第05話『チェヴィルの稽古』
廊下を歩いていると、一人の少年が目に入った。
「おや、これはこれはお二方…」
セイン王子は、落ち着いた物腰で会釈した。
「こんばんは…」
ソータが膝をつくのを見て、托生も見よう見まねで会釈したが、国王と同じように止められた。
「国王と同じように、私にも頭を下げられることはありませんよ。私も国王も、メイドにも騎士にも国民にも、頭を下げさせることはありません」
「は…はあ」
頭を上げる二人に、セインはニコリと微笑んだ。
「いやはや、実力試験のお二人は、実にすばらしかったです。Cスマッシュ、そしてインテンスサンダー──あのスキルの迫力は、私の期待を大いに越えてきてくれました」
「「ど、どうも…」」
「お二人を防衛戦士として迎え入れて正解でした。これからも、期待していますよ。…では」
セインは二人を称賛してから、廊下ですれ違った。
だが、ソータが呼び止める。
「どちらへ?」
セインはしばし立ち止まる。
「姫様は今、カトラ様とラトカ様に魔法のレッスンを受けておられますので、様子を見にいこうと…──あっ!」
そこまで言って、閃いたように言う。
「よかったら、お二人もどうです?」
「「…えっ?」」
※地下の広いトレーニング施設
「むぅ…」
行ったら行ったで、結局チェヴィルに睨まれてしまった。
チェヴィルの麗しいドレスは、動きやすいウェアになっていた。
「…セインが呼んだの?」
「ええ。いい顧問になると思いまして」
チェヴィルは托生たちの方を見る。
「「どうも~」」
二人はバカにニコニコしていた。
追い返そうとしたチェヴィルだが、コロシアムで見た二人の実力を思い出す。
「私たちは異論ありません」
「お二人の実力はよく理解しておりますので」
メイド服から動きやすく着替えたカトラとラトカも、それには了承していた。
それにチェヴィルはため息をついた。
「はぁ…わかったわよ。受ければいいんでしょ」
「ふふふ」
いやいや了承したチェヴィルに、セインは微笑んだ。
托生はチェヴィルに聞く。
「で、授業って何してるの?」
「…攻撃魔法の実践よ。ウィンドボールを狙いすまして飛ばせるようになるの」
「…へー」
思った以上にスポーツの苦手な女の子らしい悩みだと思った。
托生は授業のメニューを閃く。
「よーし、チェヴィル。レベルは?」
「…21」
『チェヴィル(lv21):素質値630』
「やるな…魔法は得意か?」
「素質はあるって言われるけど」
「…よし。じゃあ、俺が的になろう」
托生はチェヴィルのまっすぐ8m先に立つ。
「さあ打ってこい」
「そんな性癖が…?」
「そんなんじゃねえって!こうしたほうがわかりやすいんだよ」
托生はチェヴィルのウィンドボールを待っていた。
向かい合う二人に、それ以外の四人は注目した。
「ウィンドボール!」
チェヴィルは掌にボールを溜めた。
その緑色のエネルギーを見る限り、彼女にはやはり素質がある。
そして投げた。
だが、突然それてしまった。
「…あれ?」
「わかってるのよ!下手だって言いたいんでしょ!」
顔を真っ赤にするチェヴィルに、ソータがジェスチャーをしつつアドバイスを出す。
「実はウィンドボールは、下から上にむけて滑らせるように投げると、標的に向かって飛びやすいんですよ」
「わ、わかった」
チェヴィルは少し疑いつつも、ソータの言った通りに投げる。
すると、ボールは素早さを増し、托生の方へと飛んでいった。
「やった…!これなら!」
チェヴィルの顔が希望に満ちる。
だが…
「ほいっ」
「えっ」
托生がキャッチボールよろしく受け止め潰すと、消滅してしまった。
ずーん…──と表現されるであろう様子で落ち込んだチェヴィルに、托生はすぐにかけよってフォローをかけようとした。
「ああもう、ごめんチェヴィル」
すると、チェヴィルの顔がニヤリとしたような気がした。
「…ん?」
気付けば、托生の腹部に高密度のエネルギーを蓄えた手があった。
「ぶっ倒れろ!インパクト!」
チェヴィルの托生へのヘイトを乗せた一撃が、見事に命中した。
隙さえつけばちょろいものだと、チェヴィルはほくそ笑んでソータの方を見た。
「ふっ…どう?相棒がやられた気分は…」
きっと悔しさに涙を流していることだろうが、予想は大きく外れ、彼女は満面の笑顔で拍手をおくっていた。
「え…?」
ポカンとするチェヴィル。
「すごいぞ想像以上だ。さすがは姫、天才肌だな」
微笑みをたたえた托生の声。そしてチェヴィルの腕はつかまれる。
「!?」
チェヴィルの目の前には、満面の笑顔の托生がいた。ついさきほどのダメージはなかったとでもいうのか、彼の息さえ切らさない様子にチェヴィルは息をのんだ。
「でもさぁ、接近戦は俺の専売特許なんだわ」
チェヴィルは心の底から痛感した。
これは勝てない──と。
托生は成績簿にサインをするカトラに声をかけた。
「カトラ。チェヴィルの今回の成績はA以上だ。同レベルの時の俺なら危なかったからな」
「…わかりました」
カトラは成績簿に、AAとサインした。
「おつかれさまです、チェヴィルさま」
ソータは、ベンチにへたり込むチェヴィルに水を差し出した。
※
セインは、はっと閃いた様子になった。
「そうだ。托生さん、あとソータさんも」
「ん?」
「チェヴィルさまはお疲れですし、少しここは見て学んでいただくのはどうでしょう」
含みのある言いように、二人は首をかしげる。
「ラトカさん。カトラさん」
「「はい」」
カトラとラトカは、托生とソータの前に立った。
彼女らの目は、さながらアサシンのようだった。
「2vs2の組手──いかがでしょうか?」
「!?」
托生とソータは驚いていたが、すこし口角が緩んでいた。




