第34話 特秘能力者(3) 少年
斗真が奥飛騨研究所に来てから半年。
少年への実験内容は変わり、斗真は少年に戦闘技術についておしえていたが・・・・・・
風を切り、竹刀がぶつかる音が部屋に響く。
「遅い!そんな動きでは俺を打ち倒すことはできないぞ!」
身体の神髄まで響く檄が、背中から腹へと駆け抜ける。
「おおおおお!」
少年は竹刀を背中へと回し、鉄のように重いその一撃を受け止める。さらにその力を利用して体を回転させ、相手の右手首めがけて竹刀を払った。
「うまい!だが、体の重心がずれているぞ!」
一撃。
その力は狩りをする獣そのもの。少年を数メートル先へと吹き飛ばし、つけていた防具に亀裂が入る。横っ腹から波のように押し寄せる激痛は、次第に手足を麻痺させ、少年の戦闘能力を著しく奪っていった。
「っつ!」
倒れ伏す少年の目先に、竹刀の先が向けられる。
(彼は仁王立ちのまま片手で竹刀を払っただけ――)
その圧倒的な力の前に、少年は自分の非力さを噛みしめた。
「――まいりました。」
「これが実践なら君は死んでいる。まだ肩の力が入りすぎているね。それでは柔軟な対応はできないぞ?」
「――はい。」
少年は視線を落とす。すると男はその強張った顔を緩め、にっこりと笑った。
「いや、君の成長スピードは驚異的だ。半年前とは比べ物にならないくらい強くなった。筋もいいし、そのうち俺より強くなれるさ。勝輝君。」
「――はい。」
少年は斗真の手を取って立ち上がる。汗ばんだ手の強い熱が、斗真の体に伝わってくる。
「少し休憩しようか。」
斗真は穏やかに笑うと部屋の奥にある椅子に腰かける。少年はその隣に無言で座り、誰もいない真っ白な正方形の空間を、まるで幽霊を睨み付けるかのように見据えていた。
斗真が奥飛騨研究所に来てから約半年、2人は監禁状態にあった。一度たりともこの施設から出ることも、外部への連絡もすることは許されず、常に監視の目が光っている。彼等には一切自由はない。この『戦闘訓練』でさえも、大島が斗真に命じた“実験”であった。
少年への実験は、その内容をあのおぞましいものから有り様を変えていた。そのうちの一つが、戦闘技術の学習能力を見るものだった。大島の研究に加担することになるのは斗真にとって癪だったが、斗真はこれをチャンスととらえることにした。
(ここは敵地。少年を『実験台』にする悪魔の地だ。
ここから逃げ出すとなると、大島たちとの戦闘は避けられない。
そのためには多少無茶をしてでも、少年に『生き残る術』を教える必要がある……)
斗真は隣に座る少年に声をかける。
「さっきはすまなかったね。ケガはしていないかい?」
「ええ。大丈夫です。むしろ、手加減して頂く必要はありません。先ほども、5割程度の力しか使われていませんよね?」
「それは……いや、君をなめている訳ではないし、見くびっているわけではない。ただ、成長に合わせた適切な力で対応しなければならないというだけだよ。むしろ、本気を出しすぎているくらいだよ。中学1年生になる少年にこんな力を使うのは、本来ならば虐待行為にだからね……」
斗真は自身の拳を睨み付ける。
「――こんなことは、好ましい状況者ぁない。勝輝君、いつか必ず、ここから君を連れ出す。」
「――はい。」
「そうしたら、きっと友達にも会えるはずだ。」
「――いいえ、斗真さん。『友達』なんて、この世界には存在しませんよ。」
「……」
身体を切断するあの地獄の実験によって、少年はしばらくの間生気を失った人形のような存在になってしまった。斗真はそんな彼を献身的に支え、彼が人間であることを肯定しつづけた。その甲斐故か、半年がたった今、少年ははっきりと物を言うほどには人間味を回復させた。
ただ、斗真の支えは少年の人格変異も後押ししてしまっていた。
実験に依る精神への負担は絶大で、少年は自分が『人間であるため』に、以前の『吉岡勝輝』とは全く異なる考え方をするようになってしまっていた。その新たな人格を得た少年を『人間』として認めることは、その『人格』を、よくも悪くも確立させてしまっていたのである。
