第33話 特秘能力者(2) 動き出した狼(後編)
※2019/07/03 長文となってしまったために、分割してできた新しい話になります。
「あ、そうだ。」
突然、結子が思い出したように宗次に言う。
「すっかり忘れて帰るところだった。ねぇ、宗次君。ニュース、見た?」
「ニュース?」
結子は部屋の隅に置かれていたテレビの電源をつけ、チャンネルを切り替える。目的のものが映し出されたのを見ると、結子は首を傾げる宗次に画面を指さした。
「これよ。」
「?」
宗次が画面を見ると、そこには一人の女性が街中でマイクをもってリポートしている姿が映し出されていた。彼女の背後の奥には、ブルーシートで覆われた家が見えている。
「「はい。こちら現場からお伝えします。本日昼13時頃、横浜の住宅街で、一人の男性の遺体が発見されました。ええ、見えますでしょうか。いまわたくしの背後に見えているブルーシートがかけられた家が、遺体が発見された現場になります。」」
「「被害者の死因は何だったのでしょうか。」」
「「はい。遺体は手と足が切断された状態で発見されており、警察によると死因は出血によるショック死だと思われるとのことです。」」
「……これがどうかしたのか?」
「警察は情報を公開していないけれど、この事件の犯人は、既に目星がついているわ。」
「それは大分早いな。事件発覚から12時間も経っていないのに?どうやって突き止めたんだ?」
宗次の問いに、結子は静かな声で言った。
「遺体に、特徴があったのよ。」
「特徴?」
「ええ。額に、『狼の焼き印』が押してあったそうよ。」
「何!?」
宗次が驚いて思わず手に持っていた資料を落とす。
「『狼の焼き印』を額に押し付けるのは、たしか裏切り者に対する報復の印として、『銀狼会』が行っていたはずのものだ。それがあるということは――」
「犯人は、『銀狼会』の人間ってわけだな。」
宗次の言葉を遮り、図太い声が部屋に響いた。
「長嶋隊長!!」
「よっ久しぶりだな、宗次。」
部屋に入ってきたのは、鍛え上げた肉体が服の上からでも視認できる巨漢の男。特殊部隊第6隊隊長、長嶋王司であった。
宗次はベッドから立ち上がり、長嶋に敬礼する。
「おいおい、やめてくれよ。病人に立たせた挙句、敬礼させたなんて言われたら、まーた部下にパワハラ扱いされてしまうじゃないか。」
長嶋はわざとらしく肩をすくめる。それを見て宗次は笑い、敬礼を解いて言った。
「ははは。ではこれからは新人教習の時のように『鬼教官』とお呼びしましょう。」
「ええっ。そいつはやめてくれ。俺は『鬼』って柄じゃないんだよ。あれは演技演技!お前たちを鍛えるためのな!」
白い歯を見せて、長嶋は笑う。
「それで、どうして長嶋隊長がこちらにいらしたんですか?」
「おお。それなんだがな。」
長嶋は一言咳払いすると、まっすぐ宗次を見る。
「このテレビでやってる事件を即刻解決せよと、お達しが上から下ってな。それを、うちの隊とお前たち二人で担当することになった。」
「第6隊が担当するだけでなく、僕と結子も、ですか?」
宗次が少し不思議そうに言うと、その疑問に結子が答えた。
「今回の事件の容疑者は、あの『双狼』なのよ。」
「『双狼』……。なるほど、そういうことか。」
宗次が目を細める。『双狼』は23人の犠牲を出した凶悪な2人組の犯罪者だと言われているが、その素性は分かっていなかった。おそらくその素性を明かすため、諜報部隊のメンバーである自分たちに声がかかったのだと、宗次は理解した。
「つまり、僕たちがその素性を調べ上げればよいと、そういう訳ですね。」
「ああ。退院してすぐに取り掛かってもらうことになってしまうが、よろしく頼む。」
「了解しました!」
宗次の毅然とした声が、部屋に響く。
それを聞くと、長嶋は砕けた表情をして言った。
「いや、しかし、お前たちがともに戦ってくれるなら百人力だ。うちの隊だけじゃ『双狼』を捕まえられるかは五分五分だからな。」
「ははは。確かに、結子がいれば一個中隊くらいの戦力になりますよ。なにせ、僕を『犬』のようにあしらってみせますから。」
宗次はそういってニヤリと結子を見る。
「ほほう。さすがは特秘能力者『ツクヨミ』。武道の新人試合で1位をとった宗次を、犬っころ扱いとは。その実力、楽しみだな。ははははは!」
「ちょっ!やめてよ、宗次君!それさっきの話!それと、長嶋隊長もからかわないでくださいよ。」
結子は顔を赤らめ、慌ててそれを否定する。
「しかし、実際それくらいの戦力がほしいのは確かだ。」
長嶋は急に顔を引き締まらせ、資料を宗次に渡す。
「既に知ってはいると思うが、一応目を通しておいてくれ。これまで分かっている『双狼』の情報だ。12年前のあの横浜事件で、てっきり死んでいたと思われていたから、あまり最新の情報は無いが。」
