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彼は刑務所の中です。

作者: 流華

彼に何時だったか、俺達の事って、本に出来るような二人だよな。と冗談混じりに言われた事があります。彼に何も出来ない今、こうして今、書かないと記憶から遠ざかってしまわないうちに、書いてみました。どこかで、彼の目に止まってくれるように・・・

来たかぁ・・・

「上町警察署です。相川みおさんの携帯で間違いないですね?・・・というわけで、一度こちらに来ていただけますか?」

調書かぁ~。はぁ~。


コツコツ丁寧に時間の許す限り積まれた積木は、目の前を噴煙をあげるがごとく崩れていく・・・

必死で手で押さえたり支えようとするが、崩れる方が圧倒的に強い。

二人の約束だった。次に捕まったら、別れる。


今の時代らしい、ネットでの出逢いだった。近くに住んでる。それだけのチョイスで会話は始まった。

その頃の私は、自分の中の自分自身を決別させたかっただけに過ぎない。

両親が、熟年離婚をあっけなく成立させてしまった。出来る限りの事はやった。

二人の説得は勿論。手紙攻撃。お互いの良さを熱弁したり、最初の頃の気持ちに戻って欲しいと、出来る限り。


初めて知った・・・必死で動いた所で、他人の気持ちは動かないという

現実。

いくら子供であっても、二人の固い決意は揺るぎ無く、家族は、

こんなにも簡単に存在を失うのか。


そして、二人の子供としてこの世に、生を受けた自分自身の存在の無意味。

二人で作った結晶であり、育て上げた作品では無いのか。大切に丁寧に育てて、それが、二人の喜びでもあったのではないか。


感謝や恩返しのためにも、どこかで、両親の為に良い子供でいよう。と張り積めていた糸がぷっつりと切れた感覚がした。

自由よりも楽になったと、脱力感しかない自分がそこにいた。


良いことも、悪いことも、何だか馬鹿馬鹿しい。


とにかく、ここにいる自分自身と決別したかった。


その時の私を今は覚えてない。


それは、感情を持たないようにしていたからだろう。嬉しいとか悲しいとか心を使う作業が怖かったのかもしれない。頭や心は使わずに、本能のまま生きられたら、何か違うものが見つかるだろうか。

自分の事では無く、両親の事なのに、子供はこんな地獄を見てしまうのだろうか。


街を歩けない。

人の目が、可哀想ね。親が離婚したみたいよ。あのご夫婦がねぇ。皆そう思っているように感じてしまう。

さらに、大丈夫?等と声をかけられると、笑って返事はするものの、大丈夫な訳無い。その優しそうな素振りが、鬱陶しくて仕方ない。


そんな今の自分を全く知らない人間と関わりたかった。


近いようで遠い距離。恐らく、繋がるものも人間もいないだろうと思って、彼にヒットした。

顔も知らない、見たこともないと言うのは、案外、想定外の魔法にかけられる。

普段、躊躇して言えないことやどんな人間にもなり得る。開放感が、半端ない。


ヤバイ。楽しいとさえ、思ってしまった。



メールのやり取りは、リズムを刻むように加速していった。

彼自信も今となっては、真実か虚偽だったか、裏切りの恋愛後遺症に悩んでいた。

私達、誕生日近いんだね。あれぇ、血液型も一緒。なんか、ぎこちなさが無いと思ったんだよねぇ~。

思った以上に、会話が弾む。と言うか、本当に自然なやり取りの中で、自然に近くなって行ったような気がする。そう、誰かに話し相手になってもらえれば・・・それぐらいにしか、思っていなかった。


恋愛とは違う。


偶然にも、気の合う親友も見付けた様な…なんだか、心地よさも感じていた。


お笑いで言えば、ボケとツッコミ。放った言葉に期待通りの返しが来る。下ネタがあろうともお構い無い。なんせ、全く知らない人だから、だからこそ、なんの壁もなく平気で言えたりする。それが、今のネットの怖いところでもあるかもしれない。


