第24話 秘密(8) 少年とペンダント(後編)
また長い話が続きますが、よろしくお願いします!
「『賢者の石』だと!?」
椅子に座った大島が、その巨体を震わせながら叫んだ。小さな部屋に、その渋い声がこだまする。
彼は再度斗真に確認する。
「本当にアレはそういったのか?」
「――ええ。そう勝輝君の両親が言っていたそうです。」
大島は白いひげを撫でながら思案する。その横で、ひょろりとした背の高い男が斗真に言う。
「だが、あの場にあった証拠品は全て回収されたが、そんなものはなかったぞ。もちろん、星のペンダントもな。ほんとにそういったのか?アレは。」
「――ええ。となると、やはりあの爆発でペンダントもろとも蒸発してしまった、と考えた方がいいでしょうか。」
斗真が大島を見る。大島は小さくうなってから机の上にあった一冊の資料を取り出した。
「これを見ろ。」
「これは、“『不死鳥』が所持していた『エーテルに関する資料』の研究論文”ですか?」
「そうだ、白井。『不死鳥』が管理していたのはエーテルだけではない。エーテルに関する様々な資料も管理していた。『世界10大能力に関する資料』もその一つだが、それと同じくらい重要、かつ詳細が不明の資料がある。それが『賢者の石に関する資料』だ。この論文はその『賢者の石に関する資料』に関する論文だ。」
大島はその論文を開き、その内容を読み上げる。
「これによると、『賢者の石』、別名『ラピス』とは、エーテルが能力の『情報』を保有したまま結晶化した存在であるとされている。『能力の化石』、『能力のデータベース』と言われる代物だ。『不死鳥』の資料には、この『賢者の石』を使用することで、そこに保存されている能力を“誰であれ使うことが出来る”とされている。」
「ただし、その生成方法、『賢者の石』に保存されている能力の『解法』も分かっていないのでしたね。」
「そうだ。」
大島はさらにページをめくる。
「現在世界で数個の『賢者の石』と思しき物体が見つかっている。ただ、そのどれもが、何の能力を有しているのか分かっていない。もしかすると、『賢者の石』には、未知の能力があるかもしれないと言われている。」
「隊長、最近見つかり始めている『レリック』という可能性は?」
ひょろりとした男が疑問を投げかける。
「ふむ。上杉の言う通り、『レリック』である可能性もあるな。ここ20年の間、亡くなったダイバーズを火葬したのち、その頭部から赤いエーテルの結晶体が発見されることがたびたびあった。医学研究が進み、これは『死後に脳細胞がオドと結合した、エーテル喪失症に似た現象である』ことが分かった。こうして死後にできた脳細胞と結晶化したエーテルを『Relic』と呼んでいる。この『レリック』が『賢者の石』の正体だとし、我々ダイバーズが『賢者の石』に保存された能力を行使できないのは、そもそも『不死鳥』の資料にある様な『賢者の石』は存在しないからではないか、という意見もある。」
大島は資料を見ながらさらに付け加えた。
「だが、現在見つかっている“『賢者の石』と思しき物体”と『レリック』には明確な違いがある。
“『賢者の石』と思しき物体”は、非常に淡い光ではあるが、自身で“発光”している。尚且つ、加工できない。『レリック』は通常の工具で加工・破壊が可能だが、“『賢者の石』と思しき物体”はあらゆる手段を用いても加工できないことが分かっている。そのため、『賢者の石』は実在し、まだそこに閉じ込められた能力の解放の手段が分かっていないだけ、という意見を、儂は支持している。
問題は、今回のその赤い石とやらが本物の『賢者の石』なのか、『レリック』なのかということなのだが……」
「今回の場合、爆発で蒸発しているようであれば『レリック』であった可能性があるわけですね。」
「そうだ。だが、アレが『光っている』と言ったのが気になる。それに、まだあそこは瓦礫が山積みになっている。もしただ埋もれているだけとなると、話は別だろうな。」
大島は再び髭を撫でながら思案する。
もし本当に『賢者の石』であるならば、それは歴史を動かす大事件であった。世界で見つかっている“『賢者の石』と思しき物体”の数は数えるほどしかない。そのどれもが謎に包まれているため、世の研究者は、とにかくデータの数がほしいというのが現状であった。
そして、大島にとってそれはさらに大きな意味を持っていた。
「もし、それが本物の『賢者の石』なら、日本の能力研究はさらに先を行けるのだが……」
大島のつぶやきを聞いて、斗真は少し目を細める。
