『人間として扱う』ことを約束しよう。いつか必ず『人間』として存在するであろう君に、私は期待する。優秀な『能力』をもつ君は、今後国民を代表する素晴らしいダイバーズへと成長するだろう。私はそういった人物とともにこの国を守り、未来を築き上げたい。」
彼は少年の瞳に向かって、ゆっくりと話しかける。
「故に、私は君に提案する。
日本能力者特殊部隊に、入隊しないか?」
「な――」
少年に手を差し伸べるその行為に、その場にいた全員が驚愕する。
「お、お待ちを、草薙隊長!こ、このホムンクルスを、特殊部隊に!?」
唖然とする大島に向かって、穏やかな口調で草薙は答える。
「ええ、そうです。」
「いやいや、ちょ、ちょっとお待ちを!」
「なにか、問題がありますかな?」
平然と答える草薙に、上杉が言う。
「い、いや、召喚体――ですよ?『道具』を、『入隊』というのは――」
上杉は草薙の鋭い視線に委縮し、それ以上は言わなかった。草薙はその眼光を大島にも向けて言った。
「先ほど言ったはずです。『人間』は『なるもの』だと。であるならばそこに『召喚体』かどうかなど関係ない。それとも――」
草薙は一段と声を低くしていった。
「この少年の存在を、世間に公開しますか?」
「――っ!!」
大島が口を紡ぐ。
「それをすればあなた方第10隊は間違いなく解散です。それでいいと言うのであれば、私はそうしましょう。ですが、私としてはそれを避けたい。あなたの知識や経験、そして能力はこの国にとって非常に重要なものだ。ダイバーズの未来を変える研究ができる人物はそういるものではない。それを失うことはこの国の脳を潰すことに他ならない。」
草薙は再び少年の前にかがむ。
「それに、公開することは少年にとってもよくない。」
「!?」
少年の顔に、小さな恐怖が宿る。
「いくら私が少年を人間として認める準備があるとしても、この世界が私と同じ認識を持つとは限らない。少年を、それこそこれまでの大島隊長たちのように、ただの『召喚体』として見る者はいるだろう。であるならば、彼を保護する手段が必要だ。」
「そ、そのために特殊部隊に……?」
大島が奥歯を噛みしめながら言う。
「ええ。――少年。君はこの施設から出たら、行く当てはあるのかね?」
草薙の言葉に、少年は小さく答えた。
「ない……です……」
「では、君を守る者はこの先いない。」
「!!」
少年の恐怖が、全身に広がる。
その様子を見届けてから、草薙は口を開く。
「ならばこそ、君は特殊部隊に入るべきだ。特殊部隊は国民を守る部隊。そこには当然、国民である隊員も含まれている。特殊部隊に入れば、君は一隊員として保護されるだろう。
それだけではない。
特殊部隊の仕事は、過酷なものだ。高度な知識を必要とし、どんな状況にも臨機応変に対応できるだけの柔軟性と思考力がなければならない。故に、特殊部隊とは、“理性が支配する場所”だ。感情をコントロールし、冷静沈着に物事に対処する組織だ。もし君が『人間になりたい』のなら、これほど理にかなった場所はないだろう。」
草薙はそういい、その美しく穢れのない手を少年に差し伸べる。
「だがね、少年。君を特殊部隊に入隊することを提案する一番の理由は、『この私が君をほしい』と思ったからだ。」
「ボクを……?」
「ああ。君は私に会うのは初めてだから分からないだろうが、私はこの半年の君の成長を知っている。ずっとここのことは監視していたからね。そしてその成長やその力を見て、私は、君が今後優秀なダイバーズになると確信している。故に、1人のダイバーズとして、国を守り背負う者として、君の力を貸してほしいと、そう思っているのだ。」
その口調は全ての闇を吹き飛ばすほど力強く、太陽から吹くように暖かだった。
少年は、その優麗で毅然とした姿に光を見た。斗真以外に、ようやく自分を『人間』として見てくれそうな人物が現れたのだ。少年にとってそれは明確な救いの手だった。己が人間であることを認識できるものが『能力』しかなかった少年にとって、別の『指標』が出来たことは神に出会う心地だった。
少年はその光にすがる様に、手を伸ばした。
(自分が人間であることを、自分が吉岡勝輝であることを、この人は認めてくれる。
この光を今逃したら、二度と光は自分を照らさない。)
だが、それを拒むものがいた。
「だめだ、勝輝君、その手を取っては!」
「と、斗真、さん?」
口の端から血を流しながら、斗真が叫ぶ。
「その男は言った『人間とはなるもの』だと。そして君を『まだ人間とは認めていない』とも言った。つまり、その男は人間として君を欲しているのではない!ただの『戦力』として欲しているだけだ!
