第34話 焦り(後編)
(そもそも、高木の能力が体表面を固く変質させる『硬質化』であるのなら、変質はできても変形させることはできない能力だ。だがたとえ“変形”の能力をも有していたとしても、それが変形だと認識できていないのなら、これはアルケミストとしての領分を、明らかに逸脱している!)
勝輝は高木の腕を睨み付け、己の中で分析を行う。
(……最初に教室で模擬戦をやった時にも、奇妙だとは思った。俺の剣を一度や二度受け止めるだけならまだしも、この男は連撃を全て受け止めて無傷だった。
本来、体の表面を硬質化させる能力は、皮膚へのダメージは防げるが内臓までは防げないもの。皮膚を固くした程度では、衝撃を和らげる緩衝材には成り得ないからだ。骨や筋肉を硬質化できる能力ならまだしも、彼はそうではない。
だからあの時は表面を硬質化させる能力ではなく、『硬質化』の上位能力である『構造変化』等の別種の変質系能力なのかと思った。
だが、今回のこれを見てはっきりした。こいつはアルケミストとソーサラーのダブルクラス能力者だ!)
勝輝は高木とその周囲の人間をぐるりと見渡す。
「おっきな人2号くんは絶好調ですなー。私もはやく技をおぼえたいな~。」
「陽子の技か。正直どんなものか想像ができないんだけど、何か案はあるのか?」
「ないっですっ☆!」
「そんな自信満々に言わなくても……」
(やはり、誰も気が付いていないのか。彼自身も含めて……
彼はアルケミストとソーサラーの能力を、同時に発動、さらには融合させている。岩を貫くという話から、おそらくあの爪はエーテル体。そうなれば、彼の言う“硬質化”の正体は、体表面を硬質化し、その上にさらに極薄のエーテル体を構成する融合能力ということになる。彼が俺の攻撃に耐えていたのは、物理干渉を受けないエーテル体で衝撃を吸収しているからといったところだが――)
勝輝の拳に、自然と力が入った。
(そんなものを無意識に使えるようになるなど、天才以外の何者でもない!
体表を硬質化し、さらに全身を俺の斬撃をも防ぐエーテル体で覆う、だと!?
そんなもの、『能力武装』以外の、何だというのだ!!)
「おい、顔色が悪いが大丈夫か?」
「!?」
高木の声に、勝輝は我に返った。見れば少し心配そうな表情を浮かべる高木の姿がある。
勝輝は強張った表情を塗りつぶすように、全力で作り笑いを浮かべた。
「あ、ああ。少し疲れただけだ。」
「そう、か?」
「……」
勝輝は一度、大きく深呼吸をした。
(落ち着け。たとえ高木勇人という男が生まれながらに『能力武装』と同等の能力行使ができていたとしても、俺の目指す場所は変わらない。確かに彼から何かヒントを得ることもあるかもしれないが、それがどうした。彼は、俺とは何の関係もない――)
勝輝の慟哭は、一瞬で不安に染まる。
ほんとうにそうか?と、誰かが問いかけてくる。
本当に、それでいいのか、と。
「……」
「勝輝?」
「ああ、いや、なんでもない。それよりも――」
勝輝は暗闇からの問いかけから逃げるように、話をそらした。
「それよりも、足立さんの技がどうとかって言っていたようだが……足立さんは結構この修行に苦戦していたと聞いている。何か成果はあったのか?」
「あっ!ひどい!勝輝君まで私を馬鹿にしてるー!わたしだって、この2日で成長したんだから!」
足立は頬を再び膨らませ、堂々と胸を張る。
「へえ、そうなのか!そいつは頼もしい。」
「そうでしょう、そうでしょう、勇人君。陽子は一つ、新しいことができるようになったのです!」
「ほう。それは?」
「バランスボールに、乗れるようになりましたっ!」
「ペットの話しかな?」
「ちっがーう!!わたし!わ、た、し、が、乗れるようになったの!ね?すごいと思わない?」
「ソ、ソウダネ。スゴイトオモイマス、ハイ。」
「全然褒めてない!ね、勝輝君もそう思うでしょ?」
「…………」
「だ、だめだ!勝輝君が憐れな子犬を見る様な目をしている~!
