第01話『異世界転移』
「…どうなってんだ」
托生は、突如訪れたこの状況に、理解が追いつかなった。突然のことだ。無理もないだろう。
「おい、心花…」
托生が呼んでも、当然心花の応答はない。
もといた世界に帰るのは不可能といっていいかもしれないが、それでも托生は立ち上がり、部屋用のスリッパのまま奥に歩いていった。
※
托生は草原の奥を目指して歩いていると、ちょうど深い崖に差し掛かった。
托生は、雄大かつ圧巻の光景の数々をそこから望めた。
氷山…海に河…滝。そして向こうに見えるのは、遺跡だろうか。
遺跡があるということは、人類もいると考えられる。
しかし、かなり老朽化している。人類が絶滅した可能性も捨てがたいが…──
「──ギェエエエッッ!」
突如響く鳴き声に、托生は近くの岩にすぐさま身を隠す。
すると別の岩から、3mほどの怪獣が姿を現した。
怪獣はトカゲのような爬虫獣で、托生の姿を簡単に捉えそうな巨大な目をしていた。かなり飢えている。
托生の冷静さが着々と奪われ、鼓動はそれに連動するようにドクドクと強く早く脈打ってゆく。
「…」
托生はゆっくりと静かに岩陰から離れる。見つからぬよう、コッソリと。
だが、やつの目はこちらをギロリと睨み付けた。
「ひっッ!?」
全身の鳥肌が吹き出したのを合図に、托生は走り出す。
怪獣は托生に、闘牛さながらのスピードで襲ってきた。
「うわぁあアアッ!」
托生はひたすらに逃げるが、みすみす追いつかれてしまう。
「ぐぁ…ッ!」
横腹への強い衝撃が、托生を吹き飛ばす。
怪獣はそこからも、容赦なく畳み掛けてゆく。当然抗う術はあり得ない。
托生の体に伴う激痛もただ事ではない。1撃1撃が重く、それぞれが死を予感させていた。
だが、ここでこの状況を変えてくれる者が現れる。
「そこまでです!」
どこからとなく声が響き、緑色の風を放つボールが2つ飛んできて、怪獣の頭と心臓を貫いた。
モンスターの巨体はズシンと音を立てて転がった。
「…ここにいたら…まずいっ…──うっ!がは…ッ」
突然起きた現象に、托生はこの場所から逃げ出そうとする。
だが痛みのせいで、まるで動けずにいた。
すると再びあの声が響く。
「動かないでください!」
彼は、声のした崖の上を見る。
「!」
太陽の光と距離でうまく見えないが、托生はそこに人影を見た。
背の小ささや髪の長さを見る限り、女だろうか。
托生がその女を眺めていると、あろうことか飛び降りてきた。
「(危ないっ!)」
だが女は落ちてくる際、不自然に発生した風に支えられ、ゆっくりと着地した。
この風が魔法なのなら、さっきのボールはこの女によるものと考えられる。
「まさか…お前が俺を?」
「はい!」
女は托生の質問に短く元気に答える。その声は心地よいソプラノで、どこか幼さを感じる。
彼女が托生に近づくほど、その姿はより鮮明に見えてきた。
「…ん?」
だが、托生は女が近づくたび、何か違和感をもった。
背が小さく髪は長い──この特徴で女だと察した托生の判断は間違っていないらしい。
だがこの女は、紛れもなく12歳ほどの少女だった。
深緑の髪、翡翠の瞳、小さな鼻、おちょぼ口、小さな手、慎ましい胸。
托生は、彼女のその美貌に、思わず目を奪われた。