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ヒューマンカインド/Brightness of life  作者: 猫山英風
第1部 影を纏う者 ―第2章 “死”と“誕生”―
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第36話 特秘能力者(5) 『カナヤマヒコ』と『フウジン』(上)

ついに特秘能力者全員の『コードネーム』が判明します。


 絹の滑らかで肌触りの良い感触が、頬を撫でる。


「ん――」


少女は瞳を開いた。

薄暗い天井が高く、けれどのしかかるように少女を見下ろしていた。


「はぁ……」


 雲の上にいるような柔らかな布団を掴み、少女は大きくため息をついた。


(また、ここにいる……)


 誇り臭い棚にはぎっしりと本が詰められ、広い部屋を圧迫している。部屋の隅に置かれた古時計は淡々と時を刻み、深夜零時の鐘の音を響かせた。

 少女はそれらをみて再びため息をつき、枕元にある飾り棚に目をやる。小さなウサギのぬいぐるみが1つ、ちょこんとおかれているその様は、その部屋が12歳の少女の部屋であることを申し訳ない程度に主張していた。


「また失敗したのね……」


少女はそう呟くと、見たモノに蓋を閉じるかのように再び瞳を閉じた。

 と、ちょうどその時だった。1人の老婆が扉を開け、部屋に入ってきた。


「あら、起こしちゃったかしら。」

「おばあさま!?」


少女はその声に驚き、目を見開いて飛び起きた。彼女の視線の先では、何本もの皺が自分を優しく見守っている。


「あらあら。飛び起きたら体にさわるわよ、典子ちゃん。」


茜はそういうと持っていたティーセットを机の置き、典子の枕元に座る。


「あなたは能力の練習で力を使いすぎたのよ。それで倒れてしまって、今まで寝ていたの。

優華ちゃん、だいぶ心配していたわよ?」

「……」


彼女は茜の言葉に肩を落とし、その小さな手を握る。



(分かっている。それは。)



 典子は能力を思いのままに自在に使うために、日々練習に励んでいた。だが、その結果はいつも“コレ”だった。『疲労』による影響で、すぐに倒れてしまう。そして気が付いたときには、いつもきまって自分の部屋のベッドの上にいるのである。



(こんなんじゃ、まるで練習にならないよ。精神系の能力の『練習』は特殊だっていうけれど、ここまで何もできないダイバーズはいない。どんなに練習しても能力は上達しないし、一体どうすれば……)


 典子の消沈した姿を見ると、茜は花に触れるかのようにそっと手を額に添えた。


「焦る必要はないわ。能力の上達は時間がかかるもの。すぐに結果が出るものではないもの。あなたのその努力は、必ず報われるわ。」


 典子はその言葉を聞いて視線を落とす。その言葉は、もう何度聞いたか分からない。



(努力など、本当に報われるのだろうか。)



 中学生になった少女は、最近よくそんなことを考える。見る見るうちに能力を上達させた姉と自分を比べる周囲が診ているのは、『今の自分』だ。比べられている『今の自分』が、変わらなければ意味がない。能力の上達が必要なのは“今”なのだ。どんなに努力したところで、それが目に見えなければ意味がない、そう、典子は叫びたかった。

 月の光が、典子の顔に影を落とす。


「そういえば、なぜこちらに?――『()()()()()』」


典子は、小さく尋ねた。目を合わせようとしない孫に、彼女は優しく答える。


「それはもちろん、典子ちゃんが心配だったからよ。」


 茜はにっこりと笑顔を見せた。

見ているだけで心が温かくなるような美しい笑顔だったが、それは典子にとって、同時に胸を苦しくさせるものだった。


(分かってる。分かってるよ、おばあさまは本当にやさしい人で、私を心配してくれているってことくらい……

でも……)


 典子はその笑顔から再び視線を外す。

その笑顔は自分を安心させるためのもの。彼女は、いつまでたっても『アマテラス』という存在に甘やかされている気がしてならなかった。そしてそれは、『アマテラス』の足元にも及んでいないと言うことの証明であると、彼女は捉えていた。