今まで、こんなに色々話した覚えががあっただろうか。

私自身、大半は聞く側で、自分の心の内をあまり明かさない人間であった。弱みを握られてしまうようで、避けていた。

なのに、どうして。


彼は私の良い面を悪い面も、平気で言ってくるし、私自身の事を知るには、あまり時間を費やさなかった。

悪い面を指摘されれば、こっちも感情剥き出しで、言い返す。思えば、他人にそんな風に接した事が無い。

全て、自分の中に納めて、処理するようにしてきた。


それは、自分を飾ることも無く、言いたいことを平気で言っていた自分にも要因はある。

がしかし、人と関わるとは、こういうものなのかも知れない、と新鮮な思いにもなっていた。


そんな中でも、少しずつ素性は明かして行く。彼が結婚を考えた女性がいて、壮絶な裏切りに会い、なかなか真剣交際に至らないことも。

真剣に朝まで電話で語ることもある。

そんな女ばかりじゃないよ・・・と言いつつ、将来がある彼女にはなれないもどかしさ・・に戸惑ってもいた。


でも、その時の私には一番近くに存在していた事は確かだ。知らぬ間にそうなっていた。友達よりも家族よりも、私の事を知っていて、見守ってくれていた。

何かあれば、例え小さな地震が起きても、真っ先にメールを打っている自分がいた。それこそが、今までの自分と違う。

良い女でありたいから、心配してる、常に気にかけてるみたいな意識を緊張感を持っていた、他の人に先を超されぬよう1番であり続けるよう、気を張りっぱなしの中にいた気がする。

それが、無い。大丈夫かぁ?素直に心配から、メールを打ってしまう。自分でも、あまり理解できずに、そんな関係は続いていた。



いよいよかぁ~。


やはり人間たるもの、顔が見たくなる衝動は免れないのだろう。私は、年齢の事もあり、正直会わなければ会わないまま行けないだろうかと言う気持ちの方が強かった。

でも、時間の問題であることも薄々感じていた。


腹を決めた。

と言うか…安易な気持ちの方が圧倒的に強い。まぁ、いいかぁ。


いざ、待ち合わせとなると、自分でも戸惑ってしまうほど、遥か昔味わった心臓の高鳴りが闇夜に響くのを感じていた。

やっぱ、帰ろうかなぁ…でもちょっと見てみたい…なんだか、十代の少女の気分だ。ちょっと恥ずかしいような、情けないような複雑な感情。


だろうねぇ。


ドラマや少女漫画のような現実は、間違いなく存在しないことは、分かりすぎるくらい理解している年齢だ。第一印象で、自分がここにいる愚かさに、ふっと笑ってしまった。


なのに、少しずつ時間が過ぎて行く中で、なんだろう…この不思議な感じ。確かに見た目は残念と言うか、明らかに私の好みでは無い。

でも、夜に待ち合わせをしてしまったのがいけなかったのか、会話はメール同様始まった。顔はよく認識出来なくても、ごくごく自然に話せる。

もっと言ってしまえば、そこそこ楽しいかもしれない。でも、やはり現実は、現実。どのタイミングで帰ろうか…ずっとそんなことを考えていた。


一つだけ、後悔してしまったのは、メールの段階で惜しげもなく下ネタに盛り上がってしまっていたこと。ちょっと危険も感じていた。

危ない状況はありつつ、どこか知っている人間同士、軽くあしらう事も出来た。その場は凌げた。そのまま、その日は別れた。



それから、メールや電話でのやり取りは続いていた。それなりに、楽しかったんだと思う。無理に切ることも無いだろうと感じていた。

やり取りは、本当に些細なことばかりで、友人なのか親友なのか、特別な存在なのか、あまりよく分からないような状況が続いた。

今の地震大丈夫?とかこっちは雪が降ってきたよ。今日の現場はこんな所。ちょっと出掛けて、この風景見てみて。InstagramやFacebookに載せて、たった一人のいいね‼をもらうような、そんなメールのやり取りではあったけれど、お互い日常には不可欠なものになっていったかもしれない。


