第37話 気付き(前編)
昨日投稿できておりませんでした……申し訳ありません。
「ええっ!陽子、そんなことができるようになったの!?」
「いやいやいや!できないよ~!今日ようやくバランスボールに乗れたところなんだもの!」
一日の終わり。いつものように湯船に浸かっていた山田は、足立の話を聞いて思わず身を乗り出した。
「ぜったいに無理だよう。そんなこと、私にはできないですぅ。」
足立は首を大きく左右に振り、子犬のように髪に着いた水滴を弾き飛ばす。
「だって、コンマ何秒しかエーテル支配できないんだよ。それに、数秒間支配できたとしても、それって、その間ずっといろんな音が聞こえているってことでしょ?
そんなの、五月蠅くて頭がおかしくなっちゃうよ。」
「うーん。陽子なら割とできそうなきもするけどなぁ。だって陽子の能力、元々普通の『獣耳』のダイバーズより効果範囲広いでしょ?だから、普通とは違ったアプローチ……例えば、音が聞こえない状態でもエーテルを支配できるように、能力を進化させてみるとか!」
「そんなポケットに入るモンスターじゃないんだし、そんな進化とか無理!っていうか、優華ちゃん無理だって分かって言ってない?」
ふくれっ面を見せる足立に、山田は白い歯を見せる。
「ま、進化は冗談。」
「ほらー!」
「あはは。ごめんごめん。
でも……フィールド全部のエーテルを支配する。……それが出来たら本当にスゴイと思うし、頼もしいよ。なんたって、相手に能力を使わせないようにできるんだから!」
「……そう、かな……」
山田の顔は笑っていたが、目の奥は引きつっていた。
足立は彼女が、自分の可能性に“嫉妬している”と、直感的に理解した。山田が何を目的としてこの部活に入っているのかは知っているし、何を目指しているのかも分かっている。だから、“能力を駆使して戦える”という人物に、憧れを抱いていることも。
山田は友達想いで、家族を愛する優しい少女だとも、足立は理解していた。出会ってまだ3週間しか経っていなくても、彼女が大原とともにある姿や、兄を想う姿はどれも、まっすぐだった。己に嘘をつくことはない、嘘偽りのない人間だ。
そして、迷いなく自分の心に決めた道を突き進んでいる――そう、足立には見えていた。
そんな彼女が自分に見せた表情は、いつもの彼女らしくなかった。自分の道を突き進む彼女が、他人の進む道にわき見をしていると、そう思った。
「で、でも井上先輩の話だと、できても本当に一瞬になるんじゃないかって……」
「それで十分だよ!陽子が1秒、いや、0.5秒でも相手の能力の発動を止めてくれれば、その間にあたしが斬りかかってねじ伏せてみせるから!」
「おぅ……流石武闘派。」
「ふふん。得物さえあれば戦闘型ダイバーズにだって負けない自信があるわよ、あたしは。」
山田は自信満々に拳を握る。だが、その後に吐露した言葉には、やはり憧憬の念がこもっていた。
「でも、そっかぁ。陽子もそんなスゴイ技が出来るようになるのかぁ……」
水面に映った自分の顔が、波に揺られて消えていく。それをすくい取ろうとするように、彼女は片手を泳がせる。
「戦闘型の召喚体を創らなければ戦えない、か。」
現実は残酷だと、彼女は思う。自分より稀有で格上の召喚体を創りだす召喚能力者でさえ、戦闘型召喚体でなければ戦えないと、そう、断言した。それが一人で戦えるようになりたいと願っている彼女にとっては、大きな壁になっていた。
召喚能力者の基本的な戦闘スタイルは2つだと言われている。
1つは“手数”を増やすことで相手を制圧するもの。最もスタンダードな戦闘方法であり、イメージしやすい、味方を増やして“数”で戦うやり方だ。
そしてもう1つは、エーテルの存在量を管理し、味方のサポートをする戦い方である。
(試合のような味方がいる環境下では確かに、サポートに徹して戦うことはできる。それなら、今の『アン』でも可能な戦術はいくつか思いつく。けれど……)
一人で戦う場合、どうしても前者のような戦闘スタイルが必要になる。そしてその場合の召喚体は、戦闘が行えることが大前提であった。
