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ヒューマンカインド/Brightness of life  作者: 猫山英風
第2部 友情 ー第2章 激突ー
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第41話 本当の願い(2)

「……なに、それ。」


山田の目が、途端に険しくなった。先ほどまであった笑みは消え、代わりに相手を射殺しそうな暗い光が瞳に宿る。


「お兄さんの仇をとる……本当に、それでいいのか?」

「は?なに、それ。」


心底呆れたと言わんばかりの、低いため息が口をついた。


「言ったでしょ。それでいいんだって。」

「あっ!おい!まてよ!」


 一人足を速める彼女を、高木はあわてて追った。


「お前――」

「何よ。敵討ちなんてよくないからやめておけって、言いたいの?」

「それは――」

「勘違いしないでほしんだけど、別に、あたしはあいつらを殺したいわけじゃない。この手で捕まえられれば……それでいいのよ。」


――違う。

高木は首を振る。

確かに、法に触れる可能性があるというのも理由の一つではある。彼女が危険に飛び込むことを案じているのもある。

が、彼が反対する一番の理由は、どれでもなかった。


「あんた、前にも似たようなこと言っていたわね。」

「ああ。」


山田は足をとめ、振り向かずに言った。


「それでいいのかって。」

「おう。」

「いいのよ。あたしは。あたしの家族は……お兄ちゃんだけ、だから。」

「俺は……」


 高木は、静かに言った。


「よくない、と、思っている。」

「よくない?」


山田は髪を逆立て、高木に詰め寄った。


「あんたなんかに、何が分かるの?あんた、家族が殺されたことあるの!?親もいない、兄弟もいない!それどころか――遺体だって、帰ってこない……」


山田は歯噛みし、一歩退く。


「わかんないわよね。そんな悲惨な状況になんて、なったことないだろうし、無い方がいい。だから、あんたが、あたしがどう思って生きているのかなんて、一生分かりっこないわ。」

「……そうだな。」


 山田は拳を握った。爪が手の平に突き刺さる程、強く握った。

 分かりきっていても、覚悟していても、誰にもやはり分かっては貰えないのだということを、面と向かって言われるのは心にくるものがある。


(分かっている。ほんとうは、誰かに分かってほしいって、自分で思っていることくらい。)


山田は誰かに自分の思いを理解してほしいという願望があることを、自覚していた。

大原が自分を家族同然に迎え入れ、自分の仇討ちに賛同してくれたのはうれしかった。

けれど、あくまでそこまでだった。

大原は、山田の仇討ちに賛同したのではない。山田が危険に飛び込むのを見ていられなくてついてきただけだ。それを、山田は薄々感じ取っていた。

だから、例え家族同然である大原典子でも、山田優華にとっては本当の家族ではなかった。自分を理解してくれる真の友人ではあるが、本当の理解者ではないと、そう思っていた。

山田は小さくため息をこぼす。


無意味だ。理解なんてされるはずがない。この法治国家で、仇討ちをするなんて誰も許すはずがない。だから、何を叫んだって、意味がない。不毛な話を繰り返して何になる?


彼女はその思いを、端的に言葉にした。


「はいはい、もうこの話は終わり。ささっと石を取りに行きましょ。」

「……いや。」

「なによ。」


 山田はさらに青筋を立て、動こうとしない大男を睨み付けた。


「まだ、何かあるの?」

「ある。」

「まっ――ほ、本当にあんたは!」

「確かに俺はお前が考えていることは分かんねーよ。たとえ俺がどんな境遇であったとしても、俺にはまだ(・・)家族がいるし、たとえこの先弟と母親を失っても、お前と同じ気持ちになるのかどうかは分からねえ。」