そお、最初は楽しかった。


ツボみたいなのも不思議と一緒だったし。これが、相性が合うってこと?もしかしたら、私は今まで、相手に合わせていた部分がある。

それなりの外見持っていれば、話とか会話とか適当に合わせるものだと思っていた。ただ、沈黙とか会話が続かないときの瞬間は、敏感と言うか、恐怖さえ感じていたのに、彼にはそれが、明らかに無い。

焦りもしないし、自然にやり過ごせる。これは何なんだろう…と思うことは多かった気がする。

そんな居心地の良さが、長く続いてしまうことになろうとは、当時の私には、考えられなかった。


彼は昔の裏切りを、大きく引きずってる人だった。女は裏切るものだと思っていたし、いずれは違う誰かに行ってしまうものだ強く思っていた。それが、少しずつ、嫉妬心となって現れていった。


メールが増えていく…電話が増えていく…。どこに行ってたんだよ。裏切り者。それは、自宅への無言電話や、脅し文句へとエスカレートしていく。


そんな中、ある事件が起こる。


彼は、ネットで私の友達を探し出し、私の人物像を聞いていた。運悪く、若い頃、つるんでヤンチャしてた仲間で、驚くほどの赤裸々をいとも簡単に、身分も顔も知らない人間に話していた。


彼に知られたショックよりも、その友達の裏切りっぷりに、私は暫く、人間不振となって、苦しむことになってしまった。


やっぱり、人には心を開いてはいけない。所詮、そんなものだ。騙されるな。


彼女の本性が知れて良かった。


そして、彼ともそのタイミングで切れば良かったかもしれない。


今のご時世、普通ならそんな彼の行動に、恐怖感に襲われるのだろう。異常な行動、ストーカー・・・


何故だろう。不思議と私にはそれが、無かった。

いい加減にしろよ‼私は、本気で怒鳴り、大声を出し合う口喧嘩も沢山した。

家に迷惑がかかるかもしれないとか、自分自身の身が危険に襲われるかもしれないとか、多少横切った。


でも、彼自身の根性を何とかしなければという気持ちの方が強かった。あんなに本気で他人に怒鳴ったのは、私の人生、彼たった一人である。


今・・・思えば、これは半分は彼自身だったのかも知れないが、覚醒剤の仕業でもあったのだ。


妄想が激しく、感情の起伏が何より激しい。でも、その時の私には想像もしなかった。


知らない世界の話だと思っていたから。


学生時代、シンナーを吸ってる人間や、葉っぱで目の焦点が合ってない人間も、見たことはある。よくあること、ぐらいにしか思っていなかった。警察が関与してしまうような現実は、正直予想外でしか無い。


彼は交通事故を起こしてしまったり、暴力団によく足を運ぶようになる。


一度、知り合いにちょっと渡すものがある。と車を出してあげたこともあった。あれは・・。

そして、ちょっとこれ試してみる?と出された注射器。冗談でしょ、とその時は、本気で思わなかった。私は、相当鈍感なのか。


ここで、気付けなかった。


私に対しては、変わらず色々考えてくれていた。つまり、至って普通なのだ。彼の中で、何かが暴走していたのかもしれないが、私には普通を装っていたのかも知れない。


そして、弁護士からの電話を受けることになる。


「猪瀬祐希さんをご存知ですね?実は、今警察の方に勾留されています。」


必ず、返信をくれていた彼から、連絡が途絶え、私も動揺している時であった。

組の人に、何かを委ねられ、消えなければならなかったのか。組に背く事をして、自ら消えたのか。それとも、何か事故にでもあったのか。


とても焦っている自分にも驚いた。彼は、そんなにも自分に必要な人間だったのか?どこにいる?一体、どこに?


