彼らはどこへ行ったのか?
ジェットコースターからやっとのことで解放された千歳は、遊園地のベンチに座りながら友達二人に囲まれていた。今も千歳の背後からはジェットコースターが風を切る音と悲鳴が聞こえて来ていた。
「大丈夫?」
くりんとした二重の瞳で心配そうに覗き込んでくれたのは宏香だった。
「まさか、だって、そこまで怖がるって思ってなくて」
絶叫マシンが苦手だという千歳を半強制的に「乗ろうよ。大丈夫、大丈夫」と言って、引っ張っていったのがこの夏、髪をバッサリとショートにした琴未。
「うん、ありがとう。あたしはもう少しここにいる」
腰が抜けて動けなくなった千歳は二人の顔を見て、困ったような顔をしていた。何か言いたそうで、何も言いたくなさそうな。
「じゃあ、ちょっと休憩しよ」
「えっ、悪いよ、みんなで回ってきて。歩けそうになったら電話するから」
当たり前のように提案してくれた琴未に千歳は思いきり反対していた。だって、本当に申し訳ない。まだ半分くらいしか乗り物にも乗ってないし。
「いいよ。だって、まだまだ時間はあるんだし。数時間待ちの乗り物もないんだし」
そう言って、琴未は千歳の隣に座った。ベンチが木蔭になっているお陰で、夏のわりに涼しい風が通り抜けていく。確かに、ここ裏野ドリームランドは田舎の小さな遊園地だ。千歳達の通う小学校の校区内にあり、半日もあれば、全部の乗り物を制覇することも出来る。うまく回れば、何度も気に入った乗り物にだって乗れる。一日パスだって、入園料込みの3000円。某テーマパークの三分の一以下だ。但し、学校では禁止されている場所。でも、六年生なんだし、と3人は繰り出したのだ。
「あっ、じゃあ、怖い話してあげよっか」
宏香が思いついたように、目を輝かせる。千歳はにっこり笑いながらも呆れ顔で宏香を見つめた。
「あぁ、またひろちゃんの怖い話」
「いいじゃない。座ってるだけなんだし」
千歳は申し訳なさそうに、宏香を眺めた。
「じゃあ、せっかくだから、ジェットコースターに纏わる噂」
私の知り合いの知り合いの話なんだけど、その人はとってもジェットコースターが好きだったんだって。だから、急降下の時も両手を放すのなんて当たり前、出来れば先頭に乗っていたいタイプだったの。で、ここって思いの外空いてるでしょう? その人、何度も何度も乗って楽しんだの。で、一緒に来ていた友達も呆れて、もう一人で行ってきて、ってことになって。
もう慣れたコースだった。だから、目を瞑って、ずっと両手を放したままで挑戦したの。
すると、最後、急ブレーキでコースターが止まる間際に「落としてませんか?」って。そんな声が聞こえたらしいの。その人、慌てて目を開いたんだけど、そんなこと言ったような人はいなくて。
まぁ、不審に思いながらも無事にジェットコースターから降りて、友達の元に戻ったんだけど、なんか友達の様子が明らかにおかしいの。挙動不審というか、いきなり、「おまえ、どうしたんだ?」って声を掛けられて。だから、その人、さっき変な声を聞いたんだ、って手を振りながら友達にその話をしたの。すると、その友達が……。
「おまえ、手、どこにやったんだ?」
って。
「その人の右手、手首から先がなかったの……」
悦に入っていた宏香が振り返って、その人のしたように手を振った。
「えっ」
千歳が素っ頓狂な声を上げる。そして、目を見開いた琴未が声を張り詰めさせた。
「宏香……手」
宏香の手が……。
「びっくりした?」
宏香がにへへと笑いながら日よけのために着ているカーディガンの袖からゆっくりと手を出しはじめる。
「もうっ」
宏香にやられた二人は僅かに膨れっ面をするが、まんざらでもない様子だった。
「だから、今でもその手はどこかにあって、両手を上げる人の耳に落としてませんかって聞こえるんだって」
「でも、そのたんびに手首が落ちてるんだったら、このジェットコースターの下、手首だらけだよな」
案外こんな話が苦手な琴未が現実的なことを言って、恐怖を紛らわせようとした。それから、負けん気を見せて、続けた。
「じゃあ、これは知ってるか?」
琴未は宏香を見つめて言った。
「真夜中に回るメリーゴーラウンド」
