第30話『岩場の捕食者』
「ギュエエエーッ!!」
ジェーハドゥムラの咆哮は、とてつもない勢いで岩場エリアに響きわたった。
さらに奴が翼を大きく広げると共に、恰も超大型台風程の爆風が発生させられた。
奴はこの岩場エリア全範囲の王者。奴の領地に闖入してしまった時点で、既に自分達は奴のターゲットだったとでもいうのだろうか。そう考えるだけで、托生は生きている心地がしなかった。
「おい、ソータ!これちょっとヤバすぎるんじゃないのか!?」
「ええ、この種のモンスターは、災害を及ぼすほどの力をもっています!」
「はあ!?」
托生はその説明に理解が及ばなかった。
ジェーハドゥムラがもっと激しく翼を振り、風がさらに吹き荒れると、岩場の数百ものモンスターは一斉に逃げ惑った。
「あっ、わああああっ!」
「ソータ!グッ…」
ソータの小さい体を、飛ばされぬように支えているが、当然托生にのし掛かる負荷は尋常ではない。
彼女の言う通り、“災害”という言葉がピッタシだった。
托生は表情に大きく苦悶を顕していた。
この戦いは勝つか負けるかの次元ではない。生きるか死ぬかの戦いであると言ってもいい。
ところが相手の爆風に空隙はない。
「どうやって攻撃すんだよ!」
「とにかく、相手の攻撃が止むのを待つしか…」
「ギュアアーッ!!」
ジェーハドゥムラは大股で一歩一歩大きく前進する。奴の足が地を踏みしめると、大地が悲鳴をあげて広範囲な亀裂が生まれる。
「ヂァオオゥウウッッ!!」
その状況に呆気にとられていた托生は、頭上にいつの間にか、巨大な足があったことに気付いた。
──や、やば…ッ!?
イヤな予感が脳を掠める。それはまるで死の予感ですらあるようだった。
今になってやっと正当な判断が利くようになった托生は、自らとソータの守備に徹した。
「ストーン·ガード!!」
クリムゾンホーンとの戦いの時と同じく岩の壁が現れる。ジェーハドゥムラの目眩ましになるだろう
托生はソータを抱え、一目散にその場から退避する。
何とか隙は突けたのだろう。彼はジェーハドゥムラとの距離を広げることに成功した。
鳥足の範囲から、やっとの思いで抜け出せたのだ。
そこまでは良かったのだが──
「ギュイイーッ!!」
その咆哮の後、ジェーハドゥムラが岩の壁を足蹴にした。
すると、簡単に崩れ去ったではないか。
「マジかよ!あのクリムゾンホーンでも破れなかったのに!」
次元の圧倒的差異を見せられ、さらに逃げる意識は飛びつつあった。
二人にいよいよ苛立ちを覚えたジェーハドゥムラは、さらに大きく高い咆哮を岩場全体に響かせた。
想像を絶する爆音。身動きすら取れない状況下で、二人の死の予感はますます早く具現化していく。
「この*までは埒*明き*せん!」
「あぁ!?」
ソータのその発言も、爆音に所々かき消され朦朧としていた。
さらに途中、焦りで集中力が欠けていた托生は、腕の中に彼女の姿(すがたが無かったことに気付いた。
「消えた…!ソータ!どこ行った!」
托生は消えたソータを探しだす。
戦慄に攪乱される意識の中、全ては彼女の安全の為だけに視界を動かしていた。
「くそっ、どこだぁああっ!」
爆音に負けじと全力で拡声するも、彼女は視界の中に一向に現れない。
「くっ…!」
ソータをつまらない不注意で失い無意味に存在している自分が、その時どうしても醜く感じた。
俺がこんなにも情けないから、ソータから見捨られて当然だったんだ──自己嫌悪に浸り消極する情けない命は、喉をひき千切るように思いきり叫ぶと、地面に全力の鉄拳を叩き込もうとした。
だがその次の出来事だった。
「…?」
托生が違和感を感じとる。
突然、感じる爆風が緩やかになっていき、今までのジェーハドゥムラの咆哮も、同時に小さくなていくようだった。まるで、壁のような何か厚いものに遮られるように。
違和感にかられ、視界を前にやると、目の前のジェーハドゥムラの姿が、ぐにゃりと歪んでいることに気づく。
「…まさか!」
ソータのスキル“ウィンド·バリア”だ。先程のよりも四倍は厚い。どうりで破れない訳だ。
雑音が消え、集中力が戻る。
俺を隔離したところで何になる!──托生は憤りに体を震わせた。
「ウウーッ!!」
ジェーハドゥムラの咆哮と共に、目の前に眩しい閃光が落ちた。
ヤツの頭上から雷が落ち、直撃したのである。
その瞬間、托生は一人の少女を探し始める。このスキルの発動源である彼女は、きっとすぐ近くにいる筈だ。
風のバリアから目を凝らし、前方を刮目する。
「いた!」
ソータは持続的に雷を発生させている為、苦悶の表情を露わにしている。ジェーハドゥムラに関しては、ダメージはあるとは思えない。
一方ソータの限界は既にすぐそこだ。
ジェーハドゥムラは怒りに任せて暴れだすと、発生した爆風によってソータは吹き飛ばされてしまった。
さらに彼女は、運悪く岩石に腹からうち当たり、その痛みに吐血した。
「ゲホッ…!ゲホッ…!」
「(まずい…ッ!!)」
ジェーハドゥムラが勝利の雄叫びをあげている隙に、ソータの救助のためウィンド·バリアを何とか破壊しようと企てる。
だがスマッシュを使ったとしても、このバリアは気体から生まれた物だから有効ではない。
「くそッ…──!」
何で何もできない!
「今こうしている間にも、ソータは傷ついているんだ!ソータが…、俺の愛人が…恩人が死にそうなんだぞ……!」
托生の怒りは、すでに表情に顕れるほどに肥大化していた。
「こんなバリアー張りやがって、バカなのかあいつ!俺を殺させないつもりか!お前は死んでいいのか!」
托生はウィンドバリアに立ち向かう。
バリアに指が触れると、ビリビリと手が痛む。
どうやら本気で托生を通させないためだったらしい。
だが彼は、それで諦めるようなヤワな男ではなかった。
「…だあああーッ!!」
托生はようやくバリアーを貫通したと思うと、彼は外に出た。
「食らえぇっ!!鶏糞野郎がぁーッ!!」
突然の托生の乱入に、満身創痍のソータは驚いた。
「スマッシュッ!!」
ハイ·スピードで助走をつけ放った渾身のスマッシュが、ジェーハドゥムラの鳩尾に勢いよくめり込んだ。
「──ァッッ!!」
声にならない悲鳴とともにダウンしたジェーハドゥムラの不意を付き、托生は満身創痍のソータを救出することに成功した。
「…托生…さん…っどう…して…?」
ボロボロになりつつも自分の心配をするソータに、托生は隠しきれないほどの義憤をソータの耳元で解放した。
「つまらない理由で俺に恩を着せるな!ひとまず今は退散だ!とにかくずっと遠くに逃げるぞ!!」