「まだ……?」

「けどな、一つだけはっきり分かることがある。」

「……なによ。」


 高木はまっすぐ山田を見て言った。その黒い瞳を見据え、強く言った。


「お前が本当にしたいことは、敵討ちじゃない。」

「――は?」


山田は次に何を言えばいいのか、さっぱり分からなくなった。彼の言葉は、全く的を得ていないようにしか聞こえない。荒唐無稽で怒りを通り越して笑いすらこみあげてくる。

けれど、あまりにも彼の口調が強いものだから、何か別の意味があるのではとも、考えてしまう。

 混乱した彼女は複雑な表情で高木を見上げた。


「え……は?なんて?」

「……いや、なんでそこでちょっと笑っているんだよ。」

「いや。馬鹿なのかなって。」

「ひでーな、おい。」


そんなことより、と、高木は静かに息を吐く。


「優華。お前さ、戦闘のできる召喚体をつくれないんだろ?」

「!」


 山田の視線が、泳いだ。それを見て、高木は確信した。


「やっぱり、か。」

「やっぱりって、何。」

「思った通りだって思ってよ。」

「何よ、それ。何が思った通りなわけ?」


高木の言葉に、山田の拳に力が入る。


「……何?あたしには無理だって、そう言いたいわけ?」

「そうじゃない。」

「じゃあ、何なのよ!」


溢れんばかりの悔しさを、山田は木の幹に叩きつける。


「あたしは、戦わなきゃいけないの。そのために必死で体を鍛えて、能力を磨いて、ここまで来た!召喚体の完成度に関しては誰にも負ける気はないし、剣だって勝輝に勝てる自信はある!それに私はのり――」


黒髪の女の姿が、目に浮かんだ。

それはダメだと、山田は再び拳を打ち付ける。


「……私は、ちゃんと努力してきたのよ。そして、戦えるだけの技術を、戦闘力を身に着けた。

そんなあたしに、戦闘のできる召喚体をつくることはできないって?

はっ!何言ってんの?勝手なこと言わ――」

「お前は、召喚体に戦いをさせたくないんだよ!」


 空気を震わす叫びが、彼女の口を閉ざす。


「優華。お前の『召喚能力』のモデルは、かつて飼っていた猫、なんだよな?」

「!」


山田の顔に、動揺が映る。何度か口を動かし、言葉を紡ごうとしてはうまく言えない。そうしたことを数秒繰り返し、ようやく彼女は言葉を返した。


「……今は……そんなこと、関係ないでしょ。」

「ある。」

「……」

「怒らないで聞いてくれ。優華、『召喚能力』を自分が持っていると気づいたのは、いつなんだ?」


 山田は小さく舌打ちをすると、嫌々ながらに答えた。


「……小学3年の時よ。(うち)の……アンが死んでから、よ。」

「……やっぱり、そうだったんだな。」

「な――」


高木の言葉に、山田の怒りは爆発した。


「ふざけないで!何が、やっぱり、よ!あんたに、あたしの何がわかるの!?」

「おちつけ。」

「冗談じゃないわ!アンは、あたし達の家族なの!たとえただの猫でも――ただのペットだとしても、家族だったのよ!」

「いや、まてって。」

「だと思った?簡単に言わないで!

あの子を交通事故で亡くして、あたしが――あたしが、どれだけ悲しかったか、悔しかったかなんてあんたに分かるわけない!

そんなときに……そんな時に、手を伸ばした先にあの子の姿が見えた!それが能力なんだって分かって、それであの子をモデルにして、何が悪いって言うのよ!」

「だから落ち着けって!」

「なによ!」

「俺の言葉が軽率なものに聞こえたのなら謝る!だけど、俺はお前がかつて飼っていた猫をモデルにしたことを悪いことだとは思っていないし、お前の努力を否定しようと思っている訳じゃない。」

「じゃあ、もう、本当に、何なのよ!!」


大きなため息をついてから、山田は何でこんな話をしているんだと心の中で自問する。最初はただ単に肝試しをしてたはずだった。それなのに、何のはずみでこんなに怒り心頭することになったのか。高木という男が、肝試しの一体どこからこんな話をしようと思い立ったのか、と。


「俺が言いたいのは――」



ああ、面倒くさい。



つい、そんな言葉が口をついて出そうになる。

何を考えているのか分からないけれど、わざわざ自分の琴線に触れにきた、藪から蛇を引っ張り出して来ようとしてくるヤツのことを考えても仕方がない。自分(わたし)のことを理解できないくせに、自分(あんた)の考えを押し付けてこようとしているだけなんだろう――。


そう思うと、途端に彼女は聴くのが億劫になった。言葉を返すのも面倒くさい。さっさと切り上げてしまいたい。そう思って彼女は背を向けようとした。

けれど、高木の言葉は、それを許さなかった。



「――お前は、家族を戦わせたくないんだよ!」


次回は16日月曜日更新です。

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