「23人の犠牲者を出した二人組の殺人鬼。そのどちらも『能力武装』の使い手……か。」
宗次のつぶやきに、結子もうなずく。
「『能力武装』。エーテル体で作られた『鎧』を体に纏う能力技術の1つよね。『複合創造』よりかは難易度が低いけれど、それでもそれを行えるダイバーズは少ない。特殊部隊では第1隊隊長の『カナヤマヒコ』隊長と、長嶋隊長しかいないもの。相当な実力者であることは確かだわ。」
「それだけじゃない。『双狼』のうちの1人は『手刀』と呼ばれる力をも持っている。今回の事件で手を下したのは、この『手刀』もちの奴だろう。被害男性の遺体を見たが、切り口が鮮やかで的確に急所を狙っていた。剣術の腕前も相当なものであることは確かだ。」
宗次は長嶋に質問する。
「そうなると、もう一人も何か別の能力を有している可能性を考えた方がいいですね。ここにある資料には手掛かりがありませんが……何か他に情報はありますか?」
「いや。ないな。これまで『双狼』の起こした殺人の死因は、そのほとんどが『手刀』に依るものだった。だから『もう一人』に関しては何も分からない。特殊部隊と戦闘になったことも数回だけ。『能力武装』を使っている、ということしか分からん。」
「そうですか……」
宗次の言葉に同意するように、長嶋は肩をすくめる。
そしてそんな長嶋に、結子が口を開いた。
「長嶋隊長。少し気になっていたのですが、確か最初、この任務には第4隊と第7隊も参加する予定でしたよね。何故急に2つの隊は外れたんです?」
結子の質問に、長嶋も困った、というようにため息をつく。
「ああ。それがな、北海道で『黒箱』の不穏な動きがあるという情報が上がっていたのは知っているだろ?」
「ああ、石倉さ――石倉隊長が1か月ほど前に調べ上げた案件ですね。北海道研究所への強襲、でしたっけ?」
「そうだ。それだ。最初は第2隊だけが対応していたのだが、それだけでは不十分とあの隊長が申告してな。第4隊、第7隊が急遽向かうことになったんだ。」
それを聞いて、宗次はうなる。
「全3隊で挑まねばならないほど危険なダイバーズ、か……」
「そうね。おばあちゃ……『アマテラス』は、この『双狼』を大分危険視しているみたいで、早急に対処するべきだと進言したのよ。まぁ、その実力が脅威的だってのは以前から分かっていたから、3隊くらいの戦力は必要なんじゃないかしら。」
平然といってのける結子に、宗次は苦笑する。
「いや、まてまて。特殊部隊が複数出撃する事態なんて、“国家を揺るがすレベルの敵”だろ。
そりゃ特秘能力者である君からみたらそれくらいで済むかもしれないが、俺たちはそんなスゴイ力は持っていないぞ。どうやって当初の三分の一の戦力で戦うんだ?」
「えー、私がいれば一個中隊ぶんの戦力になるんでしょ?」
結子のいたずらな笑顔をみて、宗次は笑えないと肩を竦める。
そして、同じく戦力不足を認識している長嶋は、神妙な顔つきで言った。
「まあ、『ツクヨミ』の能力には期待しているが、他の隊の助力を得られないのは正直きつい。
第1隊と第3隊は『極秘任務』とかでいないし、安藤隊長ひきいる第5隊は日本海沖で隣国の密輸業者の摘発中。
吉野隊長の第8隊は、現在愛知県に『黒箱』のメンバーが潜伏しているという情報を得て確保に向かっている。
第9隊はその第8隊とさっきの北海道の情報整理とで、お前たち以外出払っている。
第10隊に至っては、あのショッピングモール爆破事件の『蜘蛛柄女の召喚体』についての解析が急務とされて、研究所から出てこない。」
長嶋は大きくため息をつく。それを見て、同意するように宗次は言った。
「『カナヤマヒコ』『フウジン』『ワタツミ』『アマツマラ』……“第二世代の特秘能力者”の三分の二が隊長にいるというのに、その誰一人として手を貸してもらえない……か。
これはかなり厳しい戦いになりそうだな。」
珍しく顔に影を落とす宗次を見て、結子の胸は締め付けられる。胸に刺さった棘は、未だに彼女から抜けていなかった。
――約束したじゃない。守ってくれるって。
守ってくれないなんて、あなたは、あなたなんか――
「家族じゃない、か――」
「……結子?」
彼女の小さくおびえたような言葉を、宗次は聞き取れなかった。
そして、眉をひそめながら自分を見る宗次に、結子は大げさな笑顔を作る。
「だぁいじょうぶだって!あんたは――家族は、私が守ってあげるから。」
読んでいただき、ありがとうございました。
このような大改修をしているため、だいぶごちゃごちゃとご迷惑をおかけしております。
大変申し訳ない!!
次回「第34話」は、「第33話」として過去に投稿したものになります。※未改稿(2019/07/03)