表情は乏しく、口調も変わり、まるで別人のようになった少年を見るたび、斗真は胸が張り裂けそうになった。これまで信じていた『友達』という概念を切り捨てて、『人間』として自身を確立させる少年の有り方に、義理人情に生きてきた斗真は異論を唱えたかった。だが、それに異論を唱えることは、少年にとって『人間』でないことを意味してしまう。故に、斗真は彼の言葉を、唇を噛んで聴き忍ことしかできなかった。そして何もできない自分の無力さを感じつつ、そう考えるしかなかったその状況を恨んだ。
だが、それでもなお、彼はことあるごとに『友達』という言葉を多用するようにした。
いつか、彼が、その言葉の意味を取り戻せることを願って。
「勝輝君、能力の調子はどうだい?」
斗真は話題を変え、少年の反応を待った。少年は無言で右腕を前に出し、意識をその掌に集中させる。
彼の意識が集中してくるのと同時に、その手の先から赤い稲妻がほとばしる。そしてその稲妻は腕全体に広がり、静電気のような音を立てて弾けた。
「っ!」
少年は顔を歪ませ、自身の腕を抑える。
「やはり、出力を上げると反動がある、か……」
斗真は顎に額に指をあてて考え込む。
(彼の能力はどうやら『エーテルに入力された情報を抹消する力』であるらしい。話に聞いただけだが、上杉の召喚体を一撃で霧散させたという。
『ダイバーズに関する10原則』では、エーテルに入力された情報に第三者が干渉することはできないといわれている。その例外として知られる能力は世界にたった一つ。『エーテルに入力された情報を上書きする能力』――『侵食能力』だけだ。そしてこの能力の対象はエーテル体に限られる。故に、創造体にまで干渉できる彼の能力は、おそらく人類初の能力になるだろう。)
これは非常に強い『武器』になると斗真は確信していた。創造体を構成して戦うソーサラー相手なら無敵である。もし彼がこの力を使いこなせるようになれば、相手がエーテルに干渉すること自体を無効化できるようになると、斗真は考えていた。そうすればウィザードやアルケミストが、能力を行使することを防ぐことも可能となる。
斗真は目を閉じて頭の中をさらに整理する。
(現状、最大の敵は特秘能力者『アマツマラ』である大島大輔だ。彼の能力は物質の形状のみを変化させる『形状変化』。さらに『複合創造』という創造体を創りだすソーサラーでもある。アルケミストとソーサラーの『ダブルクラスダイバーズ』を相手にするとなると、脱出には彼の能力上達が一番現実的だ。
だが――)
斗真は少年を一瞥する。
(彼の能力は、創造体である自身の体にも影響が出ていることが、最大の問題だ。ダイバーズの『疲労』による現象の1つなのかもしれないが、それでも“今の出力”では実戦で訳に立たない。相手の能力の出力に気圧されるのがオチだ。
なんとか出力を上げた状態で、少年自身に影響が出ないようにしなければならないが……)
斗真は腕を組んでうなって言う。
「ウィザードの能力は、アルケミストやソーサラーと違って『イメージ』するのが極端に難しいというデメリットがある。
まぁ、簡単に言えば、非常に扱いにくい能力ということだ。
どのダイバーズも同じではあるが、『イメージ』するには自身の能力が何であるかを、十分に理解していなければならない。
だが、君の能力は……その、とても優れている。他のダイバーズを凌駕するものだ。
その原理や特徴を理解するのは、普通の力よりもとても難しい。せめて君と同じウィザードのダイバーズに教わるのが一番良いのだが……」
斗真の能力『疑似回復能力』は、エーテルで作られた細胞、即ち創造体を形成するソーサラーに分類されるものだった。
それがあってか、斗真は少年に能力の使い方をうまく教えられないでいた。
根本的に、『イメージ』の仕方が違う。
