第07話『クズな托生』
静かな場所で托生を看てほしいと、托生とソータは部屋にいるように促された。
ソータは托生をベッドに寝かせ回復魔法をかけると、彼の痛みは和らいでいった。
「托生さん…どうしてこんなことを…」
「…言っただろ。同族嫌悪だって」
「同族って…あの三人と托生さんには、何の関係も──」
「大俺もあいつらも、どっちも人間のクズなんだよ。ゴミクズだ。立派に同族だろ」
クズとは、人間が堕ちるまで堕ちた末の蔑称。
小中不登校を一貫し、フリーターとしてのうのうと生きる──そんな自分こそが、正真正銘のクズであるという。
「托生さんは、どうして自分の事を、そう簡単にクズと言えるんですか?」
「簡単…?俺の気持ちも知らずに…」
「あなたがどれだけ周りから馬鹿にされても、自分を否定的に見てはいけません!」
ソータの瞳には一点の曇りもなかった。純潔な宝石のように、どこまでも澄んでいた。
それは見つめられれば、誰もが心を打たれる可能性を秘めているだろう。
だが托生はその目が、同時に気に入らなかった。
「托生さん…あなたは本当は、とても優しい人なのに…」
だが托生はそれを否定する。
「ソータ…お前は本当にいいやつだよな…」
「…」
ソータは俯いたまま黙ってしまった。表情に陰りが浮かぶ。次に投げ掛けるフォローでも練っているのだろう。
だが、托生には何を言おうが無駄だった。
つくづく托生の態度には気持ちが悪くなる。
「もういいだろ。ごめんな。もういい加減やめにしないか?お前がいくら俺を正当化しようと響かないんだ」
「だって──」
ソータはまだ続けるつもりらしい。
托生の心に、沸々と熱いものが湧き出始めてきた。
「なあ…そろそろやめてくれねえかな…?」
托生は何とか口角をあげ、ソータに優しく訴えかける。
「托生さんは…──」
口数の減らないソータに、托生の何かがぷっつりと切れる。
「ちぃっ…!!止めろっつってんだぁあ!」
舌打ちと歯ぎしりを合図に、托生は恐喝とともにソータの方へと、大きな足音を立てて進んでいく。
ソータの背中を壁に押し当てて、壁を右腕で思いきり叩きつけた。
だがソータには、あまり響いていないらしい。
「優しい優しいって、…イチイチイライラさせることばっか言いやがってッ…!俺の…何を知ってんだよッ!」
托生がいくら止めようとしても、体は言うことを聞かなくなっていた。
こんな出会ったばかりの少女に、なぜ心中の一切を吐露しようとするのか──それは托生自信もわからなかった。
托生の体はそのまま、腕は何度も壁を打ち付け、唾が飛びそうな勢いで口を動かす。
ソータは抵抗を一切せず、反論もしなくなった。
「俺が優しいなんて…お前が平和なところでぬくぬくと過ごしてきたから言えるんだ!俺は汚ない国で、汚ない人々や風習に惑わされながら生きてきたんだ!そうやってドクズに成り下がった俺が優しいだと!ふざけるなよぉ…!」
思いをぶちまけた後、托生の喉はじんじんと疼いていた。
次に托生は倦怠感に襲われ、そこに膝をついた。
突如始まったパニックは、托生の意識は関係なかった。自然に現れてきたという言い方が適当だろうか。
ソータは沈黙の末に、はじめてそこで口を開いた。
「…托生さんはクズでないと、優しい人だと証明できますよ?私なら」
ソータは『優しい』の一点張りではなく、証明すると言った。
それは托生にとってかなり意外な事だった。
「私があなたが優しいと思った理由はふたつ。まず一つ目は、さっき気付いたことなんですが…──」
ソータのソプラノの響きがよい声に、心がじわじわとほぐされていくのを感じた。
「托生さん…あなたは私に思いを暴露している際、泣いていたんですよ…?」
「…!?」
ソータの掌が、托生の頬を撫でる。
目から涙が溢れているのが、確信をもって伝わってきた。
托生は涙をこらえることなんて、今まで何百回もやってきていた筈だった。
バイト先でどれだけ辛いことがあっても、心花の前では涙を見せまいと徹してきた。涙など簡単に堪えられた。
クマができたのは、そのためである。
「…托生さんは、今まで誰かに、自分の悩みを伝えられていなかったでしょう?だからさっきのように、激しく流れ出てしまうんです。今まで流さなかった涙も…」
ソータは子を抱く母のように、托生の半身を優しくなおしっかりと抱擁した。
体温が染み込んでいくとともに、托生はゆっくりと落ち着きを取り戻していた。
まるで、目の前のこの少女に全てを見透かされているような、そんな気分だった。
「助けて…くれ…」
無意識のうちに、そんな声が嗚咽を交えて漏れ出た。
まるで托生の中に、もう一人の自分がいるかのようだった。
「助けましょう。“あなたの優しさに私が救われた”ように、私はあなたを救うことができる…受け入れるもそうしないも、あなたの自由です」
托生にとってその発言は、異様な信頼性を孕んでいた。
「苦しそうにもがく、かわいそうなもう一人のあなたも一緒に…」
ソータは托生の背中を撫でて、優しく語りかけ始めた。