そんな君を人とも思っていない奴が、君を人間として扱うはずがない!」
その言葉に草薙は瞳を閉じ、ため息を吐き出しながら言う。
「随分ないいようですね。私は彼を『人間』として扱いますよ。自分で言うのもなんですが、この場で私ほど『召喚体』を人として立証できる考えを持った人間はいないと思うのですが。違いますか?」
「……」
斗真は視線を落とす。
確かに、斗真自身彼を人間として見てはいるが、『召喚体を人間として立証できるほどの考え』は持っていなかった。そして、おそらくこの中でその考えを持っているのはこの男が言うように、彼ただ一人だと言うことも認めざるを得なかった。だが、それでも、この男が少年に求めているのは『力』だという考えを、斗真は払拭することはできなかった。
草薙は立ち上がると身動きのできない斗真に歩みより、低く冷たい声で言った。
「少なくともあなたのような犯罪者に、『人を人とも思わない』などと言われるのは心外ですね。」
「っ!」
その時だった。
斗真の心に、小さな声が響いたのは。
「犯罪、者……?」
斗真が、少年を見る。少年の目は斗真と草薙を見比べ、動揺した顔を見せている。
「どういう、こと――ですか?」
その言葉を聞いて、斗真ははっとした。心臓を握られたような、冷たい感触が体を駆け巡る。
(そうだ、少年にとって『犯罪者』は――)
「ああ、そういえば君は彼の正体について知らないのだったね。」
草薙は少年の方を振り向き、冷たく言い放つ。その言葉は部屋に侵入してくる冬の冷気のように、斗真と少年の体を凍てつかせた。
「彼は犯罪組織『銀狼会』の元構成員、『双狼』。つまり、『黒箱』と同じテロリストだ。」
◇
雨の道路の真ん中を、一人の男が走っている。
「クソが!クソがクソがクソがぁ!」
男は手から出た刃を振り回し、行く手を遮る家具や瓦礫を切り刻む。バラバラにされた家具は雨音とともに世界へ消え、その男によって踏みつけられた。
『黒箱』が『銀狼会』を襲った2072年以来、廃墟と化した区画が横浜にはある。激しい抗争のすえ、およそ『人の住む環境』ではなくなってしまった場所。漏れ出した工業廃棄物で大地は汚染され、何百人という死者を出した忌み地は誰も寄り付こうとはしなかった。
放置されたゴーストシティは、一人の男をさげすむように現実を突きつける。かつての栄華はそこにはない。砕けた椅子。崩れ落ちた建物。滅びゆく世界が、侑真の心を逆撫でる。手を差し伸べる味方などいない。この街のように、どうあがいても、状況は絶望から変わることはない。
「『ツクヨミ』だと!?冗談じゃない!ふざけるな!
俺は、殺してねえ!やってもいねええ罪を、なんで償わなければならない!!」
侑真は己の行った行為に反省などしなかった。
自分が『情報屋』を刺し、脅したことを一ミリたりとも『悪』などとは認識していなかった。故に、彼はその口から悪態を吐き続けた。
「クソが!おのれ『眼帯』め!この俺に罪をなすりつけやがって!覚えていろ!
