第27話『チェヴィルの決断』
チェヴィルの、ドーラに怯える夜は明けた。
「大丈夫ですか?」
「ええ…セインと一緒にいたから」
ソータからの質問に、彼女は落ち込んだ声で返す。
「何だか元気がないようだが…」
「ええ、あの事実は、伝えるべきではなかったですね…」
托生とセインは、彼女の様子を按じて言う。
セインは、昨日の発言の反省を胸に、表情を暗くするのだった。
「いいえ、そんなことない。私が弱いせいなの…」
「「…」」
カトラとラトカは、そんなチェヴィルの様子を見て驚く。
怯える様子の彼女は、今までとは違い、自負的な立場でものを言っていた。
「チェヴィル…」「チェヴィル姫…」
托生とソータは、それを特に気に病んでいた。
彼女をこのようにさせたのは、まさしく彼らの発言だったのだ。
『──元から、弱くあるつもりなんかないから!』
托生とソータの言葉は、彼女からこの言葉を引き出していた。
二人も、彼女にその気持ちが必要であるとは思っていた。
特に、ミィに教わったこと。無力とはひどく脆いということだ。
レベル20程度のチェヴィルでは、レベル50を超えるドーラに力が及ぶことはない。
だからこそ、チェヴィルには修行が必要だとは言ったのだが…──
「私はもっと修行して、自分の身を自分で守れるようになりたいの」
単純なチェヴィルはそれを真っ向に受けてくれたが、箱入り娘のチェヴィルに、今回の目標はなおさら重たい。
「がんばらなくっちゃ…もっと…っ!」
二人はチェヴィルに、ドーラの件ともう一つ、彼女を追い詰める要因を作ってしまった。
だが、彼女にとっては必要なことだ。止めようもなかった
「──気にしないでください、セイン王子」
「ああ…責任は全て俺たちにある」
「「「え?」」」
その場の全員が、二人の方を向く。
「今のチェヴィルさんには、必要なことだと思ったのです」
「自分の身を自分で守るための能力は、チェヴィルにどうしても身につけてもらいたい」
「…確かにそうですね」
「ワシらも、甘やかしすぎたか…」
「守るだけではダメなようです」「しっかり修行しておかないと」
自分たちの想像以上に、チェヴィルは強い勇気を持っていたということに、一同は驚嘆するのだった。
※
「今回のチェヴィルの悩みは、俺らが引き起こしたってことになるんだが…」
「私たちは、その責任を取らないといけませんね──」
二人がチェヴィルの方を見る。
「え?」
「俺たちはチェヴィルの、レベル上げのサポーターになることにする」
「「「サポーター?」」」
チェヴィルは今後、自分のレベルを上げることになる。上げなければならなくなる。
「チェヴィル姫はこうなった以上、強くならないと気が済みませんよ?──どうです?チェヴィルさん」
ソータの質問を聞いて、チェヴィルは頷く。
「当たり前でしょ…私にできるのは、ただそれだけなんだから」
かなりのトンチが効いているが、チェヴィルも進んで受け止めている。
もはや止めることもないと思うものの、どこか気のすすまない者もいるらしい。
「とは言っても…」
「ラトカさん…」
ラトカはどこか、よく思っていなかった。
ソータはそんな彼女の拒絶に、胸を痛める。
「え?何でだ」
「お二人は防衛戦士であって、姫様の教育係ではありませんよ?」
「あっ」
二人は、それも一理あると頷かざるを得なかった。
「…確かに…そうだな」
「ちょっと調子に乗ってたかもしれませんね…」
青菜に塩といった様子で活力を失う二人。
ラトカは、申し訳無いと頭を下げるのだった。
「だが、これではチェヴィルの向上意識が水の泡じゃないか…」
「…ですが、王国防衛戦士のお二人の仕事が疎かになっては…」
「う…仕方ないのか…」
しょんぼりとする托生。
ラトカも、姫につかえるメイドという立場において、優先させたのはそこだった。
「民の安全の保証に、二人は欠かせませんしね…」
カトラも、ラトカの意見に賛成する。
「確かに、今の現状が現状だしなぁ…」
「ベレントさんと国王の件もありますし」
だが、チェヴィルはそれを踏まえて言う。
「──何よ。そんなの私が防衛戦士になれば解決じゃない」
「「天才ッ!」」
「「いやダメですよ!」」
托生とソータが称賛したが、ラトカら二人は否定した。
今までに見せたこともないような焦燥だ。
それもそのはずである。今の発言は裏を返せば、自主的に姫という立場を降りるということである。
「何でだ!考えてみろ!俺たちが3人で組み、お互いに成長する関係をつくるんだぜ?否定できるとこがあるか!」
「私たちの立ち位置は一切崩れていませんから、お二人の言ってる課題はクリアできていますからね!」
「いいえ!もっと別の問題が発生してますから!」
「姫様の立場が守られていませんよ!」
ラトカとカトラは必死になって言う。
それも至極当然、チェヴィルはこのガルシェット王国の姫にあらせられるのだ。托生やソータがどうこう言ったところで、それは揺らぐことはない。
托生とソータを絶対に止めなければならないのだ。
「チェヴィル様!危険が伴います!どうかおやめください!」
嘆願するように訴えるラトカ。
「セイン様も止めてください!」
カトラもセインに言う。
だが、セインは止める様子はなかった。
「僕は、チェヴィル姫のご意見を尊重します」
「なっ!?王子様まで…」
最後の希望が途絶え、二人はもはや声も出なくなる。
「セイン!わかってくれるのね!」
「ええ、ですが僕はまず、あなたのまっすぐな意思を聞きたいのです」
「い…意思…」
「本来なら僕は、ここであなたをひき止めなくてはなりません…──ですが、あなたの思いを踏みにじることも、僕はしたくありません。ですが、あなたのご意思がはっきりとわからないと、僕たちはどうしようもないのです」
彼の発言に、托生とソータは顔を見合わせ、アイコンタクトをとる。
「(確かに、チェヴィルをおいそれとは戦士にできない…だが、チェヴィルの意見も尊重したい…)」
「(まずは意見を聞かないとですね)」
そうしてチェヴィルは語りだす。
「私は今こうして、姫として守られながら生きてる…でも──」
「「「…」」」
チェヴィルはそこから、一気に切り出す。
「でも、私はその生き方に、何の意味も見いだせないの」
きっぱりと言い張ったチェヴィルに、全員驚嘆するのだった。