第46話 ヤタガラス(2)
「おい。いつまで隠れているつもりだ、『黒箱』。用があるならさっさと出て来い。」
「ほう。よく我々が『黒箱』と分かりましたね。」
暗闇の中から現れたのは、若い小柄な男だった。漆黒の袴に、夜に溶ける様な暗黒色の羽織を着た、短髪の男。腰に黒塗りの小太刀を挿したその姿は、まるで時代劇の侍である。
「……随分と変わった格好だな。」
「そうでしょうか?理にかなった格好だと思いますけどね。」
幽かな笑みを浮かべる男に、勝輝は目を細める。
(――強いな。
こいつが放っている気配も尋常ではないが、重心位置の変わらない脚運び、膕を張った立ち姿からも、こいつが武芸に通じた人間であるのは間違いない。
そしてーー)
彼は、男の腰へと視線を移す。
(一尺半ほどの小太刀、やや後ろに置いた重心……。
先制攻撃を仕掛けるには重心は前に持ってきた方がいいが、それをしていない。ということは、相手の出方に応じて攻撃手段を変える応じ技を得意とするタイプということ。)
勝輝は再び男の眼へと視線を移す。
(……小回りの利く小太刀であれば、俺の持つ大太刀よりも剣技の発動が早い。応じ技の構えをとっているこの状況下で、こちらから仕掛けるのは危険、か。
重心の位置からして剣技による先制攻撃はしてこないはず。
そうなると後の問題は能力だが……情報が足りないな。)
勝輝は刀を脇に構え、落ち着いた緩やかな声で返答する。
「理にかなった、ね。道場にいくのであれば、場所を間違えているぞ。」
「そうでもありません。何しろ武術において道着とは、その武芸を披露するための正装。最も戦いにふさわしい格好ですから。」
「そうか。だとしたら『黒箱』は皆そんな格好をしているのか?」
勝輝が何をしようとしているのか、大原は理解した。彼は会話をすることで相手を観察する時間を――情報を引き出す時間を作っているのだ、と。
(――ダイバーズの戦いは、情報が命。だから相手の格好や身体的特徴、口調などを通して相手の能力をある程度推察するのは常識……)
大原は二人の男を交互に見やり、歯噛みする。
(……武器から能力を推測するのは困難を極めるわ。
ダイバーズの中には、“疲労限界に達し、能力が使えなくなった後のための護身用”というケースで武器を携帯することもあり、能力と武器が直結しない時の方が多い。
そうなると、相手が小太刀を持っているからと言って相手がそれを活用できるような能力――例えば、何らかの身体強化を伴う能力を持っているとは限らない。)
大原は男のつま先から頭の先までを潰さに観察した。
(身長は160cmほど。細身ではあるけれど袖から見える腕の太さからして、体力的には吉岡君と同程度。均整の取れた皺のない顔立ちから、おそらくこの男は20代前半。あの“受け”の構えから、剣術を会得しているのは確実。あの男が幼い頃から剣術を習っていたと考えると、その腕は優華と互角かそれ以上の可能性もある……)
小さく震える腕を抑え、彼女は逸らしそうになった視線をしっかりと対象に戻した。
(――そして厚底の地下足袋に、木綿と麻でできた平袴。暗殺者のような隠密性、通気性と動きやすさを意識した格好は、どれも武芸に関してはいるけれど、能力に関してはほとんど関連しているようには見えない……。けれど――)
彼女は勝輝と男のやり取りに、耳をそばだてる。
「いえいえ。皆それぞれ個性豊かな格好をしていますとも。私のような戦闘服を用いている者も何人かいますが、それぞれが最も自分らしさを発揮できるような服を選んでいますとも。……特殊部隊のような画一的で地味な軍服の何倍もマシ、ですとも。」
「ほう。ではお前のその奇抜な格好は、お前の性格そのもの、というやつか。だとしたら――」