イルミネーションを見に行こうと約束し、彼からメールで、ちょっと場所の下見をしてきたよ。という連絡を最後に途絶えた。

あまりにも、不自然な途絶え方だったから、余計に、動揺していた。


捕まることが、分かっていたのか…。一番に疑ったのは、暴力団内でのトラブルであったので、弁護士からの電話は、正直、警察・・・良かった・・・無事だったと思ってしまった。


でも、どうして・・と色々考えたが、弁護士の話だと面会が出来る。とのことだった。


私は、とにかく本人の口から聞きたいと、何の迷いもなく、警察に足を運んだ。


いざ、警察に着くと、少し迷いが生じた。


誰かに見られたら、どう説明すれば良いのか、名前を打ち明けなければならないが、大丈夫かあ?でも、とにかく彼の顔を見て話を聞かなければ。という思いが自分を後押しした。


警察署の正面入り口のドアが開く。警察官の制服が行き交う。言い様のない緊張感に躊躇いながらも、警察署独特の視線を感じながらも、重い足取りで、受付へと進んだ。


「留置されている猪瀬祐希に面会したいのですが。」


「どのようなご関係ですか?」


「友人です。」


「証明出来るものありますか?あと、こちらの用紙に記入してください。」


用紙に記入しながら、事の重大さに気付いてきた。私はここで、身元全てを明かしては良いのだろうか?


警察に促され、階段を上り、携帯電話を鍵つきのボックスに入れるように言われる。

扉が開き、テレビでよく見るアクリルの板に遮られた部屋がそこにあった。椅子に静かに腰かける。


間もなく彼が現れた。そして、私は逮捕理由が覚醒剤だと知る。


彼が少しヘラヘラしていたのが、ちょっと気に入らなかったが、理由は分かったし、いつもと変わらぬ様子だったので、。まぁ、いいかぁ。と自分の中で納めた。

話ながら、少しの安心感から、涙ぐんでしまいそうになるのを、必死で我慢していたことを覚えている。


後から聞いたが、彼は来てくれたことが嬉しくて、どういう顔をして良いのか分からなかったと・・・それに、捕まった事への知識があったらしい。初犯は執行猶予が着いて、とりあえず出れるだろうと思っていたのだ。


執行猶予には、両親の保護責任が、不可欠であることを知っていたのだろうか、本当、何も知らないお坊っちゃまだなぁ。未だに、親が何とかしてくれる。という甘えが、垣間見える。


そして、裁判の日を迎える。


勿論私には初めての体験である。裁判の傍聴。


彼は、嘘をついたり、誤魔化したりすることがあったので、公共の場で、真相を知ることしか無かった。だからこそ、裁判の傍聴は来る必要がある。


とにかく何より、真実を知りたかった。きっと、自分のためにも。


裁判所。法廷の場所も分からず、人に聞きながら、やっとたどり着き、ドアを開けた。


これはテレビで見るものとは違い、こじんまりとしていた。というより、傍聴席には数人しか居ない。自分の存在が目立ってしまう。緊張感がさらに増す。足音を立てぬよう、一番後ろの席に着いた。

街のど真中位の賑やかな場所に建っているわりには、外の雑音が全く聞こえず、遮断されている。恐ろしいほど、静かな重い空気に息を飲む。


しばらくして、彼が法廷に入廷した。


手首には手錠が。二人の警察官に脇を固められ、静かに、その手錠を鍵で開放する。本当に捕まったんだ・・・。と改めて自覚した瞬間だった。


裁判長が、号令をかけ、全員で礼をし、着席した。淡々と続く逮捕理由と経緯。彼の背中がとても小さかったのを覚えている。

かなり前から、彼は覚醒剤に溺れていた。面白半分にこれ使う?と差し出したのが、注射器で、それが、本物だったのだと実感した。


その間、私は色々な感情に襲われた。別にこういう関係がいつ壊れても、大したことでは無いと思っていたはずなのに、不安や孤独感、泣くなんて…と自分を疑った。魅力を感じた事も無い人に、私は何を…。


