第35話 能力の仕組み(前編)
「最強のダイバーズ!?わたしが!?」
一番おどろいた声を発したのは、当の本人であった。足立は目をぱちくりさせながら、自分を見る全員の顔を見返した。
「……どーゆーこと?」
「いやいやいや!どーもこーもねーよ!支配するってことは、情報を付与してエーテルを占有するってことだ!」
「『ダイバーズの10原則』その8。『一度情報が付与されたエーテルに第三者が干渉することは基本的にできない』。これがあるから、試合中情報を付与されたエーテルに対して、他の選手は能力を行使できないの。」
「つまり足立さんが能力を使ってしまうと、フィールドのだれも能力がつかえなくなるってことだよ。」
「えええええ!!」
足立は狐耳を抑え、周りを見る。
「――え。これでていると、皆能力使えないの!?」
「いや。今の状況じゃあ、そんなことは起きないよ。」
「へ?」
あっけらかんと言う井上に、足立はぽかんと口をあける。
「確かに足立さんの能力は範囲こそ広いけれど、『含有率』がかなり低い上に、必要なエーテルも少ないんだ。だから、能力を使っても、空間に使えるエーテルがたくさん余っている。」
「な、なるほど……では、試合のような、エーテルが限られた場所なら……?」
「それも今は無理かな~」
「そ、そうなんです??」
「うん。足立さんのような感覚系のダイバーズは、『保存時間』も短いんだ。具体的に言うと、コンマ3秒ってところかな。」
「み、短か!」
「だから限られた空間で能力を行使しても、すぐにエーテルは解放されてしまう。他の人がすぐに能力を使える状態になってしまうんだ。」
「え、えええ……」
足立は角ついた笑みを浮かべた。
「そ、それ、支配していないのとおなじでは……?」
「いや。支配はしているとも。時間に関しては訓練次第でもう少し伸ばせる気がするけど……」
「あの、井上先輩。ちょっといいですか?」
井上の会話に疑問を覚えた高木が、すかさず手を上げた。
「陽子は確か、10秒以上の会話でも聞こえているはずです。なのにどうして、保存時間が1秒にも満たないんですか?」
「うーん。それは能力の発動する原理に対する考え方が、間違っているからだよ。」
「原理に対する考え方、ですか?」
首を傾げる高木に、井上は微笑む。
「うん。足立さんの能力は、振動を固定ーー保存しているという点が重要なんだ。
振動とは、波。波を固定するということは、モノが動く形を1つに決定するということでもある。つまり――」
「聞こえる音は、一つだけ、ということ?」
「そう!流石咲っち。」
彼は指を鳴らし、教鞭を続ける。
「足立さんが拾える音は、糸電話一個で一つだけなんだよ。分かりやすく言えば、“ド”の音を拾ったら“レ”の音はその糸電話で拾えなくなる。つまり会話を聴きとる場合、会話に含まれる全部の音の分だけ毎回糸電話を伸ばしているってことになるんだ。」
「へぇ。じゃあ、陽子が10秒以上の会話を聞こえるのは、その会話に含まれる音全部に対して、常に糸電話を張り続けているってことなのか……?」
「そのとおりだ、高木君。」
「あ、そうか!」
井上の言葉に、高木はあることに気が付いた。
「エーテルの振動の速度がどんなもんかは知らないが、音速と同じだって考えたら100や150メートルなんて一瞬だ。陽子の能力は『保存時間』が短くても、それで事足りているってことなのか。逆に長すぎると、永延に音が聞こえ続けてしまうから!」
「That’s Right!
