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第09話『托生の語る過去』

※時は11年前に(さかのぼ)る──。


 托生は小学校に入学してからすぐに、自分はいじめられることが多い(たち)だったとわかった。

 砂や石を投げられる。教科書やランドセルに落書きをされる。どこからでも陰口(かげぐち)が聞こえる。

 この仕打ちを見ている担任は見て見ぬふりで、気にかけることはなかった。

 家に帰った托生は、いつも泣いていた。

 あらゆる人から裏切られ続け、托生は信じることを執拗(しつよう)に恐れるようになってしまっていた。

 だがその時の彼でも、父と母だけは信用していた。


『逃げちゃダメ。立ち向かうの。お母さんとお父さんだけは、托生の味方だからね…?』

 両親が、泣いていた托生に幾度(いくど)となくかけてくれた言葉だった。

 優しい母は、泣いた托生をいつでも抱きしめてくれたし、(あたた)かい食事を振る舞ってくれた。父は托生が何かが出来る度に()めてくれたし、あきらめたり手を抜いたりするとしかってくれた。父母も托生のいじめにはめいっぱいたたかってくれた。

 だが托生は、その信頼を裏切ることをしてしまう。

 入学してから一ヶ月で、彼は通学をやめてしまった。

 だが両親は一切いっさいめることはなく、登校も強要きょうようしなくなった。


 3ヶ月が過ぎ──

 友達のいない托生は退屈な毎日を送っていたが、一緒に遊んで一緒に笑いあうような存在を(うらや)む自分がいた。

 そんな時、家の近くに別の家族がやって来ることがわかった。

 当時6歳の托生は父母に催促(さいそく)され挨拶あいさつをしに行ったが、托生は部屋の構造を駆使(くし)してかくれていた。

 でもあっちの方にも6歳の少女がいた。

 名前は忘れてしまったが、彼女もまた親の背中にかくれて、托生の方を不安そうに見つめていた。

 当時托生は、彼女にシンパシーを感じていたのかもしれない。

 どうやら彼女も、別地域でいじめられ、ここに引っ越してきたらしい。

 その後、二人は互いに心を許しあい、距離を(ちぢ)めていく。

 彼女には托生もたくさんの笑顔を見せたし、反対に彼女もたくさんの笑顔を日に日に見せるようになっていった。


 その時の托生の感情は、ドラマなどで見るような恋に近かった。

 一緒に出掛けたり、風呂に入ったり、寝たりした。

 托生のすぐそばには、父母とともにいつも彼女がいた。

『また明日も、一緒に遊ぼうね!』

 いつもの公園で遊んだ後の夕方は、一緒に歌いながらかえった気がする。

 彼女は歌が上手(うま)く、コンサートホールでリサイタルでも開けそうなクオリティだった。

 夜は家に帰って、明日に希望を()せて眠る。



 彼女をガールフレンド…もとい友達としてむかえ、はや3年が過ぎた。

 当時9歳となった托生は、母からうれしいお知らせを聞いた。

「そろそろ私、妹を産むのよ。家族が増えるの」

 母のその言葉は、当時の托生に新鮮な気持ちを与えていた。

 だがその気持ちが、今まで大事にきずき上げてきたモノとともに、あんな悲しい結末けつまつむかえることになるとは…。


「──おぎゃーっ、おぎゃーっ」

 新しい家族の産声(うぶごえ)が響いた。

 元気なその声を聞いて、托生はまた幸せな未来に想いを馳せていた。

 妹の名前は、心花(こはな)というらしい。

 抱き締めてみると、心花は泣き()み安心して眠りだす。

 自分を兄として認めてくれたような気がして、托生はどこかほこらしげな気分になっていた。

 だが、そんな気持ちでいっぱいの彼は、異変に気付きはじめた。


「──げっほ、げっほ…っ!!」

 心花を産んですぐの母はき込みはじめ、突如別のところに連れていかれた。

 托生はそこに立ち入ることさえ出来ないとされ、いかんせん病室のベッドですわり、たざるをなくなった。

 …そしてその30分後、病室に表情を暗くした白衣の男が入ってくる。

「托生くん。あなたのお母さんは、新興(しんこう)やまいにかかってしまいました。余命(よめい)はおそらく、あと一週間かと思われます…」


 托生は震えた声でさらに聞いた。

「お父さん…お父さんは…?」

 白衣の男はよりいっそう表情を暗くしたと思うと、こう言った。

「お父さんは、病院に向かう途中、トラックに()かれて…──」

 白衣の男は見届けたのだろう。

 托生の目が、光を失っていく様を。

 彼のうつろな目は、暗闇よりも深海よりも、もっと暗くてふかいものを見ていた。

 事後じご、托生と心花は孤児院こじいんに引き取られた。

 カウンセラーも諦め状態で、彼は病室のような部屋のベッドで寝かされていた。


 引き取られてから、欠かさず彼のところに来てくれたのは、少女だった。

 彼女は托生の気も知らずずっと笑顔で、時にはクッキーを焼いて来てくれた。

 だが、それが続いて一週間と三日がったとき、少女は亡き両親のことを会話に持ち出してしまった。

 それに逆上ぎゃくじょうした托生は、クッキーを投げ捨てて、無意識にも彼女になぐりかかってしまう。

 涙を流しながら抵抗する彼女を、一時的な怒りにまかせて殴り続けてしまった。


 だが気づけばもうおそかった。

 顔をアザだらけにした彼女は、托生に渾身こんしんの平手打ちをし、泣きながら部屋を出ていった。

 その後、帰っていく少女を見送るさい、托生は目にしてしまった。

 彼女がトラックにかれて血をき出し、動かなくなる瞬間を。

 希望はない。そこにあるのは、絶望と混沌こんとん渦巻うずまく負の連鎖れんさだった。

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