(……あの男があえてあの服を選んでいるということは、あの服そのものに何らかの意味があると言うこと。あの口ぶりを考えれば、それが能力特有の理由、という可能性が高いけれど……)
大原には自信がなかった。彼女には着物を着る能力的な理由を考え出すことが出来なかったからだ。
だが、勝輝には心当たりがあった。
「だとしたら、随分と古臭い性格だな。」
「――古臭い?」
一瞬、男の眉が吊り上がる。そのわずかな動きを、勝輝は見逃さなかった。
「ああ。基本的にそれを武道で着用するのは、もはや“伝統”という意味合いでしかないからな。」
「……フ。」
男は一瞬の間を置いて不敵に笑い、その眼光を光らせる。
「奇抜と言っておきながら古臭いと言われるとは。少し心外ですね。」
「……」
「ですがこれは覚悟、というものです。」
「覚悟?」
「そうですとも。服とは着る者の心の表れ。これは古来より日本人が試合に――戦に臨む戦闘服なれば、これを身に着けるということはこの身を戦場に置くと言うこと。敵を屠り、勝利をこの手に掴まんとする意思の表れ。その決意を示す鎧なのですよ。その志に“古い”という言葉は決して当てはまりませんし、それは間違っています。」
「……」
(なるほど。こいつの性格は大体わかった。
格式や形式にこだわりを持った、プライドの高い性格。己の剣技と考えに絶対の自信を持つ人間であり、それを最上と考えている人間。そのくせ沸点は低いため理知的に見えて攻撃的になりやすく、他人を許すことができないタイプだ。
であれば、あいつがあの服を選んだ理由は単に格式のついた格好に能力の特徴が合致するものがあれしかなかったから――と考えるのが自然だ。
で、そうなると……理由は一つ、か。)
勝輝は胸のうちでほくそ笑んだ。
(しかし……主義主張の善悪はともかく、こいつは己の中で通すべき信念が決まっている。それにそぐわないものを許すことができないタイプとは……実に、俺によく似ている。)
「……ふん。で、そんな覚悟を決めた奴が何の用だ?」
「……ほう。」
男は話が本題に戻ったことで、高ぶった意識を沈め、勝輝が何かに気が付いたということを察した。
「……流石にテキトウに話をして済む相手ではなかったようですね。あなたは。」
「……(気づかれたか。)」
勝輝は刀を男に向け、静かに問う。
「だったらどうする?」
「ですので、御二方に一つ話をしたいと思うのですが。」
「どういう意味だ。」
勝輝は男の問いかけに、ゆっくりと応じる。それは自分の情報を与えないように慎重に言葉を選んだからだった。
そして男も勝輝同様、相手をじっくりと観察し、尚且つ情報を与えないようにするためでもあった。
「そのままの意味ですよ。あなたは特秘能力者『サイセツ』でしょう?こちらの戦闘員が何人かあなたと戦っているので、顔は分かっています。」
「それで?だったらどうするというのだ。」
「あなたと戦うのは得策ではありません。
『能力を破壊する能力』――それは強力だ。特に対ダイバーズ戦において、それは脅威以外のなんでもありません。」
「では、さっさと降参して立ち去ったらどうだ?(――俺の本当の能力を知っている――?ブラフか?)」
勝輝は顔色一つ変えずに、即座に返答する。間を持たせることは、それだけで一つの意味を持った情報を与えかねないと判断したからだ。
そして同様に、相手も即座に言葉を返した。
「それもできません。我々は崇高な使命のため、どうしても任務を達成しなければならないのです。」
「崇高な使命、ね。」
勝輝がそれを鼻で嗤うと、男の眉が小さく動く。
「……まぁ、いいでしょう。どちらにせよ、用件があるのはあなたではありません。」
「!」
その言葉に、一人の少女は身構えた。
「ええ。あなたに用があるのです。特秘能力者『ククリヒメ』」
時間も来週日曜日更新予定