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ヒューマンカインド/Brightness of life  作者: 猫山英風
第2部 友情 ー第2章 激突ー
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第39話 肝試し


「……全く、どうしてこうなったのかしら……」

「それはこっちの台詞だ。」


 本音を漏らした大原に、勝輝も本音を返す。


「ふざけた話だ。」

「それは、どういう意味かしら。」

「そのままの意味だ。なぜよりによって、能力を使いこなせない未熟な奴と一緒にならなければならないんだ。」

「――つ!」


込み上がる怒りを喉元でとどめ、大原は深く深呼吸する。


「……そうですか。私もあなたとは一緒になどなりたくありませんでしたよ。」

「ほう。それは何故?」

「分かりきっているでしょう。あなたのような思いやりも協調性もない人と、どうして好き好んで二人きりにならねばならないのです。」


 大原は盛大にため息をつく。

彼女は朝から憂鬱であった。その理由は、今日行われるこのイベントのせいだった。



―― 少し前 : 合宿 5日目 朝 ――


「肝試し?」

「そうそう!肝試し、今日の夜だよ~」


首を傾げる大原に、足立は朝食を口に運びながら意気揚々として言った。


「合宿5日目にして最後の夜に行われる、唯一ともいえる遊びのイベント!」

「そーいえば、そんなのあったわね。」

「そう、あったのですよ優華ちゃん!

森の奥に神社があるんだけど、そこに置かれてある石を二人一組になって持ち帰ってくるってやつだよ。」

「ふーん。普通ね。」


あまり興味のない山田の返事に対し、足立は饒舌に語り続ける。


「そう、普通!だからこそいいんだよ!だってこの合宿、軍の強化合宿みたいで遊べる暇なんてないんだもん!

やっぱり合宿といえば、おいしいご飯にあったかい温泉。昼は野山の散策に郷土体験、夜になれば枕投げやドキドキするような恋バナ、そして何かが起きる肝試し!こういうのがあるべきだと思うのです!陽子は!」

「……まぁ、確かに温泉とおいしいごはんはあるけど、それ以外は“部活”だからね~。皆疲れて即寝ちゃうし。」

「そうそう!だから陽子は典子ちゃんと優華ちゃんと恋バナをしたいと、ずっと思っていたのです!」

「げ。それは、あたしはいいかな~」

「ええええ~。楽しそうだからやろうよ~。恋バナ~!」


 腕に猫のようにじゃれつく足立に、山田は引きつった笑みを浮かべる。


「いやいや、楽しくない!楽しくないって!あんなの、お互いの傷口を広げるだけの、羞恥心と黒歴史の公開処刑!次の朝には“なんであんなこといっちゃたんだろう……”って後悔するだけの、ろくでもない儀式だよ!」

「そんなにひどいものだっけ!?」

「それで、肝試しがどうかしたのかしら、足立さん。」


大原の問いに足立は本題を思い出し、コホン、と小さく間を置く。


「ええとね、それでその肝試しの相手なんだけど、くじ引きで決まるからさ。二人は誰と一緒になりたい~?みたいなことを話してみようかなって。」

「……」

「ん~誰と?あたしは別に誰でもいいかなぁ。

――あ、でもあいつはダメね。勝輝。」

「え?どうして?優華ちゃん。」

「どうしてって。」


山田は周囲を見渡し、視界に当人がいないことを確認してバッサリと言い切った。


「あいつ、まだ謝りに来てないからよ。」

「あ、ああ……」


地雷を踏んだと言わんばかりの足立の苦笑いに、山田は肩を竦める。


「まぁ、あたしもあの試合はみんなとしっかり連携とれていなかったし、ちゃんと陽子に説明もしていなかった。それは悪いと思っているけど……。あいつの協調性の無さには腹が立つわ。」

「ま、まあ、そ、そうだねえ……あ、あの!じゃあ、典子ちゃんは?」


今にも湯呑を握りつぶしそうな山田から相手を変え、足立ははたまた引きつった笑みを浮かべた。


 その笑みを見て、大原は少し後ろめたい気になった。()()足立に気を使わせることになる、と。

彼女は陽気でマイペースながらも、他人の細やかな変化や感情によく気付く。そして、どうしたらよいか分からないながらも、それでも自分なりにできそうなことを実行する。足立のその表情は、話しかけた相手がどのような状況に置かれているのか気付いたことによるもので、同時に次に何をするべきか考えている表情だった。

 だから、大原はできるだけ自然な笑みを浮かべて、嘘をついた。


「心配しないで。誰と一緒になっても問題ないわ。」



―― 現在 :合宿5日目 夜 ――


 大原にとって問題だったのは、肝試しが二人一組で行うという点だった。相手はくじ引きで決定され、男女どころか学年も関係なし。部員の誰と一緒になるかは全く分からない。

イベントとしては面白いものだと、大原は思う。ほとんどの新入部員は、この合宿で多くの先輩と既に顔見知りになっている。合宿に来ている学生は新入部員の方が多いうえ、もう4日間も寝食を共にしているのだ。上級学年の先輩たちや同じ侵入部員の顔と名前を覚えるのに苦労はしないし、それなりに仲良くなれている。

 が、それは大原には当てはまらなかった。彼女は上級生のみならず、同学年にも距離をとっていた。それによって自分が周囲から冷たい目で見られていることも、分かっている。だからこそ、誰とも一緒にはなりたくなかった。誰といても気まずいだけだ。強いて言えば山田や足立、高木の三人なら、まだ普通に会話ができる。だからその三人と一緒になることを願いながら、くじを引いた。