 気を逸らそうと、彼女は再び周囲に視線を移す。と、典子は机の上に、一つのファイルが置かれていることに気が付いた。表紙に大きく薔薇の紋様が描かれた分厚いファイルだ。


「おばあさま、それは?」

「ああ、これ?」


茜はファイルを持ち上げ、その薔薇の紋様を見せる。


「これはね。わたしの仕事の資料なの。」

「お仕事、ですか?」

「そうよ。わたしは今、この国の『特秘能力者制度』の管理を任されているわ。今特秘能力者に指定されている方々の能力がどんなものかを整理し、保管する。そして、今後特殊な能力をもつダイバーズが見つかれば、特秘能力者に指定するべきかどうかわたしが査定することになっているの。

 だからこれは、まぁ、あなたやわたしが所属する、特秘能力者に関する資料ということになるわね。」

「――!」


典子が、目を見開く。彼女はこれまで一度も祖母と姉以外の特秘能力者について聞いたことがなかった。故に、祖母の持つその資料は、彼女の好奇心と『努力の結実』への渇望を大いに刺激した。


「お、おばあさま。お願いがあるの!」

「あら、何かしら。」

「その、私に特秘能力者の皆様のことを教えてほしいの。自分も特秘能力者だから、その人たちに能力の使い方を教えてもらったら、何か変わるかもしれない!」


彼女の必死な顔に、祖母は少し困った顔をした。


「あら。それは困ったわね。」

「ど、どうして!?」

「特秘能力者についての情報は本人とその人が認めた人しか話すことが出来ないの。だから、わたしはあなたに彼らの本名や能力の詳細を話すことはできないわ。」

「あ……」


典子が、がっくりと肩を落とす。



(そうだった。

自分は素性が知られているためにあまり意識したことはなかったが、確かに本来は『そういう』制度だ。そう簡単に話せるものじゃない。

だから、今までだって()()()()()()んじゃない。)


孫の肩を落とすその様子を見て、祖母は苦笑する。


「まぁ、でも。一般に知られている情報なら教えることが出来るわ。」

「ほんとうに!?」

「ええ。話してあげるわ。少しだけ、ね。」


 目を輝かせる典子に、祖母は澄んだ声で言った。


「でも、まずは成立ちを言わないとお話は始まらないわね。

 すべての始まりは今から55年前、2030年に起きた『アトランティスの戦い』よ。わたしを含む『レジェンド』を始め、世界各国の『強制徴収兵』は、その全員が比較的希少又は()()()能力をもつダイバーズで構成されていたの。そういった能力を有する人物は、戦争の道具として当時は見られていた。だから戦争から戻ったわたしたちは、その国にとって有益な技術、または世界的に希少な能力を有するダイバーズを保護する制度が必要だと考えたの。」

「それでできたのが、『特秘能力者制度』……」


 典子は背中に寒気を覚えた。今でこそその『保護』とはテロリストなどの犯罪組織からの保護が目的だが、最初は『兵器』からの保護。人間という権利と尊厳を守るためのものだというのだ。その当時に何が行われていたのか、典子は考えたくもないと感じた。

 両腕をさする典子の手を、祖母はそっと握る。そしてまっすぐに彼女の瞳を見ながら言った。


「そうよ。それが『特秘能力者制度』であり、『特秘能力』を保護する一番の目的。彼らの情報は親族並びに当人が認めた人物でない限り公開できないのは、その情報事態を悪用されないためよ。」

「……」

「だから、その点に関してだけはあなたと結子ちゃんには申し訳なく思っているわ。わたしが世界に本名を出したことで、あなたたちの本名も世界に知れ渡ることになってしまった。」

