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ヒューマンカインド/Brightness of life  作者: 猫山英風
第1部 影を纏う者 ―第2章 “死”と“誕生”―
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第35話 特秘能力者(4) 焦り

今回は短めです!


『実験』が終わった少年は、斗真とともに一つの部屋に入れられていた。曇天のように黒い壁と天井は、彼らを押しつぶそうと迫ってくる。空気は冷え切り、指先はかじかみ、吐く息は白い。壁も床も氷のように冷たく、身体が凍てつきそうになる独房である。毎日寝るためだけに用意されたその部屋が、二人にとって唯一自由な場所だった。


「大丈夫だったかい?」


 斗真の心配そうな顔に、少年ははっきりと答えた。


「ええ。大丈夫です。」

「……ほら、汗を拭きなさい。風邪を引く。」


薄汚れた灰白色のタオルが、少年に差し出される。

だが、それを少年は受け取ろうとしなかった。


「――もうそろそろ、保存時間が切れます。新しく体が創られるので必要ないと思いますが。」


 少年はそういって、今にも絞り出せそうなシャツを脱ぐ。彼はそれをベッドのそばの籠に無造作に放り込むと、小さくため息をついた。

 と、彼の視界に暖かそうな布が入り込んでくる。少年がその布の先を見つめると、斗真が黙ってタオルを持っていた。


「……」


少年は無言でタオルを受け取り、体をふいた。柔らかな感触がその肌に触れると、少年の顔に少し明かりが灯る。

 斗真は、そんな彼の体をじっと見つめていた。少し太めの腕と足。胸板も彼が少年と初めて会った時よりも厚くなっている。彼の肉体は明らかに『成長』していた。



(この半年の間で体が新たに作り替えられるたび、少しずつだがその肉体が筋肉質なものへと変わっている)



それだけではなく、その背丈も少しずつ伸びてきているように斗真には思えた。



――成長する『召喚体』



 斗真は大島たちの言葉を思い出す。



(召喚体はダイバーズのイメージによって作られたもの。よって、その『イメージ』のみをもって創られる、言わば彫刻や銅像のようなものだ。銅像の背丈が伸びたりしないのと一緒で、『召喚体』は成長しない。

 少年を『召喚体』として言い張る大島たちは、この『成長』こそが、次世代の召喚体『ホムンクルス』の特徴などと言っているが、彼を『人間』として認めてしまえばすっきりする。

自分の成長した後の体をイメージできれば、自分の体を改変できる。それを自動的に行えるのは不思議だが……)



斗真は視線をテーブルへと向ける。



(そもそも、学習能力を有している時点で『召喚体』ではない。大島たちがいう『ホムンクルス』は『召喚体』などではなく、人間だ。

彼らは、自分たちが何をしようとしているのか理解していない。作っているのは『召喚体』なんかじゃない。『人間そのもの』を、作ろうとしている……)


「どうかしたんですか?」


 少年の言葉に、斗真は表情を和らげ、笑顔を返した。


「いや。なんでもないよ。少し考え事をね。」

「脱出の計画ですか?」

「ああ、まぁ、そんなところかな。」

「そうですか。――あの、斗真さん」

「なんだい?」


珍しく少年から話を切り出したことに、斗真は少し驚いた。たとえ、その話の内容が、中学生に似つかわしくないモノであったとしても、彼にとってそれは、少年の大きな成長として見えていた。


「あの――、やはり、ボクが脱出の足手まといになっていると思うのです。ボクは能力を大分扱えるようになってきては居ますが、未だ力足らずです。だから、とても申し訳なく――」

「いや、謝るようなことではないよ。それに、脱出できないのは相手が強すぎるという点が大きい。例え君が強くなったとしても、タイミングを見計らなければならないから、そう簡単にはいかないだろう。」