そして、何ヵ月間かの勾留を終え、父親の監督意思のもと彼は出てきた。


覚醒剤に溺れた人間など、私は縁を切るべきだったのかもしれない。関わらないよう、そこで、止めるべきだった。


でも、彼に対してまだ、やり残した事がある…、そんな正義感だったのか、単に孤独になるのが、怖かったのか、何の決断も出来ないまま、変わらずの時間が過ぎていった。


彼は、私がかなりきついことや侮辱することを言っても、忠実だった。

暴力団に関わっている人間にも関わらず、喧嘩になれば、すぐ謝ってくる。

誕生日には、たった一輪のバラを届けるためだけに一時間以上車を走らせて来る。


そして、私の中身を誰よりも知っている。


私は他人に嫌われたくなくて、自分自身をあまり出さない傾向がある。

彼には良いことも悪いことも平気で言えるから、嫌われても別に良いし、共通する知り合いも、私たちの間には居なかったので、気を遣う事が全く無かった。


だからこそ、気を許していたのだろう。後々、それが、私の中で大きな存在になることに気付かないまま…。


所詮、友達ごっこや恋愛ごっこがしたかったのだ。と言ってしまえば、それまでの話だと思う。

実際、そういう気分には充分過ぎるほど浸ることが出来たし、不倫だと言われれば、そうかもしれない。


世の中に対して、いけない行為だということも、勿論承知もしていた。


私は既婚者。


でもでも…自分を今の自分を上手くコントロールするには、その時の私には他に考える事が出来なかった。


誰かに、必要としてもらえなければ、誰かに本当の自分自身を見ていてもらわなければ、自分で自分の嫌気が増すばかりで、自分を破滅させてしまうかもしれないと感じていた。


自分にほんの少しでも存在意識がほしかった。ただ、それだけ…としか思っていなかった。

その反比例の感情は、自分でもストップが効かなくなる以上に、加速度も高い。


彼は、違う。


対象でもタイプでも無い。大丈夫。本気になることは無いから。と断言出来る自信があった。確かにそうだった。


それにしても…一緒にいれば楽しい。捕まって、連絡が途絶えた時は不安で心配だった。


彼は、捕まって以降少し大人になったのか…声を荒らげる事も少なくなり、嫉妬を剥き出して表現することもほとんど無くなった。


仕事も真面目に取り組み、行ってきます。と、ただいま。のメールを欠かさない日々が続いた。

この落ち着いた日々こそが、私の愛情の芽を育ててしまったのかもしれない。

一生、側にいてほしいとさえ思ってしまっていた。


そして、私は約束してしまうことになる。賭けでもあったが、信じてあげようと思ったことがまず優先した。


「今度薬に手を出したら、理由問わず見捨てるよ。でも、私は絶対させない。私が必ず。」


彼が、もしも本当に、私を失いたくないと思ってくれるのなら、絶対に手を出さないだろう。


でも、手を出すようなことがあれば、私はそれまでの存在なのだ。諦めるしかない。


とにかく、彼を孤独にしてはならない。寂しい思いにしてはならない。


落ち着いた日々の中で、彼を守っていると私は勘違いをしていたんだと思う。


いつものように、彼と会い、時間を過ごした。

その日、私は、どこかで永遠の別れを感じていた。

別れ・・・ではなく、彼が消えてしまうのではないか・・・妙な胸騒ぎと、見上げた月明かりがいつまでも私の中で、リピートしていた。


ずっと、側にいてくれる人。きっと気のせい。それにしても、小さく震える背中が、何度となく夢に出てくるのは何故だろう。


それからも、変わらないメールは続いていた。


一ヶ月後、念を押したようなメールが、来た。


お前は俺の女だ。



そして、何日かして、届いたメールには、組の幹部になった。会社の専務にも。、


どうした??


