第29話 トモダチ
ちょっと遅れましたが、よろしくお願いいたします!
氷河のような冷気が少年を襲う。扉の向こうからやってきたその冷気は、自分の手足をしっかりとつかんで引きずり込もうとしている。
「これでようやくわかったか。お前は人間ではない。」
巨体を揺らしながら、その老人は言った。彼は悪魔のような笑みを浮かべ、その言葉を繰り返す。
「おまえは、次世代型召喚体『ホムンクルス』。この先の未来を変える存在だ。」
少年の目に、カプセルに入れられた『人』が映った。
蝋人形のような白い肌をした『人』が、目を閉じて緑の液体の中で浮かんでいる。
その姿は、まるで溺死体のようだった。
「召喚体は命などではない。故に、お前は命ではない。」
彼らの顔が、少年に迫ってくる。
「お前はモルモットですらない、『実験道具』。我ら人間の未来を切り開くための、ただの道具だ。」
少年は何か分からないおぞましいモノに、自分が取り込まれてしまう気がした。
少年の『脳』が、叫ぶ。
それは『嫌だ』と。
自分が召喚体だと言うのなら、目の前にあるあの『死人』と同じということになってしまう。
あの、両親を殺した『獅子』と一緒になってしまう。
そして何より、智也のいうように、自分が本当に『吉岡勝輝でない』モノになってしまうと。
少年は、決して、『それ』にはなりたくなかった。自分は死人ではないと。両親を殺した存在と一緒ではないと。
自分は吉岡勝輝。化け物ではないのだと。
少年はその恐怖から逃れるために、そして自分が『吉岡勝輝』であると信じるために、震える声で、今出せる全力の声で叫んだ。
「――ちがう!」
「何?」
「ボクは、ボクは、ホムンクルスなんかじゃない――ボクは、人間だ!」
大島は大きくため息をつき、憂鬱な顔をする。
「まだいうか。道具の分際で、よくもまぁペラペラとしゃべるものだ。だが、いくらでも説明してやろう。
その思考する脳すらおまえは創造体。創造体であるお前は、体の崩壊とともにその脳も崩壊している。脳の崩壊と再生が同時に行われているため、お前はそのように思考できるのだろうが、お前は常に『30分前のお前』ではない。そんな『化け物』が、『吉岡勝輝』なわけがなかろう。」
「ちがう!ボクは吉岡勝輝だ!」
「それこそ間違っている!お前は『吉岡勝輝』の情報をコピーしただけの召喚体!
そんな存在が、命だと?笑わせるな。我々ダイバーズは、人間はそのような『化け物』ではない!」
「ちがう!」
少年は叫んだ。その震える瞳を大島に向け、力の限りその言葉を叫んだ。
「ボクは、人間だ。吉岡勝輝だ!ホムンクルスなんかじゃ――『化け物』なんかじゃない!」
大島は明らかに苛立っていた。大島にとって“道具であるはずの『少年』”に、わざわざこのような説明をしていたのには理由があった。『少年』が『自分が人間でないと自覚する』という結果を、この大男は望んでいた。だが、その『理由』に反して、結果は大島の思うところに行きつかなかった。
大島は鼻から大きく息を吐き出し、手に刀を創り出す。
「まったく、手間がかかる道具だ。儂に再び『複合創造』を使わせるとは。」
「ちがう。ボクは、道具なんかじゃない!」
少年は近づく老人に向かって叫ぶ。先ほど自分を斬りつけた刀が、迫ってくる。
「痛みだって感じる!考えることだってできる!思い出せないのは――まだ治っていないからだ!」
「まったく、こんな自分のことを認識できないような召喚体では話にならんぞ。
だから分からせてやろう。お前が召喚体であるということを。
お前の首を切り落として、な。」
「!!」
少年の顔に恐怖が宿る。
「人間は首を切り落とされれば死ぬ。ダイバーズもそうだ。
だが、召喚体は違う。
召喚体は、情報を保存している時間が切れた時に崩壊するのだ。
貴様は召喚体。たとえ、首だけになったとしても、『吉岡勝輝』の情報が残っているならば残り続ける。しかも、お前は自己修復機能を持っている。その状態から自分の体が再生される様を見れば、否が応でも人間でないことを認めねばなるまいて。」
少年の前に、黒く輝く刀が現れる。
この刀が振り下ろされたとき、自分は『死んでしまう』と、少年は確信した。
「――いやだ!」
「お前は召喚体。ホムンクルス!
それを、今、ここで!はっきりと分からせてやる!」
少年は身を守るように、両腕を顔の前に出した。
(なんでもいい。どんな手段でもいい!
その刀が、自分の首に振り下ろされる事だけは、阻止しなければならない!)