「――それでも、ボクは、ボクを許せないんです。」

「……許せない?」


その言葉に、斗真は一瞬冷たいものを背筋に感じた。


「もっと、もっと強く、ならないといけないんです。ボクは。」

「……」

「弱いままじゃ、能力を使いこなせないままじゃ――()()()()()()()じゃ、『人間』では、ありませんから……」

「……」




「もう大丈夫です。体は、()()()()()()()。」


 大分少年は自身の体の『異常な現象』に慣れてきているようだったが、それでも斗真にその姿を見せたいとは思っていなかった。彼にとってやはりその現象は、不快でおぞましい、耐え難い苦痛であった。未だ体に取りついた虫を振り払うように、突然体を震わせることもある。そして、彼は『前の』身体を見ようとはしなかった。

 『前の』体が崩れるたび、少年はそれを自分の視界に入らない暗闇へと放り込む。だが、部屋の隅に置かれた()()は、決して見てはならない呪いの人形のように、どうしても視線を誘ってくる。

 斗真の視線に気が付いた少年は、大きく深呼吸して言った。


「斗真さん。」

「なんだい?」


少年は、少し震える声で言葉を綴る。


「ボクは、この研究所から出たらどこへ行くんでしょうか?」

「――」

「家族は死にました。親戚はいません。

ならば、どこかの施設に預けられる、ということになるのでしょうか。」

「……」


 斗真は、その問いに答えることが出来なかった。

どんなに斗真が彼を人間として認めていたとしても、周りが彼を『普通の人間』としては扱うことはまず考えられなかったからだ。ほぼ確実に普通の施設には入れられないだろうと、斗真は考えた。そうなると、たとえここを脱出してもおなじような研究施設にいれられてしまう可能性が高い。人間としてそこで扱われたとしても、少年が『実験対象』になるのは目に見えていた。

 だから斗真は、彼のその問いにはいつも笑顔の仮面を被ってこういった。



「――大丈夫。脱出した後のことは、俺に任せてくれ。」





「なんだと?」


 大島の声が、部屋に響く。

その声に覇気はなく、何かに追われているかのような焦燥感がにじみ出ていた。そしてそれは他の白衣の男たちも同じだった。彼らは互いに顔を見合わせ、口々に今後どうするかについて話している。

 大島は再度ゆっくりとした口調で確認する。


「それはほんとうか?上杉。」

「はい。つい先ほど連絡がありました。明日、ここに――『カナヤマヒコ』と『フウジン』が視察に来ると……」


上杉は苦虫をかみつぶしたように答えた。大島は口に手を当て、その巨体を震わせ明らかに狼狽した様子を見せた。


「なぜだ。なぜこのタイミングであいつらがここにくる!」

「い、いかがいたしましょうか。このホムンクルス研究を知られるのはさすがにまずいのでは……」

「当たり前だ!!」


大島が上杉を怒鳴りつける。


「死んだ人間の脳を使っているとはいえ、白井のようにこの研究を非人道的だ、などと抜かす奴らはこの世界にごまんといる。そんな奴らの目に留まらないように、極秘裏に進めてきたんだぞ!?

あの『カナヤマヒコ』と『フウジン』に見つかったりでもしてみろ!即刻研究中止を言いつけるに決まっている!この40年に及ぶ儂の研究を潰させる気か!?」


大島は拳を振り下ろし、机をたたき割った。その様子に上杉を始め、他の男たちは身をすくめる。だが、大島には部下の様子など目には入っていない。彼はそこにはいない二人を睨み付け、怒りと焦りでその老顔を曇らせていた。


「なぜだ。なぜ、今ここに来る。現序列2位と3位の貴様らが――!!」


読んでいただき、ありがとうございます!

前回から一週間。うーん。間を開けすぎているけれど、リアルがやばいからどうしようもない・・・・・・


さて、次回は明日零時更新予定です!お楽しみに~


次回『特秘能力者 Ⅳ 『カナヤマヒコ』と『ふうじん』(上)』



「ええ、話してあげるわ。特秘能力者について――」

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