『賢者の石』をもつ国は、能力の研究が盛んにおこなわれる。それは単純に、国連から降りてくる『研究費用』が多かった、というのが大きい。どこの国も能力の研究は盛んにおこなわれているが、それでもその費用は足りなかった。治安維持や医療開発に回される金額の方がはるかに多く、科学研究に対する費用は削減されていたのだ。そのため国連は能力の研究に対して援助を行っていた。そして、その援助がもらえる金額は、その研究内容がどれだけ人類に貢献するかという点において割り振られていたのだ。
大島は日本の能力研究の現状に満足していなかった。常に金策に苦しむ科学研究は、軍の能力研究においても同じであった。斗真は、そのことをこの男は憂いていると悟った。
「――そういえば、監視カメラの映像にそのペンダントは写っていなかったのか?」
大島が上杉を見ながら尋ねる。
「ええ。一応白井から報告を受けた時に監視カメラの映像もチェックしましたが、其れらしきものは何も映っていませんでした。それと、一時的にアレを保護した第9隊の報告書にも、ペンダントの記載はありませんでした。おそらく、あの女の姿をした召喚体と爆弾を探すことで手一杯で気づかなかったのではないかと。」
「……ふん。全く、『賢者の石』なんて、ダイバーズであれば知っていて当然の代物だぞ。其れすら気づけないとは、やはり三流の部隊だ。ダイバーズの風上にも置けぬわ。」
大島は乱暴に手に持っていた資料を机の上に投げ捨てる。
それを見下ろしながら、斗真は上杉に言った、
「それにしても、爆弾が埋め込まれていたとはいえ、あんな『完全な人型召喚体』は初めて見た……そんなに簡単に、人の姿をした召喚体を創り出せるものなのでしょうか。上杉、お前も召喚能力者だろ?そこのところ可能なのか?」
斗真の質問に、上杉は肩をすくめる。
「いや、『人間』の召喚はとんでもなく難易度が高い。『人の姿』をしただけならば作り出せるダイバーズは結構いる。『半人』――いわゆるケンタウロスや人魚のような召喚体を創り出すダイバーズなんかだな。『半人』は、そもそも召喚するモノが想像上の産物だから、原理や理屈をすっ飛ばして自分の想像通りのものが出来る。
だが、機能的に『人間』を召喚する場合、話は別だ。筋肉・間接の動きや神経・内臓の働きなど、人体に関する知識が豊富でなければ、『人間』というイメージが強固にならないためだ。それでなくとも、ソーサラーとしてのランクが最高位SSSランクでないと不可能だろうな。」
「そういうものなのか。」
斗真は腕を組んで考える。であるならば、あの『蜘蛛柄の女』の召喚体を創りだしたダイバーズは、相当な実力者であると。そして同時に、あの吉岡勝輝も、自身の腕や眼球を創り出せる、相当な実力を持ったダイバーズなのではないか、と。
上杉はチラリと大島を一瞥してから、忌々しそうに付け加えた。
「――まぁ、あとは倫理観の問題だな。『人間』を創り出すなんて、反道徳的だとか、そういった認識が未だに存在している。『半人召喚』と何も違わないというのにな、まったく。しかも、学術的にそれが命でないと立証されているにも関わらず、だ。」
「……」
斗真は怪訝な顔をして上杉を見ていた。
その視線に彼は辟易した様子を見せ、右手をひらひらさせながら言った。
「おいおい、そういった議論をするのは野暮だぞ。召喚体は命じゃない。そんな何年も前に決定された事項をほじくり返すなよ。」
「いや……」
視線をずらした斗真に、上杉はさらに言った。
「――それにな、俺は召喚能力者。ソーサラーのダイバーズだ。俺たちダイバーズは、自由に能力を行使できる権利がある。俺はダイバーズであることに誇りをもっている。だからこの能力者特殊部隊に入ったんだ。俺は召喚することをためらうことはない。たとえ、召喚している物が、人の姿形をした『武者』だとしてもな。」
上杉は目を細めて睨み付けている。
大島はその様子を見ながら、小さく咳をしていった。
「まぁ、引き続きアレについてはお前に任せる。白井。頼んだぞ。」
「……了解しました。」
斗真は静かに会釈して部屋を後にした。だが、少なからず彼の心のうちは穏やかではなかった。吉岡勝輝を、終始二人は『アレ』と呼んでいた。斗真は口に出すことはなかったが、それが彼の胸の中で、大きなざわめきを呼んでいた。何故彼らは人間である勝輝のことを、ずっと『アレ』などと呼ぶのか、不安でならなかった。
召喚体を命ではないと言い切る、彼らがそれを言うことを。
「彼は、人間だぞ――」
彼のつぶやきは、誰もいない白い廊下で、空しく消えていった。
◇
斗真は、少年に明日は会えないと話をしていた。