彼女の能力は、そもそも長時間のエーテルの保存を必要としない能力だ。だから『保存時間』が短いんだ。」
「はー。なるほど!」
「だから、たとえ瞬間的に全ての空間のエーテルを占有できたとしても、今の状態じゃぁあまりにもそれが短いから、他のダイバーズから見たら占有していないのと同じに見えてしまうんだ。」
「ええー。それ、やっぱり全然最強じゃないですよお!」
足立は膨らませた期待を、肩と一緒に落とした。しかし、井上はそれに同調しなかった。
「いや、そんなことはない。努力次第だよ。
ダイバーズは鍛えれば『含有率』と『保存時間』は伸ばせるからね。今回は皆に“重心の固定化”“技の獲得”という2つのことを通して、『含有率』と『保存時間』を伸ばす訓練、要はイメージの構築とその細分化をしてもらっている。
足立さんもこれをこなしていけば、相手の能力行使を1秒足止めしたりとかできるようになると思うよ。」
「い、1秒、ですか……」
苦笑する足立を、小平は力強く励ました。
「1秒って大きいわよ~。私達接近型ダイバーズにとってコンマ一秒の判断ミス、能力行使の遅れは命取りになるから。それが自由自在に出来るとしたら、マジで強敵だわ。」
「ほ、ほんとですか……?」
「うんうん。」
「それに、足立さんには『保存時間』以外にもさらに改良できる点がある。」
半信半疑の足立を後押しするように、井上が言葉を付け足す。
「足立さんの能力は空間全部っていっても、360度全方向に常に能力を使っている訳ではなさそうなんだ。見た限りは、ね。
つまりそれは、自分で占有できる方向を決定できるということ。
もしそれができれば、足立さんは空間全部、だけではなくて、特定の場所にあるエーテルだけを占有し、フィールドのエーテルを自由自在に操ることができるようになる。」
「う、うーん。そう、なのかなぁ~?だとしたら、確かに強そうに聞こえるけれど……」
「まぁ、逆に言えば、足立さんはまだ能力を発動させる方向をコントロールできていない、ということでもある。もしこれをコントロールできていれば、君の重心は常に腰の位置で固定されていて、もっと早くバランスボールに乗れていただろうからね。」
「お、おぅ……そうなんですね。」
「うん。ただ、ま、そもそも体力バランスが滅茶苦茶だから、普通に体鍛えたほうがいいとはおもうけどね。」
「あぅ。」
「しかし井上先輩、よく陽子のコトみていますね。俺なんて、狐耳がついたら遠くが聞こえるようになったってだけかと思っていました。」
話がひと段落ついたところで、高木が率直な感想を述べた。
それを聴くと、井上は少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
「あははは。それはありがとう。
でも、これは僕の役割だからね。これでも一応、僕は能力者競技部のトレーナー隊長だ。僕の仕事は皆がはやく能力を使いこなせられるようにすること。皆が能力を使いこなせられたと、実感できるようにすること。そのためには、どんな些細な特徴も見逃すことはできない。そして『疲労』の出方や能力に関する論文を読み漁ったりしないと、その特徴を活かしてあげることはできないんだ。」
「すげ……まるで先生みたいっすね。」
「まるでっていうか、健太は教員目指しているのよ。」
「そうなんですか!?」
「あはは、恥ずかしながら、ね。」
「へぇ。将来の夢や目標があるってすごいですね!俺なんか、そういうの全然考えていないから。」
「おっきな人2号君は脳筋ですなぁ~」
「う、うるせぇ!」
他愛もない会話が弾む。勝輝が漂わせていた静かな殺気を浄化するように、彼等の談笑はその場に広がった。
ただ一人の男だけを除いて。
(……)
勝輝は、会話に入れなかった。その場に居ながら、完全に空気と化していた。単純に会話に入る必要がないというのもあったが、どうすればいいのかよくわからなかったというのが、本音だった。
(別に、他人と関わる必要などないのだから会話をする必要もない。
――いや、違う。
関わってはいけないはずだ。俺の秘密を知られないようにするには、それが最善。会話などもってのほか。安全を確保するならこの場から離れるのが最善手だ。だが――)
勝輝は己の足を睨み付ける。
(変だ。合理的に考えて彼等と距離をとること、それが最善手なのははっきりしている。そしてそれを、俺は適切に理解しているはずだ。それなのに、何故か、その考えは違うという、根拠のない妄言が俺の中に存在している。これは……どういう、ことだ……?)
勝輝は自分の中に原因を突き止めることができなかった。参加もしていない談笑の中に己を引き留めている理由――それが分からない。
故に、彼は外に原因を求めた。この談笑そのものに、なにか原因があるのではないのかと。
そうして彼は静かに、話の続きに耳を傾けた。