「いやだ!」
その少年の叫びとほぼ同時だった。
赤い稲妻が、少年とその刀の間にほとばしった。
「何!?」
大島は目をむいて少年を見る。
さっきまで握っていたはずの刀が、そこにはなかった。少年の腕から放たれた赤い光が、刀を飲み込んだその瞬間、刀は一瞬で霧散していた。
「!?」
大島は未だ光を放つ少年から大きく飛び退く。
「今のは……」
「そんな、ばかな!」
その様子を見て叫んだのは、大島ではなく上杉だった。
「今のは、まさか『能力』なのか!?いや、ありえない!召喚体は『能力』を使えない!
どんなダイバーズであろうと、召喚体に付与できる効果は『性質』であって能力じゃない!異常な身体的な強化や硬化はあっても、他者にその効果は付与できない!」
驚き叫ぶ上杉だったが、彼だけでなく、少年自身も驚いていた。
「これが――能力?」
少年は自分の手をまじまじと見つめる。
未だに、赤い稲妻が両腕からほとばしっている。
自分でも、一体なんの能力なのかは見当もつかなかった。ただ、老人の刀を消し飛ばしたことから察するに、今自分の身を守ることが出来るものであることは確かだと、少年は考えた。
これまで持つことがなかった『能力』を手にした少年は、すぐに逃走に出た。
ここにいては、『自分』が『自分』でなくなる。人間であるはずの自分を、召喚体などという彼らの元にいることは、危険だと少年は判断した。
「あっ!」
上杉が声を上げたそのときには、少年は既に階段の手すりに手を伸ばしていた。
その小さな足で階段を踏みしめ、全速力で駆けあがる。
大島は駆け出す少年を見て慌てて叫ぶ。
「上杉!『黒武者』でこいつをとらえろ!」
「っ!了解!『黒武者』ァ!」
上杉の叫びとともに、少年の行く手にあの『黒い鎧』が現れる。
「っ!」
少年はそれをみて一瞬立ち止まったが、すぐに腕を突き出して走り出した。
(今なら、逃げられる――!
思い出せ。思い出せ!あの、刀を弾き飛ばした感覚を!)
「う、おおお!」
眼前の恐怖を、背後の恐怖で押し退けながら、少年は駆け上がる。
自分の体ほどもある黒い腕が、迫ってくる。
そして、その腕が自分に触れるその瞬間、少年は叫んだ。
「消えろ!」
「はぁ!?」
上杉は思わず間の抜けた声を上げた。それもそのはずで、とらえようとしたその『黒武者』の腕は、スプーンでくりぬいたようにきれいに消えていた。『黒武者』にあったはずの右腕は既になく、そこには雪のようにきらめく青い光が漂っている。
「しょ、召喚体ですら、破壊できるだと!?」
上杉の叫びに、少年は目を見開いて『黒武者』を見る。
「これが――召――喚体?」
少年の脳裏に、あの老人の叫んでいた言葉がよぎる。
お前は『召喚体』だ、と。
(だとするならば――
ボクは、これと同じだというのか――)
少年は顔を引きつらせる。
(ちがう。こんな、こんな簡単になくなるものと、自分は一緒じゃない。
中身のない、亡霊のような人形なんかじゃない!)
「っ!何をしている!『黒武者』!その召喚体をとらえろ!」
上杉は自分の召喚体に怒鳴りつける。『黒武者』はその言葉の意味を理解したのか、機械のように、ただ再び残っている左腕を少年へと伸ばした。
――ただの、道具――
老人の言葉がありありと蘇る。
確かに、少年から見ても目の前にいる『黒武者』はソレだった。
自らの意志を持たない機械仕掛けの巨大な人形。
ロボットのようだと、少年は感じた。そう思うと、少年の中で何かがはじけた。
(絶対に、違う。
この『召喚体』と、自分は同じじゃない――!)