これは、うちのおばさんから聞いた話なんだ。裏野ドリームランドのメリーゴーラウンドは真夜中に回るんだ。昼間はポンポン跳ねるような音で回るだろ? だけど、夜は静かなクラシックが流れるんだ。ゆっくりと、ゆっくりと、何かを惜しむように。閉園時間以降だ。ここって結構田舎だから、誰にもそんな音も聞こえないし、誰も気付かないはずだったんだ。だけど、町の方で高層マンションが建ち始めて、高層階の人って遊園地の場所が遠くに見下ろせる形になったんだって。
それが悪かったんだ。そのメリーゴーラウンド、綺麗な光を放って回っていたんだそうだ。ほら、幻想的っていう光。ぼんやりと。桃色や水色、薄い黄色の混じった綺麗な光が遊園地を包んでるって噂になってさ。見に行こうっていう奴らが現れた。でも、その誰もが帰ってこなかった。
「なんでかって言うと、それは亡くなった人達がその馬に乗ってあの世に行くために回っていたからなんだ。死んだ人って、生きた人が羨ましいだろ? だから、幻想的なのも加わって、彼らも誘われるようにして、簡単に連れて行かれたんだって」
満足そうに話のオチを付けた琴未だったが、宏香はにんまり笑って言い放つ。
「琴未の話し方じゃ、怖くないし。それに誰も帰ってこないのにどうして分かるのよ?」
「それは、……知らないよっ。おばさんから聞いただけだし」
何だか機嫌を損ねた琴未だったが、千歳に話を振ってきた。
「ちぃちゃんは何かないの」
「えっ、あたし?」
千歳は「うーん」と唸りながら、「ちょっと待ってね」と息を吸った。
「これは、噂に過ぎないんだけど……」
この裏野ドリームランドにはその象徴とされるドリームキャッスルが存在する。園のちょうど中央に。今いるジェットコースターがちょうどその裏手にあるのだけど。
そのドリームキャッスルの地下には拷問部屋があるんだって。遊園地に、しかも、夢のお城にそんな物って感じでしょ? でも、あるの。ほら、どんな綺麗なお城が出て来るお話でも、地下に牢獄があったりするじゃない?そんな感じかな? それで、そこに連れて行かれると、お仕置きされるの。不眠の刑とか、逆立ちの刑とか。虫の刑とか? 地味で辛い感じの物だって聞いたわ。
それで、その拷問部屋にはお仕置きが大好きな鬼が住んでいて、時々子どもを攫うの。どんな子どもを攫うのかって言うと、それは、夜更かしをする子だったり、何でも反抗する子だったり、友達を虐める子だったりするわけ。そんな子が昼間この遊園地に現れて、目を付けられてしまったら、夜になるとその鬼がやって来て、その子を連れて行って閉じ込めてしまうんだって。
「ね、なんだか、怖くない?」
千歳は残る二人に同意を求めたが、何となくいまいちだったようだ。
「それって、なんだか親サイドの勝手な教訓怪談みたいよね」
宏香がいうと、琴未もそれに同意する。
「まぁ、うちのお母さんが言ってたことだから、お母さんの作り話かもしれないけど……」
呟く千歳に「あぁ、」と納得したのが宏香だった。
「だから、ちぃちゃんって真面目さんなんだ」
「そ、そんなこと……。あっ、もう、大丈夫。ほら、次の乗り物、行こう?」
にやにや笑う宏香と琴未を前に、千歳は立ち上がって見せた。
確かに、千歳の母は厳しい。今日の事を母親に反対されたのは、千歳ひとりで、今日来ることができたのも反対されて落ち込んでいる千歳を可愛そうに思った父親のお陰だった。宏香、琴未の二人もちゃんとその事は知っている。
「ま、いいや。じゃあ、次何乗る?」
「えっと…‥」
千歳が考えていると、もう既に進みだした琴未が二人を急かした。
「行くよーっ」
仲良し三人組のにぎやかな声が夏の光の中に溶け込むように消えて行った。
ここは裏野ドリームランド。10年前に廃園してしまったにもかかわらず、未だに手つかずのまま放置されている。理由はいくつかあげられるが、はっきりしない。だから、肝試しなんて不束なことを考える者たちが後を絶たない。
「ね、知ってる。この遊園地、子どもが消えるっていう噂」
「あぁ、あれだろ? その消えた子どもらって、今もこの遊園地で遊んでるんだよな。廃園したことも知らずに」
「そうそう。ね、ね、中で写真撮ったら写るのかな?」
「やっぱ、やめようよ。だって、なんだか、面白半分で入るような場所じゃないでしょう?」
彼らがどうなったのか、この先を語る者はいない。
活動報告の短いエピソードを生かしてみました。