詳しいことも聞けぬまま、連絡は途絶えた。


まさか・・・


そんな訳無い。


無いだろう、でも、やっぱり。これは・・・


そして、携帯が鳴った。


弁護士からではない。警察・・・!?


「上町警察署です。相川みおさんの携帯で間違いないですね?猪瀬祐希さんご存知ですか?少し、お話を伺いたいのですが、こちらまで、来ていただく事が出来ますか?時間を取らせてしまいますので、まとまった時間が欲しいのですが」


とにかく、行かなきゃ。


前回とは違う警察署。入り口で深い溜め息をつく。

今日は彼自身ではなく、警察官と話すのだ。


2階の小さな部屋に通された。机が中央にあり、向かい合って椅子が2脚。


暫く待たされ、警察官が一人入ってきた。


「わざわざ、すみません。調書を取らせて頂きたく、来ていただきました。」


やはり、2度目の覚醒剤での逮捕だった。


彼の携帯電話が押収され、そこから、私の名前が出てきたらしい。


関係性、出会った経緯から、最近の彼の様子まで、事細かに、パソコンを打っていく警察官。


友人だと言ったもののの、関係性は、おおよそ理解している様子だった。

「守秘義務は必ず守りますので。」


「薬、また手を出すぞ。」


彼は、何度となく、気を引くためにこんな言葉を言っていた。警察はそこに焦点を当てているようだった。彼が、再び薬に手を出した時期だ。


最近会ったのは、いつのこと?何か、変わった様子は?


警察官の話によると、今回の逮捕は、薬物所持。しかも、自分で投げ捨てた。と言うのだ。


どういうこと?


私は既婚者であるバリアを張ってしまうあまりに、適当に調書を取らせてしまった。しかも、もう2度と会わないことも、警察官に断言した。


たったひとつ、救われた。と思ったことがある。警察官が、

「今も調子の良い話し方だけど、根は良い奴なんですよねぇ。」


警察官は、犯罪者であっても、ちゃんと人間性を見てくれるんだ・・・。


それと、彼のご両親も、縁を切るわけにはいかない。息子ですから、仕方がない。と言っていた事も、警察官は、教えてくれた。


私は、馴染みのある、彼の住む町の風景を、一つ一つ目に焼き付けるように家路に向かった。もう2度と来ることは、ない町。


そして、何日かして、また警察から連絡があった。もう一度、話を聞きたいとの事。


私たちのラインの会話全てを調べあげ、矛盾が生じたので、来てほしいとのこと。


全部見られた。


誰にも見られないと思っていた会話全てを、よりにも寄って警察官に。


マジかぁ。


2回目は、意を決して、聞かれること、ありのままに話した。もう仕方ない。せめて彼のために、ありのままを話そうと思った。


「覚醒剤はそういった事で、共有するケースが多いので、覚えている限り、正直に話して頂きたいのですが。」


勿論、私は、手を出したことは無いし、打たれた覚えも無いので、何も怖いことはない。


本当に気付けなかった事が、正直な所だ。


2時間以上、調書は続いた。自分の事では無いのに、こんなにも時間を掛けるのかと驚いた。きっと、本人はこの何倍も、こんな時間を過ごすのかと、取り調べの現実を知った気がした。


パソコンの音が響くあの小さな部屋で、私は、色々な事を考えていた。そして、最後に、話した内容を全て読み上げられ、著名と捺印をして、終わった。


2度目なので、刑務所に入ることは、ほぼ確定らしい。おそらく、もう会えないだろう。


帰りの車の中、何度も何度も吐き捨てた。


「祐希のバカ、マジむかつく!!」


この思いを、自分でどうして良いのか、当たる所も無く、ただ吐き捨てることしか出来なかった。


と同時に、自分が守りきれなかった、支えきれなかった、気付いてあげられなかった、その無力に恐ろしく襲われた。


彼にとっては、それほどの人間では無かった。!?騙されたの?

何が真実で何が嘘?