怒りに似た感情が、少年の中で湧き上がる。
こんなものと、自分は一緒じゃない。その思いが、少年の足を前に進ませた。
「――ちがう!ちがう!ボクは、これと同じなんかじゃ――ない!」
少年の叫びとともに、赤い稲妻が洞窟中に走る。けたたましい感電音とともに、放たれたその光は、少年の目の前の『召喚体』を、一片残らず霧へと還した。
(――いける。逃げられる。)
少年は召喚体の残滓のような蒼い光の中を走りながら感じる。
この『能力』があれば、あの悪魔たちから逃れられる。
自分を『道具』だと、『召喚体』なのだという意味不明な発言を繰り返す彼らの手から逃れることが出来ると。
「――!?」
そう、思った時だった。目の前の扉に手を掛けた瞬間だった。急に少年はバランスを崩し、扉の前に倒れ伏した。
「なんで――」
少年は足元を見て目を見開く。そこには、つまずくようなものなどなかった。そこにあったのは、自分自身から離れた、『右脚』だった。
「保存時間が切れたな。」
階段のその最上階から、少年は悪魔のいる空間を見下ろす。
大島は髭を撫でながら、ニヤリと不敵な笑みを浮かべている。
「こ、こんなことで――」
少年は這いつくばいながら扉に手を伸ばす。
その時だった。
「『形状変化』」
地獄の底から響くような低い声が、少年の耳を支配した。それと同時に、少年は奇妙な浮遊感に襲われた。まるでジェットコースターに乗っているかのような、全身に鳥肌が立つような浮遊感を。
「あ――」
少年は、階段が自分を弾き飛ばしたように思った。
先ほどまでただの鉄の板であったソレはうねり、少年の顔を強く打つ。そして少年が痛みを自覚したときには、彼は空中へと放り出されていた。
「なに、あれ――」
赤黒い階段が、大きく湾曲している。
階段は手すりを広げ、まるでムカデのようにその『体』をねじらせ、少年に向かって飛んできた。
「!?」
少年は空中でなす術なく、その階段にとらわれる。
冷たく硬い鉄の感触が、体を締め付ける。『手すり』をまるで足のように広げたその『ムカデ』は、少年をその体で締め上げて老人の前に蜷局を巻く。
「こ、こんなもの!」
少年は自身を締め上げる『ムカデ』に対し、赤い稲妻を走らせる。
だが――
「な、なんで壊れないの!?」
何度赤い稲妻を走らせてもその『ムカデ』は霧散しなかった。動くことはなくなったものの、依然として少年を拘束している。
暴れる余地すらなく締め上げられた少年を見て、大島は笑いながら近づいてくる。
「ふん。2回も見ればその特徴くらいわかるわい。
どうやらお前は『創造体』を破壊するだけで、『実際の物質』は破壊できないようだな。これは『階段』だ。お前が、破壊できるわけがない。」
そして大島はその巨体を震わせ、怒りをあらわにして叫んだ。
「この儂から、逃げられるとでも思ったのか?この、召喚体ごときが!」
「ぐあああああああ!!」
『ムカデ』が再び動き出し、その体を締め上げる。
「なめるなよ、召喚体。
儂は特秘能力者『アマツマラ』!物質の形状を自在に変化させる、『形状変化』の使い手だ!
この国に13人しかいない、選ばれしダイバーズが一人!!
その儂に、貴様ごとき『道具』が勝てるとでも思ったか!!」
大島は声を落とし、少年に歩み寄ってくる。
「そして、この国で4番目の、『複合創造』能力者だ。」
少年はその老人の手に持つ物に戦慄した。
その手には、先ほど破壊したはずの刀が握られている。
「――や、やめろ」
どす黒い刀身が、少年の身に迫る。
「さて、先ほどの続きだ。」
少年は必死で体を動かそうとする。だが、その体は言うことも聞かず、それどころか肩から腕が、顔から右目が、ポロリと落ちていく。
更なる不自由に陥った少年は、おびえ切った顔を老人に向ける。
「や、やめろ――ボ、ボクは、人間だ。人間、なんだ!」
「いいや、貴様は召喚体。これから、それを証明してやる。」
少年の前に、悪魔が立つ。
「ち、ちがう――」
悪魔の瞳が、少年を見下ろしている。
「や、やめ――やめて――」
黒い刃が、振り上げられる。
「お前の、首を――」
「いやだ――いやだ――」
刃が、光る。
「斬りおとす!」
いや――
◇
◇
激痛の静寂。
少年は、その痛みをそう呼んだ。
ありとあらゆるすべての苦痛を詰め込んだものが、一気に脳に押し寄せる。
あまりの激痛に脳は受け入れることを拒否し、逆になにも感じることができない。
その真黒で真っ白な世界で、少年は声を聴いた。
お前みたいな化け物、友達なんかじゃない
違う――ボクは、人間だ
少年はその声に向かって叫んだ。
違う!ボクは、化け物なんかじゃない。
少年は叫ぶ。誰もいない無の世界で、力の限り叫ぶ。
それでも、その言葉は少年に降り注いだ。
お前みたいな化け物、友達なんかじゃない
お前みたいな化け物、友達なんかじゃない
お前みたいな化け物、友達なんかじゃない
お前みたいな化け物、友達なんかじゃない
お前みたいな化け物、友達なんかじゃない
お前みたいな化け物、友達なんかじゃない
違う、違う違う違う違う違う違う違う違う
もう一人の自分が、問いかけてくる。
じゃあ、今の自分を、見てみろよ。
「――あ、あああああああああああああ」
少年は地獄を見た。
鏡に映し出された、自分の姿を。
気管の見えた喉。
心臓のない胸。
左半分しかない肺。
血肉がむき出しの内臓。
手足どころか、下半身が全くない。
直感する。
化け物じゃないか
少年は無い身体を必死で震わせた。
違う!これは違う!!