「……」


典子は祖母の持つ赤いバラの紋様をみる。深紅の花びらが、幾重にも折り重なって血のような一輪の花を咲かせている。

 典子は何も言わなかった。両親からいかに祖母が大変な思いをしてきたのか、よく聞かされていた。たしかに、いろいろと素性を知られていることで不便さや不快感を覚えてはいたが、その祖母に面と向かって不満をさらけ出すのは傲慢だと、典子は自分自身に言い聞かせた。

 少女は唾を飲み込んでから言葉を探す。


「そ、そういえば、特秘能力者に指定されたのは何人いるんですか?」


典子の言葉を聞いて茜は微笑むと、再び口を開いた。


「今現在、日本ではあなたを含めて13人よ。」

「13人……」

「そう。登録された年代によって3つのグループに分けられ、それぞれ第一世代、第二世代、第三世代と呼ばれているわ。

 最初に登録された『ラセツ』『ヤシャ』『スサノオ』『タケミカヅチ』そして私、『アマテラス』の5人が第一世代と呼ばれる特秘能力者よ。彼らは皆『レジェンド』で、私以外は他界してしまったわ。

 そして、『カナヤマヒコ』『フウジン』『ワタツミ』『カグツチ』『アマツマラ』そして『ミヅハノメ』。この6人が第二世代のダイバーズ。

 最後に、結子ちゃんである『ツクヨミ』と、あなた『ククリヒメ』が第三世代よ。

以上が、現在登録されている日本の特秘能力者になるわね。」

「そうなんだ。……あの、ちょっと気になったんですが、今、おばあさま以外で一番強いのは誰ですか?」


孫の素朴な疑問に、茜はその微笑を崩さずに答えた。


「そうねえ。“強い”って一言にいってもいろいろだから説明が難しいのだけれど……。じゃあ戦闘能力、に絞ってみましょうか。第一世代のみんなは亡くなってしまったから、私以外の残り8人の中だと、一番強いのは――ええ『カナヤマヒコ』隊長かしら。それに『フウジン』もとても強いわよ。」


祖母の言葉に、典子は首を傾げる。


「『カナヤマヒコ』と『フウジン』?」





 大島は冷汗をかいていた。目の前に、いてほしくない二人の人物が立っている。

1人は中背の40代の男。凛々しく整った顔立ちに、綺麗に整えられた髭が印象的だ。そして、どんな闇よりも美しい黒の瞳が、大島をまっすぐ見据えていた。


「おひさしぶりです。大島隊長。」


その男は悠然たる声で大島に挨拶する。その姿と声からは、強者の余裕とでも言うべき優雅さがにじみ出ている。

 大島は不器用に笑顔を作ると、男に言葉を返した。


「ははは。そうですな。『ショッピングモール爆破事件』以来ですかな?『フウジン』――いや、草薙敦隊長。」

「ええ。そうですね。あれから『黒箱』との小さな小競り合いもあり、その対応に追われていましたから。」

「はは。現在日本No3の実力をもつと言われるあなたの手にかかれば、そのような雑魚ども、とるに足らんでしょう。」


草薙は口元を緩め、まるで星に語り聞かせるかのような穏やかな声で言う。


「そういわれるのは面はゆいですね。たしかにその実力を持っていることを否定はしませんが、名だたる歴代のダイバーズたちに比べればまだまだです。私はまだ『レジェンド』の誰一人も超えることはできていない。

 それを言うのであれば、こちらの『カナヤマヒコ』隊長の方がはるかに上ですよ。」

「……」


 大島は、草薙のいう人物を無言で見つめる。

一言で言うなら、そびえ立つ山。人を寄せ付けない荘厳な佇まいは、見ているだけで自然と頭を下げてしまいそうになる。しかも、その容姿は普通ではない。全身を分厚い枯葉色の甲冑で覆い、その顔には龍らしき紋様が描かれた仮面をつけている。2メートルをゆうに超える背丈は、充溢するそのオーラをさらに引き立たせる。その眼力はすさまじく、瞳が見えていないにも関わらず、まっすぐこちらを見据えているのが分かってしまう。