必ず殺す!必ず殺してやる!」
侑真は足元の水たまりを大きく踏みつけながらひた走る。
「せっかく『黒箱』の手がかりを掴めたんだ。特殊部隊なんぞにつかまってたまるか!
まだ誰の仇も取れてねえ。この俺の家族を奪った罪を、償わせてねえ。それをせずに、くたばってたまるかってんだ!」
彼の目の前に、ひときわ大きな瓦礫の山が見えてきた。錆とカビと苔でぼろぼろになった壁。周囲に散らばる鉄くずとガラスの破片。侑真はその滅んだ世界の中心で立ち止まる。
「『門』――それが何なのかもっとはっきりすれば、必ず『黒箱』にたどり着ける。『情報屋』は『レジェンド』の研究の通称なのか、それとも研究していた“何か”なのかは分からないと言っていた。まずはそれを明らかにさせる。」
侑真は大きく深呼吸しながら、目の前にそびえる瓦礫の山を眺める。かつてあった銀色の城はその輝きを失い、その形すら原型をとどめていない。
「俺達『銀狼会』はありとあらゆる組織と取引をしてきた。
その相手には、第1期、第2期の『黒箱』も含まれている。」
彼は手の平から刃を出し、大きく空を切った。すると、瓦礫がまるで鋏で切ったかのように真っ二つに割け、音を立てて崩れていった。
雨の中立ち込める土煙の中を、侑真は睨み付ける。
「確か第2期の『黒箱』との取引では情報の売買をよく行っていたと、親父が言っていた。もしかすると、俺が知らない取引の記録に、『門』に関する何かがあるかもしれない。
幹部しか知らない取引情報の保管場所は、斗真の調べで特殊部隊の連中にも見つかっていない。だったら、ここに何か有るはずだ。この、我が家に――」
彼が来たのは元『銀狼会』アジト。かつて自分たちが過ごした組織の中心部である。ここに来ることは侑真にとって危険だった。特殊部隊が真っ先に自分の隠れ場所として疑うのは、この元アジトである廃墟。人気のないここを隠れ蓑にするのはうってつけと、誰もが予想できる場所だった。そんな場所にのこのこ顔を出せば、すぐに特殊部隊に見つかるのは目に見えていた。
侑真は最初ここに来ることを避けていたが、『ツクヨミ』が討伐チームに加わっていることを知って、その気は変わった。
(『光に関する能力――ティファレト』と、真っ向からやり合うのはさすがにごめんだ。だから一刻も早くこの『横浜』から脱出しなければならない。捜査網のないもっと遠い場所へ逃げる必要がある。
だが、そうなればここに足を踏み入れることは格段に難しくなる。そうなる前に、できるだけ情報を手にしておきたい。)
故に彼は焦っていた。一刻もはやくこの場所から離れるために、彼は隠れようとはしなかった。最初から監視が付いている場所に足を踏み入れるのならば、相手が動くより先に素早くことを済ませたほうがいいと考えたからだ。
だから、彼は眼前の扉に手を掛けようとして、大きく舌打ちした。どんなに早くても、この中にある秘密の書類を手にするくらいの時間があると踏んでいた自分に対して、怒りを露わにした。
「ったくよぉ。随分と早いお出ましだな。何もできやしねえ。」
侑真は振り返り、雨の向こう側にいる人物に吐き捨てる。
「――『双狼』だな。」
雨の中から、一人の男が現れる。その巨漢の男は全身を黒光りする重装甲な『鎧』で覆い、強い威圧感を放っていた。
「……へえ。俺と同じ『能力武装』を使うやつか……確か、特殊部隊でそれができんの、『カナヤマヒコ』と第6隊の隊長だけって話だったな。お前は仮面被ってねえから、『カナヤマヒコ』じゃねえな。てことは、テメーが長嶋王司か。」