(……『アン』に、戦闘はできない。だから、あたしは戦える召喚体を創らなきゃいけない。なのに――)
「――なんで、できないんだろ……」
「優華ちゃん?」
「あー、だめだめ。あたし、うじうじ悩むのは性に合わないわ~。
そういえば、典子はどう?なんかつかめそう?」
山田は大きく背中を伸ばし、気を晴らそうと話を振る。だが、話を振った相手を見て、失敗したと、山田は一瞬硬直した。そして彼女の予想通り、大原は苦い表情を浮かべたまま、静かに答えた。
「私は……なんとも……」
「……そっか……」
水面に映った掬えない星空が、揺蕩いながら湯気に霞んでいく。こんなにも星の光は弱いものだっただろうかと、そんなことを彼女はぼうっと思う。
(……そんなもん、か……)
湯気を追い払おうとして手を引っ込めた自分に、彼女は首を横に振る。
(――違う違う。だめだめ。これじゃ、ただの傷のなめ合いじゃない。
けれど……この後、どうすれば――)
「……ねぇ、典子ちゃんって、能力を使う時、何をイメージしているの?」
突然の質問に、山田と大原の顔が上がる。見れば、足立が首を傾げて二人を見ていた。
「ええと、それは――」
「いやその、言いたくないなら言わなくてもいいよ。ただ、気になったって言うか……」
「いえ……」
とっさのことであったとはいえ、言い淀んだのはまずかったと、大原は思う。自分には『ネツァク』を行使する具体的なイメージがない。それがまず間違いなく能力をうまく行使できない理由だと分かっているが、それを知られるのは、今の大原にとって嫌だった。
足立は妙に感情の起伏に対して敏感だった。だからこそ、今の自分の心中を察せられてしまうのではないかと、大原は恐れた。このまま曖昧な形でこの話題が治まってくれればと、彼女はそう思っていた。
が、それは意外な展開を見せた。山田である。
「そういえばさ、そういう陽子こそ何をイメージしているの?陽子ってたしか、自分の意志とは関係なく能力を発動させてしまうんでしょ?それって、何もイメージしていなくてもいいってこと?」
「!!」
大原の落ちた視線が、きょとんとしている足立に向く。
「……言われてみれば、確かにそうだわ。陽子さん、あなた、そういう時って、どう……なっているの?」
「う~ん。確かに勝手に発動している時は何もイメージはしていないかなぁ。でも、変な感覚はあるよ。」
「変な感覚?」
「うん。なんていうか……自分の中に、もう一人自分がいる、みたいな……?」
「んん?まって、陽子。なんか急にヤバそうな雰囲気が……」
「や、そ、右腕がうずく!とか、そういうのじゃないから!!」
足立は慌てて首を横に振り、それから何とかして伝えようと、言葉を探す。
「ええと、なんて言ったらいいのかな~。能力が勝手に発動するとき、あ、今能力を使っているって、自分の中で能力を使っている自分を空から見ているような、そんな感じがあるの。」
「自動的にイメージが湧いてしまう、ということ?」
「そう、なのかなぁ。陽子は難しいことはわかりません~。
あ、でもでも!自分で能力使う時は、あの人の話し聞きたいな~とか、こんな音が聞こえるんじゃないかな~って想像していたりすると、ふいっと音が聞こえるようになっているの。」
「ふうん……?」
大原は「自動的にイメージが湧く」といった自分の言葉に、何か引っかかるものを覚えた。何かを見落としているような、そんな気がしたのである。
が、それについて考える間もなく、足立が大原に話しかけてきた。
「まぁ、だから私、典子ちゃんの能力って大変そうだなぁって思うの。」
「え?」
「だって、全然イメージ湧かないんだもん。」
「まぁ、そうね。感情を操る姿なんて、全然具体的なイメージが――」
「え?違うよ。」
「――え?」
大原の心臓が、大きく打った。まさか自分にはないイメージを、彼女はもっているのかと。大原は目を見開き、彼女の口を見つめた。小さな、ピンク色の唇。そこから紡ぎ出される言葉は、どれだけおぞましいのかと、彼女は身構えた。
しかし足立が紡いだ言葉は、大原の、そして山田でさえも、予想できなかったものだった。