い、井上先輩~!」
足立は半分べそをかきながら、自分の教育担当であるオッドアイの青年に助けを求めた。
「あははは。そうなっちゃうよねぇ。でも僕は、これは大きな一歩だと思っているよ。」
井上は苦笑しつつも、涙を浮かべる足立の頭を優しくポンポンと撫でる。
その様を見て、引きつった笑顔を見せたのは小平だった。
「い、いやぁ、こういうのはアレだけど、流石に甘やかしすぎじゃない?」
「いや、そうでもないよ、咲っち。この合宿の間彼女の担当になってみて分かったんだけど、足立さんは能力のせいで、もともとバランスをとるのが難しいんだ。」
「そうなの?」
「ああ。なんせ驚いたことに、彼女の能力の起点は頭だけじゃなくて全身だった。」
「「全身!?」」
井上の言葉に、その場に居た全員が声をそろえていった。
「え。陽子、おまえ、体全身で能力を使っているのか?」
「うーん、まだ陽子はよくわかってないんだけど、そうらしいよ?」
「うん?じゃあ、そうなるとその獣耳は……飾か?」
「あ!勇人君また失礼なこといっている!!ちゃんとここで聞いていますよーだ!」
「んんん?じゃあ、どういう……?」
「ちょっと説明すると長くなるのだけれど……そうだね、順を追って説明するよ。」
首を傾げる高木に、井上は説明する。
「まず、これは僕ら感覚系統のダイバーズに多いのだけど、彼女は感覚を“受け取る”ために、空間のエーテルを支配しているんだよ。」
「エーテルを、支配?」
「そう。実は彼女は空気を伝わる音を聞いているんじゃなくて、エーテルの振動を“音”としてとらえているんだ。極端なことを言うと、彼女の聴く“音”の媒体はエーテルそのものなんだ。」
「ふ、ふむ。で、それとエーテルを支配とは、どういう関係が?」
「……音を保存している、ということか。」
高木の疑問の解答を、勝輝はつぶやいた。
「お。さすがだね、吉岡君は。」
「どういうことだ、勝輝?」
「……足立さんの能力は“遠方の音を聞き分ける”という力だ。だが音は減衰するうえ、遠方の音は耳に届くまでに他の音と干渉して判別などできない。それを可能にしようとするには、遠方の音、その振動を固定させて自分の耳に届けなければいけない。」
「??????」
「まぁ、簡単に言ったら糸電話だよ、高木君。」
「糸電話、ですか?」
井上は頷き、説明を続ける。
「彼女の能力は、聴こうと思った場所まで糸電話を作っているようなものなんだ。完全に音を保存するだけなら蓄音機と言いたいところだけれど、彼女の力はそこまで限定的じゃあない。彼女は色々な雑多な音の中から、自分の聴きたい音を聞き分ける力。空間にあるエーテルを一時的に支配し、その支配したエーテルに載ってきた振動が減衰しないよう、他の音の振動に干渉されないよう、その振動を保存させたまま自分の耳に届けさせている。」
「ほう。なんとなく、分かりました。となると、陽子の獣耳は受信機で……」
「空間に糸をはるために行使する能力起点が、彼女の体全身だ、ということだよ。」
「なのですよ!」
なるほど、と相槌をうつ高木をみて、何も分かっていない足立が満足げな笑みを浮かべる。
そしてその説明を聞いて目を引いて驚いたのは、小平だった。
「まった。まった、健太!」
「うん?なに、咲っち?」
「確か、足立さんって100メートル先まで遠方の音を聞き分けられるんだよね?」
「そうらしいよ。」
「そ、それってつまり、足立さんは――100メートル先のエーテルを支配できるってこと!?」
「!?」
小平の言葉に、高木が目を見開く。
「はぁ!?そ、ちょ、それは、いくらなんでも化け物すぎるだろ!?」
「ああ!またおっきな人は!!」
「いや、だってよ!能力者競技は、エーテルを支配した方が勝つんだ!つまりおまえは――」
「?」
「ああ、高木君、君の言わんとしていることは分かるよ。
何しろ『フラッグ・マッチ』のフィールドは、縦100メートル、横50メートル。つまり彼女は、この領域全てのエーテルを全部支配できてしまう。それはこと試合において――」
――最強のダイバーズだ。
 