頭がフル回転で、色々な考え、思い、感情、走馬灯のように巡るその場その場の彼の言葉や行動。それが、凄まじく心の中をかき乱し止まらない。


そして、ショックなのか、予感していたことなのか、これは諦めるべきか待つべきか。落ち込む事なのか、何か行動を起こさなければならないのか。


とにかく、数分単位で色々な事が襲ってきて、心の置場所が分からない。


最後であれば、堕ちるとこまで落ち込めば良い。刑期を待って良いのなら、ひたすらじっと耐え忍べば良い。それさえも分からない制御不能の苦しみは、自分が、何なのかさえ分からなくなる。


ただひとつ、彼は、いつから私の中にこんな大きな存在として、位置付けていたのか。一体、いつから。


自分でも気付かない間に、本当の、本物の恋愛が、静かに、育ってしまっていた。必要不可欠な人に、出会ってしまっていた。


こんな筈では無かった。


私は、何故だろう。ひたすら恋愛を題材にした音楽を、片っ端から聞きあさった。


誰にも、話せなかった。こんなにも苦しいのに、立場上、話せなかった。否定もされるだろうし、侮辱もされるだろう。偏見もあるし、嫌悪感、見下され、目を覚ませと罵倒されるかもしれない。味方になってくれることは、まず無い。


だから、誰か代弁してくれるかもしれない。音楽として、この心の中を、誰か叫んでくれるかもしれない。

もしかしたら、何かヒントが。癒してくれるかもしれない。

流れる音楽に響く歌詞の、一語一句を追い続け、何かを見付けることに自分を預けた。


結果、その場しのぎで、何の解決にもならなかった。


美術館巡りもした。心が他の何かに、動かされてくれるかもしれない。一枚一枚、時間をかけ、何か見つからないかと、じっと見続けた。


そんな中、一枚の絵画の前で、途方にくれた。

ルーベンスの一枚に。イエスが、十字架を背負い、今から、張り付けの刑に処される、その丘を目指す場面。今から、死を迎えるまさにその時のイエスが、私に向けひと言、

「大丈夫」

確かに、そう言った。聞こえた。


こんな時に、今から、死んでしまうかもしれないのに、私に?


暫く、そこから、動けずにいた。


大丈夫。二つの意味がある。

信じて待っていなさい。大丈夫。彼も同じ気持ちで、再会を望んでいる。

あなたは強い。大丈夫。彼を無くしても、あなたはちゃんと歩んでいける。


一体、どっち?


電話がなり、弁護士から、裁判の日程が告げられた。


色々思い悩む中、面会をしたら、何か変わるかもしれないと、問い合わせたが、既に遅く、裁判の準備期間に入ったので、出来ないと断られた。


遅かった。


とりあえず、裁判に。


裁判の日が、近づいたある日、捕まったあの日から、一度も見られなかった、彼とのラインを開いた。

やっぱり・・・

耐えてきた涙腺のスイッチは、いとも簡単に砕け、溢れる涙に身体中が崩れる感覚がした。


そして、見つけた。


知らなかった。ラインmusicを設定していたことを。それも、薬に手を出し、捕まるまでのその期間に、設定されていた。

震える手で、クリックした。


祐希・・・


ソナーポケットの

「好きだよ。~100回の後悔~」


どおして。何でよ。繰り返し、私は、泣き通した。


そして、裁判の日。二度目の傍聴。


人気の少ない、裁判所。名前を確かめ、法廷に向かう。また、この扉を開けることになるとは。


静かに扉を開いた。物音ひとつ無い法廷。一瞬、躊躇った。


傍聴席には、彼の父親と関係者の男性のみ。私を入れて、たった三人。


彼は、もう席に着いていた。


ちらっと私の方を見た弁護士が、彼の背中を叩いた。そして、彼の顔が私に向けられた。そして、小さく頷いた。

弁護士が本人に確認を促したのだ。


いつも側にいた彼が、とても遠くに感じた。


私は、前回とは違う、異常な緊張感の中にいた。心臓は高鳴り、喉が急激に乾いていく。怖い位の静寂した空間。身動きも出来ない。被告人以上のこの強張りは何だったんだろう。


