第28話『メイド姉妹と姫』
「姫さま、それは…どういう…」
聞き間違えかもしれないという一縷の希望に縋り、ラトカはチェヴィルに問いを返す。
「言葉通りの意味よ?」
「そ…そんな…」
ラトカとカトラは、同じタイミングでフラついた。
「いつかからか思いはじめたの…このまま姫として守られている生活には、何の意味もないって」
「「う…」」
これはある意味、チェヴィルという幼き少女の自立という喜ばしいものだったろうが、二人の立場となるとそれどころではない。
姫という、メイドとして守るべき立場から、彼女は降りたのである。
その後には、国に尽くす盾として、戦おうというのである。
「12歳のあなたには、過酷すぎます!」
「ならソータちゃんにも戦いは辛いというの?」
「ちゃ…!?いつの間にここまで親しく!?──いや、そうでもなくて、彼女は天才的な魔法使いであり、数多の試練を潜ってきたのですよ!」「そうですよ!考え直したほうが…」
「なら、私は天才ではなく、今までの教育も大した意味もなかったというのね」
「「!?」」
ラトカとカトラはそこで初めて、チェヴィルの一言が胸に刺さった。
今までのチェヴィルの罵倒さえも、ここまで鋭い杭のように、胸に突き刺さるようなことがあっただろうか。
「いえっ…決してそんなつもりは!」
二人はそうやって声を震わせながら、できる限りの釈明はする。
だが、チェヴィルはそこで、思いがけない行動に出る。
「…どうか、お願い」
二人は、チェヴィルの方を見て目を見開いた。
「…」
まっすぐな目は二人を見据え、ただ一途に彼女自身の切実な思いを伝えようとしていた。
「どうかお願い…さっきはあんなこと言ってごめんなさい──でも、私はこの道を選びたいの…」
「「…」」
二人は今まさに、チェヴィルの心の中にあるこんなところを、ずっと抑え込んでいた自分を恥じた。
姫が今、変わろうとしている。
理由などどうでもいい。ただ、これはもう止めようもない。
「…では、どうか後悔のないよう」「お姉様…」
ラトカは、その声から意気をぬいて、その場を後にする。
「ラトカ!ありがとう…!」
二人はそのチェヴィルの言葉に振り返って、一礼してから部屋を出るのだった。
※
ラトカとカトラは、廊下を歩きながら話していた。
どこか意気消沈といった様子で、二人は同じペースで進むのだった。
「チェヴィル様は、変わってしまわれた…」
「王子様も容認しておられる…もはや私たちに、姫さまへ干渉できる余地はないのでしょう…」
今までチェヴィルを育ててきた、若きメイド姉妹の懊悩であった。
「かと言って、姫をあそこで止めてしまえば、彼女の意思を踏みにじる行為になってしまう」
「姫は守られる存在──国王が描いたその常識を、チェヴィル様が破ることになりそうです…」
「…」「…」
そう…問題は国王である。
姫が防衛戦士になるよう防衛戦士二人が唆し、メイド二人がそれを容認したとなると、国王にとっては面白い話ではないはずだ。
二人は、相応の処罰を受けても文句は言えない。
「全て、あの二人のせいです」
「ええ、そうね…」
かれこれ全て、托生とソータの仕業である。
あの二人と打ち解けるたびに、チェヴィルは徐々に変わっていった。
「特にソータさんは、チェヴィル姫の本当の心を見抜いて、こうして引き出しました」
カトラはそう言う。どこか恐れをも抱きながら。
「…もし処罰がくだされる場合は…、お姉様ではなく私が全ての責任を──」
「その発言やめなさい、もう何度も言ってるでしょう」
「…」
カトラには、こういったところがある。
ラトカにとってもそれは、気がかりで仕方がなかった。
「…」
ここでだが、ラトカは托生とソータの二人に期待の念を抱いていた。
「(あの組み手の時よりもずっと前から、彼女はすでに私たちの事情に気づいていた…そして、それは托生さんも同じだった…)」
ラトカは、ソータと托生の洞察力がすごいのではなく、他人の身になって考えるスキルというのがすごいのだという認識だった。
「(…確か托生さんも、妹がいたと言っていましたね)」
だが彼は、その妹に二度と会えない可能性も大きいとも言っていた。
そんな彼だからこそ、ラトカの気持ちに、あそこまで寄り添ってくれたのだろう。
期待は、より強まっていく一方であった。
きっと彼らなら、カトラを昔のように戻してくれるはずだと。
今よりももっと健やかで活発だった、あの頃のように…──。