第32話『形勢逆転』
ジェーハドゥムラは、今もなお発狂し続けていた。
王者としての風格はどこへ消えたのか、狂ったように暴れ回っているソイツは哀れにも見える。
「ストリームレーザー!」
突如、戦場に響いた声とともに、伸びてきた3本の風の光線がジェーハドゥムラの肉に刺さった。
「グッ…ギュアッ…!?」
苦悶を漏らしながら光線の方向を向くヤツの視線の先には、托生とソータの姿があった。
ジェーハドゥムラは驚いたようだったが、すぐにソータに攻撃を仕掛けた。
だが、ソータはヤツの連続エネルギー弾を次々と避けていく。そのスピードはまるで風のようだ。
だがソータは逃げているのではなく、確実に距離を縮めていた。
「アア…ッアーッ!!」
ジェーハドゥムラはそこから翼を振り、逃げるつもりか空に高く飛んだ。
当然ながら、今のヤツの位置では攻撃が届かない。
「フッ!」
「ストーム·ジェット!!!」
ソータが叫んだと共に、発生した風が、彼女の体をもっと高く飛び上がらせた。
彼女はあっという間にジェーハドゥムラに接近して、腹にストリーム·レーザーをさらに五本撃ち込んだ。
五本の光線がジェーハドゥムラの腹に裂傷を刻むと、巨体はそこにズシンと音をたてて落下した。
ソータは落ち着いて托生のすぐ隣に着地すると、再びジェーハドゥムラの方に視線を向けた。
ヤツは、その場に大きな音を立てて倒れ込んでいた。
その後辛うじて立ち上がるが、翼がボロボロになっていて飛べない。ソータの攻撃は、弱点を重視して放たれたのだ。
托生はソータの戦いぶりに唖然としていた。
「あっという間に体力減らしたな…」
「スキルPを6も使って新しいスキルを覚えた甲斐がありましたね」
「俺がお前のことちょっと怖いと思ったこと許してくれる?」
「それは心外でしたね」
「いてて…」
苦笑いを浮かべジョークを言う托生に、ソータは笑って耳を引っ張った。
「じゃあ、次は俺の番だ」
「はい!カッコいい所を見せてくださいね!」
「カッコいいかどうかは保証できないけど…まあやるだけやってみるよ」
托生は動きやすくするためにジャージを脱いで腰に巻き、上は黒シャツだけになる。
「すぅー、ふぅー…」
深呼吸で身体中に酸素を巡らせ、緊張に固まった心をほぐし、そして走り出した。
「ッ…!!」
托生はハイスピードで高速接近し、それを助走に高く飛び上がる。
ヤツは危険を察知し恐怖に顔を歪ませる。
スマッシュを発動させると、着地と同時に腕をジェーハドゥムラの腹に振り下ろした。
──バギャッッ!
「ギャエエエエッ!!?」
ヤツの腹がベコッと凹み、骨が折れた音がした。
有り余った力が、風となって放出される。
その風は、二メートル程遠くのソータの方まで届いていた。
おまけにもう二発、本気のスマッシュを鳩尾と頭部に打ち込む。
ズシィンッ!!ズシィンッ!!
「…──ッッ!!」
ジェーハドゥムラは声にならない叫びを上げる。
地面の亀裂を、さらに大きく、さらに深くしていく。
だがこれだけ痛め付けても、当然くたばらない。
ならばここで、SPを5も使って覚えた新スキルの出番だ。
「ヒート·アーム!!」
そのスキルの名前を叫ぶと同時に、真っ赤な焔が托生の腕に灯った。
不思議と自分は熱くはないが、この焔はとてつもない熱を孕んでいる。
いくら強いモンスターと言えども、これを食らえば一溜まりもないはずだ。
だが弱点として、このスキルには時間制限がある。発動一回につき一分しかもたない。
だから出来るだけ多くのパンチを、出来るだけ早く打ち込んでやるのだ。
「…っらぁッ!!」
深くねじ込まれるパンチが、灼熱を深く浸透させる。
「だぁりゃりりゃッ!!」
「アアアーッ!ギュアアーッ!!」
ジェーハドゥムラはこの怒濤のラッシュに、どうすることも出来ない様子だった。
そのまま托生は、ヤツの豪華な柄の羽毛を醜く焦がしていく。
かなりラッシュを続けて時間も切れそうな時、托生はそこで創作スキルをひとつ見舞う。
「スマッシュ!!」
ヒート·アームでパワーアップしたスマッシュが直撃すると、パンチに有り余った力が、火を孕んだ熱風となって放出された。
名付けて、ヒート·スマッシュ。
ヒート·アームでのラッシュが灼熱の“浸透”ならば、ヒート·スマッシュは灼熱の“貫通”。
効果が消失し、托生はジェーハドゥムラから離れた。
やつの体力は残りわずかだ。
「どうだソータ。おれもなかなかやるだろ?」
「やるって言うか、これは期待を遥かに越えたレベルです!私も正直托生さんのこと怖いと思いました」
「って…それは勘弁してくれ!あの一言は謝るから!」
「うふ、冗談ですよ」
「笑えねえよ!」
托生達の前に、ぬいぐるみのようにヤツは転がっている。
奴は白眼を剥いているので、気絶していると思われるが…。
「…ゥウ、ルグゥウウ…」
鳥というよりかはネコ科に近い呻き声を漏らすジェーハドゥムラ。
奴の目に鋭い眼光が宿る。心なしかそれは、紅に変色しているようにも見えた。
「ジェーハドゥムラの様子がおかしいですね…」
「…ああ。だけど、何がどうなっているんだ?」
托生とソータは再び戦闘体勢に入る。
嫌な予感がしてきた。恐怖と焦燥が、一気に押し寄せて来ることが否応なしにわかった。
そして、その予感は完璧に的中した。
「…なっ!?」
「…どうして!」
ジェーハドゥムラの行動に、二人は目を疑った。あろうことか、奴は立ち上がったのだ。
さらに、何故か抉れた腹も、鳩尾も、すっかり治ってしまっている。体力も満タンになっていた。
「おいおい、冗談はよしてくれよ…こいつと戦えると思うか」
「勝てるかとは、聞かないんですね…」
ソータは冷や汗を垂らしながら、首を横に振った。
「第四ラウンドとはな…」
足が震える。ソータの足も、同様にビクビクと震えていた。