少年の能力の師範としては、自分では不十分と斗真は感じ取っていたのだ。
(だが――)
斗真は少年を一瞥する。
(――彼の成長速度は、常軌を逸している。)
少年の学習能力は、常人のそれではなかった。特に戦闘能力は桁外れであった。
剣術や戦闘術は一長一短では身につかない。だが、彼はこの半年で斗真が教えたすべてをマスターしてしまっていた。先ほどの戦闘訓練しかり、彼は既に特殊部隊のそれとおなじだけの能力を有している。
それだけではない。彼は一度見聞きしたものを瞬時に理解した。戦闘機の仕組みや操作方法を一日で記憶し、マスターする。それは、中学に上がる少年とはとても思えない芸当であった。
斗真にとってそれは脱出の予定が早まるという点においては喜ばしいことだったが、同時につい不気味さを覚えてしまっていた。
まるで、最初から全て習得していたのではないかと思うほどの成長速度。
明らかに人間の行為を逸脱するその能力を見て、目の前にいるこの少年は「本当に人間なのか」と思わずにはいられなかった。
そして斗真はそれを考えるたびに、首を横に大きく振り、頭からその考えを放り出した。
「大丈夫。必ずうまくなるさ。」
「――ええ。必ず。」
少年はその視線を足元に落とし、歯を噛みしめた。
少年が感情の断片を見せるのは能力に関することだけになっていた。彼が『召喚体』と『自分』の違いを明確に視認できるのは、この一点においてほかはない。
召喚体は能力を使えない。
能力を使えるということが、少年にとって最も分かり易く『自分が人間であること』を認識させていた。たとえ大島や上杉がそれを『能力』として認めていなくとも、これを『能力』として認める斗真がいたことが、さらに大きな重みを持たせている。
故に、少年にとって『能力の向上』は非常に大きな意味を持つ。少年はそれを望み、毎日欠かさず鍛錬を行った。 己が人間であることの証を示すために。
二人の間に流れる小さな沈黙を破って、けたたましいブザー音が部屋に鳴り響く。そして、それと同時に白い壁の一部がパカリと蓋を開けるように開き、一人の男が現れた。
「時間だ、ホムンクルス。ついてこい。」
◇
四畳半ほどの真っ白な部屋。天井や壁といった立体感を感じさせないほど異様な純白さのあるその部屋に、少年は一人立っている。この部屋には一ヶ所だけ壁をくりぬくように窓がつけられており、その向こう側には壁と同じような白い服を来た男たちが機械の前に座っている。そして、彼らの中心には決まってあの悪魔が鎮座していた。
「それでは、第113回目のホムンクルスの『効果』実験を行います。」
味気ないアナウンスが、白い世界に響く。そしてそれと同時に、少年の立っている側とは反対の壁から、一本の刀が現れた。
波打つ白刃、大きく反りあがった短めの日本刀。LEDの光がその鉄の冷たさをより一層引き立たせている。
「よし、実験開始だ。ホムンクルス、その刀を『壊せ』。」
乾いた言葉が部屋にこだまするのと同時に、腕に赤い稲妻をまとった少年が、その刀に向かって殴りかかった。
だが少年の肉体が刀に触れることはなく、その光によって刀は瞬時に霧となって掻き消えた。
「『効果』発動から3秒。接触から0.52秒。複合創造体の消失を確認。」
「残留エーテル、なし。創造体は完全に消失しました。」
白衣の男たちの報告を聞いて、上杉が大島に言う。
「以前より格段に速くなっていますね。」
「うむ。パーツごとの創造体破壊速度はどうなっている?」
大島が機械の前に座る男に尋ねる。
「ほぼ全て同時です。第54回の実験までは触れた創造体だけを破壊していましたが、今や連続した創造体だけでなく、部分的に分かれた創造体も同時に破壊できるようです。」
「そうか。では、次をだせ。」
「了解。」
少年の前に、またも同じ刀が現れる。
「ホムンクルス、今度は『刀身の形状』を破壊しろ。」
