第71話『正義の神の力 極まる』
暗闇の空間で、托生はひとりうつむいていた。
目に光はない。ただひたすらに、絶望が彼の心を蝕んでいく。
なぜ二人を守れなかったのか…──そんな理由、すでにわかりきっている。自分の力不足がもたらした結果だ。
托生は、ただ自分が憎くて仕方がなかった。
──私が死んでも、自分を責めないでください…私はあなたと出会えて、一緒に生活できて、楽しかったです…
ソータのあの辛そうな表情が、頭から離れることはなかった。
目にあったあの輝きは…別れの悲しみを湛えたあの涙は、彼の心をこれ以上ないほどに締め付けていた。
──どうか、お元気で…
ミィは、托生の暴走を止めるために死んだ。
最初は気に入らなかったが、彼女は最後まで自分のことを気にかけてくれていた。
托生は、ますます自分をを憎んだ。
そのとき、暗闇の空間に巨大な青い炎が現れる。
『希望を棄てるでない…』
正義の神は気の毒そうに語りかけた。
だが托生は震えて消え入りそうな声を返した。
「ほっといてくれ…」
語りかけを払いのける托生に、正義の神はここにきて厳しく彼を叱咤した。
「…本当にそれでいいのか!うぬにプライドはないのか!」
希望を失った托生には、もう何も残ってはいない。プライドも、何もかも。
いくら正義の神とは言えど、今の絶望にふける托生にはお手上げであった。
だが、今の托生に語りかける者が一人だけ現れた。
「ふざけるなよ…!」
突如声をかけられると、托生は何者かに胸ぐらをつかまれた。
その男の容姿にはピンとくるものがあった。青いジャージ、伸びきった髪、目の下のクマが特徴的な青年だった。
男は、誰よりも強い目で托生を見据えた。
「お前の苦しさは、誰よりも俺が知ってる!だけど、お前はその程度でくじけるヤツじゃねえだろ!」
その男も、同じくして苦しみに堪え忍んだ人物でもある。8年間もずっと…。
だが托生は、そういう男に叫んだ。
「うるせえ!てめえだって、あのときは絶望してやがったろ!なんでみんな死んでいくんだよ!どうしてどうしようもねえところで、みんな死んでいくんだよ!」
托生の訴えは、心の底から逆流するようだった。
怒りに声が所々裏返る。だが、その怒りの対象は、自分自身でもあった。
「希望なんてあったか!?結局俺は、何にもできないただの弱虫だ!8年前から、いやずっと前から、俺は何にも変わって──」
男は、托生を掴む腕にさらに力を込め返した。
「それでも!──」
托生は、男の強く輝く瞳を目にした。
「…希望は、あっただろ!」
そのとき、托生の脳内をあらゆる記憶が錯綜する。
ソータと出会い、ソータを知り、ソータに打ち明け、ソータと戦い、ソータと笑ってソータと泣いた。
カルルージュギルドのみんな──ゲバブルドやフェイルとの友情。
ミィに託される戦いへの意志。
「!?」
「失っていいのか!ソータを!ミィを!希望を!嫌なら立ち上がれよ!」
托生の脳内では、ソータに救ってもらったあの夜が思い出されていた。
──もうソータに、悲しい顔はさせない
「まだ…髪飾りも直ってないのに!キスだってしてやってねえのに!」
ソータを助けたい!──托生の心の奥底のパワーが呼び覚まされる。
彼女の悲しそうな顔はもう見たくない。彼女を悲しくさせたくない。
再び瞳に光を取り戻した托生は、男に向き直った。
「托生よ…うぬにいいニュースがある」
托生は振り返ると、正義の神が喜んでいるようにもみえた。
「ソータとミィは、まだ生きておるぞ!」
「!?」
托生は、嬉しさのあまり涙すら流した。
彼の希望が、さらに大きくなった。
「本当か…っ!」
正義の神は、嘘をついている風はなかった。
だが、托生はあのボスのパワーを思い知っていた。
自分では今のアイツには手も足も出ない──托生はそれを重々理解していた。
だが、托生に男は語りかけた。
「大丈夫さ!俺も力を貸すぜ!」
「え!」
「一か八かの賭けだが、俺たち二人なら、正義の神の力を極限まで引き出せるかもしれない!」
「…!」
正義の神は、男の意見に対して不敵に笑った。
「いいだろう!うぬに我の力を注ぎ込んでやる!」
托生は、男に手を差しのべられる。
その手を、托生の手が握り返した。
「いくぞ!」
「おう!」
二人の力と、正義の神の力が融合するとき…──戦いは決戦を迎える。
托生に、その巨大な腕を振りかざそうとるボス。
だがその時、ボスは違和感を感じ取った。
「…!」
托生の体に銀色のオーラが纏われると、空が暗い雲に包まれ、雷を落としはじめた。
風が吹き荒れ、すべての生命がその力に鎮まった。
「いったい何が…!?」
突如、托生の銀色のオーラは消えたようだったが、消えてなどいない。托生の中に吸収されたのである。
そして突如、彼の髪が銀色に発光する。再び銀色のオーラは、さらに繊細で美しく托生を包み込んでいった。
「くっ…」
托生の圧倒的な存在感に、ボスははじめて足を震わせた。
「俺が…負けるかぁああッ!!」
ボスはなんとかその腕にありったけの力を込め、托生に振り下ろした。
その攻撃を放つのに、ボスは身震いするほどの恐怖心をなんとか忍んでいた。
だがその攻撃は、確実に托生を捉えていた。降り下ろされ、地面にはメガトン級の亀裂が入る。
「やったか…!」
ほっとするボス。
だが、そこに托生の姿はなかった。そしてそれどころか、ミィの姿まで…。
グレムリンは、ハッとして後ろを振り向く。
「…!?」
そこでは、托生がミィを傷ひとつなく回復させていた。無かった呼吸すらも確かに戻っていた。
さらに、托生はソータを回復させた。
回復魔法を3回かけただけだったが、十分だった。
「なに…!」
ボスは驚くが、托生はそれを気にする素振りも見せず、ソータの鼓動を読む。
そしてその鼓動のムラを感じ取り、彼女の鳩尾に人差し指で衝撃波を放った。
──バンッ!
ソータの鳩尾がグンと凹む。
すると、ソータに変化が起きた。
「…げほっ!げほっ!」
ソータは、呼吸を取り戻したのである。
「バカな!確実に殺したはずだ!」
驚愕するボス。
安心したような托生は、ソータをミィと同じように地面に寝かせる。
その隙に二人を攻撃することも出来た筈だったが、托生の放つ存在感はそれを不可能にしていた。