「ほほう。悪名名高い『双狼』が俺のことを知っているとは。俺も随分有名になったようだな。」
長嶋の話を、侑真は鼻で笑う。
「はっ。テメーの紙切れみてーな薄い『能力武装』何ぞ、一瞬で切り刻んでやるよ。」
侑真の両手のひらから、1メートルはある刃が突き出す。身構える侑真に対し、長嶋は悠然と立ったまま言った。
「そいつはどうかな。俺の『能力武装』は『守り』に特化しているからな。そう簡単に破れると思ってもらっては困る。
それに――」
「!」
長嶋の言葉が終わらぬうちに、侑真は大きく左に体をひねり、その場から跳躍した。
「っち!」
ダイナマイトのような炸裂音が廃墟に響く。顔を焼く熱風、立ち上る噴煙と赤い炎。真っ白な光の筋が侑真の立っていた場所に照射され、その場が一瞬で爆ぜた。
「これが――何!?」
着地するその瞬間、侑真の視界に白銀の刃が現れた。雨を切り裂きまっすぐ己の首を狙ってくるその刃を、侑真は『手刀』で受け流す。つづいて彼は体を一回転させ、その勢いのままもう一つの『手刀』で刀の主に斬りかかった。だがそのときにはそこに剣士は居らず、その『手刀』は空しく空を割く。
着地した侑真は、長嶋の隣に立つ斬りかかってきた人物を睨み付ける。
「――『俊足』か。」
5尺の刀をまっすぐ自分に向ける長身の男。その鷲のような鋭い眼光が、雨に濡れてその凄みを増している。
「それに――」
侑真は最初自分のいた場所を睨み付ける。大きくえぐれた地面は異臭を放ちながら煙を上げ、溶けたアスファルトの上で雨が音を立てて爆ぜている。
「これが『ツクヨミ』の能力、か――?ふん。まったく、一人相手に複数人とは武士道のかけらもないのか?」
「お前はこれまで23人――いや、24人もの人を殺している危険人物だ。そんな奴に、1対1で戦う義理はないし、リスクが高いんでね。」
「はっ!24人、ね……」
宗次の言葉に、侑真は嗤う。
(何が『捕まえる』だ。
さっきの熱線に加え、お前の刃は確実におれの首をねらってきやがった。最初から『殺す』つもりで来ている。
――こいつらが、俺の話なんかきくわけねえ。)
侑真は大きく息を吸い込み、歯をむき出しにして怒りをあらわにする。
「冗談じゃねえ!こんなとこで死んでたまるか!!
俺は家族の、仲間の仇を討つ。それを果たす前に、死ぬわけにはいかねえんだよ!」
「!」
長嶋と宗次の顔に緊張が走る。
「結子、援護頼むぞ!」
「総員、その場にて援護を行え!この狼は、私と宗次君で片付ける!」
二人の言葉に、侑真は口角をつり上げる。
「はっ!貴様ら2人でどうにかなるとでも思ってんのか?
ナメんじゃねえ!俺は『双狼』、白井侑真!
『銀狼会』最強と呼ばれたこの俺を!」
男の周りに、白く淡い風が吹く。
「見せてやるよ。『銀狼会』の力を。」
男は吠えた。天高く、雨を弾くように高々と。
「『能力武装』――『銀狼』」
読んでいただき、ありがとうございます!
ついに侑真と宗次たちの戦いが始まります!
どうなることやら・・・・・・ソワソワ!
そして『命とはこの世界から消えた時に確立するもの』という、新たな命に関する考え方が出てきました。みなさんはどう思うのでしょうか?
(一応断っておきますが、これはあくまでこの小説の中の草薙敦という人物が考えている考え方であって、それを読者の皆様に強要するものではありません。)
それでは、また来週お会いしましょう!
次回『銀狼』(中)は土曜日零時更新予定です!
お楽しみに!
『君を、守る――』