 大島はそんな『カナヤマヒコ』を見て、生唾を飲み込む。

これこそが『絶対的な強者』というものだと、肌を突き刺すような気迫が物語っている。



(誰一人としてその素顔を見たことはなく、男か女かもわからぬ謎だらけの人物『カナヤマヒコ』。

現在日本で『アマテラス』に次ぐ実力をもつと言われる、『土に関する能力』を有するウィザード。

 そしてこの『鎧』――『能力武装、岩山(がんざん)』。あらゆる武器も能力も通用しない、まさに不動の山のごとき鎧だ。現日本で“最長の『保存時間』を有するエーテル体”で構築されたその『鎧』は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

日本史上最強のダイバーズ『ラセツ』の後を継ぎ、軍の中でも選りすぐりのエリートが所属する第1隊隊長を務める現日本最強のソーサラーでもある――)



大島は再び視線を草薙に戻す。



(草薙敦。『レジェンド』の1人である『スサノオ』の孫、『フウジン』。現在『カナヤマヒコ』に匹敵する力をもつのはこの男ただ一人。『スサノオ』と同じく『風に関する能力』を有するダイバーズ。齢30にして特殊部隊第3隊の隊長に就任した実力者。『ツクヨミ』や『ククリヒメ』同様、最初からその素性を知られている特秘能力者であり、国内外からも人望の厚いダイバーズ。

 儂より20も下の男だが、決して軽んじてよい人物ではない。)



 大島は大きく息を吸い込み、二人に尋ねた。


「そ、それで、そんなお二人が何故このようなおいぼれの元に来られたのですかな?『蜘蛛柄女の召喚体』については、召喚者の特定も含め、もう少し時間がかかりそうなのですが……?」


大島の問いに、草薙が瞼を閉じて答える。


「いえ。今回はその件ではないのです。」

「……と、言いますと?」

「実は、以前からあなたの研究所には伺いたいと思っていたのですよ。」

「わ、儂の研究所に?」

「ええ。」


草薙は瞼を開け、鋭い視線を大島に向ける。

 大島は額にさらに汗をにじませた。第1隊から第7隊の構成メンバーは、ほぼ皆が『戦闘型能力』を有するチームである。そんなメンバーの頂点にたつ人物が、研究所に興味を示すのは普通ではなかった。


(何か、明確な目的がある。)


そう感じた大島は、作り笑いを浮かべ、さらに付け加えた。


「ははは、ご冗談を。このようなおいぼれの()()ごときに、興味を示されるとは。ここ、奥飛騨研究所は儂の研究所の他に、隣に天羽(あもう)研究所があります。そちらの研究施設の方が面白いかと思われますぞ。」


わざとらしく肩をすくめる大島に、草薙は笑って見せる。


「ははは。確かに、あそこには約60年近い能力研究の全てが管理されていますからね。京都研究所とともに日本で最初に創られた研究施設。今や資料を置いておくだけの倉庫代わりの施設ですが、実に興味深い研究資料などが詰まっている。ですが――」


草薙の顔から、笑顔が消える。


「今は、あなたの『研究』の方が“面白い”と思っているのですよ。」

「儂の――『研究』?」


大島の顔が、引きつった。

そして草薙はそれを見て心臓を射抜くように言い放った。


「ええ、『ホムンクルスの研究』をね。」



読んでいただき、ありがとうございました!

さて、1つお知らせがあります。


最近、わたくしのリアルが大変多忙になっており、毎日投稿できる余裕がありません。

そこで、今後このヒューマンカインドは『基本』毎週土日の2回更新としたいと思います。


楽しんでいただいている皆様には申し訳ございません。

今後も日々励んでいきたいと思いますので、なにとぞよろしくお願いいたします。


それでは、また来週皆様にお届けできるよう、頑張っていきたいと思います。

次回は来週土曜の零時更新予定です。


次回『特秘能力者 Ⅴ 『カナヤマヒコ』と『フウジン』(中)』


「いったい、何がどうなっている・・・・・・」

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