第02話『異世界での出会い』
この世界に、これまでに若い人間がいたのか。
この少女の服装は、いかにもゲームの世界を思わせるような、ヨーロッパ諸国のそれであった。
その生地がしっかりしているのを見るに、この世界の人間の文明の発展は、かなりのものだと伺える。
「落ち着いてください。私が直しますので」
少女が托生の腹に手を当てると、次に不思議なことが起こった。
托生の体に魔方陣が浮き出て、それを吸い込むようにして、傷や痛みが根本から消えていった。
「…もう大丈夫ですよ」
「…ん…あっ」
托生は痛みが消えたことによって、スムーズに起き上がることができた。
少女のさっきの魔法には、傷と苦痛を癒す効果があるらしい。
「ありがとう…お前がいなかったら…今頃…」
「そうですかね、うひひ」
少女は礼を言われたことがよっぽど嬉しかったか、頬を赤らめて髪をくしくしする。
その仕草は、かなり愛くるしいものであった。
「──ここ一帯にはモンスターが彷徨いてますので、お困りなら近い街に案内しますよ。私もあちらに泊まる予定ですし」
付いていかない選択肢などないだろう。戦いの能力など微塵もない托生は、先程のような状況で生きていられる余裕などないのだから。
そして、この世界ではわからないことが多すぎる。街でも少し世話になるのも悪くはないはずだ。
「…頼む…!」
「はい!…あの、お名前は?」
「…た、托生…あんたは」
「ソータです!ソータ=L·R·キュベルです!よろしくお願いします!」
托生は、ソータと街を目指すことになった。
※
托生はソータと道を歩いていた。
ソータは街への道を知っているらしいので、彼はそれについていくまでだ。
「ごめん…こんな親切にしてもらって」
「いいえ、困っている人を助けて、おかしいことなんてありませんよ」
ソータは、なんて純粋で優しい少女なのだ。
この子は一体、どこまで美しく心を磨けば気がすむのだ──托生はそのまま、ソータを凝視するのだった。
「?…どうかしました?」
ソータは、托生がなぜこちらを見てくるのかわからなかったが、托生はぎこちない笑みを浮かべていた。ソータはキョトンとした様子だ。
「…なんでもない」
「…そうですか?」
托生は言うが、内心ではこう思っていた──『俺のようなクズのために、よくもここまで気を使えるものだ』と。
根暗な托生にとって、ソータという少女は眩しすぎるのだった。
※
2人は、草木を掻き分けつつ20分は歩き続け、また違う崖の前に折り立った。
崖の下を見下ろして托生は息をのむ。
針のような巨岩が何個も突き出ている。落ちたら一貫の終わりだ。ソータはケロリとしていたが。
「見てください。あれが街です」
ソータが指差す先には、高く厚い外壁に覆われた大きな街があった。
やっと街を見つけたと一息つく托生を、ソータはなぜか面白そうに見つめていた。
「…なに?」
「托生さんが疲れちゃいますから、そろそろ休憩にしようかなぁと」
「ようし、やっと休めるわ」
托生は地面に座り、ほっと一息つく。
涼しい風と柔らかい日差しが気持ちいい。
横を見ると、ソータは魔法の力か次元の穴を開けて水を取り出していた。托生はそれを興味ありげに見るのだった。
すると、ガサッと草の茂みが動いた。
托生が嫌な予感を察知したその瞬間…──
「グルルァアアッ!」
茂みから、鬼のような顔をした虎のモンスターが飛び出した。
そいつは意気揚々として、ソータに襲いかかる。
「ッ!?」
いくらソータでもこれには流石に反応できず、そのまま地面に押さえ付けられてしまった。
彼女の顔に焦燥が濃く浮かぶ。振り払おうとしても、無駄な抵抗を続けているに過ぎなかった。
ソータを助けに行きたい──その気持ちはあったものの、今の状況は覆すことはできないと、それも当然理解していた。
托生は震える足を結わえ付け、ソータの顔を確認する。
涙が流れているわけではない。ただこちらに、逃げるように切に訴えていた。
それを見て、托生にわき出る感情があった。
──なぜこんなにヒーローのようにいられるのだろう。
──自分のことよりも他人を優先して、なんてカッコいいんだろう。
──何で自分よりカッコよくて存在意義があるやつが、死ななきゃいけないんだろう。
「うおァアーッ!」
彼は思いを胸に血迷ったか、落ちていた石を虎の脳天に直撃させた。
「ウォ…?」
虎はターゲットを托生に変えた。
托生の後悔はもう遅い。
「ガアアーッ!」
ソータを救うことには成功したが、托生は迫りくる死の確信に恐怖していた。
「わっ、わああーっ!!」
情けない悲鳴を合図に、虎から逃げようと逆方向に走り出す。
もとから、ソータが勝てないモンスターなど相手にできる訳がない。
だからこそ彼は逃げるのだ。
だがその時、ソータから恐ろしい忠告が入る。
「托生さん!そこは崖です!!」
托生はソータの忠告にはっとする。だがもう遅い。
「ハッ…!?」
虎と宙に乗り出した托生の視界には、岩が針のように突き出ていた。
托生は、短い自らの生涯を、その一瞬で思い返していた。