ボクは、化け物なんかじゃない。
違う違う違う違う違う違う違う!!!
もう一人の少年が、ひどく落ち着いた声で尋ねる。
じゃあ、なんで智也は化け物だと言ったんだ?
知らない!そんなの知らない!ボクは、化け物なんかじゃない!
いや、化け物だ、ともう一人の自分が言う。
少年は頭がちぎれそうなほど、首を大きく横に振った。
そんなはずはない!これは、夢だ!悪い、夢だ!!
ボクは、ボクはボクはボクはボクはボクはボクは
――人間だ
人間の――はずだ――
じゃあ、なんで『友達なんかじゃない』なんて言われたんだ?
『化け物』だからなんじゃないのか?
ほら、鏡を見てみろよ。
少年は瞼を閉じる。
ちがう――
もう、現実をみろよ。
――ちがう。ちがう――
お前が『吉岡勝輝』なら、『人間』なら、彼はお前を『友達じゃない』なんて言わないんじゃないか?
友達は大切だろ?
お前が『人間』なら、『大切な友達』を、『友達じゃない』なんていわないんじゃないのか?
それは――
それはそれはそれは――
じゃあ、なんで『化け物』なんて言われたんだよ。
お前が、『人間じゃない』、『吉岡勝輝』じゃないからだろ?
それは、それは――
「――違う」
少年は目を開いた。
その時の少年の顔には、この世のものとは思えない歪な笑みがあった。
ああ、わかった。
自分は、やっぱり、『化け物』なんかじゃない。
そうだよ。
簡単なことじゃないか。
ただ、これまでの自分が間違っていただけじゃないか。
ほう?間違っていた?
そうだよ。
彼にとって、智也にとって、『吉岡勝輝』は、『友達』じゃなかったんだ。
『智也の友達』イコール『吉岡勝輝』でないなら、ボクを『化け物よばわり』することなんて簡単じゃないか。
だって、『友達』じゃないんだもの。
他の人たちがボクをいじめたりしたときのように、他人なら、簡単じゃないか。
それと、なにもかわらないよ?
たしかに、そうだとするなら、お前は『人間』かもな。
だが、随分と彼は『吉岡勝輝』を『大切』にしているように見えたが?
それこそ、間違いだったんだ。
だって、それは――
『ボクがそう思った』だけだもん。
ほう?
ボクは、友達は、『大切な存在』だと思っていたんだ。
ともに遊び、助け合い、生きていく存在だと、ずっと思っていた。
でも、そうじゃなかったんだ。
友達はそういう存在じゃないんだ。
“友達はそもそも大切なものでない”んだよ。
ただの隣人。
ただの他人。
ボクが、友達は、“大切な存在である『友達』”だと思っていただけなんだ。
勝手に、そう思い込んでいたんだ。
だから、彼が、ボクを――吉岡勝輝を、大切にしていると思ったんだ。
でも、それは違った。
友達は『大切な存在』なんかじゃない。
どんなに信じたくても、それはボクが信じたかっただけで、本当は違う。
智也の友達である“吉岡勝輝”は、最初から『友達』じゃなかったんだ。
智也の友達である“吉岡勝輝”は、他人なんだ。
吉岡勝輝は――ボクは、『友達』じゃなかったんだ。
友達は『大切な存在』なんかじゃない。
そんなものは幻想だった。
だから、彼は平気で言えたんだ。
人間であるボクを、『化け物呼ばわり』できたんだ。
決して、自分が化け物だからじゃない。
人間じゃない『物』だからじゃない。
ボクは、人間なんだから。
そうだよ、
最初から『友達』なんて、この世界には――
――ない
読んでいただき、ありがとうございました!
ここはあまり多くを語らないでおきましょう。
まだいくつか分からない点がありますが(何故少年が『能力』を使えるかなどなど・・・・・・)。
さて、特秘能力者『アマツマラ』こと大島大輔、彼は少年を人間じゃないと言いましたが、皆さんはどう思うのでしょうか?
そもそも、召喚体を生命ではないと決定された理由は第9話『召喚能力』で描かれています。
それを踏まえると、いくつか興味深い点が見えてくるかと思います。
少年が言う『友達』がどんな存在であったのかは、今後かなり重要になっていきます。
今後の展開を楽しんでいただければと思います。
それでは、また次回!
出来れば明日更新したいですが、出来なかったら日曜日零時更新になります(^^;
よろしくお願いいたします。