「明日僕は来れないけれど、ご飯はきっと上杉って人が持ってきてくれるから。いつも通りにしてくれればいいよ。それと、何かあったら僕を呼んでほしいって白い服の人たちに言うんだよ?いいね?」
「うん――そんなに心配しなくても大丈夫だよ。」
少年は不安げな顔をする斗真に苦笑いする。そして、彼は平気だと照明するように、斗真に言った。
「その、息子さんに会いにいくんでしょ?そんなに僕のことばっかり考えてると、怒られるよ~」
「……ああ、そうだね。ただでさえ一緒に居られないから、このままだと息子達と一緒に嫁さんにも怒られちゃうね。いやー、ほんと、家族には申し訳ないと思っているよ。何か土産を買っていかないと。」
彼は苦笑いして少年を見る。少年に『家族』の話をするのは、家族を失った少年によくないのではと斗真は思ったが、少年は微笑み返して言った。
「うん。気にしなくて、大丈夫だよ。」
「――」
斗真は思う。少年は、ここ数日で精神的にかなり回復した。創造体の保存時間が切れるとすぐに体が崩壊してしまうが、少年はそれを受け入れつつあった。『病』としてソレと闘病するという覚悟を、既に持ち始めていると。
少年の小さく、それでも強い言葉を聞いて、彼は少年の目線に合わせるようにしゃがむ。
「そうだ。いつか、君を僕の息子達に会せよう。二人とも気さくでいいやつだから、きっと仲良くなれるよ。上の子はとってもすごいダイバーズなんだ。きっと君もおどろくぞぉ。」
「へぇ。弟さんは?」
「いや、下の子はダイバーズじゃないだ。けれどしっかりもので頭がいいんだよ?うん。いつもお兄ちゃんの面倒を見ているって感じだな。」
「ははは。なにそれ。ちょっと面白いね。」
「だろ?」
斗真は小さくウインクして見せた。彼のその顔を見て、少年は笑顔を見せる。
「そうかぁ。仲良くなりたいなぁ。」
「大丈夫、なれるとも!」
「――ありがとう。あ、そうそう!僕の友達もすごいダイバーズだよ。かっこよくて頭良くて、それに何かあった時も、必ず助けてくれるんだ。ついこの間の野外実習で川に落ちた時も、真っ先に助けてくれたんだよ。」
「そうなんだ。とっても仲がいいんだね。」
「うん。親友だよ。華子は――ええと、『獣化能力』だったかな?で、智也はすんごく『眼がいい』んだ。二人ともすっごく強いし、かっこいいよ。いじめられたときも、ダイバーズじゃない僕をかばってくれたんだ。」
「――え?」
斗真は何か聞き間違えたかと思い、思わず声を上げた。だが少年はその声が聞こえなかったのか、嬉しそうに話をつづけた。
「でも、これで僕もダイバーズになったから、今度は僕が守れるよね!」
そういって斗真の顔を見た少年は、斗真が驚いた顔をしていることに気が付いた。なにが変なことを言ってしまったのかと、少年は首をひねる。すると、斗真は小さく口を歪ませてから言った。
「ええと、君はダイバーズじゃなかったのかい?」
「うん。そうだよ。でも、今はダイバーズなんだよね?だって、僕、今ダイバーズがかかる病気にかかっているんでしょ?」
「――」
斗真は生唾を飲み込み、再び少年に尋ねた。
「ねぇ、勝輝君。もしかして、あの事件の日まで、ダイバーズじゃなかったのかい?」
「うん。そうだよ?」
「ええと、それじゃあ、君の両親は――?」
「お父さんとお母さん?ええと……どうだったかなぁ。たぶんダイバーズだったと思うけど、ごめん、どんな能力なのか思い出せないや。」
「そう……なんだ。いや、気にしないでくれ。ちょっと驚いただけだから。」
「ふぅん?」
少年は首をかしげていたが、斗真は笑みを創ってそれじゃあまた明後日会おう、と言葉を残し、足早にその部屋を後にした。
部屋を出た斗真の顔が、途端に強張る。
(確かに、エーテルが空気中に多量に含まれるこの時代では、いつ誰がダイバーズになるかは分からない。どんなタイミングでも、全く問題がない。問題はないはずだ。だが――)
斗真は歩きながら考えた。根拠はない。医学に通ずるものとして、突如能力を発動することなど普通であると分かっている。
だが、それでも彼は考えずにはいられなかった。全く自分たちの知らない、自らの体を再生するという現象。そして、その場に在ったかもしれない『賢者の石』の存在を。
彼の脳裏に、隊長の言葉がこだまする。
「『賢者の石』には、未知の能力があるかもしれない、か――」
◇
「それで、ちゃんとした報告を聞こうか。」
斗真がいなくなり、大島の部屋には彼と上杉だけが残った。上杉は大島の言葉に合わせ、白衣のポケットから一本のUSBを取り出して、机の上に置かれたガラスのデバイスにつなげる。
「こちらです。言われた通り、アレの体がどこまで創造体になっているか調べました。使用したのは光学エーテル検出器。その信憑性は90%と言っていいでしょう。」
