第08話『ソータの語る過去』
「二つ目に入る前に、ちょっとだけ私の昔話をしましょうか」
ソータの過去。
托生は話を聞く前に推測してみる。
これだけ優しい少女だ。きっとたくさんの愛に包まれて幸せに生きてきたのだろう──…托生はそう、たかをくくっていた。
「聞かせてくれ」
「はい…私が産まれたのは12年前の冬の夜。私が産まれた家は、代々優秀な魔術師を配属してきた家でしたが、そこはかなり評判が悪く、家名を口に出すのも憚られるようなものでした。私もその血で人に虐げられ、悪魔の子だって罵声を浴びせられました。私を憎んでいる人たちがいつ襲って来るかわからず、部屋のベッドでうずくまり震えていました」
「…え?嘘だろ?」
托生は驚いた。優しい笑顔をもつソータに、そんな過去があったなんて信じられない。
「本当ですよ?」
ソータは微笑んでいたが、表情の陰りから見てすぐに作り笑いだとわかった。
「親には相談しなかったのかよ?そしたらちょっとは楽に──」
「無駄ですよ。私は恐怖で自分を閉じ込め、落ちこぼれになっていましたから、両親は私に興味なんてありません」
「でもっ、それがお前が見放される理由には──」
「反論をひとつ述べれば、すぐに家を追放されます。私の家の厳しいしきたりです。そしたら次こそ、私の居場所はなくなってしまうんですよ」
強く言い切ってみせたソータに、托生は押し黙った。
「私には5つ上の兄がいました。兄はその家でも、間違いなく歴代最強の存在です。私は愛想つかされていたのでトレーニングもさせてもらえませんでしたが、兄にだけは尽くしていました。今の私のレベルはlv4ですが、私が家を飛び出すまでの兄のレベルは、50まで到達していましたよ」
「…ごめん」
「…?」
「俺、お前のそんな悲しい過去を知らずに、『平和なところでぬくぬくと育ってきた』とか…」
「ああ…そういうことですか、気にしないでください。私ももう気にしてませんから」
「何で…そんな簡単に許してくれるんだ…?」
「簡単ですよ。托生さんの暴れる相手は、私ではなく托生さん自身ですから。私はそんなので傷つきはしませんよ」
彼女は一人で何でもできる。一人で生きていける。だからこそ、自分の心に悲しみを蓄えてしまう。
托生を抱きしめるソータの体は小刻みに震え、その目からは彼女が蓄えた悲しみがこぼれていた。
「ごめん…」
すると無意識のうちに托生の手は前に出て、ソータの目からこぼれるそれをぬぐってやっていた。
彼の中に、ソータへの庇護欲が産まれていたのだろうか。
「私の昔話はこれで終わりです。私が托生さんは優しいと判断した二つ目の理由…その証拠は、あなたの目の前にありますよ」
「俺の目の前…?」
托生の目の前には、ただソータがいるだけだ。
「そうです。あのとき石を投げていなかったら、私はこの世にいません。あなたはとても優しくて、そして勇気がある人なんですよ。先程のことも、きっと同族嫌悪なんてことじゃないです!」
ソータの言葉は、托生の心までもを優しく包みこむ。
托生の心は、ちょっとずつ優しく変わっていっていくようだった。だが、今の彼の心では、どうしても“クズ”が勝ってしまう。
そんなポジティブな結論には至りきれず、彼は頭をふる。
「そんなのはまやかしだろ!俺が元いた国で、どんな暮らしをしてきたか、お前は知らないんだ!」
そう言うと、頭の中にまた、あの日本での生活がフラッシュバックしてきた。
「やるべきことから平気で逃げ出して、自分の怠惰が招いて手にいれたものに不満面!そんな俺に優しさだとか勇気だとか、そんなもんが──」
「そうでしょうか?」
ソータはやさしく問い返してみせた。
「…!?」
今までソータが見せてこなかった態度に、托生は驚愕する。
「もっとポジティブな部分に目を向けてみてください。あなたの記憶の中に、あなたに救われた人がいたはずですよ」
「俺が…救った人…?」
托生は、こんな自分が誰かを救うなんて考えてもみなかった。
最も近くにいた心花にだって、自分は一度も笑いかけたことなんてない──托生はそう思うと、心の中に声が響いた。
『──違う!』
その声は、托生自身の声だった。
「え…?」
今托生は、自分の思いを自分で否定したのである。
『お前はずっとそうだな。8年前から、ずっと…』
「8年…」
8年前という数字を聞いて、托生はハッとした。
そしてその結果、何が見えてきたのか…。
「そうか。全て思い出したぞ」
托生の脳内に、記憶が次々と蘇ってくる。
「ソータ、俺ひょっとしたら、思い出しちまったかもしれない…それが何の記憶なのか詳しくはわからない…だけど…──」
ソータは托生への抱擁を止め、手を握って彼の心を落ち着かせ出した。
「8年間忘れ続けていた、俺の大切な記憶なんだ…」
ソータが托生の手を握るのに、さらに力を込める。
「その話、聞かせてもらってもいいですか?」
その瞬間、托生は全てを、この少女に告白することにした。
「ソータ、俺は今からお前に伝えるのは、俺が元いた“世界”のことだ…」
「元いた世界…?」
「ああ…この事は、お前と俺だけの秘密だぞ?」