 が――


「……ふん。俺だって必要があれば協力するさ。ただ……あの時は必要ないと、そう思っていただけだ。」


――結果は、これである。

確かに全く会話をしたこともない人と一緒になるのは嫌だったが、それと同じくらい自分を認めない、(きら)っている人物と一緒になるのも嫌だった。


「何が、必要ないんですか?あなた……優華の、敵討ちを手助けするといったじゃないですか。それなら――」

「ああ。それは言った。だが、あの試合と敵討ちと何の関係がある?別に慣れあうつもりはない。俺は俺の力だけで戦う。」

「あなたね。もう少し試合と言うものを――」


 そこまで言って、大原は口を噤んだ。だが、勝輝は彼女が何故口を閉じたかを理解しながらも、その先を明確に突き付けた。


「それは、そっくりそのまま返してもらうぞ。能力を使う気もない奴が戦場にいたんじゃ足手まといの何でもないからな。」

「……」

「ふん、まあいい。さっさと石をみつけて終わらせるぞ、こんなくだらない行事。」

「――そうね。」


 背を向けた勝輝の姿に、大原は唇を噛んだ。



「うげ。まさかあんたと一緒に?」

「人の顔見ただけでそんな顔するなよ!泣くぞ!?」

「ぷっ。あんたならほんとに泣きそう。」

「どう意味だそりゃあ!?」

「そのまんまの意味よ。」


 山田の言葉に、高木は苦笑する。


「まあ、いいさ。このくらい気楽なほうが楽しいからな。肝試しってやつは。」

「気楽な方が?

……ふーん。はーん。」


ニヤリと八重歯を見せる山田に、高木は後ずさった。


「な、なんだよ……」

「さては勇人、あんた苦手でしょ、こういうの。」

「は、はぁ?そ、そんなわけねーだろ。」

「うわぁ。予想通りの反応過ぎてちょっと引いたわ。」

「お前な……」

「あっ!あそこに人影が!」

「……」

「ちっ。こんなんじゃビビらないか。」

「おい。ちょっとまて。まさかずっとそういうことしてくるつもりじゃ……」

「さて、どうかしらね~?」

「……」


にやつく山田に、高木の顔は引きつった。



「おや?まさかここでも井上先輩と一緒になるとは!よろしくです~」

「……そうみたいだね。よろしく、足立さん。」


 足立は相変わらずの笑顔で井上に答える。

 対して井上は、締まりのない笑顔を返した。


「どうしたんです?あ、肝試し、怖いんです?」

「いや……僕はそうでも――」

「私は、怖いです!」

「そ、そうなの?」


自信満々に胸を張る彼女に、井上は思わず笑みがこぼれた。


「でも、先輩と私であれば肝試しも怖いものなしですね!」

「え?どうして?」

「だって私達二人は感覚系ダイバーズ。たとえ幽霊や妖怪がでても襲ってくる前に気付けます!かかってこいお化けたち!」

「え?あ、う、うん。……そうだね?(……おどかし役の人って意味だよな……?)」





「さて、みなさ~ん。準備はよろしいですか?司会進行役の小平咲でーす!」


 森の入り口に集まった部員たちの前に、メガホンを持った小平が立つ。


「今日は疲れている中肝試しに参加してくれてありがとうね~!この肝試しを企画した身としては、部員全員が参加してくれたことを大変うれしく思います!

はい、そこ。強制参加なんだから仕方がないとかいわない!」


小平は小さく咳払いし、話を続ける。


「この森の中には古い神社が一つあります。皆さんにはそこにある蝶の絵柄が書かれた石を、一つもってきてください。

ルートは3つ。古くから使われている細い参道になります。既に皆にはルート地図を配ってあるので、それを参考にして自力でたどり着いてください。帰り道はいま私の後ろに見えている大きな参道をつかってくださいね。

 では、ここでこの神社について和田君から説明をもらいたいと思います。」

「はい。えー、では、僭越ながら俺の方からこの神社に伝わる伝説について話したいと思います。

この神社の起源は戦国時代にまで遡り――」


 退屈だと、勝輝は思う。

こんなくだらない、何の身にもならないことに時間を費やさねばならないのは、何と無駄の多いことなのか、と。

 憂鬱だと、大原は思う。

肝試し、などという二人きりになる状況に、なぜよりによって今会いたくない人間と一緒にならねばならないのか、と。

 不安だと、高木は思う。

正直こういうのは苦手だと。けれど、悪い気はしなかった。

 面白いと、山田は思う。

特段肝試しに興味があるわけではない。けれど、彼を驚かせるのは面白そうだ、と。

 楽しいと、足立は思う。

ようやく合宿らしいことができると、目を輝かせて高揚した。


 皆の想いはばらばらだった。楽しむ者もいればそうでない者もいる。そういう意味では、ごくごく普通の肝試しだ。だから、ここにいる全員がこの時の肝試しは、ただの記憶の一頁になるのだろうと、その程度しか思っていなかった。普通の、大学のサークルのイベントとして記録され、記憶する、そう思っていた。


 けれど、そうは、ならなかった。

彼等はまだ気づいていなかった。この森に、この世で最も邪悪な蛇が、鎌首をもたげて待っていることに。



「総員、配置につきました。」

「ご苦労。」


 月明りもない漆黒の闇。その中で、蝋のような顔が亡霊のように浮き上がる。そしてその顔には、歪み切った毒々しい笑みが付いていた。



「さぁ、この眼帯(オレ)を愉しませてくれよ。ホムンクルス。」



読んでくださり、ありがとうございます。

一応、まだ書き溜めてあるのですが、私事で一旦、毎日投稿を取りやめます。

申し訳ありません。


第二部後編、次回は木曜日投稿予定です

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