その指令が飛ぶや否や、少年は右手でその刀身を握り潰すように持つ。だが、その刀身は彼の手を傷つけることはなく、柄の上に砂鉄の山を築き上げた。
それを見て、男たちの中で歓声が上がる。
「これは何度見ても興奮するな。」
「『刀』という形状だけを破壊し、『鉄』としての情報は残したままになる――」
「それは、“エーテルに入力できる『情報』には『種類がある』”ということの証明ですね!隊長!」
隊員の言葉を聞いて大島が不敵に笑い、うなずく。
「エーテルに入力される情報が、“『形状』とその『構成材質』の2種類である”という可能性は随分前から指摘されていたが、こいつのおかげでそれを立証することができそうだ。まあ、まだ分からないことは多いがな。」
大島の言葉に、上杉がさらに付け加える。
「アレはエーテルに入力された情報を、どのように消去するか自分で選択できるようですね。」
「ああ。まったく、奇怪な『効果』を召喚体につけたものだな。」
騒がしい隣の部屋を無視し、少年は崩れた刀を見下ろす。
(そうだ、こんなにも簡単に『創造体』というものは崩れ落ちる。再生しない。
また新たに誰かが創らない限り、コレはここに存在しない。ただの物だ。)
さげすむように刀を見る少年に、また新たな指令が下された。
「ホムンクルス、次の創造体を破壊しろ」
『ホムンクルス』。
その響きに、少年は吐き気を覚えていた。
だが、そのたびに斗真の言葉が心の奥底から自分に訴えてくる。
――見失うな、自分を。君は、吉岡勝輝だ――
(そうだ。
たとえ彼らがどんなに自分を人間として認めていなくても、ボクは人間なんだ。
彼等はこれを『効果』として、かたくなに『能力』とは認めようとしないが、それは間違いだ。彼らはボクを実験台にしたいがために、ただそうやって言い張っているにすぎないんだ。)
部屋の中に、甲高い機械音が響く。
(彼らが何者かは知らないが、とにかく『敵』であることには間違いない。
斗真さんが言うには、今はまだここから逃げ出す『力』がないらしい。だからその『力』が身につくまでは、ここで耐えるしかない。
でも、幸いこの『実験』では能力が使える。この能力を使いこなせるようになるために、ボクはこの『実験』を利用する。)
少年は額に噴き出す汗をぬぐい、身構える。
(そうだ。何を恐れる。
次に出てくるその『創造体』が何かは、100回を超える実験で既に予想はついている。
何を、焦る必要がある。
何を、恐怖する必要がある。
この『実験』を、恐れる必要なんてどこにもない。
だってそうだろ?なぜなら――)
対側の床がせり上がる。それを見て、少年は大きく息を吸う。
(ボクには、能力がある。
能力を、使うことが出来るダイバーズだ。
それは、人間である証だ。
この『実験』は、ボクが人間であることを証明してくれる。
ざまぁみろ。
お前たちがやっていることは、ボクを人間として認めているんだぞ。)
せり上がった床が、その動きを止めた。
少年は再び汗をぬぐい、そして腕に力をこめる。
そうだ。ボクは――
少年の前に現れた『モノ』。
それは、一匹の『猫』だった。
――『召喚体』とは、違う。
白い部屋が、赤い稲妻で満たされた。
読んでいただき、ありがとうございます!
ちょっと長い説明があって読みづらくなってしまったか・・・・・・(^^;
さて、少しお知らせがあります。
実は私のリアルが大変忙しくなっており、執筆が遅れております。
今後第一章最終場面を迎えるにあたり、なるべく全体を作り上げてから投稿したいと考えています。
次話は既に書き上がっているのですが、まだ最終部分がかけていません。
つきましては、その終盤の執筆次第で次回の更新が明日零時か、来週の土曜日零時どちらかにしたいと考えています。
どうなるかはTwitter等で報告いたしますが、よろしくお願いいたします。
それでは次回『特秘能力者 Ⅲ』お楽しみに!
『なぜだ。なぜ、今ここに来る。現序列2位と3位の貴様らが――!!』