警察官からの経緯が淡々と告げられていく。


彼は、たった一回、覚醒剤を購入し、仕事の車に隠していた。使ったことも事実だった。ただ、後悔から、道端に投げ捨てたという事だった。


頭の中で、過ぎ去った過去や場面と、この事実を必死で照らし合わせていた。


彼の行動や罪よりも、私は、寂しい思いをさせてしまった彼自身に申し訳ない気持ちになってしまった。


そして、母親が病に倒れていた事も知ることになる。私は、支えるために一番近い存在でいたのでは無かったのか・・


自己満足な気持ちの中、私は、何も出来なかった。


私は、判決の日程が告げられると、一目散に法廷を出た。


間もなくして、判決が下された。彼は、刑務所に拘束される。最後に裁判官が、


「最後に何か言っておきたいことありますか?」


という質問に


小さな声で彼は、


「大切なものを失いました。・・・絶対に止めます」


色々な意味があるだろう。ただ、私には、私自身の事だろうと感じた。


今度手を出したら。という約束を覚えていたのだろう。


「失いました。」


彼は、私たちの終止符を覚悟したのだ。


それからの私は、意味もなく刑務所の事を調べ抜いた。


そして、彼のお陰で・・・お陰と言ってしまうと語弊があるが、犯罪を犯し刑務所に入る人達の見方が少し変わった。孤独で寂しい人達。周りの支えの必要性。誰か一人でも寄り添い、側にいてくれたなら、防げた犯罪の数々。

別に、擁護するわけでは無いが、常に周りに人がいてくれる環境の者には、到底理解出来ないのかも知れない。



彼の様子を聞ける人も居なければ、彼の今の気持ちを知る術も無い。


どこの刑務所に送還されたかも分からないし、面会どころか手紙も出しようが無い。


全ての終わりであるなら、とことん地獄の果てまで落ち込んで、先に進めるよう、前を向けば良い。



ただ、彼自身の気持ちが分からないことには、私には私の中で、どう処理して良いのか、悩めば悩むほど迷宮に彷徨うだけで。


辛い。


一方的な片想いのように、彼への気持ちは意に反して、膨らみを増す。


刑期を待ってしまう自分から逃れられない。


誰にも相談出来ないし、聞いてもらう事も出来ない。覚醒剤に不倫。世の誰もが興味を示す、絶好のネタだ。しかも、私は、信頼していた友達に大きな裏切をされている。また、あんな思いはしたくない。


でも、興味本意や暇潰しでもない。確かに間違った事かも知れない。どんな風に思われても、今の私には、男性というより、一人の人間として、彼に側にいてほしい。必要な人だった。


私は、側にいても彼へ気持ちを言うことをしなかった。それでも、彼は様々な形で気持ちを表現してくれていた。


まだ、感謝の気持ちをも伝えてない。


せめて、もう一度彼に会えたなら、自分の本当の自分の気持ちが分かるかも知れないのに、報われない望みなのだろうか。


誰か彼に、少しでも伝えて欲しいと願う。



「彼は刑務所の中です。」


覚醒剤、不倫。どこにでもありそうな現代に、その中に犇めき合う感情や現実。興味本意でも、良いんです。罪を犯してしまう人間、見捨てられない人間。ほんの少し、考えてくれる機会になってくれれば幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一緒にいてあなたが覚醒剤をやらなかったのはせめてもの幸いですね。 覚醒剤依存症は病気です。 専門医の治療が必要な重病でもあるのです。 まず彼がその事を認め、あなたが彼のために何かをするので…
[良い点] 主人公である彼女にとって、一番大事で護りたいのは家族や夫ではなく、愛するヤクザ者であるなら、離婚してケジメをとるべきなのですけどね? しかし、それさえも考えられない恋愛に浸かってしまって…
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