「フム。それで、これがその結果か……」
大島は画面に映し出された人体図を見て、ニヤリと笑う。そしてその笑みは次第に全身に広がり、そして声に出して、彼は笑った。
「ふ――ふ、ふはははは。あははははは!何だこれは!これが、その結果だと?90%の信頼性?冗談だろう?まさか、――っふ、ふはははは。何と――いい結果だ。予想通りだ!すばらしい!」
狂ったように笑う老人を、上杉は真顔で見る。そして彼は言った。
「そして、こちらが爆発時の監視カメラの映像です。スロー再生するとどうなっていたのかがよくわかるかと。」
「――ふん。く、くくく。たしかに、本当だな。」
大島はガラスの画面に映し出される爆発の様子を見てニヤリと笑う。ものの1秒にも満たないその映像には、女の姿をした召喚体が爆発し、そしてその近くにいたすべてがその爆発に飲み込まれていくさまだった。そして、一人の少年がその爆発に巻き込まれる様を、大島は見ていた。
「これで、お前の調査の結果の信憑性は90%から100%に格上げだな。」
「ありがとうございます。」
「ふん。褒めたわけではない。」
大島はそういいつつも顔に異形の笑みを浮かべている。それを見ながら、上杉は尋ねた。
「どうしますか。大島隊長?これを、彼に――白井にも報告しますか?」
「ふふふ。そうだな。報告しろ。儂がこれからアレにすることをとやかく言われても困る。あいつは召喚体を命だと思っている奴だからな。ああ、だが、アレが言っていたペンダントが本物の『賢者の石』である可能性は言うなよ。さっきはなんとかごまかしたが、それをあいつが知ったら、さすがに儂がそれを公表しないことを怪しむだろうからな。」
「承知しました。では、アレの体についてのみ報告するとします。」
上杉は手元の手帳にメモを取ると、さらにメモを見ながら言った。
「それと、アレの友人という者が二名、面会を求めています。」
「友人?」
「ええ。こちらの二人です。」
上杉はさらに画面を勧め、二人の子供を映し出した。
「陣内智也、深山華子。二人ともアレと同じクラスだったようです。現在面会謝絶なのでずっと断ってきましたが、どうされますか?」
大島は上杉のその顔を見てニヤリと笑う。上杉の口角が、少し吊り上がっているその様を。
「ふっ。お前、分かるようになってきたではないか。」
「いいえ。隊長ほどでは。」
「当然、面会させるさ。こいつは、都合がいい。アレの体がどこまでエーテルになっているか分かった今、ためらう必要などない。
明日確か白井は有給をとっていたな。ならば明日にでも面会させろ。彼らの反応を、存分に利用させてもらうとしよう。そうしたら、さっさと奥飛騨研究所に場所を移す。ここは他の軍の連中がいてやりづらい。」
大島の顔が歪む。その頬に出来た皺が、より一層彼のその風貌を不気味にする。上杉はその様子を一歩引いてみていたが、彼の笑いが収まると神妙な顔をして言った。
「それと、先ほど言っていた『賢者の石』に関してですが――」
「ああ、あの被害に遭った民間人のビデオカメラに写っていた、『爆発後の映像』か。」
「ええ。あれはどうされます?」
部下の言葉に大島の顔から笑みが消え、眼光が鋭く光る。
「いや、当初の予定通り、儂とお前だけの秘密にする。確かに『あの闇』については気になるが、それを公開してしまえば、アレの研究が出来なくなる。それは絶対に避けたい。」
「了解しました。では、資料とともに奥飛騨研究所に保管することにします。」
「ああ。ただし、前にも言ったが、アナログ資料にしておけ。データベースとして残すとハッキングされたりするからな。あの動画もUSB……いや、DVDに落として残りは全て消去しろ。」
「了解です。」
大島は背もたれに身を任せ、抑えきれぬ高揚をその顔に露わにする。
そして、少年の写真を見ながら、彼はつぶやいた。
「これは――いい、道具だ。」
読んでいただき、ありがとうございました!
「賢者の石」が登場し、少年が本当はダイバーズではなかったこと、上杉と大島の怪しすぎる会話などが出てきましたが、いかがでしたでしょうか。
ダイバーズでない人間がダイバーズになる条件などは、『第四話 ダイバーズ』をご覧ください。なお、イメージ(情報)をエーテルに付与しないと能力が行使できない、という点にも注意していただけるとこの先の展開を予想する手掛かりになるのではないかなぁと思います。
次回は『赤坂とアマテラス』です。少年から離れ、あの後の赤坂が描かれます。そしてついに登場、No2の実力者、アマテラス!
次回更新は明日零時です!お楽しみに!




